1969年のテレビ (日本)

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1969年のテレビ(1969ねんのテレビ)では、1969年昭和44年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

番組関係のできごと[編集]

1月
3月
4月
6月
7月
8月
9月
  • 29日 - NETがFM東海と共同で、ステレオ音声でのテレビ番組の制作・放送を、この日放送の「東京のこだま」で初実施。映像をNET(音声はモノラル)、ステレオ音声をFM東海で同時放送。民放初の試みとなる。[注 6][4][5]
10月
11月
  • 9日 - 日本テレビ系の演芸番組『笑点』、初代の立川談志に代わる2代目司会者として前田武彦が登場( - 1970年11月)。同時にテーマ曲も放送開始時から使用していた『笑点音頭』から中村八大作曲によるテーマ曲に変更[注 11]
12月

その他テレビに関する話題[編集]

  • NHKのテレビ受信契約数が21,880,000件に達し、普及率が90%を突破[8]
  • TBSがこの年の年間視聴率で、ゴールデンタイム(19〜22時)において首位となる(1963年から7年連続)。
  • NET(日本教育テレビ、現・テレビ朝日)が同じくこの年の年間視聴率で、全日帯(6~24時)において在京民放局で首位となる(以後、1971年まで3年連続)[注 13]
フジテレビ旧本社屋
フジテレビ本社全館完成(3月。左側の黒いビルが当時新たに完成したタワービル。写真は1991年撮影)
1 - 3月
4 - 6月
7 - 9月
10 - 12月

開局・放送開始[編集]

視聴率[編集]

(※関東地区、ビデオリサーチ調べ)

  1. 第20回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)69.7%
  2. 連続テレビ小説 あしたこそ(NHK総合、1月31日)55.5%
  3. ゆく年くる年(NHK総合、12月31日)46.9%
  4. 連続テレビ小説 信子とおばあちゃん(NHK総合、4月17日)45.7%
  5. ニュース(NHK総合、7月21日 7:00-8:12)45.4%
  6. ニュース(NHK総合、1月18日 8:30-8:45)44.6%
  7. 特番・アポロ11号発射(NHK総合、7月16日)43.8%
  8. ニュース(NHK総合、8月23日 7:00-7:20)43.0%
  9. 夜のヒットスタジオ(フジテレビ、3月17日)42.2%
  10. スタジオ102(NHK総合、1月18日)41.6%
  11. カメラリポート(NHK総合、6月27日)41.5%
  12. サンデースペシャル「世界フェザー級タイトルマッチ 西城正三×ペドロ・ゴメス」(日本テレビ、2月9日)40.8%
  13. ザ・ガードマン(TBS、1月17日)37.4%
  14. 特番・アポロ情報(NHK総合、5月24日 8:05-8:26)36.8%
  15. 三菱ダイヤモンドアワー日本プロレス中継(日本テレビ、1月10日)36.6%
    • 防災映画・地震にそなえる(NHK総合、11月26日)36.5%
    • ニュース(NHK総合、12月31日 20:55-21:00)36.5%
  16. 肝っ玉かあさん(TBS、9月25日)36.4%

テレビ番組[編集]

テレビドラマ[編集]

NHK
日本テレビ
TBS
フジテレビ
NETテレビ
東京12チャンネル

子供向けドラマ[編集]

TBS
NETテレビ

テレビアニメ[編集]

特別番組

特撮番組[編集]

報道・情報番組[編集]

スポーツ番組[編集]

バラエティ番組[編集]

クイズ番組[編集]

音楽番組[編集]

トーク番組[編集]

教養・ドキュメンタリー番組[編集]

映画番組[編集]

宗教番組[編集]

単発特別番組枠[編集]

既存番組のカラー化[編集]

参考文献[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 2021年現在は『ザ・タイムショック』のタイトルで改編期特番として放送。
  2. ^ 『スタ千』は厳密には土曜放送再開。
  3. ^ a b 『NETワールドプロレスリング』は1972年9月まで日本プロレス中継として放送され、同年10月に同年7月開始の『NET日本プロレスリング中継』へ一本化されたが、1973年3月30日終了。同年4月6日から新日本プロレス中継へ変更の上『ワールドプロレスリング』に再改題され、現在に至る。
  4. ^ 黛敏郎の没後も司会者交代を繰り返しつつ、放送枠も移動しながら継続。現在は石丸幹二(俳優)が司会を務めている。
  5. ^ 2020年 - 2021年は開催せず『ライブ・エール』を放送。
  6. ^ この回の内容は「おかあさんのためのコンサート」で、同年8月26日東京文化会館で行われた、森正指揮による東京都交響楽団の演奏で、リヒャルト・シュトラウス作曲による、交響詩「ドン・ファン」の演奏の模様が、指揮をした森正と八木治郎による対談も含めて放送された。ちなみに番組ソースの送出はNETが行い、ステレオ音声はそこから回線を通じて、FM東海に送られて放送された。
  7. ^ ただし、1971年3月27日 - 同年9月25日の間は、ドリフメンバーが日本テレビ系『日曜日だョ!ドリフターズ!!』に出演のため休止し、ハナ肇とクレージーキャッツ出演の『8時だョ!出発進行』をつなぎ番組として放送した。
  8. ^ 後年『木曜スペシャル』の一シリーズとして放送された。
  9. ^ 1998年11月からは東芝を筆頭とする復数社提供。2018年3月をもって降板
  10. ^ その後、1981年4月からの『ザ・トップテン』→『歌のトップテン』と続く『トップテンシリーズ』へとつながる。
  11. ^ ただし、当初は前田自ら作詞して歌詞をつけたバージョンも存在していた。
  12. ^ 1971年12月 - 1972年11月放送の『ミラーマン』のみ特撮番組だが、この作品も旭通信社が代理店を務めた。
  13. ^ NHKを含めた場合は、NHKが全日帯で首位であった。なお、NHKの全日帯首位は1963年から1986年まで24年間続いた。
  14. ^ a b 開局時は「テレビ岡山」の愛称を使用していた。
  15. ^ 当時の朝日放送(現・朝日放送グループホールディングス)のテレビ放送部門。2018年4月より放送持株会社制ならびに分社化により現在の「朝日放送テレビ」となる。

出典[編集]

  1. ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'69』日本放送出版協会、1969年、172頁。 
  2. ^ 東京放送(編集)『TBS50年史』2002年、246頁。 
  3. ^ 『NHK年鑑'70』, p. 209,211-212.
  4. ^ a b c 全国朝日放送株式会社総務局社史編纂部 編『テレビ朝日社史 : ファミリー視聴の25年』全国朝日放送、1984年2月1日、404頁。NDLJP:12276014/486 
  5. ^ 読売新聞 1969年9月16日 朝刊P.18 記事「テレビ(NET)とラジオ(FM東海)の立体録音コンサート 29日にはじめて放送」 及び 同年9月29日朝刊 P.8~9 ラジオ・テレビ欄 番組表 及び ラジオ記事「テレビ・ステレオ同時放送でコンサート」(P.8)(読売新聞「ヨミダス歴史館」で閲覧)
  6. ^ a b c 朝日新聞 1969年10月1日朝刊 P.11 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  7. ^ NHKアーカイブス NHKクロニクル「劇映画 『ぼくはついてる』」 1969年12月21日放送
  8. ^ NHKアーカイブスカタログ、1965-1969年
  9. ^ 佐賀放送局の歩み”. NHK佐賀放送局. 2020年4月8日閲覧。
  10. ^ a b 『NHK年鑑'70』, p. 272.
  11. ^ NHK高松放送局 あゆみ”. NHK佐賀放送局. 2020年4月8日閲覧。
  12. ^ 『NHK年鑑'70』, p. 69,454.
  13. ^ 読売新聞』(縮刷・関東版) 1969年(昭和44年)1月24日付朝刊、テレビ欄。
  14. ^ 朝日新聞 1969年4月1日 朝刊 P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  15. ^ a b 朝日新聞 1969年4月1日 朝刊 P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  16. ^ 朝日新聞 1969年5月11日 朝刊 P.11 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  17. ^ a b c 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'70』日本放送出版協会、1970年、143頁。 
  18. ^ 朝日新聞 1969年10月6日 東京版朝刊 P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  19. ^ NHK nenkan - Google Books
  20. ^ NHK nenkan - Google Books
  21. ^ Nihon hōsō nenkan - Google Books