フランス料理
フランス料理(フランスりょうり)は、16世紀にトスカーナ地方の料理の影響を受け、フランス王国の宮廷料理として発達した献立の総称。ソースの体系が高度に発達していることが特徴で、各国で外交儀礼時の正餐として採用されることが多い。
狭義としては、こうした正餐に用いる厳格な作法にのっとったオートキュイジーヌと呼ばれる料理を指す。もちろんフランスの各地方には一般庶民に親しまれている特徴ある郷土料理が数多くあり、広義には高級料理だけでなくこうしたフランスの伝統料理全般も含める。
フランス語では「
「フランスの美食術」は、2010年にユネスコの無形文化遺産に登録された[2]。
歴史
中世時代にフランスで食べられていた料理は食材を焼いて大皿に乗せ、手づかみで食事を行うという非常にシンプルなものであった(詳しくは中世料理を参照)。当時の料理の詳細はヴァロワ朝の宮廷料理人ギヨーム・ティレルの著作により伺い知れる。現在のフランス料理の原型は、ルネサンス期のフィレンツェから当時のフランス王アンリ2世に輿入れしたカトリーヌ・ド・メディシスとその専属料理人(イタリア系)によってもたらされたと言われ、粗野であったフランス料理に、ナイフ・フォークで食事するといった作法が持ち込まれるなど、大きな変革をもたらし、ブルボン王朝の最盛期に発達した。
フランス料理はハプスブルク家の興隆と共に、ロシア、ドイツなどの宮廷に広まった。また、革命以後、宮廷から職を追われた料理人たちが街角でレストランを開き始めたことから、市民の口にも入るようになった。
19世紀に入り、カレーム、彼の弟子であるグッフェ、そしてデュボワにより大きく改革された。例えば、それまで多くの料理を同時に食卓に並べていたのを改め、一品ずつ食卓に運ばせる方式を採用した。これは、寒冷なロシアで料理がすぐに冷めてしまうので、フランス料理の料理人が工夫したものだったが、そのほうが料理を美味しい状態で食べられるので、それがフランスに逆輸入されたといわれ、ロシア式サービス(en)と称される。これを紹介したのは帝政ロシアの政治家で「ダイヤモンド公爵」と呼ばれたアレクサンドル・クラーキンとされる。
そしてその流れはエスコフィエへと引き継がれた。彼はコース料理を考案したり、フランス料理のバイブルといわれる『料理の手引き』[3]を1903年に刊行した。この本は現在でもプロのシェフにとって手放せない本となっている。
その後、1930年代に、ポワン(「ラ・ピラミッド」)、アレクサンドル(「ラ・コート・ドール」)、ピックらが、エスコフィエの料理を受け継ぎながら、さらに時代にあった料理へと改良していった。
ポワンたち3人の理念は、ポワンの弟子であるボキューズ、トロワグロ兄ウーティエらに受け継がれた。フランス料理は、イタリア料理、スペイン料理、トルコ料理、モロッコ料理など歴史的にヨーロッパ・北アフリカ・西アジア料理の影響を受けてきたが、1970年代にボキューズたちは日本の懐石料理の要素を取り入れて、さらっとしたソースや新鮮な素材を活かした調理など「新しい料理」を創造し、ミヨがこれを「ヌーベル・キュイジーヌ」と呼んで、世界中に広まった。
1980年代に入ると、ロブション、ガニェール、デュカス、ロワゾー、パコーらが、エスコフィエの精神を生かしながら、キュイジーヌ・モデルヌと呼ばれる、さらに新しい料理を創造している。
料理法の発達とともに、食器、作法なども洗練され、味の良し悪しを批評する職業としての食通も生まれ、19世紀前半に、ブリア・サヴァランが『美味礼讃』を著して美食学(ガストロノミー)と美食文学の伝統を確立した。『ミシュランガイド』、『ゴー・ミヨ』などのレストランの格付けを行うガイドブックが発行されるようになった。
日本
フランス料理の日本への輸入は、明治維新の際に行われた。日本国外の来賓への接待としてフランス料理が使用されるようになったのは、1873年からという[4]。
食事作法
フランス料理のコースでは、料理の出る順番が決まっている。
主な料理と料理の出る順序
順番 | 名前 | 内容 |
---|---|---|
1 | オードブル |
オードブルの前にアミューズブーシュ(小前菜)が出されることもある。 |
2 | スープ Soupe |
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3 | 魚料理 |
魚料理と肉料理の間にソルベやグラニテと呼ばれる口直し用の氷菓が出されることがある。 |
4 | 肉料理 |
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5 | サラダ または |
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6 | チーズ |
ここで別室へ移動、もしくはテーブルの整理 |
7 | デザート |
デザート前のメニューを食べ終わるとプティフール(小さな焼き菓子)と温かい飲み物(エスプレッソ、紅茶など)が供される。 |
時系列的に食べることに馴れているので、機内食でもフランス人は時系列に食べる[5]。
フランス人に限ったことではないが、西洋人の中には一緒に食べていても食物をシェアすることがない文化がある[6]。
代表的なマナー
- ナプキンは全員が着席し、主賓が手にしてから他の人も取る。途中で中座するときはナプキンを椅子の上に置く。
- ナイフやフォークなどは外側から順に使う(複数テーブルに並んでいる場合)。
- とりあえず皿へナイフ・フォークを置く場合は、八の字の形にする。
- 食べ終わったら、ナイフは刃を内側にして、フォークと共に先を上にして皿に並べておく。
高級料理店のような厳格な作法が求められない安価なフレンチレストランやビストロでも、前菜、メイン、デザートという流れはいずれも持っている。しかし前菜を省略することもできるし、デザートの替わりにコーヒーやお茶だけで済ますこともある。
フランス各地方の料理
これらの地方料理は高級レストランなどに限らず一般家庭でも親しまれているものである。
- プロヴァンス料理
- プロヴァンス地方の料理。南イタリア料理やカタルーニャ料理と同じくトマトやオリーブ・オイル、オリーブを多く用いる他、エルブ・ド・プロヴァンスと呼ばれる当地独特のハーブを多く調合したものを用いる。地中海に面したマルセイユなどの町ではブイヤベースなどの魚料理も多い。カマルグのガルディアンヌ・ド・トロなど、ごく一部の地域のみに伝わる伝統料理もある。この他アイオリソースもプロヴァンス料理の特色の一つである。
- バスク料理
- バスク地方もプロヴァンスと同じくトマトの使用量が多いが、同様にエスプレットというトウガラシも多く用いられる。カタルーニャ料理やその他のスペイン料理との共通点も多い。
- ラングドック料理
- ラングドック地方はフォアグラの生産が盛んなためガチョウ料理が多く、またヤマドリタケ(セップ茸)、アルマニャックなどが用いられる。カスレが有名。
- アルザス料理
- アルザス地方の料理。ドイツ文化圏と重なるためシュークルート(ザワークラウト)、クグロフなどドイツ料理との共通点が多く、国境のライン川を挟んで反対側の黒い森地方の料理にも似ている。
- ピカルディー料理
- ピカルディーやノール県は北部国境を接するベルギー料理の影響を受けている。アンディーヴのグラタンなど共通するメニューもある。ビールやジャガイモも用いられる。
- ノルマンディー料理
- ノルマンディーは北大西洋に面しており、モン・サン=ミシェル付近では潮風に吹かれた牧草で育てた子羊の肉が名物とされる。シードルやカルヴァドスの産地でもあり、リンゴを用いた味付けも多い。バターや生クリームの使用量も多い。
- ブルターニュ料理
- ブルターニュは冷涼な気候のため作物は不作とされる。ソバ粉のクレープ(ガレット)やクイニーアマンが有名であるほか、ケルト系のブルトン文化が料理にも残っており、同じケルト系のウェールズ地方の料理との共通点もある。
- オーヴェルニュ料理
- オーヴェルニュ地方の料理。食材としてはシンプルなものが多く[7]、ソーセージや、地元のサレール牛を使った料理が伝統料理である[8]。これらの付け合せとしてはアリゴという、チーズ入りのマッシュポテトのような料理がある。
- ブルゴーニュ料理
- ブルゴーニュはフランスの家庭料理を代表するブッフ・ブルギニョン、牛肉の赤ワイン煮込み)発祥の地でもある。
- ロワール料理
- ロワール渓谷地方は白ワインの産地であり、白ワインを使った魚料理が特徴的である。
- サヴォア料理
- サヴォア地方は山岳地帯でスイス国境に近く、フォンデュ・オ・フロマージュやラクレットなど乳製品を多用した料理が多い。
近現代において新たに生まれた料理
- ヌーヴェル・キュイジーヌ(新しい料理)
- 担い手のシェフたち - ポール・ボキューズ、トロワグロ兄弟、ルイ・ウーティエ、アラン・サンドランス、ミッシェル・ゲラール、アラン・シャペル
- キュイジーヌ・モデルヌ(現代の料理)
- 担い手のシェフたち - ジョエル・ロブション、ピエール・ガニェール、アラン・デュカス、ベルナール・ロワゾー、ベルナール・パコー
副食品
フランスワインとフランスチーズには各地方や細かな地域ごとにさまざまな特徴があり、AOCをはじめとするさまざまな規格で品質が保証されている。フランスのほとんどの地域においてワインが飲まれている。ワイン以外の酒では、ノルマンディー地方のシードルおよびその蒸留酒であるカルヴァドス、アルザス地方のビールが挙げられる。
フランスパンもまたフランスの食卓を特徴付ける重要な位置を占めている。代表的なバゲットのほか、「田舎風パン」を意味するパン・ド・カンパーニュ、全粒粉を用いたパン・コンプレ[9]、生カキなどに添えられるライ麦パンの一種パン・オ・セグル[10]などが挙げられる。パン生地にバターや牛乳を用いるクロワッサンやブリオッシュなどは、ヴィエノワズリー(菓子パン)に分類される。
フランス料理のレストラン
ガイドブック
タイヤ会社ミシュランが出すガイドブック「ギド・ミシュラン」のレッド・ガイド(ギド・ルージュ)は、フランスにおけるレストランの指標に大きな影響力を与えており、現在ではフランスに限らず世界各国の都市のホテル・レストランガイドも出版している。星の数によって評価を表示しており、最高は3つ星である。
ゴー・ミヨのレストランガイドも同様に有名である。こちらは20点制だが、4つまでの帽子の数による指標もある。
店舗形態
- 高級レストラン
- 上述のように厳格な作法を持ち正式なコース料理を出すオートキュイジーヌ。
- ガストロノミー
- ネオ・ビストロ
- ビストロ
- 大衆的な雰囲気を持つ食堂。食事作法なども高級レストランのように厳しく求められるものではない。
- ブラッスリー
- ビアホールやブルワリーを意味する場合とアルザス料理を出す店の意味に分かれる。前者は普通のカフェやバーがブラッスリーを名乗っている場合も多いが、後者はある程度の高級感を備えた店もある[要出典]。
脚注
- ^ フランス語発音ではキュイジーヌ。
- ^ “Gastronomic meal of the French”. ユネスコ. 2013年10月27日閲覧。
- ^ 仏: Le Guide Culinaire
- ^ 『宮廷柳営豪商町人の食事誌』児玉定子 1985年10月
- ^ 玉村豊男『食卓は学校である』(集英社新書 2010年)pp.46-49は「間然するところのない、教科書どおりの時系列食法です。彼らは、すべての料理が最初から並んでいる弁当箱のようなトレイを与えられても、ひとつひとつの料理を時系列のポジションに置き換えて、順番どおりに時間差で食べるのです」と書いている。
- ^ 玉村豊男『食卓は学校である』pp.50-56では「フランス人にとっては、夫婦といえでも自分の皿の上にある料理を決してたがいに分け与えないのは、疑う余地もない共通の了解事項なのです」と書いている。
- ^ “オーヴェルニュ地方で Rendez-vous”. フランス観光開発機構公式サイト. 2013年2月閲覧。
- ^ “サレール、村のレストラン”. グラムスリー. 2013年2月閲覧。
- ^ アルザス地方に多い。
- ^ 仏: pain au seigle
外部リンク
- フランス料理と料理人のはなし -青山利勝、神戸大学経済経営研究所ニュースレター、2012年6月号
- フランス料理の日仏交流150年-宇田川悟、比較日本学教育研究センター研究年報、2014-03-10