読売新聞グループ本社

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株式会社読売新聞グループ本社
The Yomiuri Shimbun Holdings
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読売新聞ビル
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
100-8055
東京都千代田区大手町1丁目7番1号[1]北緯35度41分14秒 東経139度45分51.1秒 / 北緯35.68722度 東経139.764194度 / 35.68722; 139.764194
設立 2002年平成14年)7月1日[1]
業種 情報・通信業
法人番号 7010001031722
代表者 山口壽一代表取締役社長、読売新聞東京本社社長)[1]
資本金 6億1320万円[2]
発行済株式総数 6万1280株
売上高 グループ全体:6,450億円
(2017年3月期)
従業員数 グループ全体:4,630名
(2017年3月期)
決算期 3月31日
主要子会社 株式会社読売新聞東京本社
株式会社読売新聞大阪本社
株式会社読売新聞西部本社
株式会社読売巨人軍
株式会社中央公論新社
外部リンク www.yomiuri.co.jp
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読売新聞グループ旧本社ビル(千代田区大手町、現存せず。)
2010年10月から2014年1月まで読売新聞グループ本社の仮社屋として使用されていた旧日産自動車本社ビル(中央区銀座)
読売新聞中部支社(名古屋市中区)
読売新聞大阪本社がある読売大阪ビル(大阪市北区)
読売新聞西部本社がある読売新福岡ビル(福岡市中央区)

株式会社読売新聞グループ本社(よみうりしんぶんグループほんしゃ)は、新聞社を中心とする持株会社である。

概要[編集]

2002年(平成14年)7月1日に、当時の読売新聞社を持株会社たる当社と、新聞発行業務を行う純粋な事業会社たる「読売新聞東京本社」に分け、持株会社体制に移行。併せて子会社である株式会社よみうりを吸収・事業分野ごとに分割。これによって「読売新聞社」は、読売新聞を発行する読売新聞東京本社、読売新聞大阪本社及び読売新聞西部本社を指す総称となった。

現在は読売新聞グループ本社を持株会社とし、新聞発行業務を行う3本社、中央公論新社並びに読売ジャイアンツの運営母体・読売巨人軍を事業子会社とする企業集団となっている。また、持株会社化したことにより、3本社で唯一整理前から存続した大阪本社についても純粋な事業会社化し、同社が所有していた放送局などの株式を企業分割して吸収した。

前史[編集]

  • 1870年(明治3年)4月 - 横浜・弁天通(現在の横浜市中区弁天通)に「合名会社 『日就社』」創設。
  • 1874年(明治7年)11月2日 - 日就社から「讀賣新聞」創刊。
  • 1917年(大正6年)12月1日 - 商号を「日就社」から「読売新聞社」に改称。
  • 1924年(大正13年)2月25日 - 経営難から、前警視庁警務部長、正力松太郎が買収。
  • 1934年(昭和9年)12月26日 - 正力が大日本東京野球倶楽部(プロ野球・東京巨人軍)を創設。
  • 1942年(昭和17年)8月5日 - 報知新聞社を合併。
  • 1947年(昭和22年)2月15日 - 大日本東京野球倶楽部の全株式を買収。読売興業に商号変更。
  • 1950年(昭和25年)1月25日 - 読売興業から読売巨人軍が分離。
  • 1951年(昭和26年)3月30日 - 読売巨人軍、読売興業に吸収合併。
  • 1952年(昭和27年)11月25日 - 大阪讀賣新聞社によって大阪市で「大阪讀賣新聞」を創刊。
  • 1959年(昭和34年)5月1日 - 読売新聞社が北海道札幌市に「読売新聞北海道支社」を設立、「讀賣新聞」の現地印刷を開始。
  • 1961年(昭和36年)5月25日 - 読売新聞社が富山県高岡市に「読売新聞北陸支社」を設立、「讀賣新聞」の現地印刷を開始。
  • 1964年(昭和39年)9月23日 - 読売興業が北九州市に「読売新聞西部本社」の名で「讀賣新聞」の現地印刷を開始。
  • 1975年(昭和50年)3月25日 - 中部読売新聞社が名古屋市で「中部讀賣新聞」創刊。
  • 1988年(昭和63年)2月1日 - 中部読売新聞社が読売興業に合併。
  • 1992年(平成4年)6月22日 - 読売興業は株式会社よみうりに商号変更。
  • 1999年(平成11年)2月1日 - 経営難に陥った中央公論社を買収し、中央公論新社を設立。
  • 2002年(平成14年)7月1日 - 読売新聞グループ再編。株式会社読売新聞社が事業持株会社の「読売新聞グループ本社」と新聞発行の現業会社の「読売新聞東京本社」に会社分割、株式会社よみうりは持株会社移転に伴い解散、よみうりが運営していた読売新聞西部本社と読売巨人軍はそれぞれ独立法人の株式会社としてグループ本社の完全子会社となり、株式会社大阪讀賣新聞社は商号を「株式会社読売新聞大阪本社」に改称して株式交換によりグループ本社の完全子会社となった。また、よみうりが運営していた読売新聞中部本社は、分割合併により東京本社傘下の中部支社に格下げされる。
  • 2004年(平成16年)1月1日 - 読売新聞西部本社が福岡市に本社機能を移転。
  • 2010年(平成22年)10月1日 - 千代田区大手町の東京本社屋建替え・再開発工事の実施に伴い、中央区銀座6丁目17-1(日産自動車旧本社ビル)に仮移転。(電話番号は変更せず。専用郵便番号は「104-8243」に変更)3年強の暫定ではあるが39年ぶりに銀座に本社が復帰。
  • 2014年(平成26年)1月6日 - 東京本社新社屋が完成し、仮社屋から移転。
  • 2015年(平成27年)5月7日 - 中央公論新社の本社機能が中央区京橋の自社ビルから大手町の読売新聞東京本社ビル19階に移転。
  • 2017年(平成29年)7月18日 - 読売新聞中部支社が名古屋市中区1丁目の「納屋橋東地区市街地再開発ビル」(テラッセ納屋橋)のオフィス棟に移転。

大株主の状況[編集]

2012年(平成24年)3月31日現在)

  1. 読売新聞グループ本社役員持株会 31.69%
  2. 公益財団法人正力厚生会 20.96%
  3. 社会福祉法人読売光と愛の事業団 9.78%
  4. 関根達雄(正力松太郎の孫、株式会社よみうりランド代表取締役会長) 7.83%
  5. 学校法人読売理工学院 6.03%
  6. 正力源一郎(正力松太郎の孫、正力亨の子) 4.97%
  7. 正力美緒 4.94%
  8. 小林梅子(正力松太郎の娘、小林與三次元社長の妻) 4.25%
  9. 小島あき 2.77%
  10. 正力峰子 (正力亨の妻)1.96%

現在は、正力厚生会など3つの法人と個人94人の計97人が株主となっている。特に個人大株主には正力松太郎の子孫が多く名を連ねている。2011年度には、本社役員持株会、正力厚生会に次ぐ第3位株主だった正力亨(正力松太郎の長男)が8月に死去し、2011年3月期末時点で彼が保有していた11.86%の株式は譲渡・相続されたものと見られる。

役員の状況[編集]

中核5社[編集]

その他関連会社・法人[編集]

中核5社を除く。順番は公式サイトに倣った。

特記[編集]

支配下にある基幹放送事業者[編集]

マスメディア集中排除原則において「支配」に当たる10%を超える議決権を有しているものとして公表されている地上基幹放送事業者[6]

社旗・社章・ロゴ[編集]

讀賣新聞社社章(同社ホーロー看板より)

社旗は右上に三角形で赤と白のストライプ模様が描かれ、左下に白地・赤文字「讀賣」の文字が角ばったものが使われている[7]。これは讀賣テレビ放送の社旗にも一部流用されていた。

なおテレビ番組の提供クレジット、あるいは日テレジータスにおける「ニュース&カルチャー」の時間での読売新聞製作の番組においては、以前は題字と同じ毛筆(表記は「讀賣新聞<社>」)のものであったが、現在は青の丸文字の「読売新聞社」の字幕が使われている。

また、社章は丸に「讀賣」。かつては、ジャイアンツのユニホームの袖にワッペンが付いていた。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 基礎データ”. 株式会社読売新聞グループ本社. 2016年6月26日閲覧。
  2. ^ 「親会社等の決算に関するお知らせ」 (PDF) 日本テレビ放送網から発表・開示された読売新聞グループ本社の決算報告書(非連結・単独)。2012年5月29日開示。この資料は東証の運営する適時開示情報閲覧サービスで閲覧可能である。
  3. ^ 中部版は読売新聞東京本社・中部支社より発行
  4. ^ 2012年10月1日に日本で第4の認定放送持株会社となり、日本テレビ放送網株式会社はこの措置によって同社傘下の事業子会社として分割・承継された。
  5. ^ 旧社名は株式会社読売映像
  6. ^ 地上系放送事業者 マスメディア集中排除原則について(総務省電波利用ホームページ)
  7. ^ 丸文字「読売」バージョンも存在する(箱根駅伝の観客に配られる小旗などに使用)。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]