ゴルディアスの結び目

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「ゴルディアスの結び目を断ち切るアレクサンダー」作:Jean-Simon Berthélemy (1743–1811)

ゴルディアスの結び目(ゴルディアスのむすびめ)またはゴルディオンの結び目: Gordian Knot)は、フリギアゴルディオンにおけるアレクサンドロス3世にまつわる伝説である。手に負えない問題を、誰も思いつかなかった大胆な一撃で解決することのメタファー(「ゴルディアスの結び目を断ち切る」)として使われることが多い。

Turn him to any cause of policy,
The Gordian Knot of it he will unloose,
Familiar as his garter

シェイクスピア, ヘンリー五世, 第1幕第1場 45–47.

伝説[編集]

あるとき、フリギアにはがいなかった。テルミッソス(古代フリギアの都)での神託で、次に牛車に乗って街に入ってきた男が王になるだろうという託宣が下った。すると、田舎の農民ゴルディアースとその息子ミダースが牛車に乗って街に入ってきた。彼が王になるということはそれ以前にが彼の車に止まったことでも預言されていた(鷲は神が遣わしたとされている)。街に入ったミダースは聖職者によって国王と宣言された[1]。感謝の気持ちを示すため、その牛車をフリギアの神サバジオス(ギリシア神話ではゼウスに比定されている)に捧げ[2]、荷車の轅(ながえ)を支柱に結びつけた。その紐はミズキの樹皮で出来ており、複雑な結び目になっていた。フリギアは後にアケメネス朝ペルシアの属州となっていたが、アレクサンドロス3世がその地を訪れた紀元前4世紀ごろにもその荷車はフリギアゴルディオンのかつての宮殿に立っていた[3]

ロビン・レイン・フォックスが指摘したように、神話にはこの荷車(チャリオット)をテーマにしたものがいくつかある[4]。ミダースは伝説においてアレクサンドロスの故郷マケドニアと繋がりがあり、そこには Gardens of Midas と呼ばれる低地があった。実際、フリギア人はかつてマケドニア地方に住んでいたことがあり、それが正しく記憶されていた。そのこともあって紀元前333年にゴルディオンで越冬したアレクサンドロス3世は、伝説の結び目を解こうとした。彼は結び目を解くための紐の端を見つけられなかったため、剣で結び目を断ち切ってその難問を解いた。その夜、激しい雷雨があり、アレクサンドロス3世の予言者アリスタンドロスはこれをゼウスが祝福した印だとし、アレクサンドロス3世の多くの勝利が約束されたとした。アレクサンドロス3世が剣でその結び目を断ち切ったことから、その伝記作家は過去に遡ってこの結び目を解いた者はアジアの支配者になるという神託があったと主張している[5][6]

伝説の状態[編集]

アレクサンドロス3世は傑出した有名人であり、ゴルディアスの結び目のエピソードは今も広く知られている。これについて記している文献として、アッリアノス(『アレクサンドロス大王東征記』2.3)、クイントゥス・クルティウス(『アレクサンドロス大王史』3.1.14)、ユニアヌス・ユスティヌスによるポンペイウス・トログスの著作の要約 (11.7.3)、クラウディウス・アエリアヌスDe Natura Animalium 13.1)がある[7]

古い文献では、アレクサンドロス3世がゴルディアスの結び目を解くことに挑戦したことについては一致しているが、その解き方については必ずしも一致していない。プルタルコスはアレクサンドロス3世が剣で結び目を断ち切ったという定説に異を唱えている。彼はアリストブロスの言を採用し[8]、アレクサンドロス3世が結び目を固定していた留め釘を引き抜いて紐の両端を探り当て、普通に結び目を解いたとしている。古典学者の中にもこちらの方が定説よりも尤もらしいと見なしている者もいる[9]

アレクサンドロス3世はその後インダス川流域まで征服し、予言を現実のものとした。

解釈[編集]

この結び目は、ゴルディアース/ミダース王の神官たちによって守られた宗教的結び目暗号だった可能性もある。ロバート・グレーヴスは、ディオニューソスの(言葉にできない)神聖な名前を象徴しているのではないか、つまり名前を結び目で表現した暗号ではないかとし、その秘密が神官によって代々受け継がれ、フリギアの王だけにそれが明かされていたのではないかとした[10]

寓話とは異なり、真の神話には完全に任意な要素はほとんどない。この神話は全体として、中央アナトリアの王国における王朝の交代の正統性を与えるためのものと見られる。したがってアレクサンドロスが「結び目を野蛮な方法で断ち切ったことは…古代の体制の終焉を意味した」と言える[11]。牛車はゴルディアースとミダースの旅がその地方内の旅ではなく長い旅だったことを示唆しており、彼らの神話の起源がマケドニアにあることと結びついている。このことはアレクサンドロスも気づいていたと考えられている[12]。この神話によると新王朝はそれほど起源が古いものではなく、その始祖が聖職者ではない余所者だったことが記憶されており、名祖としての農民の「ゴルディアース」[13]またはフリギア人であることが確実な「ミダース」[14]が牛車に乗っていたとすることでその事実を代表したものと見られる[15]。他のギリシア神話でも征服権によって王朝を正統化しているが(カドモス参照)、この神話で強調されている神託は、かつての王朝が聖職者を王とし未確認の神託神を祭っていたことを示唆している。

小説[編集]

小松左京の短編小説「ゴルディアスの結び目」は、「憑きもの」にまつわる超常現象を描いた作品であり、表題は「ときほぐせない問題」のメタファーである。

脚注・出典[編集]

  1. ^ ゴルディアースが王となったとする文献もある。
  2. ^ アッリアノス、『アレクサンドロス大王東征記』第2巻3節
  3. ^ この荷車はしばしばチャリオット(戦車)として描かれ、権力や軍備の象徴とされた。
  4. ^ Robin Lane Fox, Alexander the Great, 1973"149-51).
  5. ^ ロビン・レイン・フォックス (Alexander the Great 1973:149ff) によれば、宮廷歴史家カリステネスが「常に大王を支持する予言をした」と称した予言者アリスタンドロスが相次ぐ勝利を必然だと説明するために言い始めたことだとしているという。
  6. ^ 当時の感覚では「アジア」とはアナトリア半島を意味する。そういった意味でロビン・レイン・フォックス (Alexander the Great 1973:151) は「アレクサンドロス以外の誰も、たった8年でオクソスを越え、ヒンドゥークシュ山脈を越えて、北西インドの国王の象部隊と戦うとは思ってもいなかった」と記している。
  7. ^ この4つの文献はロビン・レイン・フォックスが Alexander the Great (1973) で参考文献として挙げている。
  8. ^ Plutarch, Life of Alexander これは二次文献であり、アリストブロスの著作は現存しない。
  9. ^ Fredricksmeyer, E. A. "Alexander, Midas, and the Oracle at Gordium" Classical Philology, Vol. 56, No. 3 (Jul., 1961), pp. 160-168 citing Tarn, W.W. 1948, [1]
  10. ^ Graves, The Greek Myths (1960) §83.4
  11. ^ Graves 1960, §83.4.
  12. ^ "Surely Alexander believed that this god, who established for Midas the rule over Phrygia, now guaranteed to him the fulfillment of the promise of rule over Asia," (Fredricksmeyer 1961:165).
  13. ^ Trogus apud Justin, Plutarch, Alexander 18.1; Curtius 3.1.11 and 14.
  14. ^ アッリアノス
  15. ^ Lynn E. Roller, "Midas and the Gordian Knot", Classical Antiquity 3.2 (October 1984:256-271)
    Roller も Fredricksmeyer (1961) も元々その荷車に結び付けられていた名前は「ミダース」だとしている。Rollerはゴルディオンという地名から遡及して「ゴルディアース」という名前が作られたとしている。

参考文献[編集]

関連項目[編集]