ヒュドラー

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ギュスターヴ・モロー画『ヘラクレスとレルネのヒュドラ』(1876年) シカゴ美術館所蔵。
紀元前4世紀ごろのアポロニアの貨幣。表には冥府の女神ペルセポネーの怒った顔が、裏にヒュドラーの姿が描かれている。
紀元前6世紀ごろの黒絵式アンフォラ。ヒュドラーと戦うヘーラクレースとイオラーオスの姿が描かれている。ヘーラクレースはのような武器で戦っており、その足元には彼の脚を攻撃せんとする大蟹カルキノスの姿がある。パリルーブル美術館所蔵。
ヨハネス・ヨンストン『鳥獣虫魚図譜』(1650年-1653年)に描かれたヒュドラー(下図)。

ヒュドラー古希: Ὕδρα', Hydrā)は、ギリシア神話に登場する怪物である。長母音を省略してヒュドラとも表記される。

テューポーンエキドナの子で、オルトロスケルベロスキマイラ[1]、また一説にネメアーの獅子[2]、不死の百頭竜(ラードーン[3]プロメーテウスの肝臓を喰らう不死のワシ[3]スピンクス[4]パイア[5]金羊毛の守護竜と兄弟[6]

トレミーの48星座のうちの1つであるうみへび座(海蛇座、Hydra)はヒュドラーのことである。

概説[編集]

ヒュドラーはギリシア神話を代表する怪物の1つで、ヘーラクレースによって退治された。これはヘーラクレースの12の功業の1つとして知られている。ヒュドラーとは古典ギリシア語水蛇を意味するが、神話ではアルゴリス地方のレルネーに住む怪物のことを指し[注釈 1]ヘーシオドスによれば女神ヘーラーがヘーラクレースに対する恨みの感情から育てたとされる[8]

ヒュドラーは巨大な胴体に9つの首を持つ大蛇の姿をしていたが[9][10]、首の数については5つ[要出典]あるいは100とする説もある[11]。もっとも、パウサニアスはヒュドラーの頭はもともとは1つだったと考えており、ロドス島カメイロス出身の詩人ペイサンドロスen)が恐ろしさを強調するために多頭の姿で描いたと述べている[12][注釈 2]。ヘーシオドスはヒュドラーの姿については触れていない。絵画などでは前足と後ろ足、翼を持った姿で表される事もある。

ヒュドラーは不死身の生命力を持っており、9つの首のうち8つの首は倒すことが出来るが、すぐに傷口から新しい2本の首が生えてきたとされる[9][11]。加えて中央の首は不死だった[9]。ヒュドラーは猛毒の恐ろしさでも有名で、ヒュドラーの毒を含んだ息を吸っただけで人が死ぬほどだった。またヒュドラーが寝た場所は猛毒が残っているために、その場所を通った者はさらに苦しんで死ななければならなかった[10]。しかも猛毒は解毒することが出来なかった[12]。そのためヘーラクレースはヒュドラーを退治した後にその毒をに塗って用いたが、その矢傷は不治であり、決して癒えることがなかった。そのことが後にケイローンポロスのような善良なケンタウロス族、ヘーラクレース自身を死に追いやったと伝えられている。

神話[編集]

神話によればヒュドラーはレルネーの沼地に住み、しばしば人里を荒して回った[9]。このためミュケーナイエウリュステウスはヘーラクレースにヒュドラーの退治を命じた。これはネメアーの獅子退治に続く2番目の難行となった[9][11][10]

ヘーラクレースはヒュドラーの吐く毒気にやられないように、で覆いながらヒュドラーの住むアルゴス近くのレルネーの沼地へとやって来た。そしてヒュドラーのに火矢を打ち込み、ヒュドラーに立ち向かった。しかしヒュドラーの首を棍棒で叩き潰しても、傷口からすぐに2つの首が再生し、倒せば倒すほど首が増えてしまうことにヘーラクレースは気が付いた。

ヘーラクレースはイオラーオスに助けを求めた。イオラーオスは首の傷口を松明で焼き焦がす方法を思いつき、次々に傷口を焼いて再生するのを防いだ。ヒュドラーを殺すには、真ん中にある1つの不死身の首を何とかしなければならなかったが、ヘーラクレースはその首を切断し、巨大な下敷きにして倒した[9][注釈 3]。そしてヒュドラーはうみへび座となった。一説によると、ヘーラクレースの死を願うヘーラーはこの戦いで、彼の足を切らせるために化け蟹・カルキノスを送り込んだという。しかしヘーラクレースは怒ってこれを踏み潰してしまっていた。そしてこの蟹がかに座となった[14]また、生き埋めにされたヒュドラーの体は後に100の地下水脈になったとも言われる。[要出典]

しかし、エウリュステウスはヘーラクレースの甥が松明を持っているのを見て[要出典]、この苦行は一人で行われなかったため達成されなかったと言い渡し、10の功業の中には入れなかった[9][15]

ヘーラクレースはアテーナーの助言に従い[10]、ヒュドラーの体を切り裂いて猛毒を含んだ胆汁を取り出し、自分の矢に塗ってその後の戦いに用いた[9][10][12][13]。この猛毒の矢を誤って受けたケンタウロス族の賢者ケイローンは毒の苦痛に耐えきれず[16]、後にプロメーテウスが解放された際に不死を返上した[17]。またヘーラクレース自身もこの毒によって人間としての生に終止符を打つことになった[18][19]

フィクションにおけるヒュドラー[編集]

ギリシア神話のアルゴナウタイを描いた映画アルゴ探検隊の大冒険』(1963年)に、7つの首を巧みに動かして自在に移動するヒュドラーが登場している。これはレイ・ハリーハウゼンストップモーション・アニメーション技術によって創造された。 また現代とギリシア神話を融合させた世界を舞台とする映画『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』(2010年)にも「ヒドラ」(日本語字幕表記)として登場、五つの頭を持ち真ん中の頭が火を噴くというもので、主人公のパーシーが全ての首を切り落とすと頭が倍に増えて再び襲い掛かるという場面が描かれている。こちらはコンピューターグラフィックで創造されている。

クトゥルフ神話の一編には『ヒュドラ』(ヘンリー・カットナー、『ウィアード・テイルズ1939年4月号)があり、無数の生首を浮かべた巨大な粘液の怪物が登場している。また、ラブクラフトの『インスマスの影』にも「父なるダゴン、母なるハイドラ」という言及があり、こちらのハイドラは深きものどもの指導者にしてダゴンの配偶者と解釈されている。

ファンタジーの世界などでは、ヒュドラーの持つ再生能力が怪物性を想起させるためか、ヒュドラー(ヒドラ、ハイドラ)と名付けられたモンスターが様々な物語の中で登場する。このような創作物の中ではドラゴンの眷属として扱われたり、多頭の蛇という共通点から日本神話ヤマタノオロチと関連付けられることもある。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ヘーシオドスは単にヒュドラーではなく、レルナーのヒュドラーと述べている[7]
  2. ^ ペイサンドロスはヘーラクレースの難行を叙事詩で語った最初の詩人とされる。
  3. ^ シケリアのディオドロスによれば、首の再生を止める方法を思いついたのはヘーラクレースである[13]

脚注[編集]

  1. ^ ヘーシオドス『神統記』309行-332行。
  2. ^ アポロドーロス、2巻5・1。
  3. ^ a b アポロドーロス、2巻5・11。
  4. ^ アポロドーロス、3巻5・8。
  5. ^ アポロドーロス、摘要(E)1・2。
  6. ^ ヒュギーヌス、151話。
  7. ^ ヘーシオドス、313行。
  8. ^ ヘーシオドス、314行-315行。
  9. ^ a b c d e f g h アポロドーロス、2巻5・2。
  10. ^ a b c d e ヒュギーヌス、30話。
  11. ^ a b c シケリアのディオドロス、4巻11・5。
  12. ^ a b c パウサニアス、2巻37・4。
  13. ^ a b シケリアのディオドロス、4巻11・6。
  14. ^ エラトステネス『星座論』11話。
  15. ^ アポロドーロス、2巻5・11。
  16. ^ アポロドーロス、2巻5・4。
  17. ^ アポロドーロス、2巻5・11。
  18. ^ アポロドーロス、2巻7・7。
  19. ^ ソポクレース『トラーキースの女たち』。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]

関連項目[編集]