障害者スポーツ

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障害者スポーツ(しょうがいしゃスポーツ)とは、身体障害知的障害などの障害がある人が行うスポーツのこと。既存のスポーツを障害者の要求に応じて修正したものが多い。「(障害者に)合わせたスポーツ」の意でアダプテッド・スポーツ(adapted sports)ともいう。しかしながら、全部が健常者のスポーツの修正版ではなく、障害者のために考案された独自のスポーツもいくつか存在する。

組織と歴史[編集]

障害者選手のためのスポーツは、障害の種類によってろう者身体障害者知的障害者精神障害者の4グループに大きく分けられる。それぞれに個別の歴史があり、組織・競技大会・取り組み方もまた異なる。

ろう者のためのスポーツ[編集]

ろう者スポーツの正式な国際競技会の始まりは、1924年にパリで国際ろう者スポーツ委員会 (CISS) が主催した国際ろう者競技大会である。この大会は後にデフリンピックへと発展し、引き続き CISS が主催している。 CISS は、競技人口や、競技中の特別なコミュニケーションの必要性、スポーツに必須の社会的相互作用に基づいて、複数の競技会を区分して維持している。[1]

身体障害者のためのスポーツ[編集]

義足で走り幅跳びをする選手

身体障害者のためのスポーツはリハビリプログラムから発展してきた。第二次世界大戦で負傷した大勢の退役兵と市民の要求に応えるためにスポーツがリハビリの要として導入され、リハビリ用のスポーツが発展してレクリエーションスポーツになり、さらに発展して競技スポーツとなった。このアプローチを始めたのはイギリスストーク・マンデビル病院ルートヴィヒ・グットマンである。1948年、グットマンはロンドンオリンピックの開会式当日に車いす選手のための競技大会をストーク・マンデビルで開催した。これが起源となってストーク・マンデビル競技大会が生まれ、パラリンピックへと発展した。パラリンピックの運営は国際パラリンピック委員会が各種の国際的スポーツ団体と協力して行っている。[2]

知的障害者のためのスポーツ[編集]

知的障害者のためのスポーツは1960年代にスペシャルオリンピックス運動を通して出来上がっていった。この運動は、1962年にユニス・ケネディ・シュライバーが始めた一連のサマーキャンプを起源とする。1968年にはシカゴで第1回国際スペシャルオリンピックスが開催された。今日では、スペシャルオリンピックスは知的障害者のために各種スポーツのトレーニングや競技会を提供している。[3]

1986年国際知的障害者スポーツ連盟 (INAS-FID) が設立された。この組織は知的障害者選手のエリート競技を支援することを目的としており、「みんなのスポーツ ("sport for all") 」のアプローチを取るスペシャルオリンピックスとは対照的である。1998年長野パラリンピックに初めて知的障害者選手のクロスカントリー種目のみが採用され、その後の種目拡大が期待された。しかし2000年夏季パラリンピックにおいて複数の健常者が知的障害クラスのバスケットボール種目に出場したという不正行為が発覚し、それ以降はINAS-FIDの選手はパラリンピックの正式競技から排除された。その後パラリンピックに復帰するための活動が進められ、2012年ロンドンパラリンピックにおいて陸上競技水泳卓球の3種目の復活が認められた。しかし、その後のソチ大会での採用はない。

種目[編集]

多様な障害を持つ人々のために、さまざまなスポーツが修正を加えてプレイされている一方、独自のスポーツもいくつか存在する。各スポーツムーブメントの内部ではレベルによって実践するスポーツが異なる。例えば、パラリンピック運動のスポーツの中にはパラリンピックの種目として採用されていないものがある。また、正式なスポーツムーブメントの外部でも多くのスポーツが障害者によって競技されている。


統合[編集]

1980年代末から1990年代初頭にかけて、障害者選手を健常者のスポーツ機構に組み入れるための活動がいくつかの国や団体で始まった。障害者選手のイベントをオリンピックやコモンウェルスゲームズのような大きな競技会に組み込んだり、健常者のスポーツ団体に統合したりすることも活動の一環として行われた[5]。オリンピックでは1984年以来パラリンピック選手のエキシビションが開催されている。しかしながら、メダル競技への統合は行われておらず、オリンピックでの障害者選手の地位についても問題が残っている。コモンウェルスゲームズでは1994年に障害者選手のエキシビションが初めて開催され、2002年には各国チームのフルメンバーが参加し、初の包括的な国際総合競技大会となった[6]。この方針は2006年大会にも継続し、カナダのシャンタル・プチクレールが障害者選手としては初めて、健常者と障害者を統合した大会の開会式旗手となった。

特記事項[編集]

障害者が障害者スポーツ大会のみならず、健常者が競技者の殆どを占める競技及び大会に参加する事例も見られる。

世界大会[編集]

国内大会[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]