オスカー・ピストリウス

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オスカー・ピストリウス Athletics pictogram.svg
Oscar Pistorius 2 Daegu 2011.jpg
2011年世界陸上でのピストリウス
選手情報
フルネーム: オスカー・レオナルド・カール・ピストリウス
国籍: 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国
種目: 短距離走
生年月日: 1986年11月22日(25歳)
出身地: ハウテン州ヨハネスブルグ
身長: 183cm
体重: 80kg
自己ベスト
100m: 10秒91(2007年)
200m: 21秒41(2010年)
400m: 45秒07(2011年)

オスカー・レオナルド・カール・ピストリウスOscar Leonard Carl Pistorius1986年11月22日 - )は、南アフリカ共和国パラリンピック陸上選手

両足義足スプリンターで、アイスランド義肢メーカーオズール(Össur) が制作した炭素繊維製の競技用義肢を使用しているため、"ブレードランナー"(Blade Runner) の異名を持つ。両足切断者クラスの100m200m400m世界記録保持者。健常者の大会にも出場するなど、障害者スポーツの印象を覆す活躍で注目を集めている。

目次

[編集] 略歴

南アフリカ共和国ヨハネスブルグ近郊のサントンで、先天性身体障害により腓骨が無い状態で誕生。生後11ヶ月時、両足のから下を切断

高校時代はラグビー水球テニスレスリングなどを経験[1]。ラグビーでを負傷しリハビリ中の2004年1月陸上競技を勧められる。[1]

2004年9月、アテネパラリンピック100m銅メダル(11秒16)、200m金メダル(21秒97)。

2008年時点、プレトリア大学で、経営学スポーツ科学を履修。[1]

北京オリンピックに400mで出場を目指していたが、国際陸上競技連盟 (IAAF) はカーボン製の義足による推進力が競技規定に抵触するとしてこれを却下。2008年5月16日スポーツ仲裁裁判所 (CAS) はIAAFの判断を覆し、ピストリウスが健常者のレースに出場することを認める裁定を下す。今後、参加標準記録(A標準45秒55、B標準45秒95)を突破すればオリンピックに出場できる。突破できなくても、1600mリレーのメンバーに入れば出場は可能。

2008年7月16日、スイスで行われた競技会で400mに出場し、自己ベストとなる46秒25を記録したが、五輪参加標準記録を突破できず同種目での北京オリンピック出場を逃した。 さらに同月18日、南アフリカ陸上連盟は、4x400メートルリレーでのピストリウスの不選出を発表。悲願の北京オリンピック出場は果たせなかった。

2008年9月、北京パラリンピックにて100m、200m、400mに出場、金メダル三冠を達成した。

2011年、韓国で行われる世界陸上競技選手権大会に、健常者と共に出場する[2]。ピストリウスは8月29日、400メートル競走に出場し、準決勝まで進んだが、そこで破れ決勝には進めなかった。準決勝のタイムは46秒19で、自己ベストより1秒以上遅かった[3]。9月2日には、4x400メートルリレー決勝が行われ、南アフリカは銀メダルを獲得した。ピストリウスはこの決勝には出場しなかったが、予選には走者として出場しており、規定によりピストリウスにも銀メダルが贈られた[4]

[編集] 自己ベスト

  • 100m:10秒91 (2007年4月4日)
  • 200m:21秒41 (2010年3月4日)
  • 400m:45秒07 (2011年7月19日)

[編集] モットー

"You're not disabled by the disabilities you have, you are able by the abilities you have."[1](障害によって不可能なのではなく、持っている能力によって可能なのだ。)

[編集] 参照

[編集] 外部リンク

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