ラッピング車両
ラッピング車両(ラッピングしゃりょう)とは、車体にデザインを施すためにフィルム(ラッピングフィルム)を車体に貼り付けたバスや鉄道車両などのことである。自社のブランドイメージの色を車体に施したり[1]、車体広告に利用されている。塗装(ペインティング)による「全面広告車両」は本名称の対象外であるが、本項目は交通機関の車体全面を使った広告も扱う。
車体デザイン
鉄道車両などでは側面などにラッピングを施す例がある[2]。鉄道車両の場合、前面のみ塗装で側面はラッピングにしたり、ステンレス製車両やアルミ製車両では金属色をそのまま生かしたようなデザインも多い[1][2]。
車体に広告等を施工する場合、塗装では施工や変更・復元に多大な手間を要するため、短期間の広告などは不向きで、デザインも制約が大きかった。
1990年代からフィルムを使う方法が普及した。あらかじめ粘着フィルムにデザインを印刷し、そのフィルムを車体に貼り付ける。その際、フィルムは部分的に切り取るなどし、ドアなどの可動部を支障したり、エンジン放熱用の穴をふさいだりすることがないように処理する。側面や後部の窓もメッシュ状のフィルムを使用することで、車内からの視界を損なわずに装飾に使うことが可能になっている。塗装に比べて施工や契約終了後の撤去作業が容易であるため、イベントや新製品などの短期間の広告にも向く。このように、車両をフィルムで包み込む (wrap) ことから「ラッピング車両」(ラッピング広告)と名づけられている。
ラッピングは塗装に比べ表面のつやなどに違いがある[1]。ラッピングは曲面や凹凸部分の施工が難しく、窓枠やドアのふちなどに車体色が残る場合があるなど難点もある[1]。多大な空気抵抗に晒され、気圧の激しく変化する航空機や、高速列車では全面に用いることはできない。
車体広告への利用
歴史
2000年4月に当時の石原慎太郎東京都知事の発案により、東京都交通局の路線バス(都営バス)に登場した時、マスメディアを通じて「ラッピングバス」の名称が広く使われ、一般に普及した。
しかし、営業収入の赤字を補うため、バスなど車両の車体全面を広告媒体にする手法は、都営バスが最初ではなく、それ以前より世界的に行われていた。
日本の路線バスに限っても、1970年代から全国各地の地方路線バス事業者(青森市交通部、くしろバス、京阪バス、琉球バス(現琉球バス交通)など)で見られた。他の交通機関に広げれば、1964年に長崎電気軌道の路面電車で実施されており、現在では路面電車やバスにおける全面広告は一般的な存在になっている。
野外の看板などと同様に、都道府県や政令指定都市、中核市の屋外広告物条例の規制を受ける例が大半である。
広告の問題点
屋外広告条例やラッピングの内容で問題となることもある。
日本では、主に京都市内で街の景観を維持するため屋外広告が規制され、京都市交通局を初めとする京都の中心街(繁華街)を走行する路線バス各社は、京都の印象や景観にそぐわないラッピング車両の多くが短期間で契約解除となった例がある。京阪京津線においても、ラストランのためラッピング車両が走行したときは、滋賀県大津市から京都市山科区に入ってすぐに所在する四宮駅で即座に浜大津駅へ折り返すように要請されていた。
また江ノ島電鉄はかつて企業の広告電車を多数運行していたが、電車が走行する鎌倉市の条例変更に伴い、全面広告をまとった電車の運行が中止されている。なお、営利を目的としない広告については従来同様全面ラッピングを行った車両が運行されている。
小田急電鉄3000形の藤子・F・不二雄作品のラッピング編成「F-train」では、沿線の藤子・F・不二雄ミュージアムの開館を記念したデザインのため「博物館の広告」とみなされ、東京都の屋外広告条例の基準を逸脱していると判断され、東京都からの指摘により予定より大幅に早くラッピングを解除する事例もあった。その後、デザインを変えて復活している。
媒体別の利用状況
バス
前述のように、一部の地方事業者で少しずつ採用されていたが、2000年(平成12年)に東京都交通局が路線バスに採用したことで、これまで全面広告バスのなかった土地にも普及し、現在では日本各地で見られるようになっている。公営・私営とも経営が苦しい事業者が多いため、運賃収入以外の収益源を確保する目的のラッピング車両の運行に際して、前述の東京都などで屋外広告物条例が改正された事例がある。
一般路線バスに広告を貼り付けるケースが大半だが、一部では高速バス、観光バス、コミュニティバスにラッピングを行っているケースもあり、宣伝のために乗客を乗せずに駅前などの繁華街を巡回する場合もある。旅客輸送を行わない宣伝カーは、車体形状がバスでも白ナンバーである。広告・宣伝用ではない特異例としては、自動車メーカーから、バス事業者へ短期間貸し出された車輌にそのバス事業者の塗装と同じラッピングを施し、他の車輌との外観を揃えたというケースもある。
車体全体を広告フィルムで覆うことから、バス停留所にいる利用者からは運行しているバス会社が分からなくなる弊害があるため、正面だけフィルムを貼らずそのままにしたり、側面の窓やドア付近にバス会社名を表示する事業者が多い。中には、京阪宇治バスの一部車両の様に、後面のみをラッピングし、側面と正面には行わない例もある。
タクシー・ハイヤー
タクシーやハイヤーにもごく少数ながらラッピング車両が存在する。
日本では北海道厚岸郡浜中町の霧多布中央ハイヤーの車両のうち2台が2012年よりルパン三世のラッピングハイヤーとなっている[3]。 東京都の共同無線タクシー協同組合(現・日の丸交通グループ)では、2012年のマレーシア独立55周年を記念して加盟タクシー100台にマレーシア政府観光局の観光キャンペーンのラッピング装飾を施している[4]。 日の丸交通では、アディダスがスポンサーとなり2014年のFIFAワールドカップサッカー日本代表を応援する「円陣タクシー」として、ユニフォームをイメージした青のラッピング装飾が11台のトヨタ・プリウスに施された[5]。 コンドルタクシーグループでは、2016年11月より通訳システムを搭載することをアピールするため、同年11月12日に公開された映画『きんいろモザイク Pretty Days』と11月25日のBlu-rayボックス発売のPRを兼ねて保有車両の10台にラッピングが施された[6]。
タクシーのラッピング化についてコンドルタクシーの岩田将克は、事故時の自社タクシーおよびクライアントのイメージダウンと広告の競合先の人に乗ってもらえなくなることを懸念してタクシー車両のラッピング化には消極的だったが、車両が目立つことで乗務員の意識向上に寄与していると述べている[7]。
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日の丸交通「アディダス円陣タクシー」
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コンドルタクシー「きんいろモザイク」
鉄道
路面電車ではない鉄道車両でも、都道府県や政令指定都市の屋外広告物条例の規制を受ける形であるもの、同様な手法で広告媒体として鉄道事業者が用いる場合がある。このような事例として古くは江ノ島電鉄や近畿日本鉄道のアートトレイン(アートライナー)等がある。
鉄道車両の車体外部を使った広告の場合、バスや路面電車のような車体のほぼ全体を覆ったものは少なく、多くはドア周辺や窓の下などに帯状やスポット的に広告フィルム(ポスター)を張る手法である。また、1編成が同じ広告主(スポンサー)で統一されるものがほとんどであるが、女性専用車を実施している路線では編成中の該当車輌に対し女性向けの商品(化粧品等)のラッピングをするという事例もある(Osaka Metroなど)。車両内部の場合はドアや床などに施されている[8]。
2002年に東京都屋外広告条例が緩和され、鉄道車両へのラッピング広告が可能になって以来、ADトレインなどが日本の至る地域で見掛けられるようになった。
古くは1987年にJR東日本がコカ・コーラ社と契約し、全面広告の115系一編成を信越本線で運用していた例(通称「コカ・コーラ電車」)もある。この全面広告編成では車内に自動販売機も設置されていた。
路面電車においては基本的にバス同様、車体のほぼ全体に広告を印刷したフィルムを張る手法である。バス同様に公営・私営とも経営が苦しいところが多いため、運賃収入以外の収益源を確保する目的で、ほとんどの路線で全面広告車両が運行されている。鉄道雑誌などではラッピング車両なる呼称が定着する以前から、「広告電車」という呼称が広く使われていた。
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アートライナー(近畿日本鉄道)
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部分的なラッピングを施した例(山陽電気鉄道)
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車内にラッピングを施した例(高雄捷運)
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JR東日本が運行していた通称「コカ・コーラ電車」(しなの鉄道リメイク車)
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路面電車の事例(広島電鉄)
航空機
列車やバスと同様に、航空機にも機体をラッピングする広告が施されることがあり、『アドカラー』と呼ばれる。特に運賃以外での収益拡大が求められる格安航空会社などでこの傾向が顕著である。
日本でもスカイマークエアラインズ(現:スカイマーク)など新規参入会社で、初期の頃に機体全体を使った広告機[9][10][11] が存在したが、2015年時点で機体全体を使用した広告塗装機は日本には存在していない。
機体広告は、機体が大きいだけに塗装費用が膨大になり広告料が高くなるわりには、飛行中は広告を見てもらえない、あるいは見えても小さすぎる、また空港に駐機中も空港に来る人の中で一部の人にしか見てもらえないなど、宣伝効果が小さいため広告主が少ない現状にある。
純粋な広告とは言いにくいが、航空会社と外部企業などとの提携によるイベント的な塗装(オリンピックやFIFAワールドカップなど国際的なスポーツイベントに関連するもの、ポケモン、ディズニーなどのキャラクターをあしらったものが多い)がされることがある。
機体に直接塗装する方法と、あらかじめ印刷されたフィルムを貼る方法があり、ANAの『お花ジャンボ』は塗装で18日間かかった。フィルムは住友スリーエムが大手メーカーで、『JAL悟空』はフィルム210枚を使用している。
フィルム貼り付けの場合、飛行中は空気抵抗のほかに気圧や温度の変化で機体が膨張・収縮するためフィルムが緩む・裂ける・剥がれることから採用されることは少ない。採用されても空気抵抗や機体の膨張・収縮の影響が小さいところに部分的に用いられる。
エアレースなどスカイスポーツにおいても、自動車レースと同様にスポンサーのロゴやチームカラーに塗装した機体が多い。
広告型・キャンペーン連動型
機体を広告として用いるもの、またはある特定のキャンペーンの一環として塗装されるもの。
航空会社のキャンペーン型
航空会社自身の広告宣伝としてキャラクター等を使用するもの。
- 1993年 9月:全日本空輸747-400 『マリンジャンボ』
- 全日本空輸国内線搭乗旅客数5億人を記念した塗装でデザインは小中学生から公募され20110点の応募の中から千葉県の小学6年生のデザインが採用された。1995年5月に塗装終了。
- 1993年12月:全日本空輸767-300 『マリンジャンボJr』
- 1995年に塗装終了。
- 1994年 8月:日本航空747、767の計3機 ミッキーマウス他のディズニーキャラクター『JALドリームエクスプレス』
- 1995年12月に運行終了。
- 1995年 9月:日本エアシステム ピーターパン(ダイアナ妃が名誉総裁を務める「ピーターパンこども基金」との協賛)
- 1996年11月:全日本空輸747-400 スヌーピージェット
- 1997年5月に運行終了。
- 1997年11月:全日本空輸747-400 1機、747SR 1機計2機 スヌーピージェット1998
- 1998年5月に運行終了。
- 1998年 7月:全日本空輸747-400 1機、767-300 2機計3機 『ポケモンジェット』
- 1998年の夏休み限定予定の予定であったが好評のために延長。
- 1999年 2月:全日本空輸国際線用747-400 『ポケモンジェット』
- 1999年 6月:全日本空輸747-400 1機、767-300 2機計3機 ポケモンジェット(新デザイン『ポケモンジェット99』追加)日本国内合計6機
- 2004年 5月:全日本空輸747-400 ポケモンジェット(新デザイン『ピカチュウジャンボ』追加)日本国内合計7機
- 2013年9月に運行終了。
- 2004年12月:全日本空輸747-400 ポケモンジェット(新デザイン『お花ジャンボ』追加)日本国内合計8機
- デザインは小学生から公募し兵庫県の小学生の案が採用。2012年11月に運行終了。
- 2009年12月:全日本空輸767-300 モヒカンジェット - 復元塗装
- 2014年8月に運行終了。
- 2010年、2011年、2012年:日本航空 JAL嵐JET、JAL嵐JET2011、JAL嵐JET2012 - 3年にわたって異なるデザインの塗装が毎年施された
- 2011年 7月:全日本空輸777-300 ポケモンジェット(新デザイン『ピース★ジェット』追加)日本国内合計9機
- 2016年4月に運行終了
- 2013年3月:日本トランスオーシャン航空737-400 SWALジェット - 復元塗装
- 2013年10月:ピーチ・アビエーション A320-214 1機 『MARIKO JET』 - 篠田麻里子とのコラボ[12][13]
- 2014年5月に運行終了
脚注
- ^ a b c d “赤い京急電鉄に突如現れた「白い電車」の正体”. 東洋経済新報社. p. 2. 2019年9月12日閲覧。
- ^ a b “赤い京急電鉄に突如現れた「白い電車」の正体”. 東洋経済新報社. p. 1. 2019年9月12日閲覧。
- ^ 「北海道浜中町・ルパン三世はまなか宝島プラン」ルパン三世ラッピング列車・バス・ハイヤーの紹介 - 浜中町
- ^ “「マレーシア独立55周年記念 ラッピングタクシー走行中」”. 共同無線タクシー協同組合. 2014年4月26日閲覧。
- ^ “「“プレミア円陣タクシー”運行!乗車すると「手帳」ゲット」”. サンケイスポーツ. (2014年3月11日)
- ^ “アニメ「きんいろモザイク」 ラッピングタクシー”. コンドルタクシーグループ (2016年11月4日). 2018年8月4日閲覧。
- ^ 黒宮丈治 (2016年9月17日). “映画と異例のコラボ―業界の異端児・コンドルタクシーが挑戦を続ける理由”. シネマズ. 松竹株式会社. 2018年8月4日閲覧。
- ^ “JR東日本、青梅線エリアの魅力発信 - ラッピング列車や臨時列車も”. マイナビニュース. (2018年6月20日)
- ^ 機材広告_マイクロソフト/JA767B Airliners.net
- ^ 機材広告_ヤフージャパン/JA767A Airliners.net
- ^ 機材広告_USEN/JA767A Airliners.net
- ^ "篠田麻里子さん Peach の CA に!〜大阪(関西)-東京(成田)線で初フライト〜" (PDF) (Press release). Peach Aviation. 28 September 2013. 2015年3月17日閲覧。
- ^ “社員が考えた「空からマリコ」ピーチ・アビエーションのブランディング戦略が成功した理由”. 日経BP社 (2013年10月30日). 2015年3月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年3月17日閲覧。
関連項目
- 広告宣伝車
- 宣伝車(宣伝カー) - トラックの荷台を改造し、ラッピング広告を施した車を繁華街に走らせる広告の一手法。
- 広告貸切列車
- いずれも鉄道事業者による広告用途に1編成貸し切る形で運行されるもの。ただし一般運用されており乗客の選別は行っていない。
- ベロタクシー - 都市部を運行する自転車タクシー。主にラッピング広告による収益によって運営が行われている。
- スカイマーク - かつて広告入り航空機を就航させ、その広告で得られた収入を運営費の一部に充てていた。
- バイナルグラフィックス
- 痛車(いたしゃ) - 広告としての方向性を追求するというよりは、自分たちの趣味性をアピールする目的で、おもにおたくと呼ばれる人たちがアニメやゲーム(ギャルゲーなど)のキャラクターの図柄をボディ部にあしらった自動車。一部からはアニメなどのラッピング車両を「痛電(いたでん)」と呼ばれているほか、同様の趣向を凝らした自転車を「痛チャリ(いたちゃり)」とも呼ばれている。
- 痛タク - 車体にキャラクターなどをラッピングしたタクシー。代表的な例では地域活性化を目的に無料広告活動を行う。
- アジ電車 - 1960年代(昭和40年代)の日本国有鉄道の労使紛争が酷かった時代、アジテーション(扇動)の言葉を落書きのように書きなぐったり、労組の宣伝ビラを貼り付けて使用されていた車両。
- サザエさんバス事件
外部リンク
- ラッピングバス広告 自主審査基準 - 公益社団法人 東京屋外広告協会