すき焼き
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すき焼き(鋤焼、すきやき)は、肉を浅い鉄鍋で焼いた、あるいは煮た料理。割下を用いた甘辛い味付けの料理の総称として「すき焼き風」という呼称も用いられる。牛鍋(ぎゅうなべ)ともいう。
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[編集] 概要
一般的なすき焼きは薄切りにした牛肉が用いられ、葱、春菊、シイタケ、豆腐などの具材(ザクと呼ぶ)が添えられる。味付けは醤油と砂糖が基本となる。生卵をからめて食べることもある。しゃぶしゃぶの薄切り肉は熱湯にくぐらせるだけで食べられるほど薄いが、すき焼きの薄切り肉はしゃぶしゃぶに用いる肉よりも厚いことが多い。
[編集] 歴史
日本では幕末になるまで、仏教の戒律などのため牛肉を食べることは一般には行われていなかったが、別に「すきやき」と称された料理は存在していた。
古くは寛永20年(1643年)刊行の料理書『料理物語』に「杉やき」が登場しており、これは鯛などの魚介類と野菜を杉材の箱に入れて味噌煮にする料理である。さらに享和元年(1801年)の料理書『料理早指南』では、「鋤やき」は「鋤のうへに右の鳥類をやく也、いろかはるほどにてしょくしてよし」と記述されている。また、文化元年(1804年)の『料理談合集』や文政12年(1829年)の『鯨肉調味方』にも具体的な記述が見られ、使い古した鋤を火にかざして鴨などの鶏肉や、あるいは鯨肉などを加熱する一種の焼肉であったことが判る。この魚介類の味噌煮の「杉やき」と、鳥類・魚類の焼肉という「鋤やき」という二種類の料理が、牛肉の鍋物としての「すき焼き」の起源と言われている。なお、すき身の肉を使うことから「すき焼き」と呼ばれるようになったという説もある。
安政6年(1859年)に横浜が開港すると、居留地の外国人が牛肉を欲しがり、地方から牛肉が運ばれるようになった(神戸からと言われている)。このような状況で、文久2年(1862年)に横浜入船町で居酒屋を営んでいた伊勢熊(いせくま)が牛鍋屋を開業する。明治元年(1868年)、外国人向けに東京・芝に屠牛場ができた。以降、東京でも牛鍋屋が流行し、以後牛食は文明開化の象徴となる。仮名垣魯文はこうした状況を『安愚楽鍋』(1871年)に描き出している。この関東の「牛鍋」に対し、関西では先に焼いた牛肉を砂糖・醤油・出汁で調味する「すき焼き」が行われており、次第に関東でもこちらの「すき焼き」という呼称が定着していったようである。
横浜にはぶつ切り牛肉を使い、適宜、割下を注ぎながら濃い味噌だれで炒りつけるように煮る牛鍋を供する名店がある。幕末期、開港場の横浜では牛肉の煮売り屋台があった。ぼたん鍋の転用で、味噌煮込みであったらしい。明治初期の「牛屋(ぎゅうや)」の牛鍋もこうした味噌鍋が主流であったと思われる。先述のぶつ切り牛肉の味噌鍋の店も、こうした牛鍋のプロトタイプの名残りと見る事ができよう。
[編集] 作り方の例
[編集] 各地方での調理法の違い
すき焼きは、日本国内各地方でその調理法に違いが見られる。
関東のすき焼きは明治に流行した牛鍋がベースになっており、出汁に醤油・砂糖・みりん・酒などの調味料を混ぜた割下をあらかじめ用意し、割下の中で牛肉を煮る。関西のものは文字通り牛肉を焼く料理で、肉が焼けたところに砂糖を乗せるかまぶし、醤油を直接加えて味付けをする。肉と水の出る野菜を同時に焼かない点、コンニャクなど肉を硬くする作用を持つものを一緒に焼かないことなど、関西の調理の手順には特徴がある。ただし、野菜など他の食材から出る水分と砂糖および醤油が混ざることを考慮して、牛肉が焼けた後に他の食材を加えて調理する地域もある。
東西の食べ方の境界線は、愛知県豊橋市にあると言われる。現在では割下を万能調味料として売り出していることもあり、その境界は明確ではなくなってきている。
北海道や新潟県ではその昔、牛肉ではなく豚肉を使うことが一般的だった。これはかつてこの地域では牛肉が高価だったせいもあり、食べる習慣があまりなかったためである。しかし、比較的安価に牛肉が提供されるようになった現在では牛肉を使う場合が多い。
入れる野菜も、地方によってはモヤシを入れたりジャガイモを入れたりと様々である。
[編集] 溶き卵
古川緑波のエッセイによると、焼けた肉は具材を溶き卵に潜らせて食べるのは関西発祥で、関東の牛鍋をベースとしたすき焼き店では、溶き卵を出す店は無かったらしい。その後、関西のすき焼き店が関東に進出してきた時に、溶き卵を付けて食べる習慣も持ち込まれ、一般化したと言う。
[編集] 関東風
[編集] 材料
分量はおおよそ4人前。
- 牛肉 - 400g
- ハクサイ - 1/2個~1個
- 白ねぎ - 2本
- しらたき - 1玉
- シイタケ - 12枚
- 豆腐(焼き豆腐を用いる場合が多い) - 2丁
- シュンギク - 1束
- 他、好みに応じてエノキ茸やゴボウ、ジャガイモなどを入れても良い。
- 牛脂 - 1かけ
- 割下
- 出汁 - カップ1/2
- 醤油 - カップ1/2
- みりん - 大さじ3
- 砂糖 - 大さじ3
- 料理酒 - 大さじ4
- 溶き卵 - 適量
[編集] 作り方
- 材料は食べやすい大きさに切っておく。
- 熱したすき焼き鍋に割り下を入れ、肉や野菜と共に煮る。
- 火が通ったら溶き卵にくぐらせて食べる。
- シメには茹でたうどんを入れ、旨みの凝縮された汁を染み込ませて食べる。
なお、北大路魯山人によると「まずは肉だけを煮て食べ、次にザクだけ、というように交互に食べるとよい」という。また、「酒呑みのためのすき焼きには砂糖は入れない」のだそうである。
[編集] 関西風
[編集] 材料
分量はおおよそ4人前。
- 牛肉 - 400g
- ハクサイ - 1/2個
- 青ねぎ - 2本
- タマネギ - 1玉 大阪ではタマネギのみで 青ねぎを 入れない場合もある。
- 菊菜 - 1束
- 干しシイタケ - 6個(戻しておく)
- 糸コンニャク - 1玉
- 豆腐(焼き豆腐を用いる場合が多い) - 1丁
- 麩 - 6個
- 他、好みに応じてモヤシなどの野菜を入れても良い。
- 牛脂 - 1かけ
- 醤油(濃い口) - カップ1/3程度
- 砂糖 - 大さじ3程度
- 料理酒 - 大さじ4程度
- 溶き卵 - 適量(一人1~2個程度)
[編集] 作り方
- 野菜や豆腐などの具材は食べやすい大きさに切っておく。
- すき焼き鍋を熱して牛脂をひき、牛肉を入れて火が通るまで焼く。
- 焼けた肉の上に砂糖をのせ、その上から料理酒、醤油を入れる。
- 野菜や豆腐など、牛肉以外の具を入れる。水分は野菜から出るが、ここで好みにより水や昆布だしを追加しても良い。
- 器に入れた溶き卵にくぐらせて食べる。これは関東風と同じである。
[編集] 坂本九のSUKIYAKI (上を向いて歩こう)
- アメリカ合衆国では、1963年に坂本九の曲『SUKIYAKI(原題・上を向いて歩こう)』が大ヒットした。曲名の由来はすき焼きが日本を代表する料理であり、またレコード会社の社長が日本で食べた「スキヤキ」が旨かったからであるとされる。同曲は、1963年6月15日にはビルボードおよびキャッシュボックスの第1位にランキングされた。日本人の歌がアメリカでヒットチャートのNo.1になったのは、現時点でこの曲だけである。
[編集] 備考
- しらたきの近くに肉を置くと、しらたきに含まれているカルシウム分のために肉が硬くなるので、これらの具は離して置いたほうが良い。
- 大晦日や正月にすき焼きを食べる家庭があるが、これは豪華な食事の象徴のようである。
- 沖縄県では大衆食堂のメニューにしばしば掲げられるが、これは鉄鍋で煮込みながら食べる本土のすき焼きとは異なり、肉と野菜、豆腐を甘く煮合わせたものに生卵(あるいは目玉焼き)を乗せて平皿に盛った一品料理である。これはハワイと同様に亜熱帯に属する沖縄県では、食卓で火を用いる鍋料理が発達しなかったことによる変化であると考えられる。
- アメリカでは日本料理の代表として良く知られていて人気がある。ただし生卵に対する抵抗は強いため、用いられないことが多い。
- ハワイにはすき焼きから派生した「ヘッカ」と呼ばれる煮込み料理がある。これは日系移民が伝えて定着したもので、現地では牛肉ではなく鶏肉を用いるのが一般的である。
- タイには「タイスキ」 (Thai Suki) という料理があるが、これはしゃぶしゃぶに近い料理である。
- 三谷幸喜のエッセイにもある話だが、すき焼きを「軽く炒めた肉に水を加え、醤油と砂糖と野菜類としらたきを入れて煮込んだ料理」と認識している人がかなりいる。この場合は従って、すき焼きが「焼けた」ではなく、「煮えた」と言う。家庭で、割り下を作る(関東風)、砂糖をかける(関西風)などの手間を面倒臭がって、あるいは、時間が掛かるという理由から省いた結果であり、極端な場合は、「牛脂で焼いた肉を水と醤油で煮たもの(野菜やしらたきの類は入っていない)」や「肉じゃがのジャガイモ抜き」がすき焼きだ、と子供が思い込まされるケースも多々有る。「煮たすき焼き」をすき焼きと思い込まされた人が上記のすき焼き(関東風、関西風を問わず)を見た時、別の料理であると認識してしまうケースもある。煮たすき焼きを本来のすき焼きと区別して「すき煮」と言うこともある。

