魚醤
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魚醤(ぎょしょう)は、魚類または他の魚介類を主な原料にした液体状の調味料。魚醤油(うおしょうゆ)、塩魚汁(しょっつる)とも呼ばれる。
なお、「醤」の字は上部の形状が「將」(つまり醬)で、印刷標準字体であるが、JIS X 0213に該当する文字であるため、記事内では例外を除き、拡張新字体である「醤」を使用する。[1]
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概要 [編集]
魚を塩と共に漬け込み、自己消化、好気性細菌の働きで発酵させたものから出た液体成分が魚醤で、黄褐色 - 赤褐色、暗褐色の液体である。熟成すると、特有の香りまたは臭気を持つが、魚の動物性タンパク質が分解されてできたアミノ酸と魚肉に含まれる核酸を豊富に含むため、濃厚なうま味を有しており、料理に塩味を加えるとともに、うま味を加える働きが強い。また、ミネラル、ビタミンも含んでいる。
アジア、特に東南アジアの沿岸部を中心に、日本、中国なども含め、いくつかの文化圏で用いられており、特にタイを始めとする東南アジアでは、塩を除けば、ほぼ唯一の塩味の調味料で、非常に多くの料理に用いられる。また、これらの文化圏の中には、なれずしを作る伝統を残している地域もある。
日本では、近代的な食生活において、塩分濃度が高く風味が独特な魚醤は、醤油やうま味調味料の普及により一般家庭での使用は減っているが、いくつかの地方には魚醤を用いる文化が残っており、郷土料理などに利用されている。主なものでは、秋田でしょっつる(塩汁)、能登でいしる(魚汁)、香川でいかなご醤油が製造され、地元を中心に使用されている。この他1990年代後半ころから伝統的製法とは異なる製法が開発され、商品が製造販売されている(新製法の項目参照)。また、伊豆諸島でくさやを製造する際に用いられるくさや液も魚醤の一種であると考えられる。また90年代以降のタイ料理やベトナム料理の普及に伴い、後述の東南アジアの魚醤が比較的容易に入手可能になっている。
東南アジアでは、タイのナンプラー (น้ำปลา、nam pla) 、ベトナムのヌックマム (nước mắm ニョクマムとも) が世界的に有名である。他にも、フィリピンのパティス (patis)、カンボジアのトゥック・トレイ (ទឹកត្រី、tuk trey)、ラオスのナンパー (nam paa)、ミャンマーのンガンピャーイェー (ngan-pya-ye) 、インドネシアのケチャップ・イカン (kecap ikan) などがある。中国の広東省やマカオの魚露(ユーロウ)も地元で広く使われている。これらの言葉はおおむね「魚の水」という意味である。福建省福州では𩸞露(キエロウ)といい、厦門のケチャップ(鮭汁)の「鮭」と同じく塩辛を意味する語と、「露」を組み合わせている。
また、魚醤と同様の製法で作られ、液体を漉した後の物を固めたペースト状の調味料も用いられている。インドネシアのトラシ (trassi) や、マレーシア、ブルネイのブラチャン (belacan) 、フィリピンのバゴオン (bagoon)、カンボジアのプラホック (ប្រហុក、prohok)、ミャンマーのンガピ (ngapi) などがある。トラシやブラチャンはオキアミのペースト。マカオ周辺でもオキアミを用いた蝦醤(ハーチョン)が製造されている。
歴史的には、古代ローマにおいてもガルム(ラテン語: garum)と呼ばれる魚醤が使われていた。現在でもアンチョビーペーストやサーディンペーストがある地帯は、かつてアンチョビやサーディンの魚醤油が使われていたことの痕跡である。またイタリア南部アマルフィ周辺では、ガルムの流れを引くカタクチイワシの魚醤、コラトゥーラが今も作られている。
ケチャップは、トマトから作られるトマトケチャップが有名になっているが、ケチャップの語源は、福建省や台湾の「鮭汁」 (kechiap) という魚醤をさす言葉であるとする説が有力である(ケチャップを参照)。
製法 [編集]
もともとの製法は地域によりかなり異なっており、生の魚を塩漬けにしたり、干物にして用いるもの、特定の魚種だけを使う場合や網にかかった魚をみな使う場合、オキアミなどを原料とする場合がある。基本的に、用いる魚の種類によって、大きな魚の場合には内臓、頭、ヒレなどを、アンチョビなど利用価値の低い小形の魚の場合には、丸ごとを用いる場合が多い。
魚を大量の塩と共に漬け込む。内臓に含まれるプロテアーゼや混入してきた細菌やカビが分泌する酵素で自然発酵させるものが一般的だが、しょっつるのように麹を加えたり、料理用製品のように酵素剤を投入して発酵を助長するものもある。数か月以上発酵させ、熟成が進むと、魚の形が崩れ、全体が液化してくる。その液化が進んだものを、漉して用いる。熟成の度合いは地域によって異なり、熟成度が少なく、魚の香りの強いものから、熟成が進みチーズのような発酵した匂いが中心のものもある。魚と塩だけで熟成させるものの他に、これに野菜や香草類を加えて味を調えるものもある。
一般に食卓で用いるための製品は純度の高いものであるのに対し、料理用製品では、これに塩水とグルタミン酸ナトリウムなどを添加している場合もある。
近年の沿革 [編集]
日本では1990年代に料理用調味料として魚醤製品が注目されたことがあった。酵素や麹を用いて製造する方法が試行錯誤され、1989年に発売されたマリナージを嚆矢として様々な商品が開発された。しかし結局小売製品としての市場は拡大せず、これらの商品は2000年代以降加工食品の調味材料として生産されることが一般的になった。主なものは以下のごとし。
その一方で、2000年代以降は地域おこしの一環として、産学連携の成果として各地の特産海産物を原料とした魚醤も数多く開発された。主な取り組みを挙げる。
北海道 [編集]
1999年(平成11年)ごろから海産物を原料とした魚醤が水産会社により開発され始めた。2008年には北海道魚醤油生産組合が立ち上げられ、以後数十社が参加して商品が開発された。北海道の名産品であるサケやホタテを用いたものの外に、サンマ、寿都町名産のホッケ、苫小牧市名物ウバガイなどを用いた製品がある。2011年には北海道の食クラスター連携協議体重点プロジェクトに採用されて補助金が投下され、北海道産魚醤の統一ブランド名「雪ひしお」やゆるキャラ「雪ひしおくん」のPRが行われた。
高知県 [編集]
橋本大二郎知事の肝煎りにより1993年に設立された第三セクター「高知県商品計画機構」が 高知名産のカツオの内臓や粗を用いた魚醤「びーみ」を開発した。しかし、同機構の運営思わしくなく、2001年(平成13年)度を以って清算し、現在は入手不可能。
宮城県 [編集]
気仙沼漁港の飲食店等の有志が集まった気仙沼最高料理技術研鑽会が、漁港の名産品であるサンマ、イカナゴ、アミ (甲殻類)などを用いた魚醤「魚塩汁きがき」を開発した。
大分県 [編集]
2004年に日田市の会社が大分県産業科学技術センターと共同でアユを用いた「鮎魚醤」を開発した。淡水魚であるため通常の魚醤と臭みが異なる。
新潟県 [編集]
新潟漁業協同組合と新潟県すし商生活衛生同業組合が新潟県水産海洋物研究所と共同でホッコクアカエビを用いた「南蛮海老醤油」を開発した。2010年にはPR団体として「新潟魚醤油食ブランド普及協議会」が設立され、新潟市内の多くの飲食店で提供されている。
愛知県 [編集]
2000年に豊浜水産物加工業協同組合が愛知県産業技術研究所と共同でカタクチイワシを用いた「しこの露」を開発した。2003年には全国中小企業団体中央会から全国地場産業大賞優秀賞を受賞している。
各地の魚醤 [編集]
日本の魚醤 [編集]
しょっつる [編集]
秋田名物、伝統的にはハタハタで作る魚醤。現在作られているしょっつるはハタハタに限らず色々な魚で作られている。ハタハタ料理にも付き物。一般的にはハタハタ若しくはタラと豆腐、長ネギと一緒に鍋で煮る「しょっつる鍋」が有名。きりたんぽ鍋など、他の料理の味付けにも用いられ、ラーメンのスープに(特に隠し味として)使われる場合もある。創作和食の店ではドレッシングや付けダレなどに混ぜる(いずれも隠し味として)などの工夫も見られる。
いしる(いしり、よしる、よしり) [編集]
能登半島北部で古くから作られているイワシやイカの内臓や頭、骨を塩漬けして発酵させた魚醤油。イワシの身の部分で「糠鰯(ヌカイワシ)」を漬け込むときに、他の桶に骨や内臓を塩漬けにし発酵させた汁を調味料として使う。骨や内臓を無駄にしない生活の知恵から生まれた「魚汁」。 独特の風味がある。
古くから「いしる」の味を活かした家庭料理として「いしる鍋」があるほか、貝焼きと呼ばれる郷土料理がある。 これは、イカ、エビ、ホタテガイ、きのこ、だいこん、なすなどをホタテガイの貝殻に入れ、煮汁に「いしる」を加えて網焼きにしたもの。 また、海産物系の炒め物や鍋物などへの隠し味として使用されることもある。
「いしる」の名は、「いを(魚)じる(汁)」の転訛であるとされる[2][要出典]。 能登半島の輪島、門前、穴水、珠洲地区の多くで「いしる」、小木、宇出津地区では「いしり」と呼ばれる場合が多いが、半島全域で呼称が混在している。
いかなご醤油 [編集]
香川県の特産品。かつては「しょっつる」および「いしる」とともに日本三大魚醤と呼ばれた。1950年代に途絶えたが、近年になって少量ではあるが復活生産されるようになった。
しょっからいわし(しょからいわし) [編集]
新潟市西蒲区の角田浜・越前浜地区名物、イワシの頭と内臓を取ったあと、大量の塩と混ぜて半年以上発酵させた魚醤油。しょっからいわしで大根を漬け込み、2ヶ月間熟成させたものは「なまぐさごうこ」と言い、現地の郷土食である[3]。
世界の魚醤 [編集]
ブドゥ [編集]
カタクチイワシを材料にして作られる。主に野菜を食べるときのドレッシングとして使用される。イカの塩辛ににた色と味、香りをもつ。非常に塩分が強い。乳状のブドゥはビンで購入できる。これを小皿にすこしとり、そこにライムを絞り、好みでチリを刻んだものを加えることもある。ゆで野菜や生野菜をたべるときにこれにつけながら食べる。半島部マレー人のなかでもクランタン州および南タイ・パタニー州に住むマレー人を中心に好まれ、クランタンの独特な文化のひとつとして象徴的に語られることが多い。都市部のマレー人は食べたことがないものも多く、苦手な人が多いようである。
エクチョッ [編集]
カタクチイワシやイカナゴなどを材料にして作られる。主にキムチを漬ける際にオキアミの塩辛とともに使用されるほか、キムチチゲなど、チゲの隠し味としても使用されている。
蝦醤(ハーチョン) [編集]
オキアミ類を原料にして作られる。マカオおよび香港の長洲島の特産として知られるが、中国大陸の南部でも製造が盛んである。スープの味付け、野菜の炒め物などに使われることが多い。浙江省寧波では、ゆでたサトイモに付けて食べることが行われている。
ヌックマム [編集]
アンチョビ類を用いる。ナンプラーに似るが、ナンプラーよりも発酵度合いが低く、魚の香りがより強いものが多い。またナンプラーより塩味が弱いが、塩分濃度は高い。上等の品は親戚などへの贈答品として用いられることがある。「ニョクマム」「ヌクマム」とも呼ばれる。木製の樽に魚と塩を「魚10:塩4」の割合で入れ、蓋をして4か月 - 1年程度熟成させる。フォーをはじめとする、各種ベトナム料理の味付けに欠かせない。
また、マグロを原料にしたヌックマム「Nam Ngu(ナム・グー)」もベトナム北部を中心に人気がある。ただ、着色料「ブラウンHT (E155)」が使用されており、フランス、ドイツ、米国、スイス、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、ベルギー、オーストリアなどでは健康に悪影響を及ぼす可能性があるとして輸入が禁止されている。
ナムプラー [編集]
近海で水揚げされるアンチョビ類を、7か月から1年程度熟成させて作る。水揚げの減少に伴い、他の魚種も混合して用いられているという。一部の高級品のために、より大型のサバ類、ニシン類も用いられるが、これは一般には流通しない。
洗って水を切った魚には塩をまぶし、陶器の瓶に「魚2 - 3:塩1」の割合になるようにぎっしりと詰める。瓶の最下層と最上層には塩の層を作り、竹を編んだ蓋をして重石をおく。これは屋外に蓋をして置かれる。魚が液化するにつれ、蓋と重石が沈んで行く。熟成が終わると、液体成分を漉し、別の瓶に移して数週間置き、出荷される。沈殿物はプラー・ラーと呼ばれ、調味料として用いられる。
ナンパー [編集]
魚を塩水に漬けてつくられる。伝統製法では、陶器の瓶に作られ、瓶の状態で流通する。様々な魚種が用いられるが、主に淡水魚が用いられる。現地で流通するもののうち、80%が淡水魚、20%が海水魚で作った製品。しかしダムの増加に伴い、淡水魚の供給量が減少しており、これが変わりつつあるという。ちなみにこのナンパーを濾過しないものをパデーク(padeak)といい、ラオスではこちらも多用されている。
ウスターソース [編集]
(英語: worcestershire sauce、イギリス)
英国ウスターシャー原産のアンチョビの魚醤とモルトビネガー(麦芽酢)とスパイスを合わせた万能調味料。元祖といわれるリー・アンド・ペリン社のものが有名。味も製法も日本のウスターソースとは全く異なるものである。
ガルム [編集]
詳細は「ガルム (調味料)」を参照
アンチョビの内臓などから作った魚醤。 現在では、イタリアのチェターラという漁村でその流れを汲んだコラトゥーラ・ディ・アリーチ・ディ・チェターラ (Colatura di alici di Cetara) という魚醤が作られている。これは、頭と内臓を除いたアンチョビを塩漬けにしてできた液を集めたもの。
脚注 [編集]
- ^ 平成12年12月8日 国語審議会答申「表外漢字字体表」http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/kokugo/toushin/001218c.htm
- ^ 「魚」を意味する「いを」は、「うお」の古語。
- ^ NHKテレビ「夕時ネットワーク」2013年05月01日放送
参考文献 [編集]
太田静行『魚醤油の知識』(幸書房 1996)