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「ちりとてちん (テレビドラマ)」の版間の差分

;和田喜代美 (わだ きよみ) - [[桑島真里乃]](少女時代)→[[貫地谷しほり]]
:芸名は'''徒然亭若狭(つれづれてい わかさ)'''。福井県[[若狭]]地方の出身であることから。
:本作のヒロイン。[[1973年]]福井県南部小浜市出身。通称'''B子'''。学校内で同姓同名の清海と区別するために「和田A」「和田B」のうち「和田B」に甘んじ、次第にB子で定着するようになった。いささかマイナス志向で妄想癖があり、物事を悪く考える性格である。また何かと不器用。小浜でのうだつの上がらない状況を打破する為母と喧嘩し飛び出す形でした先の大阪に行く。そこで偶然に徒然亭一門草若と出くわし、やがて草若の下にただ一人残った弟子・草々への片思いを抱きつつ草若の弟子達が以前使っていた離れを間借りして住むことになった。</br>徒然亭一門と接していくうち落語への情熱が強くなは高まり、草若が高座に復帰した姿を見て自身も草若の弟子になり落語家になることを目指す事を決意。草若に弟子入りを願ったが、草若は弟子入りを当初断っていた。しかし草若も、喜代美の持つ正太郎からの形見であったテープにまつわる過去を正典から聞いた草若は、その落語会場での自身と正太郎とのやり取りを想起する。そして、正典の説得に動かされた草若は、喜代美の弟子を認めることになった。<!--初めての高座の日、演目である「(詳細は[[ちりとてちん」で肝心 (朝ドラ)#劇中登場する落語部分を間違えてしまったが、それでも2度の高座でどうにか演じ切る事ができた。 / 「あらすじ」的であり、特に人物紹介#愛宕山|劇で改めて別掲登場する出来事であったとは感じられません。下落語「ちりとてちん」の項内の記述]]参照)19歳十分では?-->初高座。
:草若邸を訪れた大阪で一番の借金取立ての男、り・あわれの田中に哀れ話の哀れ合戦をして打ち勝ち、磯七から哀れのチャンピオンいわ呼ばれる。徒然亭入門前、草若と草々からは「キーコ (喜ィ公) 」または[[喜六]]と呼ばれていた (後述) 。入門後は芸名の「若狭」と呼ばれている。
:[[上沼恵美子]]によるナレーションは、後年の喜代美が自身の半生を回顧する形になっている。毎週月曜日の放送の冒頭では「ようこそのお運びで。厚くお礼申し上げます」という口上を述べる。
;和田糸子 (わだ いとこ) - [[和久井映見]]
:喜代美の母。福井県北部、[[鯖江市]]の出身。実家は小間物屋。幼い頃に父を亡くし、母一人子一人の家庭で育った。実家は小間物屋。他人とは感覚がずれたところがあり、天然ボケのところがある気味だが楽天的な性格なので失敗しても気にしない。[[五木ひろし]]の大ファンで、十八番は「[[ふるさと (五木ひろし)|ふるさと]]」。正典が一時塗箸修行をやめていたのは糸子の母が営んでいた小間物屋実家の苦境を救うためだったため、正典には恩義を感じ、立派な塗箸職人になってもらいたいと考えている。引っ越し荷物から恋の悩みまで、いろいろなものに「鼻が利く」。喜代美が清海の元から失踪した時、草々に失恋した時にも匂いで嗅ぎ当てた。家族のこと、特に不器用な喜代美のことが心配でたまらず、家族の世話を焼きたがるが、喜代美はそれをうっとうしく思っていたが、初高座で失敗した際には喜代美もきつい言葉をぶつけながら最後には糸子にすがって泣いた。また糸子とのユーモラスな思い出は喜代美2度目の高座を成功に導いた。
;和田正典 (わだ まさのり) - [[松重豊]]
:喜代美の父。小浜市出身。高校卒業後、3年間正太郎の元で塗箸の修行をしていたが、10年前に修行を投げ出し家を出て正太郎とは絶縁状態にあった。だが塗箸家業が途絶えることを危惧し、鯖江の眼鏡工場を退職し妻子を連れて小浜に戻ってきた。父に似て生真面目な性格である。家族に冷静に突っ込む一面も。正太郎の死後、秀臣の下で従業員として働きながら修行を積み、9年後に秀臣の工場から独立し塗箸店を再興した。だが塗箸の売れ行きは悪く困窮している。
;和田小梅 (わだ こうめ) - [[江波杏子]]
:喜代美の祖母。地元では名の知れた元[[芸者]]で[[三味線]]の名人。粋な性格で最新の流行にも敏感。当時流行していた[[バブルガム・ブラザーズ]]や[[米米CLUB]]の曲を好んで聞いているくなど最新の流行にも敏感草若に弟子入りした喜代美を見ているうちに正太郎の遺言(「ぎょうさん笑え)を実行するためには自分が一歩踏み出して自分が嫌いな事にも挑戦しなければならないがつき、スペインに住む友人からの依頼を受けることを決意。三味線を教えるためにスペインへ移住した。スペインへ旅立つ際草若に自分が若い頃に着ていた着物を喜代美が高座に上がる時の衣装として託している。また内弟子修行に悩み「ちりとてちん」が習得できずに悩む喜代美を励ました。
;和田正太郎 (わだ しょうたろう) - [[米倉斉加年]]
:喜代美の祖父。小梅には「正太郎ちゃん」と呼ばれている。小浜でも数少ない若狭塗箸の名職人。塗箸の修行を放り投げ棄し家をて行った正典をなかなか許そうとはしなかったが、実は正典に塗箸を継いでほしいと思ってたことう望みの裏返しであるこった死の間際に告白する。落語好きで喜代美が落語に興味を持つきっかけを作り、喜代美には「ぎょうさん笑え。一回きりの人生や。ぎょうさん笑ろた方がええ。」という言葉を残した。なお、いつも聞いていた落語は、正典が塗箸職人になると告げた日(昭和43年10月6日)の、小浜市民会館での若き日の徒然亭草若の講演を録音したものを、草若自身に頼んで融通してもらったものだった。小梅には「正太郎ちゃん」と呼ばれている
;和田小次郎 (わだ こじろう) - [[京本政樹]]
:喜代美の叔父。正典の弟。堅実な兄とは違い、独身で定職を持たない[[ヤマ師]]。儲け話には目がないが、いつも失敗に終わるものの儲け話には目がない。奈津子が塗箸の取材のために和田家を初めて訪れた時にその美しさに目を奪われたが、竹谷への悪戯のために小次郎が作った「へしこ丁稚羊羹」を間違って奈津子が誤って食べてしまい、気持ち悪くさせてしまった。ガラクタ好きのため、ゴミの山状態となっていた奈津子の部屋を見て宝の山だと興奮。これがきっかけでさらに奈津子に注目し始め、以来奈津子と連絡しあう仲になっている。
;和田正平 (わだ しょうへい) - [[星野亜門]](少年時代)→[[橋本淳 (俳優)|橋本淳]]
:喜代美の二歳年下の弟。喜代美と違って手先が器用でしっかりもの。「他愛ないのう」が口癖。[[恐竜]]好きで高校卒業後大学に進学し、後に恐竜の研究に従事する。
 
====もうひとつの和田家====
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