ガイナックス

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株式会社ガイナックス
GAINAX Co., Ltd.
Gainax (Lucida Sans).png
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:181-0013
東京都三鷹市下連雀6-1-33
三鷹ビル2・3・4階
設立 1984年12月24日
業種 情報・通信業
事業内容 アニメーションを主とした映像作品・コンピューターソフトウェアの企画、制作および販売
代表者 代表取締役 山賀 博之
資本金 2億2千万円
関係する人物 関連人物の節を参照
外部リンク http://www.gainax.co.jp/
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株式会社ガイナックス: GAINAX Co., Ltd.)は、アニメーションを主とした映像作品・コンピューターソフトウェア企画制作および販売を主な事業内容とする日本企業日本動画協会正会員。

概要[編集]

武蔵小金井駅南口にあったガイナックスの旧スタジオ

1990年代には社会現象を巻き起こしたアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』を制作。他の代表作には『ふしぎの海のナディア』『トップをねらえ!』など。1980年代末からのコンピュータゲーム制作では『プリンセスメーカー』シリーズなどのヒット作品を残した。

社名の由来[編集]

社名は島根県の東部、鳥取県の西部の方言雲伯方言)で「大きい、凄い」という意味の「がいな」に未知を表す「X」をつけたもの。なお「がいな」という方言自体は紀南四国の一部、また愛媛県から海を隔てた大分県の沿岸部でも使用される。

制作体制[編集]

実制作を行う場合は他社へ委託する形をとっていた(テレビシリーズの多くが他社との共同制作名義である)が2004年開始のビデオシリーズ『トップをねらえ2!』から『王立宇宙軍 オネアミスの翼』以来の制作部門が立ち上がり、自社単独名義による元請制作のほか従来の作画協力等ではなく他社のテレビシリーズのグロス請けも行っている。

作風[編集]

当初は企画・演出・作画に特化した制作会社で所属するアニメーター・演出家も他社に比べてそれらの個性(少々悪く言えばクセ)が強く、原作・キャラクターデザインから脱線した感が出るほどに際立つ場合もある。

オリジナル作品の特徴[編集]

各話ラストで「つづく」のテロップを挿入する演出は、『トップをねらえ!』から歴代ガイナックスオリジナル作品へと引き継がれている。また最終話サブタイトルにSF小説の題名を流用している作品も多い。

版権管理[編集]

比較的緩い。ファンによるエヴァンゲリオンの画像のウェブ上での使用を部分的に許諾する公式サイトのトップページでの漫画家イラストレーターとのコラボレーション、上記のような所属スタッフの他社への出向・制作協力[1]、公式同人誌のコンスタントな発行等を積極的に行うなど他社と一線を画した活動で注目されている。本社のスタッフとの協同作業を行う機会が多い外部の監督として、大地丙太郎細田守押井守が挙げられる[2]

成人向けコンテンツ[編集]

他社が自社作品のイメージを保つ為に18禁同人作品に対して厳しい姿勢を示している中、ガイナックスは自社の一般アニメ作品のキャラクターを使った『電脳学園III トップをねらえ!』『エヴァと愉快な仲間たち 脱衣補完計画!』や現存する社員を扱った『ガイナックス連続殺人事件(エロ)』といった成人向けゲームを自ら制作している。

ただし、先述の『エヴァと愉快な仲間達 脱衣補完計画』では『ふしぎの海のナディア』のキャラクターは対象外になっている。

沿革[編集]

同人時代[編集]

1981年日本SF大会「DAICON 3」のオープニングアニメーションに関わった関西の学生らが、「DAICON FILM」として映像制作を行っていた。岡田斗司夫武田康廣赤井孝美山賀博之庵野秀明村濱章司といった面々である。

彼らは学生時代から大阪府門真市海洋堂の常連であった。

DAICON 3の後、岡田と武田は大学を中退しSFグッズショップ「ゼネラルプロダクツ」を大阪寺田町で設立。ゼネラルプロダクツは学生主体のDAICON FILMと密接な関係を持ちながら活動した。

DAICON 3が評価され、山賀と庵野が『超時空要塞マクロス』に参加。マクロスは人手が足りなく下請けに発注したカットが使えるかどうかも問題となっていた状況で山賀は赤井から前田真宏貞本義行を紹介され、『マクロス』に参加を依頼。前田、貞本との出会いとなる。

ゼネラルプロダクツの経営が軌道に乗ったところで、「もう何もすることが無い」と1人中心から外れていた岡田に山賀が「プロになる」ことを持ちかける。ゼネラルプロダクツは、プロとしての映像制作を模索する岡田と山賀に200万円の活動資金を提供。DAICON FILMとゼネラルプロダクツは、ガイナックスの母体となった。

ガイナックスの設立[編集]

1984年、岡田は『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(劇場公開時の題名)を企画。制作にあたり、12月24日にガイナックスを設立した。これに、ゼネラルプロダクツとDAICON FILMのメンバーと岡田の知人でテレビアニメ『レンズマン』のプロデューサーを務めていた井上博明が加わった。ガイナックスは『王立宇宙軍』のパイロットフィルムを制作、4分ほどの作品が1985年4月に完成した。

村濱章司によると「鉛筆削りのクズ」がガイナックス社内では大量に出ており、「いかに絵を描くのが好きな人たちが集まっている会社なのか、よくわかった」と述べている[3]

岡田は『王立宇宙軍』のパイロットフィルムと企画書をバンダイ(DAICON FILM最後の作品となった自主製作特撮映画『八岐之大蛇の逆襲』の販売元)の役員会に持ち込み、(バンダイがそれまで経験したことがない)映像事業に投資するようプレゼンテーションを行った。バンダイは投資を決断、『王立宇宙軍』は劇場用映画として制作され1987年に公開された[4]。この当時『オネアミスの翼』への制作過程は「月刊モデルグラフィックス」において詳細に連載されており経緯を知ることができる。

樋口真嗣によるとこの頃はまだガイナックスが「硬派」だったが、次回作の『トップをねらえ!』で「軟派に変貌を遂げた」と述べている[5]

ガイナックスは当初『王立宇宙軍』が完成すると同時に解散する予定であったが、同作品の制作費が予定を大きく超過したため超過分は借金となった。そのため借金を返済すべく経営を続け、OVA作品の『トップをねらえ!』を制作した。同作品は好評だったもののこちらにも過大な制作費をかけてしまったため、結果的に借金は膨らんだ。

ガイナックスはさらに経営を続けざるを得なくなり[6]、アニメ制作の下請けや孫請けも行なうようになっていく。1989年から1990年にかけては、池沢さとしが「週刊プレイボーイ」に連載した漫画『ビートショット!!』『サーキットの狼II モデナの剣』をOVAで制作。また『サイレントメビウス』のゲーム化も手掛けている。これらを企画した岡田はクリエティブな発想による発案でなく、借金を返済するための「これは売れる」というセールス優先の完全に売れ線狙いの作品だったと後に語っている[7]

パソコンゲームへの進出[編集]

1989年からは岡田の発案により、パソコン向けコンピュータゲーム制作にも乗り出しアニメと両輪の企画・制作を続けた。ゲーム製作開始にともないパソコン雑誌『I/O』編集部の柏原康雄を迎え入れ、I/O系のゲームプログラマーを中核として陣容を固めた。北久保弘之も監督した『電脳学園』シリーズ、眠田直による『バトルスキンパニック』などがあり特に赤井が監督とキャラクターデザインを担当した1991年の『プリンセスメーカー』シリーズは大ヒットを飛ばし他メーカーが追随したことにより育成シミュレーションゲームというジャンルの先駆けとなり、また赤井も人気クリエイターの仲間入りを果たした。岡田によれば当初「ゲームは紙芝居である」と結論付け、10枚に満たない原画を元に製作。(フロッピー・ディスクは)製造原価が低く済み、開発費も殆ど掛からなかった事からアニメ制作で出た赤字を補填し、当時会社にとって重要な収益になっていたという。

変革期[編集]

1992年、ゼネラルプロダクツはワンダーフェスティバルの権利を海洋堂に委譲した後にガイナックスと合併した。この年には、創設メンバーだった前田真宏らが独立して、GONZOを設立。DAICON FILM時代以来、ずっと舵取りをして来た社長の岡田もこの年に退社し、澤村武伺が第二代社長となった(2000年迄)。

ブレイク期[編集]

1988年からのOVA『トップをねらえ!』で注目を集め始め、テレビアニメ『ふしぎの海のナディア』はアニメ雑誌の表紙や巻頭特集を度々飾り、人気投票でも1位を取る1990年の最大の話題作となった。1991年に発表したOVA『おたくのビデオ』は、1970年代末から1980年代前半のアニメブームを背景として活躍したDAICON FILM時代からのガイナックス自身をセルフパロディ化した作品。一説にはこの作品がアメリカの日本アニメファンの間に「おたく」という言葉を広めたとも言われる[8]

そして、1995年の『新世紀エヴァンゲリオン』はアニメの枠を乗り越えて社会現象を巻き起こし、ガイナックスは一躍脚光を浴びた。その中、1997年の『新世紀エヴァンゲリオン』の劇場版では完結編の公開が延期になる事態が起きた。

近年の動向[編集]

2006年取締役だった庵野秀明が退社独立し9月にアニメ制作スタジオ「カラー」設立。鶴巻和哉摩砂雪なども同社へ移籍。

2007年には久しぶりとなるガイナックスオリジナルのアニメ作品『天元突破グレンラガン』を製作。また、『新世紀エヴァンゲリオン』のリメイク作品である『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』が劇場公開されたが、本作は庵野秀明が新たに興したアニメ製作会社「カラー」の作品である。エヴァンゲリオンの諸々の権利を持つガイナックスは原作協力としてクレジットされているのみで、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの著作権はカラーが所有している。

2010年には子会社として、CG制作を主業務とする「吉祥寺トロン」を設立[9]

2011年1月には本社を小金井市から三鷹市下連雀(旧・春日電機株式会社本社ビル)に移転。同年2月には最新作である“ SUBARU x GAINAX Animation Project ”第1弾アニメ『放課後のプレアデス』をネット配信中(富士重工業スバル)とのコラボレーションアニメ)。同年8月、大塚雅彦今石洋之が独立し、トリガーを設立した(すしお[10]柴田由香[11]吉成曜久保田誓なども同社へ)。同時期から秋にかけて貞方希久子山口智錦織敦史上村泰ら複数人が退社している。

2011年には赤井の郷里である鳥取県米子市に『ヨナゴフィルム』を設立。映画祭『米子映画事変』の支援を行う。

2012年4月には初の実写連続テレビドラマ『エアーズロック』を制作、東・名・阪 ネット6で放送。

2014年2月にはイオン米子駅前店にレンタルスペース「ガイナックスシアター」をオープン。

不祥事等[編集]

有害図書指定
1989年、『電脳学園』が宮崎県の条例で有害図書指定され、それを不服として行政訴訟を起こした。詳細は宮崎県有害図書指定訴訟を参照。
脱税事件
1999年11月、ゲームソフト制作・開発を装い複数の取引先に仕事を外注したように装い、経費を水増しした。その際、代金を一度、架空の外注先口座に振り込み取引の体裁を整え返金させていた。取引先にはリベートを支払い協力させていた。東京国税局は2年間で15億6000万円の所得隠しと5億8000万円を脱税したとしてガイナックスと当時の社長である澤村武伺を告発し、後に澤村は逮捕された。
ファンへの暴言
2007年4月、テレビ東京系で放映されたアニメ『天元突破グレンラガン』第4話には、同監督が『フリクリ』などで見せていた画風や作風の変化をも取り込んだ表現技法が顕著に出ていた(フリクリほどではない)。放映終了後、通常の商業アニメ作品の方法論と比較する一部の視聴者から批判的な意見が同アニメの公式ブログなどに相次いで書き込まれた。程なく、これらの意見に反発するガイナックス女性社員がmixiの日記に視聴者に対しての批判的な意見を書き込んでいたことが発覚したため、批判していた視聴者に油を注ぐ形になった。同時に、この日記内容に同調するコメントをつけたmixiユーザーの中に取締役の赤井がいた事が判明したため、最終的に赤井が取締役を辞する事態へと発展した[12][13]

作品履歴[編集]

太字は元請制作作品。

テレビアニメ[編集]

1980年代

1990年代

2000年代

2010年代

魔法少女大戦(2014年)

  • バブルバブルクック(ガイナックスは日本語吹替版の制作及び配給として参加、韓国アニメ、2014年 - 2015年)
  • バブルバブルクックZ(ガイナックスは日本語吹替版の制作及び配給として参加、韓国アニメ、2015年 - 2016年)

OVA[編集]

Webアニメ[編集]

劇場アニメ[編集]

ゲームソフト[編集]

ゲームの他にもCG集やデスクトップアクセサリー集なども発売。他社からも版権作品が発売されている。

その他[編集]

ミュージッククリップ[編集]

作画担当作品[編集]

テレビアニメ(作画)[編集]

1980年代

1990年代

2000年代前半

2000年代後半

劇場アニメ(作画)[編集]

ゲーム[編集]

特撮/実写作品[編集]

関連人物[編集]

アニメーター・演出家[編集]


その他[編集]

参考資料[編集]

  • 岡田斗司夫、唐沢俊一眠田直『オタクアミーゴス!』(1997年、ソフトバンク
  • 岡田斗司夫『世紀の大怪獣!!オカダ 岡田斗司夫のお蔵出し』(1998年、イースト・プレス)
  • 中島紳介、斉藤良一、永島収『イデオンという伝説』(1998年、太田出版)
  • 岡田斗司夫、山本弘、小牧雅伸『空前絶後のオタク座談会1 ヨイコ』(2001年、音楽専科社)
  • 武田康廣『のーてんき通信 エヴァンゲリオンを創った男たち』(2002年、ワニブックス
  • 多田信『これがアニメビジネスだ』(2002年、広済堂出版)
  • 『ガイナックス・インタビューズ』(2005年、講談社

脚注[編集]

  1. ^ 作画(動画・原画・作監)担当の他、監督・デザイン作業としての出向も珍しくないがあくまで「企業」としてではなく「個人」として関わっている為、自社の公式サイト・関わった作品のエンドクレジットには掲載されない。
  2. ^ ただし、押井は「元」スタッフとの交流・共同作業が多い(例:樋口真嗣等)。
  3. ^ 村濱章司 『オタクバカ一代』 角川書店、2006年
  4. ^ .ANIME コラム
  5. ^ レッカ社 『語ろうシャア!』 カンゼン、2004年
  6. ^ 竹熊健太郎編 『庵野秀明 パラノ・エヴァンゲリオン』 1997年、太田出版
  7. ^ 岡田斗司夫、唐沢俊一、眠田直『オタクアミーゴス!』ソフトバンク、1997年、p127
  8. ^ パトリック・マシアス、町山智浩『オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史』太田出版、2006年、p18
  9. ^ 吉祥寺トロン奮戦記 vol.1 - CG WORLD、2011年4月29日
  10. ^ ぴあBOOKSHOP PIXAR ぴあ
  11. ^ トリガー - アイドルマスター17話をグロス制作させて頂きました
  12. ^ 公式ブログとmixiをめぐる騒動について。”. ガイナックス (2007年4月27日). 2007年4月27日閲覧。
  13. ^ ガイナックスの取締役がmixi日記での記述の責任を取って辞任”. Gigazine (2007年4月27日). 2007年4月27日閲覧。
  14. ^ エヴァの続編?正体は? ネギマン、ネット公開中 鳥取朝日新聞 2011年9月20日
  15. ^ GAINAX初実写TVドラマ、大橋裕之キャラデザの戦隊ものマイナビニュース 2012年2月23日

関連項目[編集]

以下はガイナックスの元スタッフが興した制作会社群

外部リンク[編集]