シャフト (アニメ制作会社)

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有限会社シャフト
SHAFT INC.
Studio Shaft.svg
種類 特例有限会社
本社所在地 日本の旗 日本
167-0021
東京都杉並区上井草一丁目29番15号
設立 1975年9月1日
業種 情報・通信業
事業内容 アニメーションの企画・制作
代表者 代表取締役社長 久保田 光俊
資本金 3,000,000円(2004年3月1日現在)
外部リンク http://www.shaft-web.co.jp/
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有限会社シャフト: SHAFT INC.)は、アニメーションの企画・制作を主な事業内容とする日本企業。杉並アニメ振興協議会会員。

いわゆる共同ペンネームを使用する事があり、古くは『十二戦支 爆烈エトレンジャー』の紗吹 都、2000年代以降は東 富耶子東 冨耶子)、椎谷 太志を使用する。

沿革[編集]

虫プロダクション(虫プロ)出身の若尾博司が1975年(昭和50年)に仕上スタジオとして創業。設立当初は同年に設立されたスタジオディーンとともに、シンエイ動画及び虫プロの流れを汲む日本サンライズ(後のサンライズ)制作作品の仕上を請け負っていた。

1980年代前半、グロス請けを開始し、仕上スタジオからアニメーション制作全般を請負う制作会社に転換した。1987年(昭和62年)の『夢から、さめない』が初の自社元請制作作品であり、1995年(平成7年)の『十二戦支 爆烈エトレンジャー』が初の自社企画・元請制作によるテレビシリーズである。2000年(平成12年)から2001年(平成13年)にかけて発売された『トップをねらえ!』のDVD映像特典として収録された短編作品をグロス請けで制作。以降2001年(平成13年)から2005年(平成17年)までガイナックスと共同名義で制作を請け負った。

2004年(平成16年)、久保田光俊が二代目代表取締役に就任した[1]。相前後してデジタルペイントデジタルコンポジット制作に移行。これに伴いVFX・デジタル撮影部門を揃える。2001年(平成13年)、タツノコプロ制作の『The Soul Taker 〜魂狩〜』にグロス請けで参加。この際の仕事ぶりが新房昭之の目に留まり、『月詠 -MOON PHASE-』(2004年(平成16年))の制作会社としてシャフトを提案[2]。以降尾石達也大沼心などのスタッフが制作に参加し[3]、『ぱにぽにだっしゅ!』や『さよなら絶望先生』など、新房を監督とする作品を中心としたテレビシリーズを手掛けている。また、新房を監督とする作品では、別にシリーズディレクター(チーフディレクター、副監督)を立てることが多い。

2011年に制作した『魔法少女まどか☆マギカ』は記録的なヒットとなり、『Newtype×マチ★アソビ アニメアワード2011』において、監督賞・作品賞など14冠を達成し、相応の成果を得る。

作品履歴[編集]

テレビアニメ[編集]

1980年代

1990年代

2000年代前半

2000年代後半

2010年代前半

OVA[編集]

1980年代

1990年代

2000年代

2010年代

劇場アニメ[編集]

1980年代

1990年代

2000年代

2010年代

ゲーム中アニメーション[編集]

テレビ番組[編集]

その他[編集]

仕上担当作品[編集]

テレビシリーズ
OVA
劇場作品

関連人物[編集]

アニメーター・演出家[編集]


制作[編集]

  • 若尾博司(創業者、初代代表取締役)
  • 久保田光俊(第2代目代表取締役、アニメーションプロデューサー)
  • 大嶋実句(アシスタントプロデューサー)

脚本[編集]

美術監督[編集]

色彩設計[編集]

撮影監督[編集]

ビジュアルエフェクト[編集]

音響監督[編集]

漫画家・イラストレーター[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 商業登記簿から得られた情報による(2006年(平成18年)4月)。
  2. ^ 新房昭之『新房語』一迅社、2012年、238-239頁、新房昭之と久保田光俊の対談。
  3. ^ 新房監督作品の奥にアニメ表現の最先端を見た!”. ぷらちな. pp. 1 (2007年8月11日). 2008年4月18日閲覧。
  4. ^ 任天堂. “Twitter @SmashBrosJP 2014年6月11日 2:02の発言”. 2014年6月11日閲覧。

外部リンク[編集]