大原博夫

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大原 博夫(おおはら ひろお、1894年明治27年)3月15日 - 1966年昭和41年)1月11日[1])は日本医師政治家。衆議院議員。広島県会議員、同議長[2]広島県知事(第48、49、50代)[3]。広島県医師会長[2]

三女は参議院議長を務めた藤田正明の妻[4]1993年から4期16年広島県知事を務めた藤田雄山は孫。

経歴[編集]

広島県豊田郡大河村(のちの東広島市河内町)出身[5]。医師・大原弥八の長男[5]1913年、広島県立広島中学校(現・広島県立広島国泰寺高等学校)卒業[2]1920年、東京慈恵会医院医学専門学校(現・東京慈恵会医科大学)卒業[5]。父の医業を継ぐ[5]。自宅で開業する[2]

県会議員を5期務めた[2]1943年、県医師会長に選出された[2]1946年第22回衆議院議員総選挙協同民主党公認で出馬し衆議院議員に当選した。1951年、前職の楠瀬常猪知事が参議院に鞍替えした。大原は広島県知事選挙に出馬、当選した。三期務めた。しかし1962年、県議会で「大判小判事件」と呼ばれるスキャンダルが表面化、三期目途中で辞任し、引退した。

人物[編集]

  • 趣味は読書[6]。宗教は真宗[6]
  • 広島市中区加古町にある広島県職員原爆犠牲者慰霊碑(1958年8月6日建立)には、知事として大原の名が刻まれている[7]

家族・親族[編集]

大原家

広島県東広島市

  • 父・弥八(医師)[5]
  • 母(広島、馬場清安の長女)[6]
1871年 -
  • 弟・茂樹[6]
1897年 -
1924年明治大学商学部卒業[8]国際通運大阪支店長[6]
  • 妻・トシ(広島、木村徹量の二女)[6]
1896年 -
1930年 -
1922年 -
1926年 -
  • 三女(広島、藤田正明の妻)[4]

脚注[編集]

  1. ^ 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』138頁。
  2. ^ a b c d e f 大正02年卒の人物 大原博夫鯉城同窓会、2015年12月23日閲覧。
  3. ^ 広島県歴代知事広島県ホームページ、2015年12月23日閲覧。
  4. ^ a b 『豪閥 地方豪族のネットワーク』89-90頁。
  5. ^ a b c d e 原爆被爆下における広島県医師会長大原博夫先生の活動について 江川義夫広島県医師会速報(第1842号、2003年9月5日)、2015年12月24日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i 『人事興信録 第13版 上』オ157頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2015年12月24日閲覧。
  7. ^ 広島県職員原爆犠牲者慰霊碑ひろしまナビゲーター、2015年12月23日閲覧。
  8. ^ 『明治大学校友会会員名簿 大正13年7月』163頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年10月18日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『明治大学校友会会員名簿 大正13年7月』明治大学校友会本部、1924-1925年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第13版 上』人事興信所、1941年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 佐藤朝泰『豪閥 地方豪族のネットワーク』立風書房、2001年。