馬淵鋭太郎

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馬淵鋭太郎

馬淵 鋭太郎(まぶち えいたろう、慶応3年1月1867年) - 1943年昭和18年)9月13日)は、日本の内務官僚政治家。官選府県知事京都市長、錦鶏間祗候馬渕と表記される場合がある。

経歴[編集]

美濃国加納藩士・馬淵致正の長男として生まれる。1893年帝国大学法科大学を卒業。同年8月、高等試験に合格し、内務省試補となり内務属として社寺局に配属された。以後、兵庫県奈良県京都府の各参事官栃木県山口県長崎県の各書記官などを歴任。

1906年7月、山形県知事に就任。以後、山口県・三重県広島県・京都府の各知事を歴任。退官後、1921年7月、京都市長となる。その後、恩賜財団済生会理事長日本赤十字社常議員を務めた。

栄典[編集]

著書[編集]

  • 『国民精神ノ振興ト国史教育』馬淵鋭太郎、1918年。
訳書
  • ダッドレー・ヒースコート稿『新欧洲「ムッソリニ」の新国家観』馬淵鋭太郎、1926年。

脚注[編集]

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  1. ^ 『官報』第1310号・付録「辞令」1916年12月13日。
  2. ^ 『官報』第2937号・付録「辞令」1922年5月19日。

参考文献[編集]

  • 上田正昭他『日本人名大辞典』講談社、2001年。
  • 歴代知事編纂会編『新編日本の歴代知事』歴代知事編纂会、1991年。
  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。