広島県庁

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広島県の旗 広島県の行政機関
広島県庁
ひろしまけんちょう
Hiroshima Prefectural Government
Flag of Hiroshima Prefecture.svg
広島県庁舎本庁舎
役職
知事 湯崎英彦
副知事 中下善昭
田辺昌彦
組織
知事部局 危機管理監
総務局
地域政策局
環境県民局
健康福祉局
商工労働局
農林水産局
土木建築局
会計管理者 会計管理部
公営企業管理者 企業局
病院事業管理者 病院事業局
行政委員会 選挙管理委員会
監査委員
広島海区漁業調整委員会
広島県内水面漁場管理委員会
収用委員会
教育委員会
(事務局)
人事委員会
労働委員会
公安委員会
警察本部
概要
所在地 広島市中区基町10-52
北緯34度23分47.6秒
東経132度27分34.6秒
座標: 北緯34度23分47.6秒 東経132度27分34.6秒
定員 一般行政部門6,135人
教育部門20,877人
警察部門5,580人
総計32,592人
年間予算 9,726億円(2007年度)
設置 1871年
ウェブサイト
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/
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広島県庁(ひろしまけんちょう、: Hiroshima Prefectural Government)は、地方公共団体である広島県行政機関

沿革[編集]

  • 1871年 広島県発足。庁舎は広島城内に。
  • 1873年 仮庁舎として国泰寺(小町)へ移転。
  • 1876年 失火により庁舎が全焼、仮庁舎を仏護寺(寺町)へ移転。
  • 1878年4月 本庁舎を与楽園に隣接する地(水主町、現アステールプラザ付近)に新築。
  • 1945年8月6日 広島市への原子爆弾投下により本庁舎壊滅。
    • 同日17時、戦災緊急避難先として6番目に指定されていた多聞院に臨時県防空本部が設けられた。
    • 同日20時、たまたま福山市への出張により難を逃れていた高野源進知事の下で内務省への報告、救護班の出動命令が出されるなど、被爆直後の臨時の県庁として機能した。
    • 8月7日朝 臨時県庁として東警察署(現広島銀行銀山町支店)に移転、救済活動や食糧放出などの対策が進められた。
    • 8月20日、東洋工業(現マツダ)社長・松田重次郎より土地を提供され、東洋工業府中工場敷地内に移転、全機関がこの敷地内で業務遂行を再開。
  • 1946年6月 庁舎を陸軍兵器補給廠南区霞町、現広島大学霞キャンパス / 医学部附属病院)に。
  • 1956年4月 本庁舎を中区基町に新築。
  • 1998年 知事直轄の「企画審議官」配置。重要施策の企画などを担当。2年後廃止。
  • 2007年 副知事複数体制(2人)へ移行。
  • 2008年 組織再編。「」「」「」制導入。知事直轄の「危機管理監」配置。
  • 2010年 総務局に局長級の「経営戦略審議官」を設置。
  • 2011年 組織再編。「局」「部」「課」制の3層構造を廃し、「局」「課」の2層構造とする。各課を総括する「部長」を適宜設置した。[1]
  • 2012年 都市局を土木局に統合し、土木局に局長級の「都市技術審議官」を設置。
  • 2020年 従来の「部長」を一部を除き「総括官」に改める[2]

組織[編集]

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庁舎・地方機関[編集]

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主な職員[編集]

県政番組[編集]

関連項目[編集]

出典[編集]