広瀬・寺町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

広瀬町(ひろせまち)、広瀬北町(ひろせきたまち)、寺町(てらまち)は、広島市中区の地名である。

地理[編集]

旧太田川(本川)が寺町の北東の箇所を三角州の頂点として天満川と旧太田川(本川)に分岐し、寺町の西に広島市道横川江波線国道183号重複)が通り、その西に広瀬北町、広瀬北町の南に広島市道中広宇品線を挟んで広瀬町。西に天満川を挟んで西区中広町、寺町の北側は天満川を挟んで横川町、寺町の南、広瀬町の東に十日市町、その東に旧太田川(本川)を挟んで広島市中心部の中区基町広島市中央公園広島城、その南のそごう広島店本通商店街なども遠くない。

歴史[編集]

安芸国広島城所絵図。城の西側に密集していることがわかる。
画像外部リンク
アメリカ国立公文書記録管理局が所有する米軍撮影写真。
Hiroshima aerial AA3372
Hiroshimaaerial with bridge aiming point A3477
Hiroshima aerial A3386
Hiroshima aerial A3388

地名の由来[編集]

広瀬町・広瀬北町[編集]

広島城築城の頃、市街地はまだ多くの部分が埋め立てられておらず、この地区は広く瀬が続いていたことから広瀬と呼ばれた。その後広瀬村となり、明治以降は広島市広瀬村となった。広瀬村のうち南側に位置する地域を広瀬町、北側に位置する地域を広瀬北町とした。

寺町[編集]

寺院が多く集まっていることに由来する。本願寺広島別院など浄土真宗の寺院が多くある。旧太田川を挟んだ対岸はかつての広島城内に相当し、旧太田川を天然の外堀としていた広島城の防衛の意図もあり、この地に多くの寺院が集中している。

住居表示[編集]

  • 広瀬町(ひろせまち)
  • 広瀬北町(ひろせきたまち)
  • 寺町(てらまち)

主な施設[編集]

学校[編集]

広瀬町[編集]

  • 広島市立広瀬小学校
広瀬小学校の学区は西区の広島市立中広中学校の学区に属する。また、広瀬小学校の学区は西区の中広町1~2丁目を含む。

宗教施設[編集]

寺町[編集]

広瀬町[編集]

公共施設[編集]

広瀬北町[編集]

  • 広瀬北町公園
  • 広島国際交流会館
  • 広島県看護教育研修センター
  • 広島県公衆衛生会館

道路[編集]

交通[編集]

河川[編集]

参考文献[編集]

  • 建設省中国地方建設局太田川工事事務所「太田川史」(1993年3月発行)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]