基町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
基町
—  町丁  —
基町地区再開発事業完成記念碑
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 Flag of Hiroshima Prefecture.svg 広島県
市町村 Flag of Hiroshima, Hiroshima.svg 広島市
中区
人口 (2018)[1]
 - 計 4,145人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 730-0011
市外局番 082
ナンバープレート 広島
基町の行政区域。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

基町(もとまち)は、広島県広島市中区の町名。丁目は無い。住居表示実施済み[2]郵便番号は730-0011(広島中央郵便局管区)。

寛永年間の広島の絵図。

概要[編集]

紙屋町・八丁堀の北西一角をなし、基町クレドそごう広島店などの主要な商業施設を含む。広島城広島護国神社初代の広島市民球場も基町に所在する。広島バスセンターが位置する交通の要所である。

広島県庁舎広島県警察本部も所在し、県行政の中枢でもある。日清戦争時には広島城に広島大本営が設置され、一時的に日本の首都であったことになる。

広島原爆の爆心地に近く、かつて原爆スラムが所在した地域は、基町地区再開発事業により市営基町高層アパートの建築により不良住宅の住民を移し、広島市中央公園が整備された(詳細は以下を参照)[3]。中央公園は、広島平和記念公園計画当初は、高層アパートの周辺も含め公園予定地とされていた[4]

歴史[編集]

明治の初め、新に旧本丸その他三郭内を南町とし、内白島を北町とし、小姓町を西町と称したが、その後これを小割して南町を旧本丸跡と基町外十三箇町とに、また北町・西町を各四箇町に分つ[5]。南町(小分けして南町一丁目・同二丁目、南町上一番町・同二番町・同三番町、南町下一番町・同二番町、同三番町、同四番町、同五番町、南裏町一丁目同・二丁目とする)[5]、西町(小分けして西町一丁目・同二丁目、西中町、西裏町とする)[5]、北町(小分けして北町一番町・同二番町・同三番町・同四番町とする)[5]

1887年4月に至り、以上一切を合わせて「基町」と為した[5]毛利氏以来城郭の旧址であり、広島の開基地ともいうべき意に因むとされる[5]

人口・世帯数[編集]

1925年末の現住戸数・現住人口は33・145[6]。2018年6月末の世帯数・人口は2635・4145[1]

主要施設[編集]

政治・行政

医療機関

商業施設

報道機関

郵便局

居住空間

都市公園

教育機関

市営基町高層アパートの建設に合わせて、基町保育園・幼稚園・小学校は設置され、3施設は隣接している。また、基町高等学校は住所は西白島町であるため厳密に言えば基町には入らない。

その他

交通[編集]

名所・旧跡[編集]

第21代内閣総理大臣加藤友三郎の銅像が中央公園にある。

出身・ゆかりのある人物[編集]

  • 近江小太郎(陸三等獣医正、野砲兵第五連隊附)[7]
  • 上領雅(陸三等主計正、第五師団司令部経理部員)[7]
  • 関陸奥雄(陸三等主計正、広島衛戍病院附)[7]
  • 柴山義雄(陸三等軍医正、広島衛戍病院附)[7]
  • 永富一也(陸一等軍医正、広島衛戍病院附)[7]
  • 長岡素衛(陸歩少佐、歩兵第十一連隊附、広島高師文理科大学服務)[7]
  • 深田保富(陸歩少佐、歩兵第十一連隊大隊長)[7]
  • 山口良一(タレント、俳優)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 広島市 人口,世帯数(町丁目別) 2018年8月8日閲覧。
  2. ^ 住居表示の実施区域と未実施区域 広島市 2018年8月8日閲覧。
  3. ^ 1. History 都市計画の歴史”. よくわかる都市計画制度. 広島市都市整備局都市計画課. 2008年5月18日閲覧。
  4. ^ ヒロシマの記録-平和都市法50年 未完の「平和記念公園」復興の夢と希望託す - 中国新聞 1999年6月22日
  5. ^ a b c d e f 『広島市史 第4巻』182-183頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年9月23日閲覧。
  6. ^ 『広島市統計年表 大正14年(第21回)』28頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年9月23日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g 『日本紳士録 第35版』広島1-28頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年10月6日閲覧。

参考文献[編集]

  • 広島市編『広島市史 第4巻』広島市、1922年-1925年。
  • 広島市編『広島市統計年表 大正14年(第21回)』広島市、1927年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第35版』交詢社、1931年。

関連項目[編集]

基町の広島市中央公園はサッカースタジアム建設候補地のひとつである。