川内 (広島市)

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川内
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 広島県
市町村 広島市
安佐南区
人口 (2010年(平成22年)11月30日現在)
 - 計 13,881人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 731-0102 

川内(かわうち)とは広島市安佐南区の地名。一丁目から六丁目までが設置されている。郵便番号731-0102。2010年11月30日現在の人口は13,881人[1]

地理[編集]

古川太田川の間に位置し、中筋を境にする。

歴史[編集]

1888年(明治21年)まで、広島県沼田郡温井村、広島県沼田郡中調子村。中調子は、もと中庄子。棚守房顕[2]記には、中小師とと記されており、厳島領であった。

1889年(明治22年)の大合併により、沼田郡温井村、中調子村の2村が合併し沼田郡川内村となる。

原爆により、住民約180人が爆心地近くの勤労動員先で亡くなった[3][4]

太平洋戦争後の1955年(昭和30年)に沼田郡八木村沼田郡緑井村と合併し安佐郡佐東町となる。1973年(昭和48年)に、広島市と合併し広島市佐東町。1980年広島市が政令指定都市に指定され広島市安佐南区川内となる。[5]

文化財[編集]

  • 八幡神社 (中調子) - 仲哀天皇応神天皇仁徳天皇を祀る。武田義信の祈願所として建立されたと伝えられている。
  • 八幡神社 (温井) - 応神天皇を祀る。
  • 明圓寺 - 福島山と號す。慶長9年に行空により創立される。
  • 浄行寺(じょうぎょうじ) - 「温井村にあり竜頭山と號し、永正5(1508)年戊辰僧浄覚開基」とあり山号は竜頭山と號していたが、明治20年代に本願寺の「燈」運動に刺激され、竜燈山と改めた[6]。禅宗であったが、天正2年に浄土真宗改宗。

施設[編集]

交通[編集]

道路[編集]

ゆかりの人物[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 住民基本台帳による町丁目・大字別人口及び世帯数《安佐南区/TAVAF》(XLSファイル)、2011-07-18閲覧。
  2. ^ 棚守職は、神棚を守ると云う意の厳島神社の職名で、大宮棚守、客人宮(まろうどのみや)棚守、外宮棚守の三職があった。棚守房顕(たなもりふさあき)は、1495年(明応4年)に厳島社本殿の棚守に生まれた人物。
  3. ^ 戦後の川内地区「苦楽の記録」
  4. ^ 川内村国民義勇隊
  5. ^ 市町村数の変遷と明治・昭和の大合併の特徴
  6. ^ 芸藩通志

参考文献[編集]

  • 『郡役所廃止記念 安佐郡誌 (復刻版)』芸備風土研究会、1975年(昭和50年)

関連項目[編集]