第7回帝国議会

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広島臨時仮議事堂

第7回帝国議会(だいななかい ていこくぎかい)は、1894年明治27年)10月18日開会された大日本帝国帝国議会(臨時会)。開催地は広島市広島臨時仮議事堂日本の憲政史上で唯一、東京以外の場所で開かれた国会である。

概要[編集]

広島城本丸に置かれた広島大本営

1894年8月1日に始まった日清戦争において、日本は大本営広島市中心部の広島城内に設置して戦争行動を指揮した(→詳細は「広島大本営」を参照)。大本営に広島が選ばれた理由としては、当時日本から中国大陸への最大の兵站拠点の一つが宇品港(現・広島港)だったことが挙げられる。同年9月15日には大元帥である明治天皇が同地に行幸し、「当分の間」滞在することになったことを踏まえ、第4回総選挙結果をうけた帝国議会も特例として広島市で開催することとなった。

この議会では日清戦争に関連する1億5000万円余の軍事予算案や戦争関連法案が審議され、全会一致で可決された。1889年の帝国議会開設以来この年の春に至るまで、明治政府(第2次伊藤内閣)と衆議院が激しく対立していたが、政局は日清戦争を転機に一転して挙国一致体制となった。

経緯[編集]

1894年(明治27年)

8月1日 - 日清戦争宣戦布告
9月8日 - 明治天皇は広島に大本営進駐を発令[1]
9月15日 - 明治天皇が広島大本営に入る[2]
9月22日 - 帝国議会召集詔書公布[3][4]
朕惟フニ國家今日ノ急ハ軍旅ニ在リ旣ニ大纛ヲ進メ親ク其ノ事ヲ視ル唯立法ノ要務早
ヲ趁ヒ議會ノ協贊ヲ望ムモノアリ乃チ期ニ先チ帝國議會ヲ召集スルノ必要ヲ認メ茲
ニ來ル十月十五日ヲ以テ臨時帝國議會ヲ廣嶋ニ召集シ七日ヲ以テ會期ト爲スヘキコト
ヲ命ス百僚臣庶其レ朕カ意ヲ體セヨ

 御 名 御 璽

 明治二十七年九月二十二日於廣嶋大本營

                     內閣總理大臣    伯爵伊藤博文
                     逓信大臣      伯爵黑田淸隆
                     軍大臣      伯爵西郷從道
                     內務大臣      伯爵井上馨
                     陸軍大臣      伯爵大山巖
                     農商務大臣     子爵榎本武揚
                     外務大臣      子爵陸奧宗光
                     大藏大臣        渡邊國武
                     司法大臣文部大臣   芳川顯正


— 御署名原本・明治二十七年・詔敕九月二十二日・臨時帝國議會召集,
国立公文書館アジア歴史資料センター
9月30日 - 広島臨時仮議事堂着工。
10月14日 - 広島臨時仮議事堂竣工。
10月15日 - 貴族院および衆議院議員召集。
午前9時 - 集合[5]
午前9時20分 - 貴族院開場、部長理事などの選挙を省略し前回議会と重任、貴族院成立[5]
午前10時 - 衆議院開場、議長及び副議長選挙、結果議長に楠本正隆、副議長に島田三郎を任命[5]
10月16日
午前9時 - 衆議院開場、席次決定、部長理事など理事を選任、衆議院成立、以って帝国議会成立[6]
帝国議会開会詔書公布
朕帝國憲法第七條及議院法第五條ニ依リ十月十八日ヲ以テ臨時帝國議会ノ開會ヲ命ス

 御 名 御 璽

 明治二十七年十月十六日

                     內閣總理大臣    伯爵伊藤博文
                     逓信大臣      伯爵黑田淸隆
                     軍大臣兼陸軍大臣 伯爵西郷從道
                     農商務大臣     子爵榎本武揚
                     外務大臣      子爵陸奧宗光
                     大藏大臣        渡邊國武
                     司法大臣        芳川顯正
                     文部大臣      侯爵西園寺公望
                     內務大臣      子爵野村靖


— 御署名原本・明治二十七年・詔敕十月十六日・臨時帝國議會開會
10月18日 - 第7回帝国議会開会[7]
10月22日 - 第7回帝国議会閉会[8]

広島臨時仮議事堂[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 臨戦地日誌, p. 114.
  2. ^ 臨戦地日誌, p. 166.
  3. ^ 臨戦地日誌, p. 184.
  4. ^ 『官報』号外、明治27年9月22日
  5. ^ a b c 臨戦地日誌, pp. 251-252.
  6. ^ 臨戦地日誌, p. 253.
  7. ^ 臨戦地日誌, pp. 255-260.
  8. ^ 臨戦地日誌, pp. 279-281.

参考資料[編集]

関連項目[編集]