広島市立基町高等学校
| 広島市立基町高等学校 | |
|---|---|
| 過去の名称 |
広島市立中学校 広島市立城北高等学校 広島県広島基町高等学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 |
|
| 学区 |
(創造表現コース) 全県学区 (創造表現コース以外) 広島市域 |
| 校訓 | 自主自律 |
| 設立年月日 | 1942年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学科内専門コース | 創造表現コース |
| 高校コード | 34174G |
| 所在地 | 〒730-0005 |
|
広島県広島市中区西白島町25番1号 北緯34度24分14.7秒 東経132度27分35.2秒 / 北緯34.404083度 東経132.459778度座標: 北緯34度24分14.7秒 東経132度27分35.2秒 / 北緯34.404083度 東経132.459778度 | |
| 外部リンク | 公式サイト |
広島市立基町高等学校(ひろしましりつ もとまちこうとうがっこう)は、広島県広島市中区に所在する市立高等学校。
目次
概要[編集]
1942年(昭和17年)に広島市立中学校として開校した。多くの生徒が現役で国立大学へ進学する。近年東京大学・京都大学への進学者も輩出している[1][2]。各学年に1クラス創造表現コース(美術に関するコース)が設置され、このコースの卒業生の多くは美術系の大学へ進学している。
敷地の東に高裁をはじめとする官庁街、西に市営高層アパート、南に広島城や紙屋町の高層ビル街、北に城北通りを臨み、緑豊かな都心に位置する。アストラムライン城北駅に近く交通の便も良い。2000年(平成12年)に校舎が全面リニューアルされ、エスカレーターや巨大な吹き抜けなどを備えた斬新な校舎となった。この校舎は京都駅や札幌ドームなどを手がけた建築家の原広司が設計した。
校訓[編集]
- 「自主・自律」
- 「継続は力なり」
校章[編集]
桐の果実3個と葉3葉とを組合せ、その上に「高」の字を配している。ちなみに「広島市内六校」は基町高校の桐と同様に各校ともシンボルツリー(校樹)を制定しており、舟入高校を除く5校の校章は、いずれも自校のシンボルツリーの葉を図案化したものであるという共通点がある。
沿革[編集]
- 1942年 広島市立中学校として設立。
- 1943年 中広町(現在の市立中広中学校校地)に新校舎建設・移転。
- 1945年 広島に原爆投下。生徒・教職員369人が被爆死。同年10月、市立比治山小学校校舎を借用し、授業再開。
- 1947年 現在地に新築・移転。
- 1948年 学制改革により広島市立城北高等学校を設置。
- 1949年 広島市商業高等学校と統合し、広島県広島基町高等学校に改称。
- 1954年 商業科を広島市商業高等学校として分離独立。
- 1956年 総合選抜制度導入。国泰寺高校・観音高校・皆実高校・舟入高校との一括募集となり、「広島市内五校」(後に井口高校が加わり「広島市内六校」)と称される。
- 1980年 設置者である広島市の政令指定都市移行に伴い、現在の校名に改称。
- 1991年 総合選抜制度下の「広島市内六校」を東西学校群に分割。基町高校は国泰寺高校・皆実高校とともに東部グループに属する。
- 1998年 総合選抜制度全廃。単独選抜に移行。
- 1999年 南棟落成。
- 2000年 西棟落成。創立50周年記念・校舎落成記念式典を実施。
- 2003年 学区の変更。広島市全域に広げられる。また、学区外からの調整枠が10%に。
- 2006年 普通科普通の学区外からの調整枠が30%に(学区の変更なし)。創造表現コースは全県一円に。
校舎[編集]
新校舎である『南棟(1999年完成)』と『西棟(2000年完成)』、元からある校舎の『北棟』と『同窓会館』と『図書館』などからなっている。クラブなどの合宿に使うことができる『セミナーハウス』も建設予定だったが、更地のままである(現在は職員用駐車場として利用)。正門は存在しない。ちなみに食堂が同窓会館の1階にあり、授業を受ける南棟から1番遠い位置にあり、少々不便。
南棟は、1階に生徒玄関、事務室、校長室など、2階に家庭科関係の教室と音楽室、3階に各教科の教室、4階に1 - 3年のすべてのHR教室が配置され、吹き抜けをはさんで各学年が向き合う形になっている。
西棟は、1 - 3階に講堂と室内運動場、3階にトレーニングルーム、4階に主に創造表現コースが使う美術教室がある。4階にはギャラリーがあり、創造表現コースの生徒らによる作品などが飾られている。
特徴としては、南棟のエスカレーター(上りのみで、1 - 3階、3 - 4階を結ぶ。2階は通過のため、2階へは階段を利用)、センサー式のトイレの水道。トイレの床には黒大理石を使用。また、各教室は天井が高く、大きな窓が特徴。南側の教室からは広島城やそのお堀、市内中心部のビル群を望むことができ、春にはお堀の桜が美しい。また、北側の教室からは二葉山や牛田山を望むことができる。南棟と西棟にはそれぞれ1箇所ずつエレベーターがあり、身障者用トイレも各階に設置されている。
校舎の設計は田崎美術館(日本建築学会賞)、大阪梅田スカイビル、京都駅などの設計を手掛けた原広司。その特徴的でシンボリックなたたずまいからアニメーションの舞台モデルとなることがあり「田中くんはいつもけだるげ」(2016年4月広島テレビ)や映画「君の名は。」(2016年)(※場所及び外見は、東京都立新宿高等学校がモデルである)に登場する。
授業[編集]
授業は月・金は50分×6限、火〜木は50分×7限の週32時間である。
進路[編集]
進路指導を最重点課題としている。
学校行事[編集]
- 4月、前期始業式・入学式・健康診断・スポーツテスト・遠足
- 5月、PTA総会
- 6月、第1回考査
- 7月、文化祭・希望者補習(夏季休業中)
- 8月、市中慰霊祭・創造表現コース作品展
- 9月、第2回考査・体育大会
- 10月、修学旅行(2年生)・前期終業式・秋期休業・後期始業式
- 11月、芸術鑑賞・読書会
- 12月、第3回考査・合唱コンクール(1・2年生)
- 1月
- 2月、校内マラソン大会(宮島、1・2年生)
- 3月、卒業式・第4回考査(1・2年生)・クラスマッチ(1・2年生)・後期終業式
部活動[編集]
- 合気道
- ESS
- 演劇部
- 化学部
- 合唱部
- 器楽部(トランペット奏者で作曲家の栗栖健一が所属していた。)
- 茶道部
- 華道部
- 書道部
- 新聞部
- 生物部(「ズッコケ三人組」シリーズなどの著者、那須正幹が所属していた。)
- 美術部
- フォークソング部
- 文芸部
- 放送部
- 競技かるた部(2017年夏全国大会出場)
- 弓道部
- 剣道部
- 山岳部
- 水泳部
- サッカー部
- 柔道部
- ソフトテニス部
- 体操部(休部中)
- 卓球部
- 硬式テニス部
- バスケットボール部
- バドミントン部
- バレーボール部
- 野球部(2004年春県ベスト8、2004年夏県ベスト16、2006年夏県ベスト16、2014夏県ベスト16)
- 陸上部(2006年のインターハイに部員1名が出場。)
出身者[編集]
政治家[編集]
官僚[編集]
教育者、学者[編集]
文化人[編集]
- 高山博子(女流画家)
- 栗栖健一(吹奏楽作曲家、トランペット奏者)
- 那須正幹(作家) - 代表作は「ズッコケ三人組」シリーズ。
- 朽木祥(児童文学作家)[3]
- 久繁哲之介(作家、地域再生プランナー)
- 松本美緒(漫画家)
- 勢古浩爾[4] (評論家・エッセイスト) - 転校
- 坂本敏夫(ノンフィクション作家、元刑務官)
芸能[編集]
スポーツ[編集]
- 渡辺正(元サッカー日本代表選手、代表監督 メキシコオリンピック銅メダリスト、1年2学期に崇徳高等学校より編入学)
- 佐伯博司(元サッカー日本代表選手、元八幡製鉄サッカー部選手)
- 泉政伸(元トヨタ自動車工業サッカー部選手)
- 永田晃司(プロバスケットボール選手)
- 川本徳三 (プロ野球選手)- 17歳で中退して広島東洋カープへ入団
アナウンサー[編集]
その他[編集]
脚注[編集]
- ^ http://www.motomachi-h.edu.city.hiroshima.jp/sinnrozisseki/h20goukakusuiigurahu.pdf
- ^ http://www.motomachi-h.edu.city.hiroshima.jp/sinnrozisseki/h21nannkanzimoto.pdf
- ^ 石井雄一 (2014年8月6日). “被爆を伝えて 2 児童文学作家・朽木祥さん 「共感共苦」促す文学の力”. 中国新聞 2019年3月28日閲覧。
- ^ 勢古浩爾『文庫 定年後7年目のリアル』p.135 草思社文庫・2014年 ISBN 9784794220691
関連項目[編集]
- 他の広島市立高等学校