松浦大悟

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日本の旗 日本の政治家
松浦 大悟
まつうら だいご
生年月日 (1969-10-03) 1969年10月3日(47歳)
出生地 広島県広島市
出身校 神戸学院大学法学部
前職 秋田放送アナウンサー
参議院議員
所属政党 無所属→)
民主党→)
民進党菅グループ前原グループ
称号 法学士

選挙区 秋田県選挙区
当選回数 1回
在任期間 2007年7月 - 2013年7月28日
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まつうら だいご
松浦 大悟
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 広島県広島市
生年月日 (1969-10-03) 1969年10月3日(47歳)
最終学歴 神戸学院大学法学部
勤務局 秋田放送
職歴 参議院議員
活動期間 1992年2006年
出演番組・活動
過去 ゆうドキっ!』ほか

松浦 大悟(まつうら だいご、1969年10月3日 - )は、日本の引退した政治家民進党所属の元参議院議員(1期)、元民主党秋田県連代表。

来歴[編集]

広島県広島市出身。

広島市立基町高等学校神戸学院大学法学部卒業する。

卒業後の1992年秋田放送アナウンサーとして入社。

2006年12月、同社退社。

2007年7月、第21回参議院議員通常選挙無所属民主社民推薦)で秋田県選挙区から出馬し、初当選。

選挙前は当選後の国会における所属について、民主党・社民党・連合鈴木陽悦参議院議員の意向を聞いた上で所属政党・会派を決定する考えを表明していたが、当選後の8月4日には一転、将来的な民主党入党を見据えた民主党・新緑風会への入会を希望。しかし、これに社民党が反発したため[1]9月10日召集の第168臨時国会での会派入りを見送った。

その後、民主党は新党日本国民新党を加えた新たな会派を結成し、社民党も松浦の民主党会派への入会を容認する姿勢に転じたため、松浦は2008年7月、民主党秋田県連(寺田学代表)に民主党入党を打診し、8月11日に県連常任幹事会で松浦の民主党入りが了承され[2]、党本部も9月1日に常任幹事会で松浦の入党を了承した。

2009年5月6日平頂山事件について日本政府に公式謝罪を民主党の訪中した両院議員団24名で要求した。 [3]

民主党秋田県連幹事長を経て、2009年12月に県連代表に就任した。

2010年6月、菅直人執行部で党副幹事長に就任し、農林水産国土交通省に関する陳情を担当[4]

2012年12月、議会の花形である予算委員会の理事に就任。

2013年7月、第23回参議院議員通常選挙に民主党公認で秋田県選挙区から出馬するが、落選。

2013年11月11日第46回衆議院議員総選挙に民主党公認で秋田3区から立候補した三井マリ子に、民主党での政治活動を断念するよう強要され、供託金の分配も行われなかったとして、慰謝料など計約2760万円を求める訴訟を地裁横手支部に起こされた。これを受けて民主党秋田県連は2013年11月22日に反論の記者会見を行い、今回の衆院選では三井マリ子氏個人の資金は一銭も使われておらず、党のお金を原資とした供託金は公金なのだから秋田3区総支部に戻すべきと主張。また、「三井氏の言動があまりにも酷く、これ以上応援できないとする支援者たちが続出していた」という主張を行った。しかし、2014年5月10日、一転して三井マリ子の訴えを認め、供託金300万円を返金したことを明らかにした。その後の2014年10月に、秋田地検は松浦の当時の元秘書を嫌疑不十分で不起訴処分とした。

2016年7月、第24回参議院議員通常選挙民進党公認の野党統一候補として秋田県選挙区から出馬。3年ぶりの返り咲きを目指すが、落選。

2016年9月20日、政界引退を公表。

政策[編集]

政治活動[編集]

2009年5月6日平頂山事件について日本政府に公式謝罪を民主党の訪中した両院議員団24名で要求した。

参加議員は
衆議院議員
逢坂誠二郡和子近藤昭一佐々木隆博篠原孝田島一成筒井信隆平岡秀夫山田正彦横光克彦
参議院議員
相原久美子犬塚直史岡崎トミ子神本美恵子今野東谷岡郁子中村哲治那谷屋正義白眞勲藤谷光信松浦大悟松岡徹松野信夫水岡俊一[7]

2011年1月、自殺対策推進プロジェクトチームの事務局長に就任し、与党自殺対策の責任者の1人となる。その後2012年8月の自殺総合対策大綱の改定の際には、与党側の責任者として議論を取りまとめた。こうした松浦らの取組みが、2012年の自殺者数が15年ぶりに3万人台を切ることに繋がった[8]

2011年1月、内閣府の「一人ひとりを包摂する社会」特命チームのオブザーバーに就任[9]。この特命チームの副座長は、民主党政権で内閣府参与として自殺対策に取り組んでいた、NPO法人ライフリンク清水康之が務めており、その中で松浦は数少ない与党議員の一人として議論に参加していた(特命チーム参加の与党議員は、閣内に内閣官房副長官として入っていた座長の福山哲郎を除けば、松浦と他1名のみであった)。

この特命チームにおける議論など、松浦らが推進した一連の「社会的包摂」の流れは、24時間365日日本中どこからでも無料で(自殺問題だけでなくその他の課題についても)相談出来る「よりそいホットライン[10]」を創設[11]にも繋がった。 こうした経緯から2012年4月には、民主党内に設置された社会的包摂プロジェクトチーム事務局長に就任[12]

2012年2月6日に、参議院予算委員会にて与党でありながら、当時の副総理兼自殺対策特命大臣の岡田克也に対して「あなたもGKB47宣言!」(Gate Keeper Basic)の頭文字と、47(日本全国の都道府県の数)を合わせた、自殺対策強化月間のキャッチコピーを撤回する様に要求した。松浦は「これはアイドルグループAKB48をもじっただけではなく、GKBが若者言葉で『ゴキブリ』の略語、47が『死ね』の語呂合わせで、政府は『ゴキブリは死ね』と言っている事と同じだ。おちゃらけたイメージだから撤回して欲しい。」と、政府与党を批判した[13][14]。予算委員長(当時)の石井一が異例の仲裁に入り、当時の内閣総理大臣であった野田佳彦も「過ちをはばかる事なかれ」と松浦に対して答弁し[13]、同年3月から開始された内閣府自殺対策特別月間のキャッチコピーから「あなたもGKB47宣言!」が削除された[15]

人物[編集]

  • 秋田放送のアナウンサー時代に、仕事を通じてメディアリテラシー教育の必要性を実感した、と述べている。また、アナウンサーとしての顔のほかに、論壇系の書籍やイベントの最新情報を紹介するブログサイト「不機嫌な日常」を開設しており、こうした方面へ関心のある人々の間でも知られていた(出馬に伴い閉鎖)。当時掲げられていたサイト説明文は「有事においても自由に発言できるメディアのひとつとして」。地元紙の報道によれば、こうしたイベントを通じて親交のあった社会学者の宮台真司らに強く促されたことが、選挙への出馬を決めるきっかけとなったとされる。

秋田放送在籍中の主な担当番組[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]