中野与吉郎

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中野 与吉郎(なかの よきちろう、1894年明治27年)8月[1] - 没年不明)は、日本の内務警察官僚。官選県知事。旧姓・住田[2][3]

経歴[編集]

滋賀県出身[2]第三高等学校を卒業。1919年10月、高等試験行政科試験に合格。1920年東京帝国大学法科大学を卒業。内務省に入省し大阪府属兼大阪府警部となる[1][3]

以後、島根県書記官・学務部長、群馬県書記官・警察部長、福井県書記官・警察部長、宮城県書記官・警察部長、内務書記官兼警察講習所教授警保局警務課長、神奈川県書記官・総務部長、内務省土木局河川課長などを歴任[1][2]

1937年11月、福井県知事に就任。戦時体制の整備、結核撲滅に尽力。1939年4月、内務省神社局長兼造神宮副使に転じた[2][4]1940年4月、三重県知事に就任。戦時体制の整備のため、県庁の機構改革、青年学校の振興などを推進した[1]1942年10月、知事を依願免本官となり退官[5]。その後、大阪府食糧営団理事長を務めた[6]

戦後、公職追放となる[3]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 『新編日本の歴代知事』621頁。
  2. ^ a b c d 『福井県大百科事典』670頁。
  3. ^ a b c 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』224頁。
  4. ^ 『新編日本の歴代知事』480頁。
  5. ^ 『官報』第4725号、昭和17年10月8日。
  6. ^ 『人事興信録』第14版 下、ナ73頁。

参考文献[編集]

  • 歴代知事編纂会編『新編日本の歴代知事』歴代知事編纂会、1991年。
  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
  • 『福井県大百科事典』福井新聞社、1991年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第14版 下、1943年。