佐伯敏男

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

佐伯 敏男(さえき としお、1902年明治35年)9月[1] - 1963年昭和38年)4月8日[2])は、日本の内務厚生官僚。官選三重県知事

経歴[編集]

東京府出身[3]。佐伯頴雄の長男として生まれる[1]第一高等学校を卒業。1925年11月、高等試験行政科試験に合格。1926年東京帝国大学法学部政治学科を卒業。内務省に入省し、東京府属となる[1][4]

以後、富山県経済部長、厚生省職業部課長、福井県総務部長、内務省監査官、厚生省勤労局動員部長[3]、同勤労局長などを歴任[1]

1946年1月、三重県知事に就任。1947年3月、同県知事選挙に出馬のため知事を辞するが落選した。その後、配炭公団理事兼東海亜炭支団長を務めた[1]

著作[編集]

  • 『労務配置論』商工行政社、1942年。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 『新編日本の歴代知事』623頁。
  2. ^ 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』541頁。
  3. ^ a b 『内務省、東京都、庁府県高等官職員録』6頁。
  4. ^ 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』252頁。

参考文献[編集]