則元由庸
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則元 由庸(のりもと なおつね 文久2年2月21日[1](1862年3月21日) – 昭和6年(1931年)8月6日)は、日本の政治家、弁護士。
略歴[編集]
長崎県で弁護士を開業した後に、長崎市会議員となり、1901年、1909年の2度に亘り、市会議長を務める。
また、国政にも進出し、1912年に衆議院議員となり、以後、立憲民政党などから計7回当選する。
実業界に於いては、1911年に長崎日日新聞社長に就任した他、九州鉄道取締役なども務めた。
1931年、死去。70歳。
脚注[編集]
- ^ 『第拾壱回改選 代議士銘鑑』、国華新聞社、1912年。
外部リンク[編集]
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