増岡博之

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
日本の旗 日本の政治家
増岡 博之
ますおか ひろゆき
生年月日 (1923-02-03) 1923年2月3日
出生地 広島県呉市
没年月日 (2011-07-24) 2011年7月24日(満88歳没)
死没地 広島県呉市
出身校 早稲田大学政治経済学部
所属政党 自由民主党
称号 勲一等瑞宝章
テンプレートを表示

増岡 博之(ますおか ひろゆき、大正12年(1923年2月3日 - 平成23年(2011年7月24日)は、日本実業家政治家自由民主党衆議院議員(8期)。厚相[1]。元鉄鋼ビルディング代表取締役会長。

経歴[編集]

広島県呉市出身[2]増岡組創業者・増岡登作の次男。昭和23年(1948年早稲田大学政経学部卒業[2]

昭和23年(1948年)増岡組に入り、取締役東京営業所長、昭和27年(1952年専務[2]。昭和34年(1959年呉商工会議所会頭に選ばれる[3]

池田勇人元首相の地盤を継いで昭和42年(1967年)衆議院議員に初当選[2]。以来通算8期[2]。運輸政務次官、自民党交通部会長、衆院運輸委員長、大蔵委員長の他、議運委の理事、国対副委員長などを歴任し、昭和59年(1984年第2次中曽根内閣厚生大臣に就任[1][2]。平成5年(1993年)の総選挙で落選し、政界を引退[2]。平成6年(1994年勲一等瑞宝章受章[2]。平成23年(2011年)7月24日、肺炎のため広島県呉市の病院で死去[4][1]。88歳[1]

人物像[編集]

昭和42年(1967年)の総選挙で自民党から当選した同期には山下元利塩川正十郎加藤六月河野洋平中尾栄一藤波孝生武藤嘉文坂本三十次塩谷一夫山口敏夫水野清などがいる。

趣味スポーツ洋画[3]宗教真宗[3]広島県呉市在籍[3]

家族・親族[編集]

増岡家[編集]

広島県呉市東京都
重昂(増岡組会長)
健治郎
正剛(増岡組社長)
同妻(元総理大臣鳩山一郎の孫娘、元日本輸出入銀行総裁古沢潤一の長女[5]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 増岡博之・元厚相が死去(日本経済新聞)
  2. ^ a b c d e f g h 新訂 政治家人名事典 明治~昭和』564頁
  3. ^ a b c d e f g 第廿一版 人事興信録(下)』(昭和36年)ま・三七頁
  4. ^ 増岡元厚相が死去88歳(47NEWS)
  5. ^ a b 佐藤朝泰 著 『豪閥 地方豪族のネットワーク』 (立風書房 2001年) 190頁
  6. ^ 佐藤朝泰 著 『豪閥 地方豪族のネットワーク』 (立風書房 2001年) 186頁


議会
先代:
加藤六月
日本の旗 衆議院大蔵委員長
1979年 - 1980年
次代:
綿貫民輔
先代:
大野明
日本の旗 衆議院運輸委員長
1978年
次代:
箕輪登
公職
先代:
渡部恒三
日本の旗 厚生大臣
第65代:1984年 - 1985年
次代:
今井勇
党職
先代:
梶山静六
自由民主党国会対策委員長
第36代 : 1991年 - 1992年
次代:
梶山静六