磯部四郎

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磯部四郎
磯部四郎(1875年)

磯部 四郎(いそべ しろう、1851年6月25日嘉永4年5月26日) - 1923年大正12年)9月1日)は、日本の法学者大審院検事判事弁護士法典調査会委員。衆議院議員貴族院勅選議員

娘婿は政治家の磯部尚、孫は歌舞伎役者の二代目坂東市太郎

経歴[編集]

栄典・授章・授賞[編集]

位階
勲章等

逸話[編集]

花札賭博が大好きで、大審院検事のとき、大審院長や同僚を誘い、柳橋で芸者をあげて遊興三昧のあげく、辞職に追い込まれた。それでも花札は終生止められず、明治天皇にまで教え、いたく興味をもたれたという[7]

1892年(明治25年)の弄花事件は、前年の大津事件の報復とも、大審院内部の判事対検事の抗争とも言われるが、磯部の免官は、この事件で訴追側の検察内部に疑惑の中心人物がいては不都合だったためとも考えられる[8]

主な著作[編集]

  • 『大日本帝国憲法註釈』阪上半七、1889年。
  • 『日本刑法講義筆記』(3冊合本)警官練習所、1889年。
  • 『刑事訴訟法講義』(上下2冊)八尾書店、1891年。
  • 『民法釈義』(「財産編 第1、2部」「人事編―附・法例釈義」「相続法」「証拠編」に分冊刊行 )長島書房、1893年。
  • 『刑法講義』(上下2冊)八尾書店、1893年。
  • 『商法釈義』(全16冊)長島書房、1893年。
  • 『改正刑法正解』六合館、1907年。

脚注[編集]

  1. ^ 磯部の生年月日については諸説ある。この生年月日は、桂正直『中越名士伝』p.3、奥平昌洪『日本弁護士史』p.773を踏襲した谷口(2003)p.98に依る。
  2. ^ 谷口(2003)p.112。
  3. ^ 『官報』第501号、大正3年4月2日。
  4. ^ 『官報』第301号「叙任及辞令」1884年7月1日。
  5. ^ 『官報』第2209号「叙任及辞令」1890年11月8日。
  6. ^ 『官報』第1932号「叙任及辞令」1889年12月5日。
  7. ^ 木々康子「磯部四郎断章」(平井・村上編『磯部四郎研究―日本近代法学の巨擘』 2007年)。
  8. ^ 七戸(2011)。

参考文献[編集]

著作集[編集]

  • 村上一博(編)『日本近代法学の巨擘・磯部四郎論文選集』(信山社、2005年)

研究[編集]

  • 平井一雄・村上一博(編)『磯部四郎研究―日本近代法学の巨擘』(信山社、2007年)
  • 谷口貴都「磯部四郎とその法律学(1)~(4・未完)」高岡法科大学紀要14号(2003年)、15号(2004年)、16号(2005年)、19号(2008年)
  • 七戸克彦「査定委員(27)磯部四郎」(「現行民法典を創った人びと(21)」法学セミナー56(1)、日本評論社、2011年)p.55

小説[編集]

  • 木々康子『蒼龍の系譜』(筑摩書房、1976年)
  • 木々康子『陽が昇るとき』(筑摩書房、1984年)
  • 木々康子『林忠正とその時代』(筑摩書房、1987年)