西方利馬
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西方 利馬(にしかた としま、1883年3月 - 1973年11月8日)は、日本の実業家、政治家。衆議院議員(6期)。
経歴[編集]
山形県東置賜郡中川村(現・南陽市)出身[1]。1919年中央大学法律科卒[1][2]。中山葡萄、山形新聞各社長[1][2]、山形県議、山形県体育会長[1][2]などを務め、1924年の第15回衆議院議員総選挙において山形県第4区(当時、小選挙区)から立憲政友会公認で立候補して初当選。以来当選6回。立憲政友会総務、内閣東北局委員、内務省委員などを歴任する[2]。
戦後、大政翼賛会の推薦議員のため、公職追放となる[3]。1951年追放解除[4]。1973年死去。
脚注[編集]
参考文献[編集]
- 『翼賛議員銘鑑』議会新聞社、1943年。
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
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