高見之通

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
高見之通

高見 之通(たかみ ゆきみち、1880年明治13年)3月27日[1] - 1962年昭和37年)10月30日)は、日本の衆議院議員(7期)。弁護士

経歴[編集]

富山県出身。1909年東京帝国大学英法科を卒業。その後弁護士になる。東岩瀬町長、富山県売薬同業組合長を務め、1917年第13回衆議院議員総選挙で初当選した。立憲政友会総務、政友本党党務委員長を歴任し、戦後は公職追放を経て[2]自由民主党富山県連最高顧問となった。1962年死去。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 衆議院『第五十八回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1930年、24頁。
  2. ^ 公職追放の該当事項は「東亜建設協会理事長」。(総理庁官房監査課編 『公職追放に関する覚書該当者名簿』 日比谷政経会、1949年、636頁。NDLJP:1276156 

参考文献[編集]

  • 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年11月。