ハヤシライス

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ハヤシライス
Imperial Hotel Kamikochi09n3200.jpg
ハヤシライス
別名 ハッシュドビーフ
発祥地 日本の旗 日本
考案者 諸説あり
誕生時期 明治時代
主な材料 牛肉たまねぎ米飯
類似料理 ビーフシチュービーフストロガノフグヤーシュハシェイカレーライス牛丼
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ハヤシライスは、薄切り牛肉タマネギを洋風のソースで煮たものを米飯の上にかけた日本の料理。近畿地方ではハイシライスとも呼ばれる[1][2][3]

概要[編集]

西洋料理の技法から生まれた洋食に分類される。類似料理のカレーライスとは異なり刺激の強いスパイスは使用されず、牛肉の旨味とたまねぎの甘さが前面に出るため子供でも食べやすい。

ソースはドミグラスが一般的であるが、ブラウンソーストマトソースをベースとしたものもある。家庭料理のレシピではトマトケチャップウスターソースで代用される。即席の固形ルーや、缶詰レトルトパックのソースも市販されている。

牛肉ではなく豚肉が使用される例もある[注 1]マッシュルームやその他の具材を加えたり、彩りとしてグリーンピースパセリなどを散らすこともある。

語源[編集]

ハヤシライスの「ハヤシ」の語源は以下のように諸説あり、定かではない。

ハッシュド(Hashed)・「はやす」説
ハッシュドビーフ・ウィズ・ライス(Hashed beef with Rice[注 2])が「ハッシ・ライス」あるいは「ハイシ・ライス」となり、それが訛って「ハヤシライス」となったとする説。
言語学者の楳垣実は自著の中で、古語(および古語の影響の残る方言)で「こまかく切る」という意味を持つ「はやす」という動詞[注 3]を取り上げ、英語のハッシュド (Hashed) がハッシ・ハイシなどと訛った上で、「はやす」との意味の類推から「はやし肉」などといった語が生まれたことによって、ハヤシライスになったのであろう、と述べている[4]
ハッシュド・アンド・ライス(Hashed and rice)の変化したものと見る説もある[5]

人名由来説[編集]

早矢仕有的
丸善創業者の早矢仕有的(はやし ゆうてき)が作った牛肉と野菜のごった煮に由来するとする説。『丸善百年史』に掲載されている説である[6]医師でもあった早矢仕が作った滋養の強い入院食説、丸善で働く丁稚に対する夜食説、明治初期に早矢仕が友人に振る舞った料理という説がある(丸善広報担当:談)。#発祥も参照。
林某説
上野精養軒のコックをしていた「林」が、従業員の賄い飯として作ったところ好評であったことから、これをメニューにしたとする説。
共作説
上記の二説を合体させ、丸善創業者の早矢仕と上野精養軒のコック林の共作であるとする説。
林が従業員の賄い食として考案した料理を常連客であった早矢仕が試食し、医師として栄養上の観点から助言を加え、試行錯誤を経て完成させたとする。両者の苗字の読みが偶然にも同じ「ハヤシ」であったため、2人の共作という意味を込めて漢字表記ではなくカタカナ表記で「ハヤシライス」と名付けたとされる。

発祥[編集]

上野精養軒のハヤシライス

発祥に関しても諸説あり定かではない。丸善以外にも複数の店が元祖を名乗っている。

  • 1881年にアメリカ合衆国で発行された家事のガイドブックHousehold Cyclopedia英語版に、"Hashed Beef, Plain"と題する日本のハッシュドビーフに近い料理のレシピが掲載されている[7][8]
  • 1888年刊行の『軽便西洋料理法指南: 実地応用一名・西洋料理早学び』(マダーム・ブラン述 1888、洋食庖人〈松井鉉太郎〉著)には、「ハヤシビフ」という名称で「ソップ」と「スチウのソース」で煮込む現在のハヤシライスに近い味付けの料理が掲載されている[9]
  • その後、1909年発行の『女道大鑑』(三八光商会編輯部 1909)、1912年発行の『洋食のおけいこ: 来客御馳走』(緑葉女史・述 1912)といった書籍に、「ハヤシビーフ」のレシピが掲載されている[10][11]。これらは小麦粉を炒めてとろみをつけるブラウンシチューのレシピである。
  • また、1907年には既に『固形ハヤシライスの種』という商品が発売されていたことが確認されている[12]

食文化研究家の小菅桂子は、宮内省大膳寮初代厨司長(戦後は宮内庁大膳課主厨長)であった秋山徳蔵が考案した宮内省版ハヤシライスが元祖であるとしていた。秋山の料理は東欧料理のグヤーシュをベースとして創作されたもので[注 4]、これが上野精養軒のコックであった「林」に伝わり、「ハヤシライス」という名で世に広まったという説である[注 5]

銀座の老舗洋食店煉瓦亭三代目の木田明利は「日本橋丸善が元祖ではあるが、あれはチャプスイに近い」とし、ドミグラスソースのハヤシライスは自店が元祖であると語っている[13]

1980年発行の『丸善百年史』には、丸善創業者の早矢仕が野菜のごった煮にご飯を添えたものを友人に饗応し、それが有名となって人にハヤシライスと称され、いつしかレストランのメニューにもなったとの説が書かれている。しかし、書中ではこれをあまりに話ができすぎていると指摘し、明治初年以来の洋食屋である神田佐久間町の三河屋にてハッシュ・ビーフが流行った旨を言い、「これとライスと合せて称したものが、ハヤシライスの語源に違いない。しかし三河屋も有的が贔屓にした料理屋であるから、間接に関係があるといえば、いえないこともあるまい」とも記載されている。

1935年発行の『季刊明治文化研究 第五輯』(明治文化研究会)に掲載された『早矢仕有的傳』(蛯原八郎著)においても同様の説が唱えられており、有的の長男である早矢仕四郎の言葉として、「ハッシュ・ビーフ」が「ハヤシ・ビーフ」にいつの間にか転訛したのだ、と述べられている[14][注 6]

これに対し早矢仕の子孫は、『早矢仕有的年譜』においては彼が幕末より西洋医術を学んで1868年に医院を開業し、そこで栄養失調患者に治療として食べさせたのが始まりと記述されている、と反駁している[15]。もっとも、ドミグラスソースが日本に伝来したのは明治30年代であり、有的が作った料理については醤油味噌の味つけだったのではないか、と丸善の広報担当者は推測しており、また「早矢仕ライス」の名で丸善のレストランで提供されたハヤシライスも、初期にはトマトベースであったと唱える説も聞かれる[16]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 丸善丸の内本店内のレストランでは「ポーク早矢仕ライス」が提供されている。
  2. ^ (柳瀬尚紀 1999, p. 123-128)では、数種類の国語辞典に記載されたハヤシライスの英語名を比較し、どれもバラバラで一定していないことを指摘している。また、『広辞苑』初版ではhashed rice(細切れにされた米)という明らかな和製英語が掲げられており、これが後の版ではHashed meat and riceというこなれた英語に変更されていることから、英語名に特に典拠があったわけではなく、改訂を進めるうちにより正しい英語に修正してしまったのではないか、と述べている。
  3. ^ 古くは保元物語などに、切るという意味での使用例がある。標準語や京都弁などには残っていない言葉だが、秋田弁出雲弁などの方言にこの言葉が保存されている(→方言周圏論)。
  4. ^ 書籍『にっぽん洋食物語大全』(小菅桂子 1994)に、元宮内庁大膳課の料理人である渡辺誠が、ハヤシライスのルーツはグヤーシュであると自説を述べるくだりがある。
  5. ^ しかしながら秋山が宮内省に入省したのは1913年(大正2年)であるため、明治時代からハヤシライスが存在していたという事実とは明らかに矛盾する。
  6. ^ 『丸善百年史』にせよ「早矢仕有的傳」にせよ、早矢仕有的が作った「野菜のごった煮」がいかなるレシピの料理であったかは説明されていない。また、三河屋で流行ったという「ハッシュ・ビーフ」についても、日本のハッシュドビーフに相当する料理であったのか、英語のHashに相当する料理(コーンビーフハッシュに近い料理)であったのかも説明がなく、不明である。

出典[編集]

参考文献[編集]

  • マダーム・ブラン述 『軽便西洋料理法指南 : 実地応用 一名・西洋料理早学び』 洋食庖人、久野木信善、東京、1888年11月、26-27頁。全国書誌番号:40069136info:ndljp/pid/849016/20
  • 三八光商会編輯部 『女道大鑑』 三八光商会、東京、1909年、70-71頁。全国書誌番号:40002643info:ndljp/pid/757230/40
  • 緑葉女史・述 『洋食のおけいこ : 来客御馳走』 和田文宝堂、東京、1912年全国書誌番号:40069136info:ndljp/pid/849148/10
  • 『丸善百年史 : 日本近代化のあゆみと共に』上巻、丸善株式会社、丸善、1980年NCID BN02034177
  • 『丸善百年史 : 日本近代化のあゆみと共に』下巻、丸善株式会社、丸善、1981年NCID BN02034177
  • 『丸善百年史 : 日本近代化のあゆみと共に』資料編、丸善株式会社、丸善、1981年NCID BN02034177
  • 小菅桂子 『にっぽん洋食物語大全』 講談社〈講談社+アルファ文庫〉、1994年10月ISBN 4062560658
  • 柳瀬尚紀 『広辞苑を読む』 文藝春秋〈文春新書, 081〉、1999年12月ISBN 4166600818
  • 『今さら誰にも聞けない500の常識』 平川陽一〈廣済堂文庫. ヒューマン文庫〉、2003年ISBN 4331653390

関連項目[編集]