アイオワ級戦艦

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アイオワ級戦艦
USS Iowa (BB-61)
艦級概観
艦種 戦艦
艦名 州名。一番艦はアイオワ州に因む。
同型艦 予定:6隻、就役:4隻
前級 サウスダコタ級戦艦
次級 モンタナ級戦艦
性能諸元(1943年)
排水量 45,144 トン(基準)
56,500 トン(戦時計画排水量)
全長 270.43m
全幅 32.96m
主機 蒸気タービン方式, 4軸推進(212,000馬力)
バブコック・アンド・ウィルコックス重油専焼ボイラー 8基
GE式またはウェスチングハウス式蒸気ギヤードタービン 4基
最大速度 約33.0ノット
航続距離 15ノットで16,600海里
乗員 1,921名
兵装 Mk.7 16インチ50口径砲
(3連装砲塔として搭載)
9門
Mk.12 5インチ38口径砲
(連装砲塔として搭載)
20門
40mm機銃
(4連装砲塔として搭載)
60門
20mm機銃 60丁
艦載機 カタパルト 2基
水上機 3機
装甲 舷側 307mm+22mm
甲板 121~127mm+22mm
主砲防盾 432mm+64mm
司令塔 440mm

アイオワ級戦艦 (Iowa Class Battleship) は、アメリカ海軍戦艦。アメリカが最後に建造し、各国の戦艦の中で最後に退役した戦艦である。同型艦はアイオワニュージャージーミズーリウィスコンシンの4隻。計画では6隻が建造予定で中止されたのはイリノイケンタッキーの2隻。

ワシントン海軍軍縮条約を脱退した大日本帝国に対抗すべく、基準排水量45,000トンの戦艦を計画。当初はサウスダコタ級の兵装と防御を強化した発展型案や、防御力を犠牲にした高速戦艦案が考案されたが、排水量45,000トンで40.6cm50口径砲と最大速力33ノットという、後者の高速戦艦の艦容となった。

目次

[編集] 概要

1936年第二次ロンドン海軍軍縮会議から日本が脱退した。これを受け、同条約を批准した英米仏の三国は対応を協議し、1938年3月末にエスカレータ条項を発効した。この結果、第二次ロンドン海軍軍縮会議で定められていた戦艦の主砲口径と基準排水量の上限はそれぞれ14インチから16インチ、35,000トンから45,000トンへと拡大された。これに伴い、英米仏の戦艦保有制限枠も拡大されることになった。

この時期、日本は条約制限を上回る46,000トン型の16インチ砲搭載戦艦、もしくはそれ以上の18インチ砲搭載戦艦を建造していると見なされていた。新型戦艦はこれに対抗できる性能を持つ必要があると見なされていた。

当時の米国では「互いの偵察艦隊(空母機動部隊)の決戦で制空権を奪取したのち、味方制空権下で戦艦同士の砲撃戦を行うもの」と考えられており、艦隊決戦を優位に進めるためには航空決戦での勝利が前提条件と考えられていた。だが、日本側の偵察艦隊に金剛型巡洋戦艦が配属された場合、作戦上不利だと考えられていた。両国の偵察艦隊が遭遇した場合、高速戦艦を持たない米海軍は、戦艦に対して重巡洋艦以下の兵力で対抗せざるを得ないのである。

また、同時に主力戦艦同士の砲撃戦となった場合でも、日本戦艦を速力で上回る高速戦艦を保有すれば、優位に戦闘が進められるという判断もあった。こうした観点から、エスカレータ条項で認められた45,000トン級新型戦艦の内容は、サウスダコタ級戦艦と同様の27ノット中速戦艦と、金剛型戦艦を圧倒でき、空母機動部隊に随伴可能な33ノット高速戦艦の双方で検討されることになった。

こうした判断が可能となったのは、米国の戦艦保有枠拡大に伴い、主力となる中速戦艦を減らさずに、高速戦艦が保有できるようになったということもあった。

この中速戦艦案と高速戦艦案の検討はエスカレータ条項の内容確定以前の1938年1月から開始された。

中速戦艦案は各案が検討された上で(例えば基準排水量45,495トン、全長243.84m、全幅32.99m、45,7センチ47口径砲3連装3基9門、速力27.5ノット、舷側装甲374.65mm、甲板装甲130.175mmという試案がある。大和型戦艦より2万トン軽く、パナマ運河通過可能(パナマックスとよばれる)で、砲力と速力が同等、装甲が薄いという内容である)第二次世界大戦勃発により第二次ロンドン海軍軍縮会議が無効化されたことで、最終的には条約制限を大幅に超えるモンタナ級戦艦として、設計がまとめられた(しかし、モンタナ級戦艦はフランクリン・ルーズベルト大統領の「戦艦より空母を優先すべき」という方針により建造されなかった)。

  一方、1938年2月8日、海軍上層部は艦船造修局に対して、サウスダコタ級戦艦と同等の攻防力を持ち、33ノットを発揮できる高速戦艦の検討を命じた。その問いに対し、艦船造修局は基準排水量40,000トン程度で設計可能と返答した。これを受け、海軍上層部は3月10日にサウスダコタ級の高速化案をまとめるよう、正式に命じた。これがアイオワ級戦艦である。

[編集] 性能諸元

[編集] 船体形状

竣工時、一番艦アイオワは露天艦橋だったが、1951年の再就役時にはエンクローズ化された。他の艦は当初よりエンクローズ状態で竣工した。二番艦ニュージャージーの艦橋は当初丸みを帯びていたものの、これも後に改修されている。

アイオワ級は高速力の確保のために船体そのものが長く、各国の建造された戦艦の中では最も長かった。その割に幅についてはパナマックスのためにサウスダコダ級と大差なく、第一主砲弾薬庫などもかなり窮屈な形状となっているほか、動揺性能や対航性の不足も船体形状から指摘されている。その船体の長さから進水時には応力集中による船体の破壊が懸念されたため、艦首に保護材を装着し進水を行っている。

水面下の艦尾の形状は“ツインスケグ”と呼ばれる本型独特のものであるが、この形状が高速航行時に謎の異常振動を引き起こした。改良工事が実施されたが根本的な解決にならず、振動が多少緩和されただけに留まった。このツインスケグの異常振動の影響で、30ノット以上の速度の時はスタビライザー装備の砲塔でも動揺によって砲撃不能に陥ったとされる。

[編集] 機関

212,000馬力という高い出力を実現したが、シフト配置の採用により機関部は全長の1/2を超える長さとなってしまった。ボイラーはサウス・ダコタ級に引継ぎ高温高圧蒸気型である。2つのボイラーと1つのタービンが組み合わさって1セットとされ、艦首方向から順に4セット並べられ4軸のスクリュー軸を回した。

[編集] 防御装甲

50口径40.6cm砲の採用により排水量の増大につながる為、やむなくサウス・ダコタ級に準じた45口径40.6cm砲対応の装甲となっている。

[編集] 兵装

主砲の50口径40.6cm砲(Mk7)はサウスダコタ級の45口径40.6cm砲(Mk6)をベースとして開発された。使用弾こそMk6と同じだが、軽量長砲身化の上、装薬を長砲身用の低圧装薬に変更し初速を稼いで威力を高めている。また、高威力化とともに砲塔と水圧装置も再設計された。 副砲は当初15.2cm砲を採用予定だったが、結局ノース・カロライナ級やサウスダコタ級と同じ12.7cm両用砲が採用された。

対空火器は28mm連装機銃や12.7mm機銃が検討されたが、建造中にボフォース社製40mm4連装機銃エリコン社製20mm単装機銃の採用が決まった。

[編集] 改修と退役

戦後、世界唯一無二の戦艦となったアイオワ級は第二次世界大戦朝鮮戦争ベトナム戦争湾岸戦争と多くの戦歴を誇ったが、平時は予備役にあることが多く、その間にアメリカ海軍はアイオワ級戦艦の巨大な艦体を活用する色々な改修案を計画した。

最初の改修案は、練習艦となったミズーリ以外の艦が予備役となった1940年代末には計画されていた。これは当時艦対空ミサイルの実用化と巡洋艦ミサイル巡洋艦化を計画していた海軍が、これに準じた構想として未成艦ケンタッキーのミサイル艦化するものだった。 しかし、これは実現せずに終わっている。

1950年代末には、当時予備役になっていた4隻を再びミサイル艦に改装しようという構想が持ち上がっている。これは主砲塔を全て撤去しミサイルと哨戒ヘリコプターを搭載するという案と、三番砲塔のみを撤去しミサイルを搭載するという案があったが、いずれも巨額な費用を要するということで具体化しなかった。

1962年には支援火力を持つ強襲揚陸艦として改装しようという案も検討された。三番砲塔を撤去し後部を飛行甲板に改造するという案であった。

その後も様々な改修案が検討されたが、ロナルド・レーガン政権下の「600隻艦隊構想」でアイオワ級四隻の近代化及び再就役(FRAM I)が行われた。この際に12.7cm連装砲4基が撤去され、トマホーク巡航ミサイルの4連装装甲ボックスランチャーが8基、ハープーン対艦ミサイル4連装ランチャーが4基、ファランクス20mmCIWSが4基増設された。

1940年代からたびたび構想化されたミサイルの運用は、この改装により実現することとなった。この他にも燃料を重油から蒸留油に変更、レーダーや通信施設などの近代化が行われ、その費用は最初に改修されたニュージャージーの3億3,000万ドルから、ウィスコンシンの5億300万ドルまで巨額な費用が費やされた。しかし、主砲およびその発射管制システムについては、主砲関連技術が戦後は発達せず断絶したため就役時に装備されていた第二次世界大戦時のシステムが完全退役までの40年間継続して使用された。

なお、当時の海軍はこれ以外にも三番砲塔を撤去し格納庫と飛行甲板を増設、ヘリコプターハリアーを運用しようという計画(FRAM II)も構想していたという。

アイオワ級は近代化された後も湾岸戦争レバノン内戦での作戦活動に従事し、陸上施設に対して艦砲射撃やトマホーク発射を行った。だが、以下のような理由によってこれ以上運用する理由はなくなったと判断された。

  1. 対空ミサイルや対潜攻撃力を持たない為、単艦では行動出来ない事
  2. 乗員が多く運用費用が巨額に上る事
  3. 骨董品とも言える艦砲や発射システムに、熟達したメカニックが数名しか存在しなくなった事
  4. すでに各部分に老齢化が進行しており根本的な解決が困難な事
  5. 陸上施設への攻撃にしか使用できない事
  6. 攻撃のために敵地の近距離まで接近する必要がある事、またその最中にも陸上から対艦ミサイルの攻撃を受けた(護衛艦により迎撃され命中せず)事
  7. 航空機にスマート爆弾を導入したことにより、精度の低い主砲の必要性が低下した事
  8. そもそもの仮想敵であった日本海軍の大和型戦艦を初めとする各国の戦艦は既に存在せず、長年の間に戦争抑止力としての意義も原子力潜水艦に取って代わられた

レーガン政権後の国防予算の削減に伴い1992年までには全艦が退役することとなった。晩年は老齢化により機関出力も最盛期より低下し、主砲をふくめ各部分にマイナートラブルを抱えた。4隻中3隻は、記念艦や博物館として公開されている。アイオワのみは未公開であるが、再就役の可能性は無く、いずれ博物館などとして保管される予定である。

[編集] 同型艦

艦番号 艦名 竣工 退役
BB-61 アイオワ
USS Iowa
1943年2月22日 1990年 10月26日
BB-62 ニュージャージー
USS New Jersey
1943年5月23日 1991年 2月8日
BB-63 ミズーリ
USS Missouri
1943年6月11日 1992年 3月31日
BB-64 ウィスコンシン
USS Wisconsin
1944年4月16日 1991年 9月30日
BB-65 イリノイ
USS Illinois
1945年8月12日建造中止
BB-66 ケンタッキー
USS Kentucky
1950年1月20日建造中止

[編集] 脚注


[編集] 参考文献

  • 世界の艦船 1998年12月号、2006年2月号
  • 武器と爆薬 小林源文著 大日本絵画
  • 「丸」2009年11月号「最後の高速戦艦 アイオワ級」

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


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