ホーカー・シドレー ハリアー

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ホーカー・シドレー ハリアー

AV-8A ハリアー

AV-8A ハリアー

ホーカー・シドレー ハリアー (Hawker Siddeley Harrier) は、イギリスホーカー・シドレー社が開発した世界初の実用垂直離着陸機V/STOL機)である。原型機の初飛行は1960年。本機をベースに海軍型のシーハリアーが開発されたほか、アメリカマクドネル・ダグラス社は、より洗練したハリアー IIを開発した。

ハリアーの名は小型猛禽類であるチュウヒのこと。前身である実験機、ケストレルの名前は同じく小型猛禽であるチョウゲンボウのことである。これらの鳥は、向かい風の中でホバリング(空中停止)をすることがあるため、VTOL機の名称として採用されたと考えられる。

歴史[編集]

実験機の開発[編集]

P. 1127試験機

第二次世界大戦後、各国は高性能のジェット機に加え、垂直離着陸機(以下、VTOL機)の開発にも着手した。VTOL機はエンジンに垂直離着陸のための機構が必要なため重量が増し、どうしても通常の戦闘機に比べ性能が劣ってしまう。しかし垂直に離陸できるということは、仮に敵に滑走路を破壊されても運用ができるため、前線での使用が可能である等の利点も多いと考えられた。

1940年代から1950年代前半にかけては、機体を真上に向かせて離着陸を行うテイル・シッター方式のVTOL機開発が試みられたが、それらは実用化されなかった。そのため、1950年代後半から機体は水平のままで離着陸する方式の開発が活発となった。ヨーロッパ各国での開発が特に進んでおり、西ドイツEWR VJ 101, VFW VAK 191Bフランスミラージュ III-VイギリスP.1127旧ソ連のYak-36等が開発されていたが、P.1127とYak-36だけが通常の航空機と同様にエンジンを配置して、離着陸時のみノズル(排気の吹き出し口)を動かして推力を真下方向に偏向する方式で、他の機体は離着陸時のみ下に向けて推力を出すリフトエンジンを別途搭載する方式であった。なお、バランス制御の問題からYak-36が開発中止になった後、後継機Yak-38以後旧ソ連もリフトエンジン方式に転換したため、推力方向変換エンジン単独によるVTOL機はハリアーシリーズのみとなっている。

リフトエンジンを使用する方式は、実質的にはエンジンを2つ積むことになり重量が増えることから、水平飛行中には無駄な重量物(デッドウェイト)にしかならず実用性が低く、それらの機種は最終的に実用化されなかった。それに対しP.1127は、画期的な推力偏向式のジェットエンジンであるペガサスエンジンによってこうした問題を起こすことなく、リフトエンジン式に比べて実用性が高いと評価されたのである。P.1127は、1960年10月に初のホバリング飛行が行われ、1961年3月に水平飛行、同年9月には転換飛行に成功した。

P.1154の開発中止とケストレルの実用機化[編集]

ケストレル

1962年4月に、NATOは垂直離着陸戦闘攻撃機の選定を行った。これにフランスのミラージュ III-VとともにP.1127の発展型ホーカー・シドレー P.1154も選定された。P.1154は、P.1127のエンジンにアフターバーナー的なシステムを加えた超音速機となる予定であった。

しかし、イギリス空軍海軍の機体に対する要求の違いと、労働党政権による大幅な軍事費削減により、P.1154は1965年2月に開発中止となった。このような混乱の中でも、少しずつ開発は進められており、1964年3月にホーカー・シドレー社がP.1127を改良して実験機ケストレルを初飛行させた。その後、1965年のP.1154開発中止に伴い、イギリス空軍向けの機体として、ケストレルを実験機ではなく、実用機として開発することになった。1964年にイギリス、西ドイツ、アメリカで構成された三ヶ国共同評価飛行隊による具体的な運用までも含めた機体の試験が行われていたことも、ケストレルの開発を助けていた。

最終的にイギリス空軍は、ケストレルの実用型で対地攻撃機を示すGRの型名を付けたハリアー GR.1の発注を行い、GR.1は1966年8月に初飛行を行った。このGR.1は1968年7月から部隊配備が開始された。しかし、開発指示の遅れから複座型T.2の初飛行は1969年4月であり、部隊配備は1970年7月であった。そのため、ハリアーが配備された第1飛行隊はヘリコプターで訓練を行い、作戦能力を1970年1月までに獲得した。

他国での採用[編集]

編隊を組み飛行するAV-8A ハリアー

ケストレルの評価試験に参加していたアメリカ海兵隊は、前線の簡易飛行場だけでなく強襲揚陸艦からも運用できる近接航空支援機としてハリアーの有用性に注目し、1969年12月にAV-8Aの名称で正式採用した。初号機は1970年11月に初飛行を行い、翌年4月に最初の飛行隊VMA-513を編成した。なお、この時マクドネル・ダグラス社はハリアーのライセンス生産権を獲得し国内製造を計画したが、採用数が110機と少なかったため実現しなかった。しかし、この契約が後にマクドネル・ダグラス主導によるハリアー II開発へ繋がることになる。

1973年にはスペイン海軍AV-8S マタドールの名称でハリアーの採用を決定した。しかし当時イギリスはスペインのフランコ政権に対し武器禁輸政策を取っていたため、輸出はアメリカを経由して行われた。機体は一旦アメリカへ引き渡されて訓練に使用された後、スペイン海軍に移管されて軽空母デダロ艦載機として運用された。

シーハリアーの開発[編集]

シーハリアー FRS.1

1969年頃より、イギリス海軍では軽空母での使用を考えV/STOL艦載機の研究を開始した。ジェット戦闘機が次第に大型化し、重量が増大して行くにつれ、航空母艦もそれにあわせる必要に迫られていたが、V/STOL艦載機であれば通常の艦載機に比べ設備を簡略化できるだけでなく、空母を大型化しなくてもスペースを有効利用できるとの立場からである。こうして開発されたのが海軍型シーハリアーであった。

退役[編集]

1970年代の時点でハリアーはペイロードや航続距離の面で性能の限界に達していたため、1980年代後半から後継機ハリアー IIへの交代が始まり、現在ではイギリス、アメリカ、スペイン共に運用を終了している。スペインのAV-8Sはタイ海軍に売却されており、現在も軽空母チャクリ・ナルエベトの艦載機として実戦配備されているが、部品不足によりほとんど飛行可能状態にないとされている。また、インド海軍でもシーハリアーの訓練機として練習機型が現役にある。

特徴[編集]

エンジンノズル(シーハリアー)

ハリアーは胴体側面にエンジンノズルを4つ装備し、そのエンジンノズルの向きを0度(後方)~98.5度(真下よりやや前)まで変えることによってVTOLを可能とした。エンジンノズルはわずかに前方まで向くため低速ながらバックすることもできる。また、ホバリングや極低速時などではラダー、エルロン等の通常の姿勢制御機構の働きが弱くなる[1]ため、機首下部・左右主翼の端部・機体後部にバルブ付の補助ノルズを取付け、エンジンから抽出した圧縮空気をそれらに送り込み、機体のピッチング・ローリング・ヨーイング運動を行うRCS(リアクション・コントロール・システム)により機体の姿勢制御ができるようになっている。搭載するエンジンは1基のターボファンエンジンであるが、通常のそれとは異なり前方のファンと後方のジェット・エンジン本体[2]は互いに逆回転している。これはエンジン回転から生じるジャイロ効果を相殺減少し、VTOL時やホバリング時の姿勢安定を高めるためである。ファンから排出される空気が前方ノズルへ、ジェット・エンジン本体からの排気ガスが後方ノズルへ噴出される。

従って、その操縦方法は他の固定翼機とは全く異なり、操縦訓練において訓練生は回転翼機の操縦方法を並行して学習しなければならない。また手動で姿勢制御するため常にボタン30個[要出典]を操作しなければならず、こうした操縦の複雑さのため、1971年から45人が操縦ミスで死亡している。これは戦闘での死亡者より多い。

ハリアーはエンジン内部へ噴射する冷却水(脱イオン水)を搭載している。これは高出力時、具体的には垂直離着陸時にエンジンがオーバーヒートするのを防ぐ役割があるのだが、冷却水容器の容量は最大でも約90秒分の噴射量に相当する量をまかなう程度しかない。こうした制約のため、ホバリング継続は約60秒程度に制限されている(それ以上はオーバーヒートによる損傷の危険がある)。もちろん、こうした冷却水の搭載も限られた搭載容量を割かなければならず、実際の運用では90秒相当分が積まれることはまずない。ただし、この時間制限は非常にシビアな使用環境(極端な高温多湿など)を想定したものであり、現実的な環境ではもう少し使用時間は延び、実際エアショーなどでは5分程度のホバリングが演技されている。

強襲揚陸艦ガダルカナルから発艦するAV-8C ハリアー

VTOL機は理論上は滑走路を必要としないが、ハリアーは実運用上、着陸のみ垂直で行い離陸は通常の固定翼機と同じく滑走して行う。この離着陸方式をSTOVL(Short Take Off and Vertical Landing 短距離離陸・垂直着陸)という。ハリアーをSTOVL運用する主な理由は、離陸重量を(噴出ガスによる上昇推力のみならず)主翼に生じる揚力にも分担させ離陸重量増大を図ることにあるが、他にも、垂直での離陸はエンジンの推力のみで上昇するため非常に燃料効率が悪い、徐々に推力を絞る着陸と異なり離陸時は地上から出力を上げるために周囲へ危険を及ぼす、それによる機体の不安定化回避などの消極的理由がある。

なお、垂直に噴射した圧縮空気と排気ガスが地面に反射して翼下面にあたるため、改良機であるハリアーII+においては機体重量より推力が下回っても浮揚開始し垂直離陸ができる。CTOL(通常離着陸)は降着装置(特にアウトリガー)や車輪ブレーキがVTOL用に設計された構造と強度なので適していない。

VTOL機としての特性上、垂直離着陸によって、しばしば最前線の不整地からでも運用可能であるかのように喧伝されることがあるが、これはやや誤解を招くものと言わざるを得ない。上記のような問題点もさりながら、実際に不整地で高圧かつ高速のジェット排気を地面に吹き付ければ土砂や粉塵を大量に巻き上げ、周囲に危害を及ぼすだけでなく機体や(ゴミを吸い込むことによる)エンジンの損傷などが生じてしまう。これらの問題を解決して実際に最前線での垂直離着陸による運用を図ろうとするのであれば、相当の負担にならざるを得ない。そのような前線の簡易飛行場の整備に用いられる簡易パネル敷設式の滑走路では、ハリアーのエンジンの排気熱に耐え切れずに損傷する場合があるだけでなく、ジェット排気の侵入封止が充分に図れないため土砂や粉塵だけでなくパネル自体を吹き上げてしまうなどの問題が確認されている。実際に、高度30ft以下でのホバリング中、舗装をしていない部分から舗装部分に水平移動した時に重さ11tの舗装マットを4ft吹き上げたという警告が、AV-8Bのフライトマニュアルに記載されている。

実戦[編集]

ハリアーは現用の垂直離着陸航空機としては唯一、実戦に参加している。フォークランド紛争へはハリアー GR.3がシーハリアー FRS.1と共に空母から参加した。ハリアー GR.3は空母での運用を想定して作られていなかったため、投入の際は塩害防止塗装など洋上運用に備えた改造が施されたほか、空中戦闘に備えてサイドワインダー空対空ミサイルの発射機能など空戦用の装備も追加された。また、パイロットも発艦や空戦の訓練を行わなければならなかった。前線への投入機数は6機(後に2機補充)のみで、シーハリアーも含めて少数での運用を余儀なくされたにも関わらず、整備が容易かつ悪天候でも運用可能だったことから稼働率は非常に高かった。

シーハリアーによる上空援護の下、上陸部隊への対地支援に使用されたハリアーは、アルゼンチン軍との空対空戦闘を行うことは無かったが、地上砲火や事故と故障によって4機が失われた[3]。戦争終盤にはレーザー誘導爆弾も投下しており、当初こそパイロットや前線航空管制官の不慣れから命中精度が低かったものの、終戦時には習熟して命中精度を上げていた。

バリエーション[編集]

ハリアー GR.3
複座練習機型のTAV-8A ハリアー
スペイン海軍のAV-8S マタドール
ハリアー GR.1
初期生産型。エンジンはペガサス Mk.101。1966年初飛行。78機生産(先行量産型を除く)。
ハリアー GR.1A
エンジンをペガサス Mk.102に換装したGR.1。
ハリアー T.2
イギリス空軍向けの複座練習機型。12機生産。
ハリアー T.2A
GR.1Aと同様にエンジンを換装したT.2。
ハリアー GR.3
レーザーセンサーの追加により機首が伸び、ペガサス Mk.103へのエンジン換装が行われた。GR.1と共に第1世代に分類される。40機が新造され、GR.1/1Aもこの仕様に改修された。
ハリアー T.4
GR.3と同様にエンジンを換装したT.2/2A。14機を新造。一部はGR.3と同様の機首となり、後にそれを取り外した機体はT.4Aと呼ばれる。
ハリアー T.4N
イギリス海軍向けのT.4。シーハリアー FRS.1のパイロット訓練用。3機生産。なお空軍からの貸与機はT.4(N)/4A(N)と呼ばれる。
ハリアー T.8
シーハリアー FA.2のパイロット訓練用にアップグレードされたT.4N。
ハリアー T.52
ホーカー・シドレー社のデモンストレーション用社有機。1機生産。
AV-8A ハリアー
アメリカ海兵隊向けのGR.1A。社内名ハリアー Mk.50。エンジンは当初ペガサス Mk.102だったが、第2パッチ以降はペガサス Mk.103を搭載した。102機生産。
TAV-8A ハリアー
アメリカ海兵隊向けのT.4。社内名ハリアー Mk.54。8機生産。
AV-8C ハリアー
ハリアー IIが完成するまでの繋ぎのため、AV-8Aをアップグレードしたモデル。
AV-8S マタドール
AV-8Aのスペイン海軍向け。社内名ハリアー Mk.55。11機生産。
TAV-8S マタドール
スペイン海軍向けのTAV-8B。社内名ハリアー Mk.58。2機生産。
ハリアー T.60
インド海軍向けのT.4N。シーハリアー FRS.51のパイロット訓練用。4機生産。

要目(ハリアー GR.3)[編集]

出典: 『週間ワールド・エアクラフト』 1999年 デアゴスティーニ

諸元

  • 乗員: 1名
  • 全長: 14.27 m (46 ft 10 in)
  • 全高: 3.45 m (11 ft 4 in)
  • 翼幅: 7.70 m(25 ft 3 in)
  • 翼面積: 18.5 m2 (199.1 ft2
  • 空虚重量: 6,139 kg (13,535 lb)
  • 最大離陸重量: 11,431 kg (25,200 lb)
  • 動力: ロールス・ロイスペガサス Mk.103 推力偏向ターボファン・エンジン、95.6 kN (21,500 lbf) × 1

性能

  • 最大速度: 1,176 km/h
  • フェリー飛行時航続距離: 3,760 km
  • 実用上昇限度: 15,600 m (49,200 ft)
  • Gリミット:+8G、-3G

武装

お知らせ。 使用されている単位の解説はウィキプロジェクト 航空/物理単位をご覧ください。

使用国[編集]

イギリスの旗 イギリス
イギリス空軍/海軍
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
アメリカ海兵隊
スペインの旗 スペイン
スペイン海軍
インドの旗 インド
インド海軍
タイ王国の旗 タイ
タイ海軍

採用を検討した国[編集]

オーストラリアの旗 オーストラリア
ブラジルの旗 ブラジル
スイスの旗 スイス
日本の旗 日本
1970年8月に、ポーツマスを訪れた練習艦かとりの上空でデモフライトを行った経緯がある。かとりのヘリコプター甲板への着艦も検討されたが甲板強度が即座に不明という理由で中止されたという。

登場する作品[編集]

出典[編集]

  1. ^ 強い横風に対する機種方位維持には有効であるため、ヨーイングを制御する目的でラダー、エルロンの操作を要する
  2. ^ エンジン内部の圧縮機とそれに結合されているタービン。
  3. ^ NAVAL-HISTORY.NET. “Part of the PRICE PAID (Parts 50-55) - Part 53. BRITISH AIRCRAFT LOST” (英語). 2009年7月20日閲覧。

参考文献[編集]

  • A・プライス/J・エセル共著、江畑 謙介訳 『空戦フォークランド : ハリアー英国を救う』 1984年 原書房 ISBN 4562014628
  • 文林堂編集部編 『ハリアー/シーハリアー』(世界の傑作機111) 2005年 文林堂 ISBN 4893191276
  • 『最強 世界の軍用機図鑑』 2013年 学研パブリッシング 2013年 ISBN 9784054057715

関連項目[編集]

外部リンク[編集]