BAe ハリアー II

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ハリアー GR.5 / GR.7 / GR.9

英空軍のハリアーGR.9。2008年、アフガニスタンにて。

英空軍のハリアーGR.9。2008年、アフガニスタンにて。

ブリティッシュ・エアロスペース ハリアー II(British Aerospace Harrier II)は、イギリス空軍(RAF)で使用された、ホーカー・シドレー ハリアーの第二世代に相当するV/STOL(垂直/短距離離着陸)ジェット機で、発展型として開発されたAV-8B ハリアー IIの派生型である。

最初に引き渡されたハリアーIIは、ハリアー GR.5と名付けられた。続いてアップグレードされた機体は、GR.7、そしてGR.9と名付けられた。

イギリス空軍とイギリス海軍は、どちらもハリアーIIを対地攻撃用のプラットフォームとして運用した。ハリアーIIは、また、インヴィンシブル級航空母艦で運用することが可能だった。

ハリアーIIは、コソボイラク、および、アフガニスタンの戦闘任務をおこなった。2010年12月、予算上の圧力によって、ハリアーIIは早期に退役することになった。この決定には、ハリアーIIの役割をすぐに代替できる固定翼機が存在しないという異論があったが、長期的には、ハリアーIIはF-35Bにより置き換えられることになっていた。

設計と開発[編集]

原型[編集]

ハリアーの、よりパワフルな後継機の開発は、アメリカのマクドネル・ダグラスとイギリスのホーカー・シドレー(1977年、航空機部門は国有化され、ブリティッシュ・エアロスペース(BAe)の一部になった)との共同開発として、1973年に始まった。この時、第一世代のハリアーはイギリス空軍アメリカ海兵隊に導入されていたが、その運用経験をもとに、より能力の高い機体が強く求められていた。

しかし、イギリス政府は、せいぜい60機のハリアーに対して小さな要求しか持っておらず、また、防衛予算の競合相手の圧力により、アドバンスド・ハリアーのような取るに足りない要求にはほとんど予算が与えられなかった。新しい機体のために必要なエンジンである、ペガサス 15を開発するための政府の後押しを失ったホーカーは、1975年にこのプロジェクトから手を引いた[2][3]

アメリカの関心のおかげで、後継機の開発は規模を縮小して続行された。ハリアーにはより大きな主翼が装着され、機体構造に複合材料が用いられた。 2機の試作機が既存の機体をもとに作られ、1978年に飛行した。

アメリカ政府は、外国の大規模な買い手がないかどうか探し続けていたが、イギリスは、現在のハリアーを改良して新しい大きな金属製の主翼をつける独自の計画を持っていた[4]

1980年、イギリスはアメリカの計画が彼らの要求を満たすかどうか検討した。彼らの意見は設計変更の必要性を示し、その結果、マグドネル・ダグラスの設計した主翼に、イギリスの設計したLERX(Leading Edge Root Extension)を組み合わせることになった[5]。 アメリカとイギリスは合意を結び、これには、イギリスの要求を満たすための開発コストと最低60機の機体のコストとして、イギリスが2億8千万ドルを負担することが含まれていた。

それに加えて、製造はマグドネル・ダグラスとBAeで分担することになった。ハリアーIIは、ブリティッシュ・エアロスペースがプライム・コンストラクターとなり、マグドネル・ダグラスがサブ・コンストラクターとなった[6]

最初の試作機は1981年に飛行した。BAeが最初に製造したGR.5は1985年4月30日に初飛行をおこない、1987年に就役した。GR.5はアメリカ海兵隊のAV-8Bハリアーと、アビオニクス、兵装、そして装備などに、多くの違いがあった。GR.5の主翼は、ステンレス・スチールのLERXを持っており、その柔軟性の特性は、AV-8Bと異なっていた[7]

1989年12月、イギリス空軍のハリアーIIを装備した最初の飛行隊が作戦運用を開始した。

機体解説と任務[編集]

飛行中の英空軍のハリアーGR.9 (2010年)

ハリアーIIは、第一世代のハリアーGR.1/GR.3シリーズの改良型である。もとのアルミ合金の胴体は複合材料を広範囲に用いた胴体に置き換えられたので、重量が大きく軽減され、ペイロードや航続距離が向上した。新しい一体型の主翼は、約14パーセント広くなり、厚みも増加した。この主翼とLERXによって、1,000フィート(300m)の滑走距離で離陸した場合、第一世代のハリアーに比べてペイロードが6,700ポンド(3,035 kg)増加した[8][9]

イギリスのハリアーIIは、主翼の各々の着陸脚の前に追加のミサイル・パイロンを持っており、また、LERXはバードストライクに関するより高い要求によって強化されていた[10]

ハリアーIIのコックピットは、昼間でも夜間でも操縦可能で、ヘッドアップディスプレイ(HUD)、ヘッドダウンディスプレイとして二つの多機能ディスプレイ(MPCD)、デジタル移動マップ、慣性航法装置(INS)、そして、HOTAS(Hands On Throttle-And-Stick)システムを備えていた[11][12]

BAe シーハリアーと同じく、ハリアーIIは張り出したバブル・キャノピー英語版をもっており、これがきわめて良好な視界に貢献していた[13]。 新設計のコントロール・システムと、大きな横安定性の組み合わせによって、ハリアーIIは第一世代のハリアーGR.1/GR.3に比べて、格段に操縦しやすかった。[14]

イギリス空軍は、ハリアーを対地攻撃と偵察に使っていたので、空戦は短距離射程のAIM-9 サイドワインダーに頼っていた。 サイドワインダーは、フォークランド紛争の際にシーハリアーがアルゼンチンミラージュに対して運用したことで有用性が証明されていたが、シーハリアーFA.2は、1993年から、より長射程のレーダー誘導ミサイルであるAIM-120 AMRAAMが搭載できるようになっていた。 シーハリアーは導入時からレーダーを持っており、アメリカ海兵隊はAV-8Bハリアーに、AV-8B+へのアップグレードの一部としてレーダーを搭載したが、イギリス空軍はレーダーを搭載しないことを選んだ。 シーハリアーが退役すると、そのブルーヴィクセンレーダーをハリアーIIに載せかえる提案がおこなわれた。 しかし、イギリス国防省は、リスクが高く、また、高価すぎるとして却下した。 国防担当相アダム・イングラム英語版は、コストが6億ポンドを超えると試算していた[15]

更なる開発[編集]

ハリアーGR.5が就役する前に、航空阻止任務の能力がより高い機体が必要であることが明らかになった。ハリアーGR.7と名付けられた発展型は、夜間運用能力の付加とアビオニクスの改良とを主眼に開発された[16]

GR.7の開発計画は、これとよく似たアメリカ海兵隊独自のAV-8Bハリアー部隊と連動して実施された[17][18]。追加されるアビオニクスには、機首に搭載されるFLIR(forward-looking infrared)と暗視ゴーグルECM機器、新しいコックピト・ディスプレイ、そして、移動マップ・システムの交換が含まれていた[19]。 GR.7は1990年5月に初飛行し、1990年8月に就役した[20]

1991年に34機すべてのハリアーGR.7が配備されると、それに続いて、すべてのGR.5のアビオニクスがGR.7と同様のものにアップグレードされた[21] 。GR.7の中のいくつかは、改良されたロールス・ロイス ペガサスエンジンを搭載しており、GR.7Aと名付けられた。ハリアーGR.7Aは、離着陸能力が大幅に向上し、ペイロードも大きく増加した[22]

さらに、通常のGR.7を大幅にアップグレードする計画が実行された。これがハリアーGR.9である。ハリアーGR.9はJUMP(Joint Update and Maintenance Program)によって開発された。これは、ハリアー部隊のアビオニクス、通信システム、および、兵装の能力を、大幅にアップグレードするもので、定期点検の時に更新する方法をとっていた[23]。 最初の更新は、通信、対地接近警報および航法システムのソフトウェアのアップグレードから始まり、続いてAGM-65 マーベリック空対地ミサイルの統合がおこなわれた[23]。 ケーパビリティCでは、イギリス空軍のRAIDS(Rangeless Airborne Instrumentation Debriefing System)とレイセオンのSIFF(Successor Identification Friend or Foe)システム、および、ペイブウェイ誘導爆弾が追加された。DJRP英語版(Digital Joint Reconnaissance Pod)はケーパビリティDの一部として追加された。

2007年2月、MBDA ブリムストーンミサイルの運用試験が開始された[23]が、ブリムストーンの配備はGR.9の早期退役に間に合うかどうかわからなかった[24] 。 2007年、UOR(Urgent Operational Requirement)のもとで、ロッキード・マーティン スナイパーXR照準ポッド英語版が、それに比べれば精度が劣るTIALDに取って代った。[23] ケーパビリティEには、副次的な通信システムとしてリンク 16通信リンク[23][25]と、ハリアーIIとトーネード GR.4の両方に装備が計画されていたTIEC(Tactical Information Exchange Capability)が含まれるはずだった[26]

2007年7月、BAEシステムズは、最後の7機のハリアーGR7の後部胴体を国防省のために交換する作業を完了した。 胴体のコンポーネントは、3年間にわたる2千万ポンドのプログラムの一部として設計され、製造された[27]。 2008年7月、QuinetiQ英語版はハリアーII部隊のアップグレードと保守を、この時点で退役が予想された2018年まで実施する契約を受注した[28]

運用の歴史[編集]

戦闘任務[編集]

ハリアー GR.7のペア (2008年)

ハリアーIIを受領した最初の飛行隊は、駐独英空軍(RAFG、en:Royal Air Force Germany)に所属していた。これは、ソビエト連邦西側諸国への侵略を阻むためのもので、戦時には対地攻撃を実行することになっていた。ハリアーIIは、その元になったホーカー・シドレー ハリアーに比べて航続距離と生存性が大きく向上していたので、航空阻止任務に新しく重点が置かれた[29]。1990年の年末には、ハリアーIIは複数の飛行隊で完全な作戦能力を得るところであった[30]。1994年、イギリス空軍の最後の第一世代ハリアーが退役した。

1995年、ユーゴスラビア崩壊の影響によるクロアチア人セルビア人の戦闘は、暴力のそれ以上の深刻化を防ぐためにNATO軍の派遣を促すことになった。 ハリアーIIの飛行隊はイタリアのジョーイア・デル・コッレ空軍基地英語版に移動し、早期に配備されていたイギリス空軍のSEPECAT ジャギュアと交代した[31]。 攻撃と偵察の両方の任務が、作戦のために急遽GPS航法装置を組み込む改修をうけたハリアーによって実行された。126ソーティーを超える攻撃が英空軍のハリアーIIによって実行され、しばしばジャギュアが補助としてペイブウェイ IIのようなレーザー誘導爆弾のためにレーザー照射をおこなった[32]。 1994年、新しく導入されたGR.7が海軍のインヴィンシブル級航空母艦における運用試験のために配備され、海軍における実戦配備は1997から開始された。 このような運用は、後にハリアー統合部隊英語版の司令部のもとで正式化され、空軍のハリアーIIは日常的に海軍のシーハリアーと一緒に運用されるようになった[33]

1999年のコソボにおけるNATOのアライド・フォース作戦に、空軍は16機のパナヴィア トーネードと12機のハリアーGR.7を派遣した[34]。 1999年4月27日、セルビアの軍事施設を攻撃する任務では、空軍のハリアーは激しい対空砲火を浴びたが撃墜された機体はなかった[35]。1999年4月、ハリアーが中高度爆撃任務においてGPS航法および照準を使うことができるように、交戦規定が変更された[36]。この紛争で使われた弾薬の多くはレーザー誘導爆弾で、これは天候や煙により悪影響を被るが、全体で80%以上が直撃したと報告されている[37]

2003年、ハリアーGR.7は、アメリカの主導したイラク戦争におけるイギリスのテリック作戦英語版で主要な役割を果たした。 紛争に先立って、空母「アーク・ロイヤル」とハリアーが派遣された[38] 。 戦争が始まると、ハリアーは偵察および攻撃任務でイラク南部の領空に侵入し、スカッドミサイル発射器を破壊して隣国クウェートに対する攻撃を防いだと報道された[39] 。 この戦争の前に、ハリアーは新しくAGM-65 マーベリックミサイルを装備していた。報道によれば、このミサイルは、イラクにおけるハリアーの運用に非常に貢献したとされている[40]

イラクの要衝である都市バスラの戦い英語版において、ハリアーは、敵地上車両を無力化するためにイラクの燃料貯蔵施設を攻撃する任務を何度も実施した[41]。ハリアーのその他の重要な目標は、戦車、舟艇、そして、砲兵だった[42]。 ノルディーン(Nordeen)によれば、空軍のハリアーのすべての作戦のうち、おおよそ30パーセントが近接航空支援任務で、連合軍の地上兵力の前進を支援した[43]。 2003年4月、イギリス国防省は、イラクにおいて空軍のハリアーに議論の的であるRBL75英語版クラスター爆弾を配備していたことを認めた[44]。 イギリスとアメリカのハリアー飛行隊は、どちらも2003年の夏にイラクから撤退した[45]

2004年9月、6機のハリアーGR.7がアフガニスタンのカンダハールに、アメリカが派遣していたAV-8Bの代わりに展開した[46]。2005年10月14日、ターリバーンのロケット攻撃によって、カンダハール国際空港エプロンに駐機していたハリアーのうち1機が破壊され、ほかに1機が損害を受けた。 負傷者はなく、損害を受けたハリアーは修復され、破壊された機体は交換された[47]

2006年、ハリアーGR.7がアフガニスタン南部における国際治安支援部隊(ISAF)の任務の拡張の一環として、アフガニスタンに展開した。 7月から9月までの間に計画された作戦や地上部隊の近接航空支援のために、イギリスのハリアーに供給された弾薬は179から539に増加し、そのほとんどはCRV7ロケットであった[48]。 ハリアーは固定武装として機関砲を持っていないため、あるイギリス陸軍の空挺連隊少佐はハリアーの航空支援能力をA-10と比較して、「まったく、まったく役に立たない」と評した[49]

ハリアーGR.9の飛行展示。RIAT英語版 2008にて。

2007年1月、ハリアーGR.9の最初の作戦配備が、NATOのISAFの一部としてカンダハールで開始された[50]。 アフガニスタンでの5年を超える継続した運用の後で、最後のイギリスのハリアーが、イギリス空軍のトーネードGR.4と交代して撤退したとき、8500ソーティーの飛行時間は22,000時間を超えていた[51]

退役[編集]

2005年、イギリス議会において、保守業務がコッテスモア空軍基地英語版に移ってから、ハリアー部隊のメンテナンスの標準と品質が劇的に低下しているという疑惑がもちあがった。ミスによっていくつかの機体が深刻な損傷をうけ、その中の一つはほとんど壊れる寸前で、点検にかかる時間は100日から155日に増加し、一機当たりのコストは以前の防衛航空機修理局英語版(Defence Aviation Repair Agency)との契約の50万ポンドから1700万ポンドに増加したとされた[52]

2006年、シーハリアーが艦隊航空隊から退役し、ハリアーGR.7/9部隊はシーハリアーと分担していた任務をすべて任された。 以前はシーハリアーの飛行隊だった第800海軍飛行隊英語版は、元空軍のハリアーGR.7/9に2006年4月に改編され、再編された第801海軍飛行隊英語版が2007年に加わった[53]。 これらは後に拡大され、海軍打撃航空団英語版となった[54]

2010年3月31日、ハリアーの作戦転換隊英語版であったイギリス空軍第20飛行隊英語版が解散し、ウィッタリング空軍基地英語版の第4飛行隊もまた解散して第4(予備)飛行隊となった[55]。 2010年7月、すべてのハリアーGR.7が退役した[56]

ハリアーGR.9は、2018年まで運用される予定だった。しかし、2010年10月19日の戦略防衛・安全保障見直し英語版によって、ハリアーは2011年4月に退役することになった[57]。 長期的には、F-35Cが2020年に導入され、海軍の2隻のクイーン・エリザベス級航空母艦で運用される計画だった[58]。 ハリアーを退役させる決定は論議をよび、何人かの高官は、代わりにパナヴィア トーネードを退役させるように主張した[59]

2010年11月24日、ハリアーは空母からの最後の飛行をおこなった。これは、退役直前の空母「アークロイヤル」からの最後の飛行でもあった[60]。 この部隊の実戦運用からの送別は、2010年12月15日におこなわれ、非常に多くの基地の上をフライ・パスした[61]。 2011年11月、国防省は残っていた72機のハリアーをスペアパーツとともに1億1,600万ポンド(1億8千万ドル)でアメリカ海兵隊に売却した[62]。 これらの機体は、AV-8B ハリアーII部隊の部品取りに使われた[63][64][65]

エアフォース・マンスリー英語版の報道によれば、72機のハリアーIIの一部は再び飛行したという。アメリカ海兵隊がGR.9/9Aの二個飛行隊の装備を計画したからである。これらの機体は、退役後コッテスモア空軍基地英語版で最低限の技術者によって保守されていたが、そこで検査してみると、よいコンディションを保っていた [62]。 しかし、2012年7月、海軍航空システム隊英語版は、アメリカ海兵隊は元英空軍のハリアーの運用を計画したことは無いとして、これを否定した [66]

派生型[編集]

GR.5
第二世代ハリアーの、英空軍における最初のモデルである。GR.5はアメリカ海兵隊のAV-8Bと、アビオニクス、兵装、および、対抗手段の点で、大きく異なっていた。41機が製造された。
GR.5A
派生型で、GR.7へのアップグレードを見越した設計変更がおこなわれた。21機が製造された。
GR.7
GR.5をアップグレードしたモデルである。GR.7は1990年5月に初飛行し、1995年8月、旧ユーゴスラビアに最初の作戦配備が行われた。GR.7はインヴィンシブル級航空母艦における試験運用を1994年7月に開始し、最初の洋上の作戦配備は1997年に始まった。
ハリアー GR.7A。RIAT英語版 2005にて。
GR.7A
改良されたロールス・ロイス ペガサス Mk.107エンジンを装備している。GR.7AをGR.9の規格にアップグレードしたモデルは、GR.9Aと名付けられた。Mk.107エンジンの推力は、Mk.105の21,750重量ポンド (96.7 kN)に対して、約3,000重量ポンド (13 kN)向上した。
GR.9
GR.7をアップグレードしたもので、ハリアーIIのアビオニクスと兵装の改良に主眼が置かれていた。JUMPプログラムのもとでアップグレードされた[23]
GR.9A
改良されたエンジンをもつGR.7Aを、アビオニクスと兵装を中心にアップグレードしたものである。すべてのGR.9には、ペガサス Mk.107エンジンを搭載する能力があり、そうすればGR.9Aになる。
T.10
最初の複座練習型で、アメリカ合衆国のTAV-8Bがもとになっている。アメリカとは異なり、T.10には完全な戦闘能力がある[67]
T.12
練習型にGR.9と同様のアップデートを施したものである。9機のT.10がJUMPによってアップデートされ、T.12と名付けられたが、エンジンは少し非力なペガサス Mk.105のままだった[23]
T.12A
エンジンが改良されたGR.7Aに相当する練習型である。

運用者[編集]

イギリスの旗 イギリス

展示[編集]

スペック (ハリアー GR7)[編集]

ハリアー GR.9の上面 (2006年)
空母「イラストリアス」から発進するイギリス空軍のハリアー GR.7。1998年、ペルシア湾にて。

出典: Nordeen[70]

諸元

性能

  • 最大速度: 1,065 km/h (662 mph)
  • フェリー飛行時航続距離: 3,256 km (2,015 mi)
  • 実用上昇限度: 15,170 m (50,000 ft)
  • 上昇率: 74.8 m/s (14,715 ft/min)

武装

お知らせ。 使用されている単位の解説はウィキプロジェクト 航空/物理単位をご覧ください。

政府は、2010年現在、GR.9に以下の装備が可能であるとの声明を発表した。これは退役の直前だった。

ライトニング3[24]およびRAPTOR[24]ポッド、ASRAAM[24]、エンハンスド・ペイブウェイIII[24]ALARM[24]ブリムストーン[24]、そしてストーム・シャドウ[24]はGR.9で運用できない。 アフガニスタンでは、GR9は通常、DJRP、スナイパー・ポッド、2発のペイブウェイIV、そして、CRV7/ペイブウェイIV/マーベリックのいずれかを2発装備していた。

関連項目[編集]

出典[編集]

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参考文献[編集]

外部リンク[編集]