ホーカー・シドレー P.1127

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P.1127 / ケストレル

プロトタイプ ホーカー P.1127 (XP831) 1962年

プロトタイプ ホーカー P.1127 (XP831) 1962年


ホーカー P.1127 (Hawker P.1127) 及びホーカー・シドレー ケストレル FGA.1 (Hawker Siddeley Kestrel FGA.1) は、後の世界初の実用垂直離着陸機ホーカー・シドレー ハリアーにつながる実験機ならびに開発機である。

設計と開発[編集]

背景[編集]

1954年[1]、フランスの技術者ミシェル・ウィボー (Michel Wibault)[2]は、ブリストル オライオン ターボプロップエンジンを用いてエンジン前方に配置した四基の遠心式ブロワーをシャフト駆動し、ブロワーのケーシングごと回転偏向させることで垂直離着陸を可能とする対地攻撃機「ジロプテール」(Gyropter) を提案した[3][2]。フランス政府、航空機メーカーともこの提案に興味を示さなかったため[4][3][2]、ウィボーは1956年にアメリカが出資する[2]NATOの相互兵器開発計画 (Mutual Weapons Development Project, MWDP) に提案[3]し、この案がブリストル・エンジン社にもたらされた[3]。ウィボーの提案したエンジン配置はかさばりすぎまた実用には重すぎた[3]ため、ブリストル・エンジンのスタンリー・フッカーは一対の軸流ファンと可変ノズルを用いた BE48 エンジンを設計[2]、更に1957年半ばには同社のオーフュースの前段にオリンパスを組み合わせ、前段からの低温排気を回転可能なパイプで推力を偏向できる様にしたエンジンを提案した[3][5]。この案はホーカーに伝えられ、シドニー・カムの指導のもとラルフ・フーパーが検討を行なったが、エンジン全体を地面に対し 30 度傾けても実用とはならないことが判明した[6]。そこで、前段のみならず後段の排気も偏向させることが決定され、1958年初頭には更なる推力を得るため二段のファンが追加[6]された。同時に、ジェットエンジンを構成する2つの軸(スプール)のうち、ファン/低圧圧縮機-低圧タービンの軸と、高圧圧縮機-高圧タービンの軸とを逆回転させることでジャイロ効果の低減が図られた[6]。 後にペガサスとして知られることになるそのエンジンを、ホーカーは NATO の軽戦術支援戦闘機 (Light Tactical Support Fighter) 仕様に適合する機体に用いることにした[7]。当時、イギリスの1957年防衛白書に基づき防衛費の大幅削減が行なわれており、ホーカーは商業資本やアメリカによるエンジン開発資金に頼る必要があった[7]。この計画のため、NASAによるラングレー空軍基地でのモデルテストが大規模に行なわれた[7]。ホーカーのテストパイロットヒュー・メアウェザー (Hugh Merewether) は NASA の求めに応じてアメリカに赴き、ベル X-14を操縦した[8]。1959年3月、ホーカー・シドレーの役員会で P.1127 プロトタイプ 2 機の資金が認められた[9]。その後、1959年遅く、英軍需省との間に P.1127 プロトタイプ 2 機の契約が結ばれた[10]

P.1127[編集]

1962年、ファーンボロでの P.1127 3 号機 XP972。主翼後縁に後退角がないのが見て取れる。

P.1127 のプロトタイプ一号機 (機体コード XP831) はエンジンの地上試験のため 1960年7月に引き渡され、10月にはペガサスエンジンが利用可能になった。同月中に係留飛行が、また11月19日には自由飛行によるホバリングが実施され[7]、その後最初の広報用写真が公表された。プロトタイプ二号機は1961年7月に通常方式での離陸を行なった。両機は垂直離陸と通常飛行の狭間を徐々に埋め、1961年9月8日に転換飛行を行なった[7]

さらに 4 機のプロトタイプが発注された。この時期を通じてペガサスエンジンの改良が続けられ、ペガサス 3 は最大推力 15,000 lbf (67 kN) を実現した。推力以外の点で当初の 4 機に大きな違いはないが、5 号機 (機体コード XP980) では、後にハリアーに見られると同様に、垂直尾翼の高さを増すとともに水平尾翼には下反角が与えられた[11]。4 号機はホーカーの生産テストパイロットが P.1127 に慣れるのにも用いられた[11]航空母艦への最初の垂直着陸は、プロトタイプ一号機が1963年にアーク・ロイヤルで行なった[12]。P.1127 の最終機 (機体コード XP984) では主翼後縁に後退角が与えられるとともに[11][13]主翼端が滑らかな形状に改められた[13]。XP984 には最終的に推力 15,000 lbf (67 kN) のペガサス 5 エンジンが装備され、ケストレルのプロトタイプとして用いられた[14]

最初の三機の P.1127 はいずれも失われ、二号機と三号機は開発中の事故によるものであった。一号機は1963年にパリ航空ショーで墜落した。操縦士はいずれの場合も生還した[15]

ケストレル FGA.1[編集]

アメリカ空軍塗装のホーカー・シドレーXV-6Aケストレル

P.1127 の改良型 9 機[16]が、ケストレル FGA.1として評価用に発注され、1964年3月7日に初飛行が行なわれた。ケストレル (Kestrel) は英語でチョウゲンボウを意味する。ケストレルの主翼は前後縁とも後退角を有し、尾翼は P.1127 よりも拡大され、従来より大きい推力 15,000 lbf (67 kN) のペガサス 5 エンジンを用いるため P.1127/ケストレルプロトタイプ XP984 と同様に胴体が変更された[16]

この機体にはアメリカおよび西ドイツが興味を示し、イギリス、アメリカ、西ドイツのテストパイロットからなる三カ国共同評価飛行隊[17] (Tri-partite Evaluation Squadron, TES) が、ノーフォークのウェストレインハム基地で 1964年10月15日に結成された[16]。試験中に一機が失われ[16]、評価は 1965 年 11 月に終了した[18]

残った 8 機の評価機のうちの 6 機 (アメリカ分の三機とドイツ分の三機) がアメリカに送られ[16]、アメリカ陸軍、空軍、海軍 (しかしながら、後にハリアーを配備した海兵隊は参加せず) による'XV-6A ケストレルとしての評価が行なわれた。これら三軍による評価の後、NASAに割り当てられた二機の他はエドワーズ空軍基地で更に評価するため機体は空軍に移管された[19]

イギリスに残った二機のうち、一機はRAE ベドフォードBlind Landing Experimental Unit (BLEU) に配備され、もう一機 (機体コード XS693) はペガサス 6 エンジンへの更新のためブラックバーンへ送られ[20]、機体構造の強化に加えて空気取り入れ口の改修が行なわれた。P.1127 およびケストレル全機は飛行速度がほとんどゼロの際の空気取り入れをスムーズに行なうため取り入れ口辺縁が膨張可能であったが、この機構の運用寿命に対する懸念から、通常のサクション・リリーフ・ドアに変更された[21]。この機体が、ハリアーの量産前プロトタイプとなった[22]

P.1127 (RAF)[編集]

NATOの要求 NBMR-3 が規定していた垂直離着陸機には、VTOL 能力に加えてF-4 ファントム同様の性能が期待されていた。これに応えるため、ホーカーは P.1127 の超音速版として P.1150 ならびにP.1154を設計した。P.1154 は NATO に採用され開発が続けられたが、1965 年のプロトタイプ製造の段階でキャンセルされた。その後、イギリス空軍は P.1127 (RAF) としてケストレル[23]の単純な改良を検討した[24]

1965 年遅く、イギリス空軍は 6 機の量産前試作 P.1127 (RAF) を発注し (これは実際には発注済みのケストレルの残機分であった)[25]、その一号機は 1966 年に初飛行した[23]。これらは後にハリアーと命名された[25]

派生型[編集]

P.1127 プロトタイプ 6 機の最終機 (XP984)。後退翼を有する唯一のプロトタイプであり、ペガサス5エンジンを装備したケストレルのプロトタイプとなった。
P.1127
V/STOL 戦闘機の実験機。プロトタイプ 2 機に加え 4 機が生産された。
Kestrel FGA.1
三国合同評価部隊用の機体であり、製造された 9 機のうち 6 機が最終的には XV-6A となった。
P.1127 (RAF)
地上攻撃および偵察用 V/STOL 戦闘機の開発機であり、ハリアー GR.1製造の一環として 6 機が製造された。
XV-6A
ケストレル FGA.1 に対するアメリカ軍の呼称。
VZ-12
2 機の P.1127 開発機に対するアメリカ陸軍の呼称であるが、引き渡しはされなかった。

運用[編集]

西ドイツの旗 西ドイツ
  • ドイツ空軍 (三国合同評価部隊に参加。割当機は引き渡されず、アメリカへ移管された。)
イギリスの旗 イギリス
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

現存機[編集]


仕様 (ケストレル FGA.1)[編集]

出典: Mason[22]

諸元

  • 乗員: 1
  • 全長: 12.95 m (42 ft 6 in)
  • 全高: 3.28 m (10 ft 9 in)
  • 翼幅: 6.99 m(22 ft 11 in)
  • 空虚重量: 4,445 kg (約 9,800 lb)
  • 運用時重量: 6,580 kg (14,500 lb 垂直離陸時)
  • 最大離陸重量: 7,700 kg (約 17,000 lb 短距離離陸時)
  • 動力: Bristol Siddeley Pegasus 5 推力偏向ターボファンエンジン、67 kN (15,000 lbf) × 1

性能

  • 最大速度: 1,142 km/h (710 mph, マッハ 0.92 海面)
  • 実用上昇限度: 16,750 m (約 55,000 ft 運用時)
  • 上昇率: 150 m/s (約 30,000 ft/min)
  • 推力重量比: 1.04


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参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Merewether 1998, p. 7による。松崎豊一 2005, p. 18では 1956年としている。ウィボーは垂直離着陸に関する特許をイギリス、アメリカ、フランスで出願しているが、ここで述べる配置を確立した特許の出願が 1955 年、公開が 1956 年であった (FR1120545 1955年1月12日出願/1956年6月9日公開、GB809291 1956年1月3日出願/1959年2月18日公開、US2843340 1956年1月3日出願/1958年7月15日公開、Dow 2009, p. 39 による)。
  2. ^ a b c d e 松崎豊一 2005, p. 18
  3. ^ a b c d e f Merewether 1998, p. 7
  4. ^ Dow 2009, p. 41
  5. ^ 石澤和彦 2005, p. 91
  6. ^ a b c Merewether 1998, p. 8
  7. ^ a b c d e Mason 1971, pp. 370
  8. ^ Spick and Gunston 2000, pp. 359 - 360
  9. ^ Spick and Gunston 2000, p. 358.
  10. ^ Jenkins 1998, p. 13.
  11. ^ a b c Mason 1971, pp. 371
  12. ^ Mason 1971, pp. 372
  13. ^ a b Merewether 1998, pp. 21
  14. ^ Mason 1971, pp. 373
  15. ^ Mason 1971, pp. 371-2
  16. ^ a b c d e Mason 1971, pp. 375
  17. ^ 松崎豊一 2005, p. 22
  18. ^ Spick and Gunston 2000, p. 362.
  19. ^ Evans, A: "American Harrier - Part One", Model Aircraft Monthly Vol.8 Iss.4, p. 36-39
  20. ^ Mason 1971, pp. 375-6
  21. ^ Mason 1971, pp. 376
  22. ^ a b Mason 1971, pp. 377
  23. ^ a b Mason 1971, pp. 378
  24. ^ Spick and Gunston 2000, pp. 362-363.
  25. ^ a b Jenkins 1998, p. 21.
  26. ^ Science Museum - Home - Hawker P 1127 VSTOL Experimental Aircraft, 1960.”. www.sciencemuseum.org.uk. 2008年4月2日閲覧。

出典[編集]

  • Cowan, Charles W. (ed.) Flypast 2. Windsor, Berkshire, UK: Profile Publications Ltd., 1972. ISBN 0-85383-191-2.
  • Dow, Andrew (2009). Pegasus the heart of the Harrier. Barsley, South Yorkshire, UK: Pen & Sword Books Ltd. pp. 543. ISBN 978-1-84884-043-2. 
  • Hannah, Donald. Hawker FlyPast Reference Library. Stamford, Lincolnshire, UK: Key Publishing Ltd., 1982. ISBN 0-946219-01-X.
  • 石澤和彦 (2005), “V/STOLの具現者ロールスロイスペガサス”, 『世界の傑作機 No.111 ハリアー/シーハリアー』文林堂: 90-95, ISBN 4-89319-127-6 
  • James, Derek N. Hawker, an Aircraft Album No. 5. New York: Arco Publishing Company, 1973. ISBN 0-668-02699-5. (First published in the UK by Ian Allan in 1972)
  • Jenkins, Dennis R. Boeing / BAe Harrier. North Branch, Minnesota: Specialty Press, 1998. ISBN 1-58007-014-0.
  • Mason, Francis K. Hawker Aircraft since 1920. London: Putnam, 1991. ISBN 0-85177-839-9
  • Mason, Francis (1971). Hawker Aircraft since 1920. London: Putnam Publishing. ISBN 0 370 00068 8. 
  • 松崎豊一 (2005), “第一世代ハリアー、その開発と各型”, 『世界の傑作機 No.111 ハリアー/シーハリアー』文林堂: 18-33, ISBN 4-89319-127-6 
  • Merewether, Hugh C. H. (1998). Prelude to the Harrier: P.1127 Prototype Flight Testing and Kestrel Evaluation. HPM Publications. 
  • Spick, Mike and Bill Gunston. The Great Book of Modern Warplanes. Osceola, WI: MBI Publishing, 2000. ISBN 0-7603-0893-4.