ブラックバーン バッカニア

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ブラックバーン バッカニア

バッカニア S.2B

バッカニア S.2B

ブラックバーン バッカニア (Blackburn Buccaneer) とはイギリスブラックバーン・エアクラフト社が開発し、イギリス海軍及びイギリス空軍によって使用された複座艦上攻撃機である。メーカーは書籍によってはホーカー・シドレーBAeになっていることがある。また、名についても日本語表記はブキャナーとされる場合がある。敵のレーダー網をくぐり抜けるために低空を高速で飛行し、敏捷な運動性と高い機体強度を兼ね備えた全天候能力を有するが、音速に達する事が出来ない遷音速機であった。

開発と設計[編集]

1950年、当時ソ連海軍スヴェルドロフ級巡洋艦の大量建造を計画していることを知ったイギリス海軍は、それらに対抗するための手段を模索していた。その結果、レーダーに捕捉されない海面すれすれの低空を飛行し、数に勝るソ連艦隊を核爆弾によって一網打尽にする戦術が考案され、専用の機体が開発されることとなった。1952年6月に要求仕様書NA.39として航空省に提示され、1953年3月により具体的な要求仕様書M.148Tとなった後、フェアリー社、アームストロング・ホイットワース社、ブラックバーン・エアクラフト社の3社の設計案が提出された。

補給省の審査の結果、最終的にブラックバーン・エアクラフト社のB-103が採用され、1958年に初飛行した。B-103には海賊の黄金時代カリブ海スペイン領を荒らしていた英仏出身者の公認海賊バッカニア」の名が与えられた。なお1940年代にブリュースター社が開発した艦上爆撃機SB2A (航空機)もバッカニアの愛称を持つが、イギリス海軍が採用したModel 340-14はバーミューダと命名されている。

バッカニアは低空の乱気流の中を飛行し、戦闘での生存率を高める為にエンジンを2基搭載し、胴体にエリアルールを採用した。また、爆弾等の攻撃兵器主翼や胴体の下に吊り下げて搭載せずに、機内の爆弾倉に搭載することにより空気抵抗を減らすことに努めた。しかし、これら努力によってもバッカニアは音速を突破できなかったが、敵のレーダー網をくぐり抜けるために低空を亜音速で侵入するのはその後の航空戦術の定石となっており実用上の問題は無く、むしろ低空での優れた運動性が高く評価された。

展開された状態のエアブレーキ

艦載機にとっての課題である航空母艦への発着艦は、主翼と尾翼に空気噴出し式の境界層制御装置を採用することにより大迎角での失速を防ぐ工夫がなされていた。垂直尾翼から後方の胴体はエアブレーキも兼ねており、使用時は左右に展開する。

長期間の実用テストを経て1961年からスーパーマリン シミターと交代する形で部隊配備が開始された。その後、ブラックバーン社がホーカー・シドレー社に吸収合併された為(ホーカーシドレー社ブラックバーン部門)バッカニアの整備や改良型の生産はホーカー・シドレー社によって行われた。B-103計画はAnother Royal Navy Aircraft ARNAという秘匿名称を持っていたが、ブラックバーンのARNAという語呂合わせで社内ではバナナと呼ばれていた。機体形状から見て取って、パイロットからもバナナ・ジェット (Banana Jet) の愛称でも親しまれた。最初の量産型であるS.1にはデハビランド製ジャイロン・ジュニアエンジンが搭載されたが、出力不足が問題で武装と燃料を満載した状態では航空母艦から発進することができず、燃料を半分まで減らして運用するという制約があった。1963年に初飛行したS.2ではロールス・ロイス製スペイエンジンが採用され、これらの問題を解決した。S.1は1966年11月までにS.2と交代した。

やがて、空軍で開発中の超音速長距離攻撃機兼偵察機、BAC TSR-2の開発が労働党政権により中止とされると、老朽化したキャンベラの代替として空軍にも配備されるようになった。その後、イギリス海軍は航空母艦の全廃を決定し、CTOL空母を運用しなくなったため、海軍に配備されたバッカニアは全て空軍に移管された。

優秀な低空飛行性能を持つバッカニアは、アメリカ空軍をはじめとするNATO諸国との演習においても一目置かれる存在であった。しかし、1979年と1980年に発生した墜落事故の結果、実に3分の2の機体で主翼の前桁に亀裂が生じていることが判明した。12Gまで耐えられる頑丈な設計のバッカニアも、機体に大きな負担がかかる長年の低空任務で損傷していたのである。この結果、修理とコストが見合わないと判断された一部の機体が退役し、バッカニアの機数は減少することとなった。

英軍のバッカニアの最初で最後の実戦参加は1991年に勃発した湾岸戦争であり、12機のバッカニアがトーネード IDSが投弾したレーザー誘導爆弾を誘導する任務に就いた。(戦いの後半には、制空権確保に伴い自らも誘導爆弾投下を行っている)低空での危険な行動が多かったものの、参加した12機は合計226回もの任務を全うし全機が帰還した。湾岸戦争後の1994年3月31日に、バッカニアは長い現役生活に終止符を打ち退役した。

バッカニアは海外への販売を積極的に行ったものの実を結ばず、南アフリカ空軍 (South African Air Force) のみが1963年に16機を採用し1965年に部隊配備を開始、1991年に退役した。契約では16機のほかに14機のオプションを持っていたが、労働党政権が人種隔離政策を行う南アフリカへの輸出規制を行ったために14機のオプションは行使されず、国連決議による武器輸出禁止によって予備部品も入手できない状況となった。1978年のアンゴラとの紛争において初の実戦参加を行うが、事故などの損耗によりこの時点での残存機は6機であった。1988年12月にアンゴラとの和平条約が調印されたが、最後の出撃は同年5月、退役時の残存機は4機で、9機が事故で失われたことになる。また、南アフリカでは民間人がジェット戦闘機を体験できるサンダーシティ社にてライトニングホーカー ハンターと共に乗ることができる[1]

現役中期にはトーネードIDS開発において貢献することになる(トーネード用に開発されていた電子機器を搭載して飛行し空中試験を行なう機体に選定された)。元々がかなりタフな設計なうえに機体のサイズも近く、そして低空侵攻しての対地攻撃という共通の任務があったので適任とされ、実際に成果を挙げている。この用途で使われたものは機首の形が異なる(トーネード用のレド-ムに換えられている)ので見た目での区別も可能である。

バリエーション[編集]

  • バッカニア:試作機。20機製造。
  • バッカニア S.1
  • バッカニア S.2:ロールス・ロイス製スペイを搭載したS.1の改良型。ブラックバーンで10機、ホーカー・シドレーで74機など一部はS.1から改造された。
  • バッカニア S.2A:イギリス海軍向け。後にイギリス空軍向けへ改修される。
  • バッカニア S.2B:イギリス空軍向けのバッカニア。対レーダーミサイル対艦ミサイルを搭載可能で、1973年から1977年にかけて45機が製造された。
  • バッカニア S.2C:対レーダーミサイル搭載使用能力のないイギリス海軍向け型。
  • バッカニア S.2D:イギリス海軍向けの対レーダーミサイル搭載能力を有する発展型で、1975年より運用。
  • バッカニア S.50:南アフリカ空軍向け。

オペレーター[編集]

スペック (S.2)[編集]

バッカニアの三面図

諸元

  • 乗員: 2名
  • ペイロード: 7,258 kg (16,000 lb)
  • 全長: 19.3 m (63 ft 5 in)
  • 全高: 4.97 m (16 ft 3 in)
  • 翼幅: 13.4 m(44 ft)
  • 空虚重量: 14,000 kg (30,000 lb)
  • 運用時重量: 28,000 kg (62,000 lb)
  • 最大離陸重量: 24,494 kg (55,000 lb)
  • 動力: ロールス・ロイス スペイ Mk 101 ターボファンエンジン、49 kN (11,100 lbf) × 2

性能

  • 最大速度: 1,040 km/h (560 kt)
  • 航続距離: 3,700 km (2,300 mi)
  • 実用上昇限度: 12,200 m (40,000 ft)
  • 翼面荷重: 587.6 kg/m² (120.5 lb/ft²)
  • 推力重量比: 0.36

武装

  • * 最大搭載量:胴体内および主翼下ハードポイントに最大5,400kg
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脚注[編集]

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外部リンク[編集]