ヴィクトリアス (空母)

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ヴィクトリアス
艦歴
発注 1936年
起工 1937年5月4日
進水 1939年9月14日
就役 1941年3月29日
退役 1968年3月13日
除籍
その後 1969年にスクラップとして廃棄
性能諸元
排水量 竣工時:29,500 トン
改装後:35,500 トン
全長 竣工時:205 m
改装後:230 m
全幅 竣工時:29 m
改装後:31.4 m
吃水 竣工時:8.5 m
改装後:9 m
機関 111,000 shp, 3軸推進
最大速 30.5 ノット (57 km/h)
航続距離 14 ノットで11,000カイリ
乗員 士官、兵員2,200 名
兵装 連装4.5インチ砲8基
2ポンド(40口径)8連装ポムポム砲6基
40mm対空砲21基
20mm機銃45基
搭載機

ヴィクトリアス (HMS Victorious, R38) は、イギリス海軍航空母艦イラストリアス級の2番艦。

概要[編集]

設計[編集]

搭載機変遷
41年 2月 計9機 825Sqn(ソードフィッシュ×9)
41年 5月 計15機 800ZFlight(フルマーⅡ×6)+825Sqn(ソードフィッシュ×9)
41年 6月 計12機 820Sqn(ソードフィッシュ×12 ※アルバコア×12に機種転換)
41年 7月 計42機 809Sqn(フルマー×12)+817Sqn(アルバコア×9)+827Sqn(アルバコア×12)+828Sqn(アルバコア×9)
41年 8月 計23機 802BFlight(マートレットⅢ×2)+817Sqn(アルバコア×9)+832Sqn(アルバコア×12)
41年11月 計23機 802BFlight(マートレットⅢ×2)+817Sqn(アルバコア×9)+820Sqn(アルバコア×12)
42年 6月 計6機 885Sqn(シーハリケーン×6)
42年 7月 計6機 884Sqn(フルマー×6)
42年 8月 計6機 809Sqn(フルマー×6)
42年 8月 計38機 809Sqn(フルマー×12)+817Sqn(アルバコア×11 ※内9機未搭載)+832Sqn(アルバコア×12)+884Sqn(フルマー×6)+885Sqn(シーハリケーン×6)
42年 9月 計6機 884Sqn(シーファイア×6)
42年10月 計12機 882Sqn(ワイルドキャット×12)
43年 1月 計15機 832Sqn(アベンジャー×15)
43年 2月 計18機 896Sqn(ワイルドキャット×6)+898Sqn(ワイルドキャット×12)
43年 5月 計51機 832Sqn(ターポンⅠ×15 ※アベンジャー)+882Sqn(ワイルドキャットⅣ×12)+896Sqn(ワイルドキャット×12)+898Sqn(ワイルドキャット×12)
44年 2月 計26機 829Sqn(バラクーダ×12)+1834Sqn(コルセア×14)
44年 3月 計14機 1836Sqn(コルセア×14)
44年 4月 計49機 827Sqn(バラクーダⅡ×9)+829Sqn(バラクーダⅡ×12)+1834Sqn(コルセアⅡ×14)+1836Sqn(コルセアⅡ×14)
44年 5月 計12機 831Sqn(バラクーダ×12)
44年 7月 計39機 1834Sqn(コルセアⅡ×14)+1836Sqn(コルセアⅡ×14)+1838Sqn(コルセアⅡ×11)
44年 8月 計49機 822Sqn(バラクーダ×21)+1834Sqn(コルセアⅡ×14)+1836Sqn(コルセアⅡ×14)
44年 9月 計48機 822Sqn(バラクーダ×12)+1834Sqn(コルセアⅡ×18)+1836Sqn(コルセアⅡ×18)
44年10月 計37機 1834Sqn(コルセアⅡ×19)+1836Sqn(コルセアⅡ×18)
44年11月 計57機 849Sqn(アベンジャー×19)+1700Sqn(ウォーラスSAR×2)+1834Sqn(コルセアⅡ×18)+1836Sqn(コルセアⅡ×18)
45年 1月 計55機 849Sqn(アベンジャーⅡ×19)+1700Sqn(ウォーラスSAR×2)+1834Sqn(コルセアⅡ×18)+1836Sqn(コルセアⅡ×16)
45年 2月 計53機 849Sqn(アベンジャーⅡ×14)+1700Sqn(ウォーラスSAR×2)+1834Sqn(コルセアⅡ×19)+1836Sqn(コルセアⅡ×18)
45年 7月 計55機 849Sqn(アベンジャーⅡ×16)+1700Sqn(ウォーラスSAR×2)+1834Sqn(コルセアⅡ・Ⅳ×19)+1836Sqn(コルセアⅡ・Ⅳ×18)

艦歴[編集]

1941年5月、戦艦ビスマルク追撃戦に参加し、ヴィクトリアスから発進したソードフィッシュ雷撃機がビスマルクに魚雷1本を命中させた。ビスマルク追撃戦終了後、ヴィクトリアスはW58X船団と共にイギリスからジブラルタルへ向かった。その途中、ヴィクトリアス搭載機がドイツ船Gonzenheimを発見した。Gonzenheimは軽巡洋艦ネプチューンが接近すると自沈した。ジブラルタル到着後、ヴィクトリアスは空母アーク・ロイヤルと共にマルタへの戦闘機輸送に従事した(トレイサー作戦)。

1941年7月、空母フューリアスと共にキルケネスペツァモに対する空襲を行う(EF作戦)。続いて8月23日にスカパ・フローから出撃しアルハンゲリスクへ向かい船団の護衛に従事。船団護衛後、9月3日にハンマーフェスト空襲を試みるが、これは断念された。ヴィクトリアスはアルハンゲリスクへの戦闘機輸送中の空母アーガスを護衛した後、9月12日にヴェストフィヨルドでの船舶攻撃を実施し戦果をあげた。9月13日、スカパ・フローに帰投。

1942年、マルタに対する補給作戦(ペデスタル作戦)、北アフリカ上陸作戦(トーチ作戦)などに参加した。

1942年12月20日、空母が不足していたアメリカ海軍に加わるためグリーノックからアメリカへ向け出港[1]。途中バミューダに立ち寄り、1943年1月1日にヴァージニア州ノーフォークに到着した[1]。そこで若干の改修がなされ、2月にヴィクトリアスは太平洋へ向け出発[2]パナマ運河を通過して3月4日に真珠湾に着いた[3]。その途中、1機のアヴェンジャーが衝突し火災が発生するという事故があった[3]。ヴィクトリアスは5月8日に戦艦ノースカロライナ、駆逐艦3隻とともに真珠湾を離れ、5月24日にヌーメアに到着[3]。6月にはアメリカ空母サラトガなどとともに第36.3任務群として出撃し、ソロモン諸島での上陸作戦を援護した[3]。ヴィクトリアスは7月末にはヌーメアを離れ、真珠湾、サンディエゴ、パナマ運河経由で9月1日にノーフォークに到着[3]。そこでドック入りした後イギリスへ向かい9月26日に到着した[3]。ヴィクトリアスはイギリス海軍からアメリカ海軍に貸し出された唯一の艦船であった[要出典]

1944年4月にはドイツ戦艦ティルピッツに対する攻撃であるタングステン作戦に参加した。

第二次世界大戦末期には、イギリス海軍の艦艇として沖縄戦で日本軍の特攻機の攻撃を受けたが、戦艦のそれに匹敵する76ミリ厚の装甲が功を奏し14名が戦死したものの、沈没は逃れた。

大戦終結後の1947年には予備役に編入されたが、1950年にジェット機に対応する為の近代化改装を受け、アングルド・デッキなどの装備を追加している。東洋艦隊に所属した事もあり、日本にも来航している。

1967年の火災事故がきっかけとなり、1968年には除籍されスクラップとして売却された。

脚注[編集]

  1. ^ a b The Illustrious & Implacable Classes of Aircraft Carrier 1940-1969, p.79
  2. ^ The Illustrious & Implacable Classes of Aircraft Carrier 1940-1969, pp.79,81
  3. ^ a b c d e f The Illustrious & Implacable Classes of Aircraft Carrier 1940-1969, p.81

参考文献[編集]

  • Neil McCart, The Illustrious & Implacable Classes of Aircraft Carrier 1940-1969, Fan Publications, 2000, ISBN 1-901225-04-6
  • Jurgen Rohwer, Chronology of the War at Sea 1939-1945, Naval institute press, 2005, ISBN 1-59114-119-2
  • BRITISH AND EMPIRE WARSHIPS OF THE SECOND WORLD WAR(Naval Institute Press)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]