アブロ ランカスター

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アブロ ランカスター

Avro Lancaster B I PA474.jpg

アブロ ランカスター (Avro Lancaster) は、アブロ社が開発した4基のエンジンをもつ爆撃機。愛称はランク (Lanc)。

イギリス空軍1942年に運用を開始し、ハンドレページ ハリファックス爆撃機と共にイギリス空軍の爆撃機軍団 (Bomber Command) に配備され、カナダなど他の連合国でも使用された主力重爆。特にドイツに対する夜間の戦略爆撃で活躍した。

開発[編集]

ランカスターの設計元はロールス・ロイスヴァルチャー エンジンを搭載した新世代の双発中型爆撃機のP.13/36であり、P.13/36はアブロ マンチェスターとして採用された。マンチェスターは低性能というわけではなかったものの、空中安定性の不足(主翼面積拡大および垂直安定板追加で解消した)や液冷V型「ケストレルエンジン」を双子型(X型)に配置したヴァルチャーエンジンのシリンダー焼損やベアリング破損および冷却不足による過過熱などの不良に悩まされ、200機が生産されたが1942年には運用を停止してしまった。

運用停止の背景には、バルチャーエンジンの信頼性不足はもとより、パイロットから作戦行動執行における不満(敵に撃墜される以前に、発動機故障で墜落したくないという反感)があった。

アブロ社の設計主任であるロイ・チャドウィックは出力が高くてより信頼性のあるロールス・ロイス製マーリンエンジン4基を大型の翼に配置するマンチェスターの改良を開始していた。この機は、アブロ 683 マンチェスター IIIと名づけられたが、後にランカスターと命名され、1941年1月9日に最初の試験飛行を行い、前作マンチェスターから大きく発展したことが判明した。ランカスターはマンチェスターを原型に作り直され特に胴体中央部を延長したことにより、これまでにない広い爆弾倉を持ち、特徴的なグリーンハウス・コクピット(ガラス張りの温室に似た風防)、突出したタレット(機関銃を設置した旋回砲塔)、左右に突き出した尾翼など、マンチェスターの拡大改良型とはいえ、性能面ではさらなる拡充をみた機体となった。

戦時中、多数のランカスターはメトロポリタン・ヴィッカーズ社アームストロング・ホイットワース社でも生産され、第二次世界大戦の後期にはバーミンガムにあったオースチン自動車ロングブリッジ工場でも生産された。

ロールス・ロイス製マーリンエンジンの量産不足と、液冷エンジンの銃撃による破損を考慮し、B.I開発と時期を同じくして、ブリストル製ハーキュリーズ6、ハーキュリーズ16のエンジンを搭載したランカスター Mk IIも生産開始に至ったが、マーリンエンジンの増産体勢完備により、わずか300機しか生産されず、ランカスター Mk IIIからマーリンエンジンを搭載したが、エンジン以外の部分はほとんど手は加えられていなかった。アブロ社のロウ、ニュートンヒース工場では3,030機が生産された。カナダオンタリオ州マルトンにあるヴィクトリー・エアクラフトではランカスター Mk Xを始めとする派生型が製造され、Mk.Xは430機が生産された。それらはアメリカ合衆国パッカード社で製造されたマーリンエンジンを搭載し、機体中央にある機銃砲塔を新設したことなどを除いて初期型と大差なかった。全てのランカスターは戦争期間を通じて生産が続けられた。1943年の時点で1機あたり£45,000-50,000ほどかかった[1]

戦歴[編集]

編隊を組んで飛行する第50飛行隊のランカスター

1942年から1945年にかけてランカスターは156,000回の作戦に従事し、合計で608,612トンの爆弾を投下した。作戦行動中に3,249機が失われ、100回以上の作戦に成功したランカスターは35機に過ぎなかった。もっとも長く生き延びた機は、139回の任務を果たし、戦後の1947年にスクラップにされている。

ランカスター最大の特徴は長さ10.05m(33 ft)の爆弾倉である。この大型爆弾倉によって最初に運搬された大型爆弾は1,800 kg(4,000 lb)爆弾「クッキー」であった。重要かつ堅牢な目標を攻撃対象としたB.1スペシャル号は爆弾倉の扉を改造し、長さ6.4m、5,448kgのトールボーイか長さ7.77m、9,979kgのグランドスラムなど地震爆弾を運搬できた[2]

ランカスターは、当時としては先進的な通信システムとして知られる1155型受信機と1154型送信機を装備していた。無線通話とモールスだけでなく、無線誘導の機能も有していた。

H2S
H2SH2S radar)とは地形をレーダーで捉え誘導するレーダーのシステム。ただし、ドイツ空軍夜間戦闘機がNAXOS受信機を利用することで発見されてしまうためH2Sの使用は任意であった。
モニカ
モニカMonica rader)とはドイツ軍戦闘機の接近を警告する後方監視レーダー。顕著な弊害として爆撃機が集団(編隊飛行)でいると確認を怠った乗員によって警告が無視されがちで、ドイツ空軍機の誘導時に(ドイツ本国や占領下フランスの放送局から)発せられる追跡ビーコンを迎撃の予兆として味方機に警告することも多かった。
フィッシュポンド
フィッシュポンドはH2Sのシステムに航空機(対空)の表示機能を加え、襲撃してくる戦闘機をH2Sの画面に表示することができた。
ジー
ジーGEE)とはイギリス本国から送られてくるシンクロナイズド・パルス[3] を受信する誘導システム。有効範囲は300~400マイルであった。
オーボウ
オーボウOboe)とはイギリスの2つの局と受信機、送信機からなる非常に精密な誘導システム。1つの局が距離を示す電波を発信し、もう1つは距離の電波に重なって方位を示す電波を発信した。システムは1機の航空機にしか搭載できなかったばかりか1度しか使用できなかったため、その回の爆撃で主力となる部隊にGEE-Hと名づけられたシステム搭載機を追従させた。後に同時に使用することができるようになったので、オーボウと同様の機器が供給され、誘導機を補強した。GEE-Hに指定された機は目印に尾翼の上に黄色のストライプが2本塗られた。
ヴィレッジ・イン
ヴィレッジ・インVillage Inn)は機関銃の砲塔にレーダー照準システムを組み込んだもので、1944年に何機かのランカスターに装備された。
ハンブルクを空襲するランカスター。ドレスデン爆撃でも活躍した。

ランカスターの戦果で最も有名なものは1943年、バーンズ・ウォーリスによって設計された特殊なドラムを使用する反跳爆弾ダムバスター)を改造されたMk IIIに搭載し、「チャスタイズ作戦」と呼ばれるルール川のダム破壊任務に従事した事といわれている。後に、この任務を元に映画『暁の出撃』が製作された。もう1つの有名な任務はトールボーイを搭載してドイツ海軍戦艦ティルピッツ」へ行った一連の攻撃(パラヴェーン作戦オブヴィエイト作戦カテキズム作戦)で、これらの任務は成功した。

1945年後半の日本九州)に上陸するダウンフォール作戦では、爆撃機軍団から引き抜かれたランカスターが連邦爆撃機派遣団、タイガー・フォースの主力爆撃機として沖縄から出撃する予定であった。

ランカスターの派生型にランカスター IV、ランカスター Vがあり、後にリンカーンへと名称が変更された。これらはリンカーン B1、B2と呼ばれた。また、英国海外航空などで使用された「ランカストリアン」はランカスターを元に設計された民間用の旅客機であった。アブロ シャクルトンはランカスターの発展型で、1992年まで早期警戒任務にも従事した。

1946年ブリティッシュ・サウスアメリカン航空 (British South American Airways) が4機のランカスターを貨物機として使用する計画を立てた。これらの機体はリンカーンシャー州にあるブレースブリッジ・ヒース社によって改造されたが、実際に運用してみると経済的に効率が悪いことが判明し、1年で運用を中止した。

4機のランカスター IIIは、フライト・リフューイング社によって空中給油の技術開発を目的に2組の空中給油機と受油機として改造された。このうちの1機は1947年にロンドン・バミューダ間の3,355マイルを無着陸で飛行した。その後、2機の給油機は、もう1機のランカスターを改造した給油機とともに、ベルリン封鎖における空輸任務に使用され、延べ757回の給油任務を行った。

派生型[編集]

B.I
初期型のランカスターはロールスロイス マーリンXX(20)エンジンを搭載していた。他は機首に設置されたマストが長いことから、コクピット上部のデザインを変更してコクピット下に短く整形するなど簡単な改良に留まった。後に生産されたランカスターはマーリンXXII(22)、マーリンXXIV(24)エンジンを搭載したが、デザインの変更を指示されることはなかった。
B.I スペシャル
最初に超重量級爆弾のトールボーイグランドスラムを運用するために既存の機体を改造したもの。33機のB.Iがこの仕様に改造された。主な改造部分は、動力銃座を撤去して重量を減らし、ブレード(プロペラの羽根)の幅を広げたプロペラとアップグレードされたエンジンに換装した点である。爆弾倉の扉については当初、トールボーイを搭載するためにふくらませた形状のものに変更されたが、グランドスラムの運用に当たって撤去され、爆弾倉の下部を滑らかにしてそこに搭載するようになった。グランドスラムを搭載したB.Iスペシャルを「グランドスラムボマー」と呼称する物件や書籍もあるが、この呼称は正式なものではない。
PR.I
写真偵察型で、既存のB.Iを改造したもの。爆弾倉部に各種撮影装置を搭載した。
B.I (FE)
1945年当時、日本から奪回したビルマ(現ミャンマー)を策源地として日本本土を直接空襲するため[4]、既存のB.Iから改造された。爆弾倉の一部を改造して400ガロン燃料タンクを増設し、無線装置や航法装置も極東での使用を考慮した型が装備された。FEは極東(Far East)の略。この機を運用するため、タンカー型ランカスターも提案されていた。
B.I改
フランス海軍向けに、既存のB.Iを改修したもの。背部銃座を撤去した以外は、外見上は既存のB.Iと変わらないが、爆弾倉の一部を燃料タンクとしている。
ランカスター B.II
B.II
ブリストル ハーキュリーズエンジン搭載型で300機が生産され、砲塔下と爆弾倉の下にFN.64を装備した。それらはハーキュリーズ VI(6)、XVI(16)エンジンを搭載し、唯一の相違点は混合の制御方法であった。
B.III
B.IIIはアメリカ パッカード社で製造されたマーリン28・マーリン38・マーリン224を搭載し、B.Iと並行して生産された。B.Iと外見上の違いはほとんど無い[5] が、SUキャブレターをエンジンに設置するため、低速時に使用する遮断スイッチがコクピットにあった。
B.III スペシャル
反跳爆弾(スピニング爆弾)を運用するために既存の機体を改造したもの。ルール工業地帯の重要な電力供給源である3つの大きなダムを破壊するチャスタイズ作戦に投入された。反跳爆弾の特殊な運用に合わせて、円筒型の爆弾を爆弾倉の下で支える装置と、爆弾に回転をかけるモーターが設置された。さらに超低空での運用を補助するための探照灯による簡単な高度測定システムが追加され、重量を軽減するために背部動力銃座は撤去されて外板を張って整形された。前部動力銃座には専任の射手が配置され、これまで前部動力銃座の射手を兼務していた爆撃手は照準に集中できるようになった。このB.IIIスペシャルを「ダムバスター」と呼称する物件や書籍があるが、この呼称は正式なものではない。
また、トールボーイグランドスラムを運用するため、B.IIIスペシャルの前部及び後部の各動力機銃座並びに爆弾倉の扉を撤去する改造を施した機体もあり、この改造機体は、ドイツ戦艦「ティルピッツ」撃沈および、アウトバーン高架橋破壊に貢献した。
ASR.III
ヴィッカーズ ウォリックの後継として、B.IIIの一部を海難救助型に改造したもの。背部銃座を撤去し、爆弾倉部分に救命ボートを懸架した。
GR.3 (後にMR.3と改称)
ASR.IIIを洋上偵察型に改造したもの。
B.IV
翼幅と胴体を延長し、ツーステージ式(のキャブレターを装備した)マーリン 85 エンジン使用。後にリンカーン B.1と命名される。
B.V
上に同じ。後のリンカーン B.2。
B.VI
B.III 9機のエンジンをマーリン 85に換装し、ツーステージ式と過給機の組み合わせ(二段過給方式)で高高度における性能を向上させた。先導機として運用され、しばしば、「マスター・ボマー」と呼ばれた。
ランカスター B.VII
B.VII
B.VIIは最終生産型で、背部銃座をマーチン 250CE (12.7mm連装機銃)とし砲塔を前方に移動させ、尾部銃座にはフレイザー・ナッシュ FN.82(12.7mm連装機銃)が取りつけられた。尾部銃座の強化については、一部のB.IIIにも実施された。
B.X
B.IIIを元にしてカナダで生産されたB.Xは他のランカスターと異なり、カナダとアメリカで製造された計器や電子機器を装備していた。後の生産型もマーチン 250CEは中央上部のフレイザー・ナッシュFN.50に代用された。砲塔がより大きくて重かったため、前方に砲塔を移動させる必要があった。また、カナダはランカスターを長期間運用し、1963年まで海上パトロール、救助・探索、写真偵察などの任務に使用した。
ランカスター 10MR (洋上哨戒型。B.Xからの改造。後に10MPと改称)
ランカスター 10P (写真偵察型。B.Xからの改造)
いずれも、カナダが運用していたB.Xを各種任務に充てるため、改造を施したもの。

現存機[編集]

ウォープレーン・ヘリテージ・ミュージアムで展示している(2006年6月撮影)

現存機は世界中に17機あることが知られているが、そのうち飛行できる状態のものは2機あり、これらを実際に飛行させる際は慎重に行われる。PA474がバトル・オブ・ブリテン・メモリアル・フライトにあり、他にFM213がカナダのワープレン・ヘリテージ・ミュージアムにある。 ちなみにPA474と思われる機体が2011年の英ウィリアム王子とキャサリン妃の結婚式の後バッキンガム宮殿上空を飛行した。

静態保存機の一覧

  • B.I R5868「S-Sugar」(シュガーのS)は現存機の中でももっとも古い。スキャプトン英空軍基地の第83飛行隊に「Q-Queen」(クイーンのQ)として所属し、135回に渡る作戦に従事した。後に「S-シュガー」としてワディントン基地で作戦成功100回を達成した初のイギリス空軍爆撃機となった。現在のイギリス空軍博物館(RAF Museum)の展示機は当機。
  • B.I W4783「G-George」(ジョージのG)は第460飛行隊で運用され、出撃回数は90回にのぼった。資金調達のためオーストラリアに遠征し、シリアルナンバーにA66-2を割り当てられた。後にキャンベラのオーストラリアン戦争メモリアル(Australian War Memorial)で展示され、1999~2003年に修復が行われた。
  • B.VII NX611「Just Jane」はイギリスに戻る1960年代まで海軍航空隊(Aeronavale)で運用され、一時期はブラックプールで保管された。次にR5868から除籍され、スキャプトン英空軍基地の台座に据えられてゲート・ガーディアンとなった。現在のNX611はイースト・キンバリー基地跡のリンカーンシャー・ヘリテージ・センター(Lincolnshire Aviation Heritage Centre)にあり、しばしば昔の滑走路に出されることがある。
  • B.VII NX622は1962年まで海軍航空隊で使用された後、オーストラリア空軍協会に寄付された。現在は綺麗に修理されてウェスタン・オーストラリアのブルクリーク(Bullcreek)にあるオーストラリア空軍協会博物館(RAAF Association museum)で展示されている。H2Sレーダーを積んでいたB.VIIだったため、レーダーはオークランドの輸送と技術の博物館で保管されている。それは、寄付された際に一緒に提供されたものだった。ただし、機体の胴体の中央砲塔がなかったため、マーティン 250CEを製造して設置された。以前のFN50は80年代後半に改造され、砲塔を後部に移す構造の改造が行った。
  • B.X FM104は1964年にカナダトロント市に寄付され、レイクショア・ドライブの台座に置かれた。トロント市のトロント・エアロスペース・ミュージアム(Toronto Aerospace Museum)へ貸与することになり、36年間の月日を経て移された。現在、静的展示状態で長期間に渡って「FM118」の予備部品を用いて修復が行われている。博物館に適した品質に向け、2015年に完成予定。
  • Mk.10P FM212は1962年にカナダ空軍から退役し、オンタリオ州ウィンザー市が買い取って1965年にジャクソン・パークで展示された。しかし、収入は天気とメンテナンスに起因する修理代に奪われ、2005年5月26日に撤去された。その位置はスピットファイアとハリケーンのレプリカが置かれている。

8.303インチ機関銃がランカスターの一般的装備で、後に50口径連装機関銃を機体上部と尾部の双方で使用できるようになった。プレストン・グリーンは腹部50口径機関銃の銃座に使用できた。そして、非公式ではあったが50口径機関銃も20mm機関砲も胴体に穴を空けて装備される機もあった。

運用国[編集]

性能諸元 (B.I)[編集]

Avro Lancaster.png
  • 乗員: 7名(パイロット・航法士・機関士・爆撃手・無線士兼機首銃手・背部銃手・尾部銃手
  • 全長: 21.18m(69 ft 5 in)
  • 全幅: 31.09m(102 ft)
  • 全高: 5.97m(19 ft 7 in)
  • 翼面積: 120m²(1,300 ft²)
  • 空虚重量: 16,783 kg(37,000 lb)
  • 全備重量: 28,576 kg(63,000 lb)
  • エンジン: ロールス・ロイス マーリン XX V型12気筒レシプロエンジン 1,280hp(954 kW)4基
  • 最高速度: 450 km/h(高度 5,600m時)
  • 航続距離: 4,300 km(最小爆弾搭載時)
  • 上昇限度: 8,160m
  • 翼幅荷重: 240 kg/m²(48 lb/ft²)
  • 出力重量比: 130 kW/kg(0.081 hp/lb)
  • 装備: 7.62mmM1919機関銃 8門 (機首・連装1基、背部・連装1基、尾部・4連装1基)
  • 爆弾
    • 最大搭載量: 10,000 kg
    • 標準搭載量: 6,400 kg

注釈[編集]

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  1. ^ Webb, Dominic (2006年2月13日). “Inflation: The Value of the Pound 1750-2005 (PDF)”. House of Commons Library. pp. 16-17. 2006年7月14日閲覧。
  2. ^ トールボーイとグランドスラムの正確な重量は資料によって異なります。
  3. ^ 出典未確認。広田厚司「連合軍の傑作兵器駄作兵器―究極の武器徹底研究」光人社 ISBN 4769823223
  4. ^ 文林堂 「世界の傑作機(旧版) No.88 特集 アブロ ランカスター」 雑誌コード 5713-8、15頁
  5. ^ 相違点は機首部の爆撃手用風防の形状で、B.IIIはB.IやB.IIよりも張り出しを大きくし、より半球に近い形状となった。ただし新しい形状の爆撃手用風防については、B.IIIの生産が本格化した後に生産されたB.Iにも採用されている。(※B.Iのシリアル番号DV397は現存している写真に写っている爆撃手用風防のフレームの角度から判断するに、B.IIIと同じ形状の爆撃手用風防を装着している。このため、少なくともシリアル番号DV396以降のB.Iは、B.IIIと同規格の爆撃手用風防を装備していたと推察される。)
  6. ^ http://wp.scn.ru/en/ww2/b/555/1/0/1_a1

関連項目[編集]

外部リンク[編集]