アレスティング・ワイヤー

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アレスティング・ワイヤーを利用して空母に着艦中のF/A-18戦闘機

アレスティング・ワイヤー (arresting wire) とは、飛行機を短い滑走距離だけで着陸・停止させるための鋼索状の支援設備である。アレスティング・ケーブル (arresting cable)、アレスター・ケーブル (arrestor cable)、アレスター・ワイヤー (arrestor wire) などとも呼ばれる。

現代のアレスティング・ワイヤーでは、滑走路上もしくは飛行甲板上に飛行機の進行方向と直角方向(横向き)に張られたアレスティング・ワイヤーを、飛行機に装着したアレスティング・フックで引っかけることで飛行機を急激に減速し、短距離で停止させる。主に航空母艦着艦制動装置として使用され、アングルド・デッキを持った現代の航空母艦においては飛行甲板後部の着艦用甲板部分に3~4本を設置する(アングルド・デッキ実用化前の直線型飛行甲板だった時代は10本~18本が設置されていた)。短距離着陸用や緊急着陸用、着艦練習用に陸上基地でも設置されることがある。

フライ・バイ・ワイヤの用語から伺い知れるように現代の航空業界で wire というとまずは電線を指す言葉で、機械的リンケージは cable の方が正確であるが、本装置はその歴史上 wire と呼ばれ続けている。

開発の経緯[編集]

航空母艦のアレスティング・ワイヤーは艦上機のアレスティング・フックと対になった装備であり、アレスティング・ワイヤーの歴史はそのままアレスティング・フックの歴史でもある。

現代のアレスティング・ワイヤーの原型である横索式アレスティング・ワイヤーは、1911年1月18日アメリカで行なわれた装甲巡洋艦ペンシルベニア」への世界最初の着艦実験において既に装備されていた。ワイヤーは飛行機の進行方向と直角の横向きに10本ほど張られていた。試験に用いられたカーチス複葉機にも現代の物の原型の横索用アレスティング・フックが装備されていた。この際は適当なワイヤー制動装置がなかったためワイヤーは両端を砂袋に結び付けられて、フックが引っかかったワイヤーが砂袋を引きずる重量の抵抗で制止させた。着艦実験は成功し、この成果がアメリカのその後の空母建造、そしてフランス1927年に建造した空母「ベアルン」につながる。

1930年代のイギリス海軍機フェアリーIII-F型の着艦。ワイヤーが飛行甲板上で進行方向直角に並んでいるのが確認出来る。

航空母艦の飛行甲板上に世界で最初にアレスティング・ワイヤーを装備したのは第一次世界大戦中のイギリス海軍で、空母「アーガス」などに装備された。イギリスは「ペンシルベニア」の成功を知っていたものの、ワイヤー制動装置の実用化に懐疑的であったため横索式は採用せず、着艦機の進行方向に対して平行に、空母の飛行甲板上で艦尾から艦首に百本程度配置されたワイヤーのうちのいくつかに主脚のタイヤ間に設けられた5本~10本の櫛状のフックを引っかけ、フックとの連続的な摩擦で制動距離を縮める方式で実用化した。いわゆる縦索式のアレスティング・ワイヤーである。

大日本帝国海軍もイギリスに倣い、空母「鳳翔」などにこの縦索式アレスティングワイヤーを設置していた。

進行方向に平行なこの方式は、制動能力に著しく劣って減速に寄与する割合が低い上、機体が横滑りして甲板から転落する事故も相次いだため、イギリス海軍では使用が停止されるほどになった。

一方フランス海軍では空母「ベアルン」において、「ペンシルベニア」が成功したのと同じ方式である横索式をテストし、ワイヤーの制動装置の実用化を図った。制動装置の開発に成功し、テストにおいてもこの横張方式が制動能力に優れ確実に機体を制止させることができ、事故も少なかったことから、以後の標準となる。

大日本帝国海軍は1930年にフランスからフュー式ワイヤー制動装置を輸入して空母「加賀」に横索式アレスティング・ワイヤーを設置、テストを行うとともに制動装置の研究と国産化に取り組み、海軍と萱場四郎によって1931年には国産の萱場式制動装置の実用化に成功、空母「赤城」の甲板に横索式アレスティング・ワイヤーとともに装備した。以後も研究を続け、日本の空母はすべて横索式アレスティング・ワイヤー装備となる。これに伴い艦上機側のアレスティング・フックも横索式用のものに交換されている。

アメリカ海軍においては、ワイヤー制動装置の実用化に苦労したものの、当初より一貫して横索式アレスティングワイヤーが使用された。

そしてイギリス海軍も「ベアルン」の成功を受けてワイヤー制動装置の開発に取り組み、まず1929年から「フューリアス」に横索式を装備して実験を開始、結果が良好であったため空母を建造していた諸国の中では最後となる1931年以降順次イギリス空母も横索式アレスティング・ワイヤーを装備していった。

こうして第二次世界大戦が始まった頃には、世界のすべての空母が横索式アレスティング・ワイヤーを装備していた。そして今日の空母に装備されているアレスティング・ワイヤーもこの横索式である。

なお、空母の飛行甲板形状が旧来の直線状であるか、1952年以降装備されるようになったアングルド・デッキであるかによって、甲板に設置されるアレスティング・ワイヤーの本数も変わってくる。飛行甲板が直線形状であった時代は、着艦してきた機体の進行方向前方には別の機体が駐機中であることが多く、アレスティング・フックでアレスティング・ワイヤーを引っかけることに失敗して正常に停止できなかったとしても加速して滑走を続け再度発艦を行うことは困難であった。このため甲板中央部に起倒式のネット状バリアー(滑走制止装置)が設置され着艦に失敗した機体をバリアーで受け止めるようにしていたと同時に、アレスティング・ワイヤーの本数も10本~18本と多数が用意されていた。アングルド・デッキの採用により、仮に着艦時にアレスティング・ワイヤーを引っかけ損ねたとしてもそのまま直進加速して安全に再発艦して着艦をやり直すことが可能になったため、アングルド・デッキを採用している現代の空母には3~4本のアレスティング・ワイヤーしか設置されていない。

技術[編集]

横索式アレスティング・ワイヤーにおいては、ワイヤーの高さはおよそ10cmが最適とされている。この高さより低いとアレスティング・フックがワイヤーを引っ掛けられなくなる。また,高いと飛行機のタイヤがワイヤーを乗り越えられず引っ掛けてつんのめってしまう。

着艦を試みる航空機はワイヤーが引っかからなかったときの事を考えて、エンジンを全開にして着艦する。このためワイヤーは消耗が激しく、使用限度は100回程度である。このワイヤーは甲板下の油圧ピストン装置とつながっており、適切な力で航空機を止められるよう毎着艦時に油圧が調整される。

また、横索式アレスティング・ワイヤーにおいては、ワイヤーの繰り出しと制動を制御する装置にも技術と経験が必要である。単にワイヤーを横に張っただけでは、高速で衝突したアレスティングフックは破損してしまい飛行機は減速できない。アレスティング・フックや機体を痛めないようフックで引っ張られたワイヤーを繰り出しつつ、適切な制動力をかける装置が必要とされる。大日本帝国海軍においても、横索式に挑むことに決めた当初に海軍においてフランスから輸入したフュー式制動装置を用いてこの繰り出し・制動装置の研究・日本国産化を熱心に行い、最終的に日本の空母に日本製の横索式アレスティング・ワイヤーを搭載することができた。

この横索式アレスティング・ワイヤーの技術を持っている国は現代でも限られており、中国はいまだアレスティング・ワイヤーの中国産化に成功していないため、現在建造中の空母においてはロシアからアレスティング・ワイヤー一式を購入する必要に迫られている。

現代の運用[編集]

アレスティング・ワイヤーが4本の場合、パイロットは3本目を引っ掛けることを目指して着艦する。

現代の空母においては、さまざまな機体重量や着艦速度の艦載機が着艦してくるため、着艦機が持つ運動エネルギーはその重量や速度によってさまざまに異なることとなる。それらの機をすべて適切な距離で静止させるため、アレスティング・ワイヤーに持たせる制動力は1機1機ごとに適切な値を持たせなければならない。アレスティング・ワイヤーの制動装置は、広い範囲で可変の制動力を与えられるように設計されている。

また、着艦を行う機はあらかじめ空母の管制官に機種名・残燃料・残武装などを申告し、空母クルーは機体重量と着艦速度を算出してあるべき制動力を決定し、制動装置に入力する手順を踏んでいる。

参考文献[編集]

  • アメリカの海軍力-ディスカバリーチャンネル

関連項目[編集]

  • 航空機の離着陸方法
    • CATOBAR - カタパルトとアレスティングワイヤーによる離着陸方式
    • STOBAR - 短距離離陸とアレスティング・ワイヤーによる離着陸方式