インディペンデンス級航空母艦

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インディペンデンス級航空母艦
USS Independence CV-22
艦級概観
艦種 航空母艦軽空母
艦名
建造期間 1942年~1943年
就役期間 1943年~1956年
次級 サイパン級航空母艦
性能諸元
排水量 11,000トン
全長 190m
艦幅 21.8m(水線)
全幅 33.3m
吃水 7.9m
機関
最大速力 31.6ノット
航続距離
乗員 士官、兵員1,569名
兵装 12.7cm連装両用砲 2基
40mm連装機関砲 26基
20mm機銃 40基
搭載機 33機

インディペンデンス級航空母艦 (Independence class aircraft carrier) は、アメリカ海軍航空母艦の艦級。

概要[編集]

インディペンデンス級軽空母は建造途中のクリーブランド級軽巡洋艦の船体を流用した軽空母で、巡洋艦時代の軽敏な速力と 十分な排水量を備えている。このクラスの特徴としては、船体が巡洋艦の設計として完成されていたため、巡洋艦時代に甲板となるはずであった装甲の上に取り付けるようにして飛行甲板格納庫が設置されていることである。

同級はフランクリン・D・ルーズベルト大統領の海軍建艦計画への関心から開発が進められた。戦争が予想された1941年8月にルーズベルトは、1944年まで新しい航空母艦が建造されないことを知らされた。そこで当時建造途中だった多数の巡洋艦の一部を空母に変更するように主張した。巡洋艦サイズの航空母艦に関するそれまでの研究は、この種の艦には重大な限界があるとしていた。しかしながら1941年12月の真珠湾攻撃後の危機でアメリカ海軍には多くの航空母艦を配備する緊急の必要が生じた。海軍は正規空母エセックス級の建造を加速すると同時に、1942年1月にはクリーブランド級軽巡洋艦1隻を航空母艦に改装するよう命じた。

改装のための設計を行なってみると、意外にうまくいきそうであることがわかった。1942年2月にはさらに2隻の軽巡洋艦が空母改装を命じられ、3月には3隻、そして6月にも3隻が発注された。1943年の1月から12月までに改装は完了し、最初のエセックス級8隻とインディペンデンス級9隻は1943年11月から1945年8月までの太平洋における攻撃部隊の主力となった。インディペンデンス級8隻は1944年6月のマリアナ沖海戦に参加し、艦上戦闘機の40%および艦上雷撃機の36%を供給し日本海軍の航空勢力を撃退した。

同級の設計は小さなアイランドと共に、比較的短く狭い飛行甲板および格納庫を特色とした。これによるトップヘビーを軽減するため船体は中央部で5フィート拡張された。搭載機数は約30機で、当初は艦上戦闘機、艦上爆撃機、艦上雷撃機各9機の編成であったが、後には戦闘機約24機、雷撃機9機に変わっていった。

本級は短期間での戦力化を主眼としており、能力には限界があった。艦体が小さいため太平洋の台風に対して凌波性に問題があり、飛行甲板が狭いため艦載機の事故率もやや高かった。防御も控えめで、弾薬を格納庫レベルに積むしかないことも多く、それは1944年10月のプリンストン喪失の大きな要因となってしまった。ただし軽巡の船体を使っていたため高速で、主力空母群と行動をともにすることができた。

第二次世界大戦[編集]

インディペンデンスは原爆実験に供与され、残りの艦は1947年に退役した。5隻が1948年から53年までに再就役し、2隻がフランス海軍に供与された。2隻は訓練空母となり、バターンは海兵隊航空団を乗せ朝鮮戦争に参加した。

バターンとカボットの両艦は1950年代初頭に対潜作戦近代化の改修が行われた。両艦ともオリジナルの設計が四本の煙突だったものを二本へと改修された。フランス海軍に供与された艦を除き全てが1954年から56年までに退役し、1959年に航空機運搬艦に再分類された。

カボットはスペイン海軍の空母デダロとして1967年に再就役し、1989年に退役した。退役後は同艦を保存しようという各種の努力にかかわらず、テキサス州ブラウンヴィルで1999年にスクラップ作業が開始され2003年に完了した。艦を保存しようという運動は船体が半分スクラップになるまで続けられた。最終的にアイランドのみが保存された。

同型艦[編集]

関連項目[編集]