真珠湾
真珠湾(しんじゅわん)またはパールハーバー (Pearl Harbor) は、アメリカ合衆国ハワイ州オアフ島にある港である。ハワイ州の州都ホノルルの西約10kmの位置にある。日本では伝統的に「真珠湾」と呼ばれているが、一般的に言う「湾」(相模湾や三河湾のような地形)ではない(後述)。
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[編集] 解説
アメリカ海軍太平洋艦隊の基地・司令部があり、国定歴史建造物になっている。太平洋戦争の緒戦である真珠湾攻撃で有名となった。その時真珠湾には戦艦8隻、重巡2隻、軽巡6隻、駆逐艦29隻、魚雷艇及び敷設艦や水上機母艦、果ては潜水艦や標的艦までもが停泊していた。[1] 真珠湾攻撃を前に、日本海軍は真珠湾に形状が似ている錦江湾(鹿児島県)を訓練場とした。
現在では、真珠湾攻撃で撃沈されたアメリカ海軍の戦艦「アリゾナ」の記念施設をはじめ、観光地としても知られるが、海軍用ドックなどをはじめ軍関連施設が数多く配置され、立入禁止・撮影禁止区域も多い。
中央のフォードアイランドには大戦中飛行場が設営されていたが、現在では草原になっており、周辺には航空博物館や海軍関係者の住宅が設けられている。google earthで見ると、潜水艦や駆逐艦が整備されている様子や戦艦「アリゾナ」の記念施設と記念館戦艦「ミズーリ」を見ることが出来る。
[編集] 呼称
古くは、ハワイ語でWai Momi(ワイ・モミ、真珠の水域)と呼んだ。英語名“Pearl Harbor”は、“Wai Momi”の訳である。かつては、同様の意味で、“Pearl River”あるいは“Pearl Lochs”と呼ばれたこともあった[2]。
英語名からもわかるように、この地は「湾」ではなく「港」である。[要検証]“Pearl Harbor”を「真珠湾」とした初出は1941年12月に日本軍のハワイ攻撃を報じた新聞の紙面とされ、原徳三によるとこの時に「白亜館は日本軍が真珠湾に対し攻撃を開始したと発表」と書いた文章が「真珠湾」の始まりであるという[3]。原によると開戦時点での大本営発表にはPearl Harborを指す語は無く、また山本五十六はこの地を「真珠港」と書いていた。大本営発表が初めて「真珠湾」の語を用いたのは1942年3月7日付けの、特殊潜航艇による特別攻撃隊公報であるとされる[3]。