BAe シーハリアー

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BAe シーハリアー

軽空母「イラストリアス」艦内のシーハリアー FA.2

軽空母イラストリアス」艦内のシーハリアー FA.2

BAe シーハリアー: British Aerospace Sea Harrier)は、世界初のV/STOL攻撃機ハリアーをベースにしたV/STOL艦上機。開発国のイギリスでは2006年に全機が退役したため、インドのみが唯一運用している。


開発経緯[編集]

ハリアーの艦載機化[編集]

世界初の実用垂直離着陸機 ハリアー

世界初の実用V/STOL攻撃機であったハリアーは、航続距離や兵装搭載量で通常型の実用機に劣る点が多かったものの、一定の評価を獲得しており、イギリス海軍もハリアーの性能に興味を示していたことから、1969年に独自に艦載機型の研究に着手した。またホーカー・シドレー社でも1971年から、ハリアー GR.3をベースに最小限の改修でイギリス海軍の戦闘/攻撃/偵察機要求に見合う機体についての研究を始めていた。

その研究の中でハリアー GR.1を実際に艦船に乗せての運用試験も行っており、このテストでハリアーは満足のいく成果を収め、1972年11月にはイギリス海軍がホーカー・シドレー社に正式に研究契約を与え、マリタイム・ハリアーとして本格的に研究を進めることとなった。なお、マリタイム・ハリアーは、開発契約が与えられるとシーハリアーへ名称変更されている。

当時イギリス海軍では正規空母の退役が決まっており、海軍の航空戦力を維持するか否かが問題であった。シーハリアーの調達は1973年から始まると見られていたが、イギリス政府の財政危機とそれに伴う政権交代があったため承認は遅れ、さらには計画自体がキャンセルされるとの見方が強まっていた。議論を重ねた結果、1975年5月15日にシーハリアーを導入し、海軍航空戦力の維持が決定された。ただ、開発費を抑えるために試作機の開発は認められず、最初から量産機を生産することとされた。

シーハリアー FRS.1

1977年にはホーカー・シドレー社がブリティッシュ・エアロスペース(BAe)に統合されたため、途中から量産をBAeが受け持つこととなった。シーハリアー FRS.1初号機は1978年8月20日に初飛行し、1979年6月18日からイギリス海軍への引き渡しが開始され、まず第700A飛行隊により集中試験が行われた。10月24日には空母ハーミーズにより初の航海も実施された。パイロットの転換訓練には空軍向けの複座型ハリアーが使われ、空軍からハリアー T.4/4Aを貸与されたほか、海軍向けにハリアー T.4Nが新たに3機製造された。これらの訓練機にはレーダーが装備されていないため、レーダー操作訓練にはシーハリアー FRS.1と同じレーダーを装備したハンター T.8Mを使用した。

イギリス海軍ではシーハリアー運用のため、空母にスキージャンプ甲板を装備し、シーハリアーが回転式のエンジン排気口を使って短距離離陸(STO)を行う際に離陸滑走面を次第に上向きにすることで追加揚力を稼ぎ、ペイロードを増大させている。

能力向上型FA.2の開発へ[編集]

シーハリアー FA.2

1980年代中期になると、シーハリアー FRS.1の能力向上改修が求められるようになり、1985年1月にイギリス国防省はBAe社(現BAEシステムズ)に対してシーハリアーの能力向上改修計画を確定するための作業契約を与えた。

シーハリアー FA.2試作機はシーハリアー FRS.1から2機が改造されて開発され、試作初号機が1988年9月19日、試作2号機が1989年3月8日にそれぞれ初飛行した。これに続いて29機の量産改修が発注され、1990年3月には新造機10機、1994年にも新造機18機と改修5機の契約が与えられた。

量産改修機のイギリス海軍への引き渡しは1993年4月2日から開始された。1994年8月24日には第899飛行隊で軽空母インヴィンシブルを使っての初の航海が実施され、8月29日にはボスニアでの監視活動に投入されている。シーハリアー FA.2はインヴィンシブル、イラストリアスアーク・ロイヤルの3空母へ配備され、1995年1月26日に空母イラストリアスが最初のシーハリアー FA.2完全配備を達成した。これに伴い、ハリアー T.4Nもシーハリアー FA.2のシステムに対応したハリアー T.8に改造されている。

なお、シーハリアー FA.2には開発当初FRS.2の型名が与えられたが、1994年5月に偵察任務から外されたことでF/A.2となり、F/A-18と同じというクレームが来たことでFA.2と再び変更されている。

インド海軍での採用[編集]

アメリカ海軍のF/A-18Fと共に飛行するシーハリアー FRS.51

インド海軍では1978年12月に空母ヴィクラント及びヴィラート艦上機として採用を決定、1983年から23機のシーハリアー FRS.51が調達された。後にインド海軍は保有するシーハリアー FRS.51の近代化改修を2000年代から実施しており、レーダーをイスラエル製のEL/M-2032に換装、これによりラファエル社のダービー空対空ミサイルが携行可能となった。

ヴィラートが退役する2012年頃まで運用を続けるとみられていたが、インドではさらに寿命延長改修を行うことにしており、これを受けると2023年まで運用が可能になるという。なおインド海軍では戦力維持のため、イギリス海軍から退役した8機のシーハリアー FA.2調達を希望したが実現しなかった。

イギリス海軍からの退役[編集]

1999年イギリス国防省はジョイントフォース2000計画を発表、空軍/海軍航空部隊の統合運用を開始した。シーハリアーもハリアー統合軍に統合され、空軍隷下の所属となったが、2002年2月シーハリアーの早期退役が決定され、後継機のF-35B ライトニングII統合打撃戦闘機導入を待つことなく、2006年3月までにシーハリアー FA.2は全機が退役した。F-35B ライトニングII配備までの繋ぎとしてイギリス海軍は、イギリス空軍ハリアー GR.7/9を必要に応じて運用し、第800飛行隊と第801飛行隊がその運用任務を付与されていたが、それも2011年に退役した。

海上自衛隊での導入計画[編集]

海上自衛隊では、56中業(1983年1985年)に盛り込まれる予定だった満載排水量20,000tの洋上防空用空母CVV(またはDDV)に搭載する要撃機(高速哨戒機)として40機以上の導入が計画されていたが、政治的理由により計画は頓挫した(元統合幕僚長佐久間一の後年の証言による[1])。

中国への売却計画[編集]

1978年にイギリス産業界への支援と香港の将来も含めた対中関係の状況改善を目的に売却を計画していたが、1970年代当時の中国の財政状況では高価だったため、導入を見送った。[2]

実戦投入[編集]

シーハリアー FRS.1は、1982年に勃発したフォークランド紛争で初の実戦を経験した。当時出撃できる空母はインヴィンシブルとハーミーズのみ、搭載するシーハリアーも2隻合わせて20機のみだったため、イギリス海軍は急遽予備機を集めて第809飛行隊を編成し両空母に合流させたものの、それでも8機の追加がやっとだった。このように少数での運用を余儀なくされたにも関わらず、整備が容易かつ悪天候でも運用可能だったことから稼働率は非常に高かった。

戦いが始まると、空対空戦闘では23機を撃墜、被撃墜は0機とアルゼンチン空軍を圧倒し、「黒死病」と呼ばれて恐れられた。しかし、空対地攻撃では地対空ミサイルと対空砲火で1機ずつ撃墜され、戦闘外の事故でも空中衝突で2機、空母発艦時に2機を失っている。

当事者双方が大きな制約のもとに戦ったため、この戦績をどう評価するかはやや難しい問題である。イギリス軍は、アルゼンチン海軍の保有するシュペルエタンダールエグゾセ対艦ミサイルの組み合わせによる対艦攻撃の脅威に対し、有効な早期警戒の手段を持たなかったため、空母を後方に下げ、元から燃料消費の激しいシーハリアーに長時間の滞空哨戒をさせなければならず、シーハリアーが実際に空戦に臨む際には燃料の残量に大きな制約を抱えざるを得なかった。アルゼンチン軍もまたアルゼンチン本土から長距離出撃せねばならないことから滞空時間に制約を抱えた上に、バルカン爆撃機による本土爆撃を恐れて主力戦闘機ミラージュIIIを温存していたため、A-4 スカイホークダガーといった攻撃機は護衛なしでの攻撃を余儀なくされた。また、有効な対艦攻撃兵器であるエグゾセを5発しか保有していなかったため、大半は無誘導爆弾で攻撃せざるを得ず、最大速度マッハ2のダガーであっても超音速の出せない低空からイギリス艦隊への肉薄攻撃を強いられ、これがさらに積極的空戦の機会を奪った。後半の戦いではシーハリアーに襲われると反撃せず逃走一方だったとされ、後に加わったミラージュIIIもシーハリアーを引き付ける役割に徹し積極的空戦は行わなかったと伝えられている。

イギリス海軍が導入したばかりだった新型空対空ミサイルAIM-9L サイドワインダー(航空機の正面からでも攻撃できる)の性能によるものとする評価もあるが、機体の能力とパイロットの技量もまた正当にこの勝利に寄与した、とするのがまず妥当な評価だと考えてよいだろう[要出典]。事実、第809飛行隊に集められた新参パイロットはフランスが提供したミラージュIIIとの模擬空中戦を行ったが著しい成果を出せず、海軍首脳部を心配させたという。

開戦前、空戦時にエンジンノズルの向きを変える「前進飛行中の(推力)偏向(Vectoring In Forward Flight:VIFF)」は、通常の戦闘機ではあり得ない機動が可能であり、攻撃回避に大きなアドバンテージになると言われていた。一方でこのような強引な機動は機体やパイロットに無理な負荷をかける、速度が急激に低下することになり後の戦闘で著しく不利になる、などのデメリットもあり一時的な効果しかなかったとも言われている。フォークランド紛争以前、訓練の時点でデメリットの大きさが知られていたこと、空中戦でハリアー/シーハリアーが追われる立場に立たなかったこと、地対空ミサイルの回避には適切でないことなどから、紛争に於いてこの機動は行われなかったと言われる。(これについてはSu-27にも記述があるので参照されたい)

これらの戦訓から機体性能の限界も明らかになり、シーハリアー FA.2の開発に活かされることとなった。

シーハリアー FA.2はデリバリット・フォース作戦アライド・フォース作戦などでNATO軍に加わって実戦参加しているが、目立った戦果は挙げていない。

機体構成[編集]

ハリアーからの改造点が必要最小限に抑えられており、ブルーフォックス・レーダーの搭載、新設計の機首とコクピット位置の変更、前脚へのタイダウン・ラグの取り付け、操縦席の空調システムの更新、新型エジェクター・ラック付き改修型パイロンの装備、エンジンの双ジェネレーター対応化、油圧システムの変更、電気システムの完全再設計化、独立型緊急ブレーキの装備、簡易型自動操縦装置の装備、横操縦用リアクション操縦バルブの出力増加、水平尾翼の大型化などとなっている。

シーハリアー FRS.1で、機首に搭載するブルーフォックス・レーダーは、フェランティ社が開発した火器管制レーダーで、捜索、攻撃、ボアサイト、トランスポンダーの4モードを持つ。また、電子妨害やクラッターの影響を排除できるよう、周波数敏捷機能も持たされている。このブルーフォックス・レーダーによる情報は、ヘッドアップディスプレイ/兵装照準コンピュータ(HUD/WAC)を介して処理され、パイロットに表示される。このレーダー搭載によって機首部の形状は大きく変更され、合わせて操縦席回りも完全に設計が変更された。インヴィンシブル級航空母艦(軽空母)のエレベーターに収める為に、機首のレドームが折り畳めるようになっている。

コクピットの床面はこれまでのハリアーよりも25.4cm高められ、風防も水滴型にされた。これにより、エアインテイク越しの後方視界が著しく改善され、着艦操縦も容易に行えるようになった。加えて床下にスペースが生まれたため、追加の電子機器をそこに収めることができた。搭載するエンジンはロールス・ロイスペガサス Mk.104で、海上での運用を考慮して腐食しにくい材質が使用されている。

兵装面ではサイドワインダー空対空ミサイルや、シーイーグル対艦ミサイルの運用能力が追加された。ただし後者はブルーフォックス・レーダーが発射に対応していないため、ニムロッドなど他の航空機の支援がなければ使用できなかった。また、インド海軍のシーハリアー FRS.51はサイドワインダーの代わりにマジックを携行する。

能力向上改修を受けたシーハリアー FA.2では、機首のレーダーを全天候でルックダウン・シュートダウン機能を有するブルーヴィクセン・レーダーへ換装している。ブルービクセン・レーダーは、新世代のパルス・ドップラー・レーダーで、追跡しながらの捜索(Track While Scan, TWS)、多目標同時処理能力、兵装発射距離の延長、地上目標捕捉能力の強化、対電子対抗手段(ECCM)機能改善などが盛り込まれている。ただ、アンテナ直径やレーダー全体が大きくなっているため、機首形状が膨らみを持った形に変更され、バランスをとるために主翼後縁直後で胴体が35cm延長された。

コクピットの計器類も一新され、新たに多モードのヘッドアップディスプレイ(HUD)が装備されている。戦闘時の兵装システムの操作装置は、アップ・フロント・コントロールにまとめて配置され、HOTAS概念も導入されている。エンジンはハリアー IIで採用されたペガサス Mk.105の派生型ペガサス Mk.106に換装されたが、推力そのものは変わっていない。

兵装類はシーハリアー FRS.1と変わらないが、新たにAIM-120 AMRAAM空対空ミサイルの携行能力が付与され、シーイーグルの単独運用能力も得た。この他、NATO軍との相互運用性を確保するために統合戦術情報伝達システム(JTIDS)の装備、使い捨て型アクティブ・レーダー・デコイの装備も後に追加されている。

派生型[編集]

シーハリアー FRS.1
イギリス海軍の初期生産型。
シーハリアー FA.2
FRS.1の能力向上型。
シーハリアー FRS.51
インド海軍向けFRS.1

採用国と配備部隊[編集]

イギリスの旗 イギリス

インドの旗 インド


性能諸元[編集]

空母インヴィンシブルから発艦するシーハリアー FRS.1

FRS.1[編集]

FA.2[編集]

  • 全幅:7.70m/9.04m (フェリー翼端装備時)
  • 全長:14.17m/13.16m (機首折り畳み時)
  • 全高:3.71m
  • 主翼面積:18.7m²/20.1m² (フェリー時)
  • 最大兵装搭載量:3,269kg
  • ロールス・ロイス製ペガサス Mk.106推力偏向ターボファン・エンジン×1
  • エンジン推力:95.64kN
  • 最大速度:639kt
  • 巡航速度:459kt
  • 戦闘行動半径:100nm(AIM-120×4、90分のCAP)/116nm(Hi-Hi-Hi、高速迎撃ミッション時)/200nm(Hi-Lo-Hi、対艦攻撃ミッション時)
  • 乗員:1名
  • 固定武装
    • ADEN 30mm 2連装機関砲パック
  • 空対空ミサイル
  • 空対艦ミサイル
    • シーイーグル
  • 通常爆弾

登場する作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『佐久間一 オーラル・ヒストリー』上、155頁
  2. ^ AFP通信『英、冷戦時代に中国への兵器販売を検討』

参考文献[編集]

  • 青木 謙知編『Jwings戦闘機年鑑 2005-2006』イカロス出版 2005 ISBN 4-87149-632-5
  • 『世界の軍用機』各号 航空ジャーナル
  • 『佐久間一 オーラル・ヒストリー』上

関連項目[編集]