OV-10 (航空機)

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OV-10 ブロンコ

アメリカ海兵隊所属のOV-10D (空母サラトガにて:1985年)

アメリカ海兵隊所属のOV-10D (空母サラトガにて:1985年)

OV-10 ブロンコ(OV-10 Bronco)は、アメリカ合衆国ノースアメリカン社が開発したCOIN機

開発経緯[編集]

1959年アメリカ海兵隊ではOE-1 バードドッグの後継機として高性能の観測機の開発を決め、またアメリカ空軍ではA-1 スカイレイダー攻撃機B-26 インベーダー爆撃機を代替するCOIN機を求めており、さらにアメリカ陸軍でも独自の近接航空支援機を求めていたことからアメリカ陸・空軍では、それぞれ機体の研究を開始したが、1963年9月に三軍共通のCOIN機を共同開発する方向で進められることになり、軽武装偵察航空機(LARA)計画としてアメリカ海兵隊機の調達を管理するアメリカ海軍が所管することになった。10月にはLARA計画の提案要求(RFP)が出され、優れた短距離離着陸(STOL)能力を持ち、最大速度265kt以上、固定武装として7.62mm機銃4挺装備、兵装搭載能力1,088kg、空挺隊員6名または貨物910kgを輸送もしくは空中投下が可能な事が求められた。この要求に対して国内メーカー11社から設計案が提出され、1964年8月の最終審査でノースアメリカン社のNA-300案の採用がアメリカ海軍から発表された。同年10月17日にはYOV-10Aの名称で7機の試作機が発注されている。

YOV-10Aは記録的なスピード開発で進められ、1965年7月16日に試作初号機が初飛行し、試作機7機のうち試作5号機以降は主翼端が延長され、試作7号機ではP&W社製T74ターボプロップエンジンからギャレット社製T-76ターボプロップエンジンに換装されている。YOV-10Aの飛行試験では速度性能や高速安定性などが要求値を大きく下回ることが判明し、さらに一度落選したコンベア社が、自社開発したモデル48 チャージャーの比較審査をアメリカ海軍に求めたため飛行試験は長期化した。ノースアメリカン社では、要求値を満たすために主翼をさらに1.79m延長して12.5mとし、エンジンも出力強化型のギャレット社製T-76-G-10/12ターボプロップエンジンに換装された。また、装甲強化や防漏タンクの改良、エンジンナセルの取り付け位置を15cm外側に移して観測員席への騒音減少を図り、胴体下面の機銃収容ウェポン・スポンソンも下反角を付けるなどの改修が施された。

LARA計画では途中でアメリカ陸軍が、近接航空支援の分野で縄張りを主張していたアメリカ空軍から反対を受けて計画から降りたため三軍共用化は崩れたものの、アメリカ空軍がまず109機を発注、続いてアメリカ海兵隊が76機を発注し、量産初号機は1967年8月6日に初飛行した。量産機にはOV-10Aの制式名称が与えられている。

機体構成[編集]

OV-10は、直線翼の主翼を高翼配置し、後部胴体は主翼に付けられた双発のエンジン・ポッドから延びる双ブーム形式とし、両ブーム尾端に垂直安定板を立て、その上端を水平安定板が結ぶという、独特のスタイルとなっている。主翼には、後縁に左右各2分割されたダブルスロテッド式フラップが設けられており、フラップ外側にはエルロンが置かれ、フラップ直前にあたる主翼下面にはフラップと連動するドアを設け、フラップダウン位置ではこのドアが下方に開き、主翼下面の空気をフラップ上面に導いて揚力効果を高めている。主翼前縁には高揚力装置はなく、エルロン直前に扇形をした独特のスポイラーが配置されており、エルロンと連動してヨー操縦の補助として使用されるが、1枚板ではなく各4枚に分割された小型のものになっている。

エンジンはギャレット社製T76-G-10/12ターボプロップエンジンを搭載し、後ろから見て左翼側のG-10エンジンが時計回り、右翼側のG-12エンジンが反時計回りの回転方向を持ち、互いの回転トルクを打ち消している。燃料タンクは主翼内に置かれ、それぞれ内外翼に2分割されたものと中央翼の計5箇所に配置されており、容量は内翼部が69Gal、中央翼と外翼が40Galの計258Galで、燃料はアメリカ空軍の場合、JP-4を使用する。

降着装置は機体規模に対して比較的大掛かりなものになっており、後述する未舗装道路への着陸などにも威力を発揮している。 しかしながら地上・空母での取り回しを考慮してかホイールベースは短いものとなっており、結果的に着陸安定性とのトレードオフとなっているきらいもある。

コクピットはタンデム複座で、座席にはゼロ・ゼロ式のLW-3B射出座席を装備し、座席背後にはスチール製、座席下面にもアルミニウム合金の装甲板が張られている。また前部キャノピーは2cm厚の防弾ガラスとされ、乗員への安全対策も図られている。前線航空管制という任務の特性上、複数の味方地上部隊・航空機編隊等との交信が多く発生するため、この大きく左右に貼り出したキャノピーは味方無線の周波数情報(状況に応じて頻繁に周波数の切り替えが発生するため)や攻撃機編隊の兵装状況等を書き込むホワイトボードならぬ「キャノピーボード」としてアナログながらも視線を落とさず情報を確認できるため効果的に利用された。書き込みにはグリースペン(マジックペン)[1]が多用された。

コクピット後方の胴体ポッド内が貨物室とされ、空挺隊員5名または担架2床と衛生兵1名、1,451kgまでの貨物を搭載できるようにされている。なお、胴体ポッド後部には整流カバーを兼ねて左側に180゜回転するヒンジ式開閉ドアが設置されているが、空中での開閉はできず、空挺隊員や貨物などを空中投下する場合は、飛行前に予めこのドアを外す必要があった。

胴体下面左右にはスポンソン(張り出し)があり、それぞれにM60 7.62mm連装ガンポッドを各1基搭載し、スポンソン内には2,000発の弾薬を収容、下面には各2箇所のパイロンの装着が可能。胴体下面にもパイロンがあり、増槽を装着できるようになっている。主翼下面には外翼部にそれぞれ各1基のハードポイントが設置され、自衛用のAIM-9 サイドワインダー空対空ミサイルや通常爆弾などを搭載することができたが、通常このハードポイントは使用しないのが一般的になっている。

左エンジン排気管内にスモークジェネレータを搭載しており同左メインギア格納部内のタンクから揮発油を送ることで、最大4分程度の煙幕展開が可能。FAC任務での攻撃指示の際は誤爆を防ぐため、攻撃指示機・被攻撃指示機が互いに、位置を確認した上での攻撃決行が基本となるためこの発煙機構と無線の併用により、機体確認がより確実に行われている。また地上部隊への支援のための煙幕展開や、爆撃侵入コースの指示等にも使用された。

アビオニクス類は、AN/AIC-18 機内交話装置、AN/ARC-51BX UHF-AMラジオ、807A VHF-AMラジオ、FM-622 VHF-FMラジオ、HF-103 HF-SSBラジオなどの比較的簡素なものを搭載し、航法装置ではAN/ASN-75磁気コンパス、AN/ARN-52(V) TACAN、AN/ARA-50 UHF自動方位探知器(ADF)、AN/ARN-83 LF-ADF、51R6 VOR/INS、51V-4A 慣性航法装置(INS)グライドスロープ・レシーバーを搭載している。また、アメリカ海兵隊向け生産機では電波高度計が搭載され、アメリカ空軍向け生産機では戦果確認用のKB-18Aストライクカメラを搭載している。

運用[編集]

OV-10Aは1968年2月23日からアメリカ空軍とアメリカ海兵隊への引き渡しが開始され、アメリカ空軍はハールバートフィールド空軍基地所属の第4410コンバットクルー訓練航空団(4410CCTW)第4409コンバットクルー訓練飛行隊(4409CCTS)、アメリカ海兵隊ではキャンプペンドルトンの第5海兵観測飛行隊(VMO-5)に最初に配備されて乗員訓練が開始された。同年7月にはアメリカ海兵隊の第2海兵観測飛行隊が南ベトナムのマーブル・マウンテンに派遣され、続いて第6海兵観測飛行隊も派遣された。同年7月31日にはアメリカ空軍のOV-10AもC-133 カーゴマスターによって6機が南ベトナムのビエンホワ基地に空輸され、同年10月には第2陣もビエンホワ基地に送られて前線航空管制 (FAC) 任務に使用された。1969年1月にはアメリカ海軍がアメリカ海兵隊から借用した18機のOV-10Aで第4軽攻撃飛行隊(VAL-4)を編成し、4月からメコン川河口のビンツイに展開させ、第3軽ヘリコプター飛行隊(HAL-3)のUH-1Bとともにデルタ地帯の監視や船艇護衛などの河川作戦に投入された。ただ、OV-10Aは実戦で運用してみると性能的に中途半端な機体であることが判明し、アメリカ空軍海兵隊共にFAC機や観測機として多用した。また、アメリカ海軍と海兵隊は、OV-10Aの貧弱な固定武装を改善するために胴体下部ハードポイントに20mm機関砲ポッドを一部の機体に搭載させていた。

1970年になると、アメリカ空軍とアメリカ海兵隊ではOV-10Aへの夜間攻撃能力付与という考え方に基づいて、アメリカ空軍ではペイブネール計画に着手、アメリカ海兵隊でもOV-10Dの開発に着手された。ペイブネール計画では、夜間用ペリスコープ照準器、レーザーデジグネーター、ターゲットイルミネーターLORAN受信機などが新たに搭載され、アメリカ空軍が保有するほとんどのOV-10Aに改修が施された。

一方のOV-10Dは、YOV-10A試作2号機を改造した空力試験機YOV-10Dが1970年6月に初飛行し、もう1機新たに製作されたYOV-10Dとともに1971年1972年にかけて南ベトナムに派遣されて運用試験が行われた後、1974年に17機のOV-10Aと1機のYOV-10Dからの量産改修が認められた。OV-10Dは、機首にAN/AAS-37前方監視赤外線/レーザー目標指示/自動ビデオ追跡装置、ALQ-144赤外線妨害装置を搭載、半球形のセンサー収容部が機首下面に張り出している。また、追加した電子機器の冷却のため機首左右にラムエア・インテークが追加された。

エンジンはギャレット社製T76-G-10/12から出力強化型のT76-G-420/421ターボプロップエンジンへ換装された。試作機YOV-10Dでは固定武装もM60 7.62mm機銃から機首のセンサーターレットと連動可能なM197 20mm3砲身機関砲に変更されたが、最終的にM197の搭載は中止され、滞空時間延長のため、胴体下面への増槽タンクの追加のみとなる。同時に、それまでロケット弾ポッドやサイドワインダー等の軽量物のみの搭載だった、主翼下パイロンに燃料タンクの搭載が可能となった。 また、後に23機のOV-10AもOV-10D規格に改修され、合わせて機体フレームの強化や搭載電子機器類の新型化なども行われてOV-10D+と呼ばれている。

アメリカ空軍のOV-10Aは、1990年に後継となるA/OA-10A サンダーボルトII攻撃機との交替が完了して退役、アメリカ海兵隊のOV-10A/Dも1995年F/A-18 ホーネット戦闘攻撃機との置き換えが完了して全機が退役している。退役した機体の一部は消防機として使用されているが、消火剤を搭載した航空機への前線航空管制や森林地帯での偵察に使用されている。 またNASAでも各種実験に使用されている(後述)

エピソード[編集]

ベトナム戦争時、クメール人傭兵とアメリカ兵の3名によるカンボジアへの越境作戦(ホーチミンルートへの偵察)が実施された際、北ベトナムのパトロール部隊と遇戦・交戦状態となり、迅速な離脱が必要となった。これに対して支援のため2機のOV-10が出撃。同じように脱出の為のヘリコプターも出撃したが、接近する敵部隊の距離などから吊り上げが間に合わない見込みが大きかったため、同OV-10のパイロットの判断により地上部隊指揮官へ付近の未舗装直線道路への強行着陸・脱出を提言し、これを実施。偵察員に着陸後の自力での後部ハッチ開閉、機体内部を叩いての合図等を予め指示していたため偵察員の搭乗完了後は速やかに離陸。これにより見事、3名の偵察員を脱出させることに成功した。(同パイロットは数日前にこの偵察部隊3名の夜間潜入空挺降下も同機体で担当していた)

採用国[編集]

各型[編集]

試作機[編集]

YOV-10A
試作型
YOV-10D
アメリカ海兵隊が開発した夜間観測機型の試作型

派生型[編集]

OV-10A
初期生産型(少数機がモロッコ空軍機として輸出されている)
OV-10B
西ドイツ空軍で使用された標的曳航機
・胴体スポンソンの廃止。
・標的曳航装置を胴体側面に追加。
・標的観測ため後部ドアを透明な風防へ換装。
OV-10B(Z)
上記の西ドイツ空軍が購入した機体の胴体背面に、J85-GE-4エンジンをポッド形式で追加しOV-10B(Z)として使用、最大速度が341ktへ向上。
・12機分のエンジンを購入したものの実際に搭載されたものはごく一部と思われる。
OV-10C
タイ空軍向けの生産型(2004年にフィリピン空軍へ複数機を寄贈)
・基本構成はA型に準じる。
・エンジンはD型と同様にT76-G-420/421を搭載。
・主翼下パイロンの廃止。
・後部座席下面にKB-18A ストライクカメラを生産時から搭載。
OV-10D
アメリカ海兵隊が開発した夜間観測機型
OV-10D+
アメリカ海兵隊のOV-10AのうちOV-10D仕様への改修型
OV-10E
ベネズエラ空軍向けの生産型
・基本構成はA型に準じる。
・各種通信機器の換装。
OV-10F
インドネシア空軍向けの生産型
OV-10G
韓国空軍向けの生産型
OV-10T
小型戦術輸送機としてノースアメリカンがアメリカ空軍へ提案したモデル。胴体幅を1.5m程度へ拡大したものが計画されたがペーパープランのみとなる。
OV-10X
LAAR計画へボーイングが提案した、OV-10の近代化改修モデル。

その他、CAL FIRE(California Department of Forestry and Fire Protection)にて1993年からアメリカ軍払下げ機を消防機(観測/指示)としても運用している。

NASAでの実験機運用[編集]

NASAでは各種実験機体及び、機材としても運用されている。

1972年からプロトタイプYOV-10(N718NA BuNo.152881)を利用して実施された低速飛行性能の増加実験では、フラップと主翼の間に油圧式の円柱シリンダーを追加しており、このシリンダーがフラップ稼動時に主翼上面側に可動することで、フラップが90度近い状態でも正常に空気を誘導し、高い低速度性能を発揮した。エンジンもアリソン社製T56エンジンへ換装、プロペラも4翅の物に変更されフラップへの送風量も増加されており、最終的にOV-10Aの失速限界が約40ノットに対し、主翼面積の小さいYOV-10でありながらも約30ノット(時速約55.6km)での低速飛行を成功させた。

1996年にはOV-10A(N636NA)を使用し、米空軍と共同で、デジタル音声認識システムの実験に使用された。この実験では同機に搭載されたISAバスコンピューター(Intel 80486搭載のAT互換機)とITT社製のデジタル音声認識ソフトウェア(VRS-1290)を使用し実施された。この実験は、通常航行速度・地上駐機・飛行中・4G程度までの旋回等、様々な環境下(パイロットの疲労状況も含め)での音声認識精度の確認実験のとなっており、ライトパターソン空軍基地所属のパイロット12名、NASA所属のOV-10パイロット4名が被験者として集められ、機上やラボまたはハンガー等で、「Change Radar-mode」「Air-to-air-mode」等の、182種の航空作戦で必要とされるフレーズの認識テストを行った。初期の飛行中実験では55%程度の認識精度であったものの、ソフトウェアのノイズ除去等のパラメーター調整をITT社と連携して行い、最終的には地上で99.5%・通常飛行状態で97.3%・4G環境下で86%の精度での認識が確認された。最終的に得られた、これらの実験データは音声認識の研究を行なっている機関やコミュニティへ配布された。ちなみにVRS-1290の名称はITT社側で1,290語の認識を保証している事から来ている。

1999年には、CERES(雲及び地球放射エネルギー観測システム)のポッドを主翼上面に追加搭載されたOV-10A(N524NA)が使用されている。

性能諸元[編集]

  • 全幅:12.19m
  • 全長:13.41m
  • 全高:4.62m
  • 主翼面積:27.0m2
  • 空虚重量:3,127kg
  • 最大離陸重量:6,563kg
  • ギャレット製T-76G-10ターボプロップエンジン×1、ギャレット製T-76G-12ターボプロップエンジン×1
  • エンジン推力:533kW
  • 最大速度:250kt(463km/h)
  • 海面上昇率:920m/min
  • 実用上昇限度:9,145m
  • 航続距離:1,240nm(フェリー)
  • 戦闘行動半径:200nm
  • 乗員:2名
  • 兵員:6名

ハードポイント[編集]

  • 胴体下面中央 x1 (最大1,200ポンド)
  • 胴体スポンソン下面 x4 (各最大600ポンド)
  • 主翼外側パイロン x2

武装[編集]

各種ロケット弾ポッド

  • LAU-59/A マイティマウスロケット弾ポッド(7発)
  • LAU-33A/A ズーニーロケット弾ランチャー(2発)
  • PMBR MK-24パラシュートフレア弾ランチャー(6発)

増槽[編集]

  • AERO 1C ドロップタンク

防御装備[編集]

  • ALQ-144 "ディスコライト" IRジャマー(胴体上面に1基)
  • 各種フレアディスペンサー

脚注[編集]

  1. ^ ダーマトグラフ等のグリースペンシルではなくいわゆるホワイトボードなどに使われるマジックペン

参考資料[編集]

  • 航空ファン別冊 No.32 アメリカ軍用機1945~1986 空軍編』文林堂
  • 『航空ファン別冊 No.35 アメリカ軍用機1945~1987 海軍/陸軍編』文林堂
  • 『エアワールド別冊 世界軍用機年鑑
  • 航空ジャーナル臨時増刊 世界の軍用機』
  • 青木謙知編、2007、『J-wings戦闘機年鑑 2007-2008』、イカロス出版 ISBN 4-87149-939-1
  • 『世界の傑作機 No.45 「OV-10 ブロンコ」』、文林堂
  • Aircraft in Action 「OV-10 in Action」Squadron/Signal Publications Inc.,U.S. (1995/07)
  • マーシャル ハリソン著『ジャングルの航空戦 ~前線航空統制官の戦い~』、大日本絵画

関連項目[編集]