ハロルド・ウィルソン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
イギリスの旗 イギリスの政治家
ハロルド・ウィルソン
Harold Wilson
Dodwilson.JPG
生年月日 1916年3月11日
出生地 イギリスの旗 イギリスハダースフィールド
没年月日 1995年5月24日(満79歳没)
死没地 イギリスの旗 イギリスロンドン
出身校 オックスフォード大学ジーザス・カレッジ卒業
所属政党 労働党
配偶者 マリー・ボールドウィン

任期 1964年10月16日 - 1970年6月19日
1974年3月4日 - 1976年4月5日
女王 エリザベス2世

イギリスの旗 第14代 労働党党首
任期 1963年2月14日 - 1976年4月5日

イギリスの旗 影の首相
任期 1970年6月19日 - 1974年3月4日
テンプレートを表示

ジェームズ・ハロルド・ウィルソンJames Harold Wilson, 1916年3月11日1995年5月24日)は、英国政治家労働党党首、首相を務めた。




来歴[編集]

ハダースフィールドに生まれる。オックスフォード大学ジーザス・カレッジを卒業し、21歳で同大学の経済学講師に就任する。

1945年の総選挙下院議員に初当選し、アトリー内閣に次官級で入閣する。1947年には、商業大臣 (President of the Board of Trade) に就任する。

1960年、労働党党首選挙に初めて挑むが、現職のヒュー・ゲイツケルに大差で惨敗する。1963年、ゲイツケルの急死にともなう党首選挙に再挑戦し、当選する。

1964年の総選挙では労働党が13年ぶりに勝利し、首相に就任する。第6回選挙法改正を行い、18歳以上の男女に選挙権を与えた。1970年の総選挙で敗北し下野するが、1974年2月の総選挙で労働党が過半数に及ばないものの第1党になったため、少数与党内閣を組織して首相に返り咲いた。さらに安定した政局運営を図って7か月後に議会を解散、同年10月の総選挙の結果、かろうじて過半数に達した。

1975年4月、労働党内の意見が二分される中、ヨーロッパ経済共同体 (EEC) への残留を国民投票により決定した。

1976年3月、首相を突然辞任した。その理由は長く明らかにされなかったが、死後の1995年になって、アルツハイマー病がその理由だったことがはじめて公表された。

先代:
ヒュー・ゲイツケル
イギリス労働党党首
1963年 - 1976年
次代:
ジェームズ・キャラハン
先代:
アレック・ダグラス=ヒューム
イギリスの首相
1964年 - 1970年
次代:
エドワード・ヒース
先代:
エドワード・ヒース
イギリスの首相
1974年 - 1976年
次代:
ジェームズ・キャラハン