スービック海軍基地

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座標: 北緯14度48分30秒 東経120度17分30秒 / 北緯14.808333度 東経120.291667度 / 14.808333; 120.291667

スービック海軍基地全景 左手に見える飛行場は Cubi Point海軍航空基地
1990年の撮影)

スービック海軍基地(スービックかいぐんきち、Subic Bay Naval Base)は、フィリピンルソン島中西部、サンバレス州オロンガポスービック湾に存在したアジア最大のアメリカ海軍基地だった[1]

歴史[編集]

1884年にスペインがスービックを海軍基地として利用しはじめ、1898年米西戦争でアメリカに管理権が移ったあと、アメリカ海軍の海軍基地として使用された。

第二次世界大戦に際しては太平洋戦争開戦後の1942年日本軍に占領されたが、1945年8月に大戦が終結すると共にアメリカ軍により取り戻された。1947年3月14日、アメリカとフィリピンは1991年9月までスービック海軍基地の使用を規定した軍事基地協定を調印した。

以後も東アジアにおけるアメリカの重要な軍事拠点となり、1975年ベトナム戦争時は重要な出撃地の1つであった。

基地の使用期限延長に関する交渉中の1991年4月、ピナトゥボ山が活動し始め、6月に大噴火した。スービック海軍基地はピナトゥボ山の近くにあったクラーク空軍基地の兵員の大半とその家族の避難場所になったが、屋根に降り積もった火山灰の重さで建物が倒壊して死者が出るなどの被害を受けた。アメリカ軍はクラーク空軍基地の放棄を決定する一方、スービック海軍基地については10年間の使用期限延長を望んだが、フィリピン上院は拒絶し、両基地は1991年11月26日に返還された。

アメリカ軍人がフィリピンを去った後、基地はフィリピンのスービック経済特別区 (SBFZ) に変換された。

脚注[編集]

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  1. ^ 松岡正剛. “反米大陸”. 松岡正剛の千夜一夜・遊蕩篇. 2012年4月7日閲覧。

関連項目[編集]