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大場久美子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
おおば くみこ
大場 久美子
生年月日 (1960-01-06) 1960年1月6日(64歳)
出生地 日本の旗 埼玉県川口市
(主に旧鳩ヶ谷市域、現在は川口市に再合併)
血液型 A型
職業 女優
歌手
心理カウンセラー
ジャンル 映画
テレビドラマ
舞台
活動期間 1973年 -
配偶者 高橋てつや(2000年 - 2005年)
一般男性(2011年 - )
事務所 オフィスキコ
主な作品
コメットさん
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大場 久美子(おおば くみこ、1960年昭和35年〉1月6日 - )は、日本女優歌手心理カウンセラー。埼玉県川口市[注釈 1]出身。3人兄妹の長女(兄1人、弟1人)。オフィスキコ所属[注釈 2]

人物

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  • 公称サイズ:身長153cm・バスト80cm・ウエスト58cm・ヒップ83cm・靴サイズ23cm。
  • 学歴:鳩ヶ谷市立中居小学校鳩ヶ谷市立八幡木中学校[注釈 3]を卒業し、その後東京成徳短期大学附属高等学校商業科入学(芸能界本格的デビューのため転校) → 堀越高等学校卒業。
  • アイドル時代から、自身のことをクーミンと呼んでおり、愛称となっている。
  • 趣味・特技は料理日本舞踊ダンス洋裁(30年以上も続けている)、バトントワリング[注釈 4]など数多い。
  • 資格を107持っている[3]心理カウンセラー認知行動療法士フットリフレクソロジストなど[3]
  • 好きな色:ピンク
  • アイドル時代から矢沢永吉追っかけを行っており、成人後に矢沢永吉の自宅の近所に自宅を建てたが、すぐに矢沢永吉が引っ越したという[4]
  • 1999年から、母の死が引き金となり約8年間、パニック障害を患っていたことを、2008年1月18日に放送された『独占!金曜日の告白』(フジテレビ)にて初めて公に告白した。その後、重い病気や障害で患っている人達が新たに彼女のファンになったり、また他のテレビ番組のインタビューでそれが放送されると、放送後、彼女の公式ブログ「大場久美子のエトセトラ」(下記の外部リンクの項を参照のこと)では、重い病気や障害を患っている人達の書き込みが非常に多くなるという現象が起きている。
  • 前記のパニック障害を克服したことを契機に、認知行動療法を学び、2009年10月、日本推進カウンセラー協会の心理カウンセラーの資格を取得。翌年半ば過ぎ頃から、心理カウンセラーとしての活動も本格的に開始する[5]
  • 1995年頃から、カンボジアの教育支援や医療支援などを中心に行っているNGO団体・「公益社団法人セカンドハンド」の活動に協力し、2008年より同団体の広報大使を務めている。
  • 2003年から2007年頃まで、旧鳩ヶ谷市親善大使を務めていた(旧鳩ヶ谷市役所・広報課)。
  • 2009年に開催された第2回「おもいがわ映画祭」にゲスト出演[注釈 5]したことを機に、栃木県小山市より「小山評定ふるさと大使」を委嘱されている[注釈 6]
  • 2011年に発生した東日本大震災を機に、震災で被災したペットの救助・保護を中心に行っているNPO団体・「一般社団法人J-Taz'sアニマルシェルター(旧・UKC JAPAN)」の活動に協力している。
  • 2023年から、石川県から「石川県観光大使」を委嘱された。なお、2015年度より2020年度までの5年間「いしかわ観光特使」に任命されていた。

略歴

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  • 1960年1月6日 – 埼玉県川口市に生まれる(後に鳩ヶ谷市であった市域で育つ)。
  • 1970年 – 友人の応募で東京宝映テレビのオーディションに合格。
  • 1973年 – 同社が主宰する「劇団フジ」に入り、子役として活動。
  • 1974年 – 日本テレビ系列のテレビ番組「愛の山河」に出演。テレビデビューを果たす。
  • 1975年 – NETテレビ(現・テレビ朝日)「あなたをスターに!」で特別賞を受賞したのをきっかけに、芸能プロダクション「ボンド企画」にスカウトされ、本格的に芸能活動を開始。(この時は、堀越高校在学中だった。)
  • 1976年 – 『遺書 白い少女』で映画デビュー。
  • 1977年06月05日 – 東芝EMI(現:ユニバーサルミュージック)より『あこがれ』で歌手デビュー。同期デビューは荒木由美子榊原郁恵など。翌月公開の東宝映画『HOUSE/ハウス』では準主役に抜擢され、女優としても本格始動する。「一億人の妹」というキャッチフレーズの下[6]、その後立て続けにシングル曲を生み出す。
  • 1978年 – 同年6月12日から翌年9月24日まで約1年3ヶ月間放送されたTBS系のテレビ番組コメットさん」(第2期、全68話)で2代目コメットさんを務め、全国的にその名が知れ渡り、ブロマイドが爆発的に売れ、一躍トップアイドルになる。
  • 1979年
    • 03月05日 – 7枚目のシングル「スプリング・サンバ」発売(オリコン最高位44位、シングル売上3万枚)。これが最大のヒット曲となり、彼女の代表曲となる。
    • 10月19日 – 「さよならコンサート」を日本武道館で開催[注釈 7]。「私は女優の世界にお嫁に行きます」との言葉を残し、歌手としての活動を一旦終了した。記者会見の際になぜ歌手業をやめるのかとたずねられた際に「私は音痴だから。」と自ら発言し物議を醸した。ただし、後のインタビューでは「歌手活動は最初から数年(2年程度)で止めるつもりだった」とも述べている。
  • 1984年
    • 07月25日 – 10枚目のシングル「悲しみ貯金箱」発売。明確な表明をしないまま、なし崩し的に歌手活動を再開した。
    • 0?月0?日 – 同年発売の写真集『大場久美子』でヌードを披露した。
  • 1987年 – 実家がもらい火で全焼する。
  • 1990年 – サイドビジネスで京都市でレストラン『ホワイトバス』の経営を始めるが、経営不振で2年後に閉店する。
  • 1992年 – 当時の所属事務所ボンド企画が倒産。これを受けて、翌年、個人事務所「オフィス大場」を設立。彼女の母親である大場タカ子が事務所のマネージャー等を務めて、母親と二人三脚で活躍する[注釈 8]
  • 1993年06月17日 – 東映ビデオから7月9日発売予定だったVシネマ『スキャンダラス・ボディ』の劇中におけるヌードシーンの吹き替えをめぐって発売中止を求める裁判を起こした。結局、当該のシーンを大幅にカット、追加撮影を行う等の処置を施し、同年9月25日に発売された。
  • 1994年04月12日 – サイドビジネスで経営していたレストラン『ホワイトバス』の負債の残金1億400万円を返せないことから、同日、自己破産申告が認められた[注釈 9]
  • 1999年06月18日 – 母のタカ子死去(享年62)。 
  • 2000年
  • 2008年
  • 2009年10月03日 – 認知行動療法を学び、日本推進カウンセラー協会の心理カウンセラーの資格を取得する[注釈 12]
  • 2011年05月19日 – 10歳年下の会社員の男性と再婚したことをブログにて公表。
  • 2012年04月04日 – 活動に協力している「一般社団法人UKC JAPAN(現・J-Taz'sアニマルシェルター)」のために、28年ぶりに11枚目のシングル「ボクの命〜20キロ圏内のペット達の想い〜」を配信限定で発売。
  • 2014年
    • 07月08日 – 林寛子とコンビを組み、アマ名義で「キングオブコント2014」(第7回大会)に参加を表明。『○1○2』(マルイチマルニ)というコンビ名で出場したが、2回戦で敗退となる。
    • 10月07日 – この日発売の「週刊アサヒ芸能」で35年ぶりの水着姿を披露。その後も「週刊ポスト」などで披露する。
  • 2015年
    • 12月18日 – フットリーディングアドバンスセラピスト(足底反射療法士)の資格を取得する[注釈 12]
    • 12月31日 – 父の宣夫死去(享年84)。
  • 2016年
    • 09月 – 浦安市の会員制美容室の一角を借りて、フットリフレクソロジーサロン『和萌憂つぼ』のビジネスを始める[注釈 13]
    • 12月22日 – 音楽健康指導士2級の資格を取得する[注釈 12]
  • 2017年
    • 09月16日 – ハンドリフレカウンセラーの資格をハートフルライフカウンセラー学院にて取得する[注釈 12]
    • 11月10日 – 食品衛生責任者の資格を取得する。
    • 12月23日 – カラー心理士の資格を取得する[注釈 12]
  • 2018年
    • 02月26日 – 脳活性トレーナーの資格を日本推進カウンセラー協会にて取得する[注釈 12]
    • 03月29日 – 認知行動療法士の資格を日本推進カウンセラー協会にて取得する[注釈 12]
  • 2019年02月28日 – 体温管理士の資格を取得する[注釈 12]
  • 2020年11月24日 – 「大場久美子のクーミンChannel」を開設し、YouTuberデビューとなる。
  • 2023年06月0?日 – 腰部の痛みのため、救急搬送される。YouTubeで退院報告を行ったもの、椎体骨折圧迫骨折により、自宅のベッドに横たわった状態での報告となった[7]
  • 2024年2月28日 – 家族と別居していることを発表[8]

ディスコグラフィー

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シングル

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発売日 規格 規格品番 タイトル 作詞 作曲 編曲
東芝EMI
1977年6月5日 EP TP-10215 A あこがれ 岩谷時子 鈴木邦彦 萩田光雄
B 太陽がまぶしくて
1977年10月20日 EP TP-10329 A 追いかけないで 岩谷時子 鈴木邦彦 萩田光雄
B 枯葉いろのマント
1978年2月5日 EP TP-10366 A 大人になれば[注釈 14] 浜口庫之助 浜口庫之助 萩田光雄
B 恋させて 八坂裕子 萩田光雄
1978年6月5日 EP TP-10425 A エトセトラ 小林和子 萩田光雄
B 甘い感傷
1978年8月20日 EP TP-10460 A キラキラ星あげる[注釈 15] 伊藤アキラ 平尾昌晃 萩田光雄
B 愛をみつけて
1978年12月1日 EP TP-10515 A ディスコ・ドリーム 小林和子 和泉常寛 直居隆雄
B ミルキー・ウェイ
1979年3月5日 EP TP-10545 A スプリング・サンバ 小林和子 和泉常寛 萩田光雄
B ヘッドホーン
1979年8月5日 EP TP-10575 A フルーツ詩集 小林和子 萩田光雄
B あなたとワインと太陽と 和泉常寛
1979年11月20日 EP TP-10641 A ハートのポプリ イルカ 佐藤允彦
B なみだ雲
キティレコード
1984年7月25日 EP 7DS-0072 A 悲しみ貯金箱 なかにし礼 三木たかし
B 明日ではおそすぎる
C-ZONE MUSIC
2001年 CD 1 RE- SET[注釈 16] 大倉紳三 大倉紳三 Style Cycle
2 RE- SET(カラオケ) -
UKC JAPAN(現・J-Taz'sアニマルシェルター)
2012年4月4日 配信[注釈 17] ボクの命〜20キロ圏内のペット達の想い〜 タッズ母 綺音
徳間ジャパンコミュニケーションズ
2015年3月18日 CD TKCA-90687 1 能登里山空港 ~おいでおいで~[注釈 18] 三輪一夫 合田道人 寺西誠
2 能登穴水湾[注釈 19] 新條カオル 斎藤覚 大森一夫
5 能登のお・も・て・な・し(朗読) 八島弘造 合田道人

アルバム

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いずれも東芝EMI(東芝レコードレーベル。現・ユニバーサル ミュージック合同会社)より発売。括弧内に規格番号、発売日、備考等を記しておく。
  • 『春のささやき』(TP-72300、1978年3月5日。)
  • 『微笑のメロディー』(TP-80030、1978年8月5日。)
  • 『カレンダー』(TP-80055、1978年12月20日。同年10月に、ロンドンのラウンド・ハウス・スタジオにて録音。バックはケン・ギブソン・オーケストラが演奏した。)
  • 『Kumikoアンソロジー』(TP-80070、1979年3月20日。両面、彼女の顔写真が印刷されたピクチャー・レコード仕様の限定盤。内容は彼女のベスト盤[注釈 20]。)
  • 『カーテンコール』(TP-80084、1979年7月5日。ミュージカル的内容に仕上がっている。全曲を作詞:小林和子、作曲及びコーラス編曲:和泉常寛、編曲(コーラス部分を除く):羽田健太郎(録音時のピアノ演奏も担当)が行っている。)
  • 『ガラス窓の少女』(TP-80115、1979年11月20日。A面の作詞、作曲を、彼女が大ファンのイルカが、B面を作詞:小林和子、作曲及び編曲を羽田健太郎が担当している。)
  • 『さよならありがとう』(TP-60353 - 4、2枚組、1979年12月20日1979年10月19日日本武道館で行われた「さよならコンサート」の模様をライブ収録したもの。このビデオ・ソフト版は、後に、東芝EMIから発売された。)
  • 『Summer Holiday』(TP-80142、1980年6月5日。スカイ・ブルー・カラー・レコード。今まで発売されたアルバムの中から、夏向けの音楽をセレクトしたもの。未発表テイク「サマー・スカイ」を初収録している。)
  • 『大場久美子ベスト「青春 p.s.ありがとう久美子」』(TP-90329、1985年5月。文字通り、彼女の東芝EMI時代のベスト盤。)

CD

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いずれも東芝EMI、EMIミュージック・ジャパン(現・ユニバーサル ミュージック合同会社)より発売。括弧内に規格番号、発売日、備考等を記す。
  • 『なんたってアイドルポップ』(TOCT-8061、1993年6月30日。ベスト盤)
  • 『大場久美子/Big Artist Best Collection』(TOCT-8832、1995年2月22日。東芝EMI時代に彼女が発売した全シングル9枚のA、B面全18曲を収録したもの。)
  • 『大場久美子 ゴールデン☆ベスト』(TOCT-10857、2002年6月19日。デビュー時から『スプリング・サンバ』時代までのセレクション盤。この間に発売されたシングルのA面の曲では、「ディスコ・ドリーム」のみ未収録である。)
  • 『春のささやき』(TOCT-25236、2003年11月27日。彼女のオリジナル・アルバム初のCD化。内容は同一タイトルLP(TP-72300)と全く同じ。紙ジャケット仕様、24ビットマスタリングの限定盤。)
  • 『エッセンシャル・ベスト』(TOCT-26321、2007年8月22日。前記の『ゴールデン☆ベスト』から、スプリング・サンバを初めとする最後の3曲を除いたもの。その為、それよりも定価が510円安い1470円となっている。期間限定販売。)
  • 『Kumikoアンソロジー』(TOCT-26625、2008年8月27日。同一タイトルLP(TP-80070)のCD化。内容も全く同じ[注釈 21]。紙ジャケット仕様。)

ビデオ・ソフト

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ライブビデオ

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  • さよならありがとう(東芝EMI。発売年月日不明。1979年10月19日日本武道館で行われた「さよならコンサート」[注釈 22]の模様をライブ収録したもの。アナログ盤LPは2枚組で発売された。)

イメージビデオ

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  • WASHING MY LIFE(1985年 ビデオパックニッポン)
  • 大場久美子の四季 狂香小夜曲(読み方は「セレナーデ」、1985年 徳間ジャパンコミュニケーションズ) - 同名のアルバムがキティ・レコーズから発売されている。(規格番号25MS0082)

ハウツービデオ

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  • 大場久美子式美活ライフ ~ヨーグルト&クーガーダンス 体質改善で健康やせ!~(2016年 ポニーキャニオン

書籍

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写真集

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  • 「ふあんたじあ 大場久美子」(1979年)
  • 「大場久美子写真集」(1980年)
  • 「大場久美子」(1984年)
  • 「狂香小夜曲」(1985年)

著書

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  • 「恋の指定席」(1978年11月、 立風書房)
  • 「素顔のままで」(1980年2月、 ワニブックス)
  • 「クーミンのないしょの食卓」(1980年6月、集英社)
  • 『おいしく食べて無理なく痩せる 美人粥』辰巳出版、1986年1月10日。ISBN 4886410421NDLJP:12106340 
  • 「やっと。やっと! パニック障害から ぬけ出せそう…」(2009年3月27日、 主婦と生活社、ISBN 978-4-391-13761-3

書籍

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出演

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テレビドラマ

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など

※1:CSTBSチャンネルおよびチャンネルNECOで再放映された。
※2:NHKアーカイブス所蔵。

バラエティー番組

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など

歌謡番組

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など

テレビの司会、アシスタント

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インターネット動画

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ラジオ番組

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映画

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一般映画
教育映画
  • 夕映えのみち(2007年,テス・サービス[注釈 29]

声優

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洋画吹替え
テレビアニメ
アニメ映画
  • ノエルの不思議な冒険(1983年4月29日公開,東映
  • イルカのクリスマス ジェレミーの木(同上)

Vシネマ

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  • あんこう(1991年7月)
  • オオカミが出てきた日(1992年2月)
  • 新書ワル 復活篇(1993年1月)
  • らーめん屋物語 (1993年5月)
  • スキャンダラス・ボディ(1993年8月)
  • 新書ワル2 挑戦篇(1993年8月)
  • スキャンダラス・ボディ2(1993年9月)
  • 取立屋本舗ヘビィ(1993年10月)
  • 取立屋本舗ヘビィ 闇金仁義(1994年1月)

舞台

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一部の舞台公演については、NHKが撮影、放送している。

など

CM

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など

脚注

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注釈

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  1. ^ 公式ブログ(「大場久美子のエトセトラ」・第一期)のプロフィールに基づく[1]。ここで言う川口市は、1962年5月1日以前の市域を指す。(なお、鳩ヶ谷市の前身である鳩ヶ谷町は、1940年4月1日に川口市に編入合併され、1950年11月1日に川口市から分離再建して、1967年3月1日に市制施行した。鳩ヶ谷市は平成の大合併で2011年10月11日に再度川口市と編入合併し、同市域に復帰した)。また、蕨市出身としている文献[2]もある。
  2. ^ 歌手、作詞・作曲家等と幅広く活躍している合田道人が社長を務める「ミュージック・オフィス合田」の子会社である。
  3. ^ 前述の通り、鳩ヶ谷市は川口市に再合併されたため、いずれも現在は川口市立となっている。
  4. ^ 中学生時代にやっており、ドラマ「コメットさん」では魔法をかける際のアクションとして披露していた。
  5. ^ 出演した映画『ひめゆりの塔』が上映され、上映後の舞台挨拶とトークショーに出演した。
  6. ^ 小山市内の温泉施設や「道の駅思川」を通じて度々小山市を訪れており、「道の駅思川」の南側に2010年4月に開園した市民・体験農園の利用者第1号にも認定されている。
  7. ^ 日本武道館では初の女性アイドルの単独公演だった。
  8. ^ 当時、母親は心臓病を患いながら入退院を繰り返しながら活躍していた。
  9. ^ 2年前にレストランを閉店した後、実質的な経営者まで失踪してしまった為、名義上の社長になっていた大場に1億2000万円の借金が残された。その後大場は分割で月600万円ずつ計1200万円を返済したが、借金はまだ1億400万円あり、体力的にも精神的にも限界に達し、自己破産を申告。それがこの日に認められたもの。
  10. ^ 高橋とは、1992年にダンスの振り付けが縁で知り合い、1998年に交際に発展。翌年から同居を始めた。母のタカ子が亡くなってパニック障害に陥った時に、高橋に支えられる形で結婚に至った。しかし、2005年12月25日に高橋と離婚。理由は多忙によるすれ違い生活や、当時彼女が患っていた「パニック症(パニック障害)」の影響等である。
  11. ^ 「パニック症(パニック障害)」による影響がその原因の1つであることは、2008年6月15日放送の日本テレビ「いつみても波瀾万丈」にて彼女自身の口から明らかにされた。
  12. ^ a b c d e f g h ただし、これは民間団体の実施・認定によるもので、公式な国家資格として認められているものではない。
  13. ^ 2017年10月に閉店。その後、2019年に渋谷区で会員制サロンとして再開店。
  14. ^ ロッテチョコレート CMソング
  15. ^ TBSテレビドラマ(ブラザー劇場)「コメットさん」主題歌
  16. ^ 当時夫であった高橋てつやとのデュエット曲。
  17. ^ amazon.co.jpとiTunesによるダウンロード販売である。
  18. ^ 石川県在住の歌手である三輪一夫とのデュエット曲。
  19. ^ 唄:三輪一夫
  20. ^ 「エトセトラ」については、声を二重にしている方が多いシングル・ヴァージョンを、「ディスコ・ドリーム」については、シングル・ヴァージョンでなく、アルバム『カレンダー』に収録されているテーマ部以外はストリングス抜きのアルバム・ヴァージョンをそれぞれ採用している。
  21. ^ 尚、CD化に於いては、レーベルがLP発売当時の「東芝レコード」が現在使えない為に、「EXPRESS」に変更されて発売される。理由は発売元のEMIミュージック・ジャパンが東芝との資本関係が一切なくなった為、「東芝」の傘マークが使えなくなったことによるものである。
  22. ^ 1979年10月28日、TBSにて放映。
  23. ^ なお、本編での菊尾役は岸恵子、耕筰役は芦田伸介
  24. ^ 月曜ゴールデン特別企画」として放送。
  25. ^ 「月岡瑞穂」と表記されている。
  26. ^ 1979年4 - 10月までは、紅組のキャプテンも務めていた。
  27. ^ 日本歌謡大賞では初めて、NHKホールからの生放送で、しかも放送時間は、夜のゴールデン・タイムでなく、祝日である同日の16:00からの約2時間の放送となった。これは当時、同局の系列局がなかったことで、他系列局でも同時生放送ができる様にする為に取った処置である。この年から、同番組のテレビ放送はステレオ放送となる。
  28. ^ 2010年3月6日よりロケ地の岐阜県郡上市にて先行上映。
  29. ^ 東映のグループ会社。
  30. ^ NHK総合テレビで放映されたことがある。

出典

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  1. ^ profile”. 大場久美子のエトセトラ. 2016年12月23日閲覧。
  2. ^ “大場久美子 〜タレント名鑑〜”. スポニチ Sponichi Annex 芸能 (スポーツニッポン新聞社). オリジナルの2016年6月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160616172232/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/meikan/a/oobakumiko.html 
  3. ^ a b 別居報告でネット騒然 「1億人の妹」国民的アイドルの今 YouTube&107つの資格&ボランティア”. デイリー新潮. 2024年3月23日閲覧。
  4. ^ 「堀越学園同級生対談 林寛子×大場久美子」週刊現代2014年5月10・17日号、190頁。
  5. ^ 大場久美子さん パニック症克服に一役買った“ブログ効果”|日刊ゲンダイDIGITAL
  6. ^ 週刊アサヒ芸能 2012年6月28日特大号 「俺たちが愛した美少女選抜BEST30」 第1弾・70年代編
  7. ^ 「寝たきり」状態の大場久美子「99%、椎体骨折、圧迫骨折」知人の整形外科医の見立て明かす」『日刊スポーツ』2023年7月11日。2023年7月11日閲覧。
  8. ^ 大場久美子「家族と別居しています」「家を出ました」たばこ受動喫煙によるアレルギー症状悪化で”. 日刊スポーツ (2022年2月28日). 2024年2月28日閲覧。
  9. ^ WALLOPにて放送中「カルチャー オブ ジャパン」に「大場久美子」が出演! - 記事詳細|Infoseekニュース”. Infoseekニュース. 2021年11月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年11月27日閲覧。
  10. ^ 1993年6月23日NHK衛星第2テレビにて放映。NHKアーカイブス[要文献特定詳細情報]所蔵。
  11. ^ 1983年8月8日NHK総合テレビにて放映。NHKアーカイブス[要文献特定詳細情報]所蔵。
  12. ^ 1989年12月30日、NHK総合テレビにて放映。NHKアーカイブス[要文献特定詳細情報]所蔵。
  13. ^ 1995年3月11日、NHK総合テレビにて放映。NHKアーカイブス[要文献特定詳細情報]所蔵。
  14. ^ Sexy Zone佐藤勝利、初のCM単独出演!「ずっとやりたいなって思っていた」”. シネマトゥデイ (2015年4月23日). 2015年4月23日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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