時をかける少女 (1983年の映画)

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時をかける少女 > 時をかける少女 (1983年の映画)
時をかける少女
監督 大林宣彦
脚本 剣持亘
原作 筒井康隆
製作 角川春樹
山田順彦(プロデューサー)
大林恭子(プロデューサー)
出演者 原田知世
高柳良一
尾美としのり
音楽 松任谷正隆
主題歌 原田知世
時をかける少女
撮影 阪本善尚
編集 大林宣彦
製作会社 角川春樹事務所
配給 東映
公開 日本の旗 1983年7月16日
上映時間 104分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 28億円[1]
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時をかける少女』(ときをかけるしょうじょ)は、1983年7月16日に公開された大林宣彦監督、原田知世初主演の日本映画。筒井康隆ジュブナイルSF小説時をかける少女』の最初の映画化作品。大林宣彦の「尾道三部作」(他の2作は『転校生』・『さびしんぼう』)の2作目に数えられ、ロケの多くを広島県尾道市(一部は竹原市)で行っている[2]

併映は『探偵物語[3][注釈 1]

主演の原田知世は、第7回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した。配收は28億円を記録し邦画では年間2位となった[2][4]

ストーリー[編集]

夷堂(竹原
艮神社脇の細道(尾道)。現在は猫の細道と呼ばれる。

高校1年生の芳山和子は3月、学校のスキー教室に来ていた。夜、ゲレンデで幼馴染の堀川吾朗と話している場に同級生の深町一夫が現れる。3人が集合場所へ戻り、皆が揃って下山しようとするとなぜか一夫のスキーセットだけが見当たらない。一夫は帰路の列車では途中の駅で野草を摘む。

新学期となった4月16日の土曜日。和子と一夫、そして吾朗は放課後に当番で理科教室の掃除をする。吾朗と一夫にカバンを取りに行かせ、和子が1人理科教室にいると、無人のはずの隣の実験室から物音が聞こえた。和子が実験室に入ると白い煙が漂っており、それを嗅いだ和子は気を失い倒れてしまう。吾朗と一夫に保健室に運ばれた和子は、実験室で起きたことを話したところ、吾朗はそんな形跡はなかったという。2人の先生とともに確かめてみるが実験室は綺麗になっていた。奇妙に思いながらも和子は吾朗と一夫3人で下校する。途中寄り道した一夫の家の温室で、和子は実験室で嗅いだ香りが漂っていることに気付く。「ラベンダーを栽培しているんだ」という一夫。

月曜日、和子は元気に登校する。その夜地震が起き、吾朗の家の辺りで火事が起きていると知った和子は家族の制止も聞かず近くまで行く。心配した一夫もそこにいた。火事が小火とわかって帰宅する途中、和子は何者かに襲われ、気が付くと自室のベッドで目覚めたところだった。その朝、和子が吾朗と昨夜の事件を話しながら歩いていると、突然お堂の屋根瓦が落ちてくる。気が付くと再び和子は部屋のベッドにいた。変な夢ばかり見ると思いながら和子が登校すると、今日は18日の月曜だという。吾朗に昨夜の出来事を話すが吾朗はそれを知らない。さらに植物採集で学校を休むと言っていた一夫も登校していた。授業が始まれば、以前やった問題が出される。和子は訳が分からなくなり、一人悩む。

和子は部活を中退し一夫の家で悩みを相談する。一夫は驚きもせず、和子に起こった出来事を理解しようと論理づけながら話をする。和子はテレポーテーションタイムトラベルを一緒にしたタイムリープという能力を持ってしまったと話す。「嫌だわ、普通じゃないのって」和子は苦悩する。その夜和子の予期した通り地震が起こる。火事が起こる前の吾朗の家に来ると、そこには一夫も来ていた。「慌てなくても大丈夫って教えてあげようか」という和子に「なんて説明するんだい?」と一夫は答え、2人は吾朗の家を後にする。

和子は幼い頃一夫と事故に遭い、ともに手に傷を負った過去があった。だが、その和子の記憶にある傷跡は一夫の手にはなかった。翌日、登校途中やはりお堂の瓦が落ち、和子は吾朗を助ける。その手にはなぜか傷跡があった。疑問を抱いた和子は、登校せずに一夫の家の温室でラベンダーの香りを嗅ぐと、一夫が植物採集をしている海岸に現れた。

本当のことを知りたいという和子に、一夫は「あの土曜日の実験室に戻る」ことを強く念じるように答える。そして土曜日に戻った和子が実験室に入ると人影がいた。それは一夫だった。一夫はそこで自分の正体が西暦2660年の薬学博士であること、緑がほとんど絶滅した未来の世界で植物の成分が必要になり過去の世界にラベンダーを求めてやってきたこと、記憶操作を用いて息子一家をなくした老夫婦の孫として住みつき、和子が持つ吾朗との記憶を自らにすり替えていたことを明かす。一夫がこの世界に来たのはスキー教室の時だった。だが、一夫は未来に帰らなくてはならず、関わったこの時代の人間から自らの記憶を消さなくてはならないと述べる。自分も一緒に連れて行ってほしい、それが無理なら一夫の記憶を大事にして生きたいと嘆願する和子に、例外は許されないと一夫は答え、再びこの時代に来ることがあってもそのときには自分だとわからないと告げながら薬品をかがせて、和子は気を失った。

それから11年後。和子は薬学の研究者となっていた。そんなある日、勤務先の廊下で一人の青年とすれ違う。それは確かに一夫だったが、和子はそのことに気づかないまま去っていくのだった。

キャスト[編集]

芳山和子
演 - 原田知世、新井雅(3歳時)、新井瑞(5歳時)
高校2年生。明朗活発な女の子で、ロマンチストで夢見がちな所がある。普段はしっかりしている方だが、吾朗に言わせると少々お姉さんぶったところがある。弓道部に所属。
子供の頃に自宅で遊んでいた時にはずみで鏡を割ってしまい、その時右手に少しケガをしていしまい今でも傷が残る。作中では、映画の挿入歌である『愛のためいき』(ももくり三年かき八年の歌詞の歌)を歌っている。
実験室でラベンダーのような匂いのする薬品を嗅いでからタイムリープとテレポーテーションによる不思議な体験をするようになる。特殊能力を得て喜ぶのではなく、以前の自分と変わってしまったことで不安な日々を過ごす。
深町一夫
演 - 高柳良一、平野仙丈(5歳時)
和子のクラスメイト。物静かで落ち着いた性格だが、気づいたらいつの間にかそばにいるようなタイプ。和子からは「いつもいるんだかいないんだかわかんない」と評されている。小さい頃に和子の家でひな祭りを一緒に祝うなど仲がいい。祖父母の影響で、自身も植物が大好き。部屋にポプリを飾っている。不思議な体験をするようになって落ち込む和子に気遣い、励ます。
堀川吾朗
演 - 尾美としのり、加藤岳史(5歳時)
和子のクラスメイト。現実的な考え方を持ち、ロマンチストな和子とはお互いの考え方の違いに呆れている。成長期ということもあり、いつもお腹を空かせていて作中では「腹減った〜腹減った〜」などと歌っている。休みの日などは家業を手伝っており、普段とは別人のように真剣に取り組んでいる。

和子の高校の関係者[編集]

神谷真理子(かみや)
演 - 津田ゆかり
和子のクラスメイト。学級委員らしく毎日の日付を黒板に書いたり、福島からの頼まれごとなどをこなしている。
福島利男
演 - 岸部一徳
和子の高校の国語教師。朗らかな性格で、授業中寝ていた吾朗にも怒らずに冗談めかして生徒たちを笑わせている。作中では最近理科の実験室に誰かが勝手に入られた形跡があるため新しく鍵をつけた。
立花尚子
演 - 根岸季衣
和子のクラス担任。福島に好意を寄せいていて、彼の誕生日にネクタイをプレゼントした。

和子の家族[編集]

芳山哲夫
演 - 内藤誠友情出演
和子の父親。自宅で晩酌の時に地震が起きた時は、なぜかワインの入ったボトルだけ持って外に出た。11年後成人した和子の結婚や仕事についてはのんびりと構えており、和子の好きなようにやらせている。
芳山紀子
演 - 入江若葉
和子の母親。和子が高校の理科実験室で貧血で倒れたため、その後も少し心配している。また後に成人しても、化粧っ気のない和子の結婚を不安視している。
芳山良子
演 - 山下陽子(7歳時)、岡寛恵(18歳時)
和子の妹。食卓のそばにある日めくりカレンダーを毎日めくるのが日課。いつも登校前の和子により、自身の朝食のおかずや飲み物をつまみぐいされている。11年後、明るく快活な女子学生になる。

吾朗と一夫の家族[編集]

堀川貞子
演 - きたむらあきこ
吾朗の母。醤油屋を営む。息子には大学に行って欲しいが、本人は進学せず家業を継ぐつもりであることに気をもんでいる。
深町正治
演 - 上原謙(特別出演)
一夫の祖父。自宅の庭にある温室でラベンダーなどの様々な花を育てている。たつとは仲睦まじく庭のテーブルでお茶と共に話をして楽しんでいる。
深町たつ
演 - 入江たか子(特別出演)
一夫の祖母。事故により亡くなった息子たち夫婦の代わりに一夫の育ての親として愛情を持って育てている。
一夫の父親(写真)
演 - 松任谷正隆
一夫の母親(写真)
演 - 山口保代

その他[編集]

竹尾源造
演 - 升元泰造
時計屋の男
演 - 高林陽一(友情出演)
大学の女性研究員
演 - 黒岩美穂子[注釈 2][5]
11年後、大学に残って薬学の研究を続ける和子の指導者。年頃なのに研究に没頭している和子に「たまにはデートでもした方がいい、すぐにおばあちゃんになってしまうわよ」とアドバイスしている。

スタッフ[編集]

ロケ地[編集]

作品解説[編集]

製作の経緯[編集]

原田知世真田広之のファンで、映画『伊賀忍法帖』での真田の相手役を探す「角川映画・東映大型女優一般募集オーディション」に応募し、そこで角川春樹プロデューサーの目に留まり特別賞を受賞し芸能界入りした[3][6]。その後、薬師丸ひろ子主演映画をテレビドラマ化した『セーラー服と機関銃』『ねらわれた学園』のヒロイン役を経て、本作で映画デビュー・初主演を果たした。角川は「原作のヒロインのイメージも、タイトル自体もぴったり[7]」という筒井康隆原作の「時をかける少女」を選び、原田がとても気に入っていた『転校生』の監督大林宣彦に「尾道で原田の映画を撮って欲しい」とラブコールを出した[4][8][9]

角川と大林は、この映画の8年前、大林が音楽監督を務めた高林陽一監督『本陣殺人事件』(1975年)の試写室で知り合った[10]。大林はアメリカ映画『ある愛の詩』が大ヒットした時、角川が原作小説の日本語版の版権を安く手に入れ、プロモーションを展開していることを知り、「あなたが『ラブ・ストーリィ』に目をつけたのは、なかなかですね」と褒めた[10]。大林はその後『金田一耕助の冒険』(1979年)と『ねらわれた学園』(1981年)で角川映画のメガホンを取った。

角川は「本当は自分が結婚したいくらいだけど、年齢の差で無理だから、息子の嫁にしたい」というほど原田に惚れ込んでおり[11]、「彼女に1本だけ映画をプレゼントして引退させようと思う」と小林は伝えられた[12]。大林は故郷の尾道でまた映画を撮るつもりはなかったが、角川の原田に対する思い入れを汲み取り、プライベートフィルムというニュアンスで監督を引き受けた。二本立ての併映は薬師丸ひろ子主演の『探偵物語』で、観客動員は保証されていたため[2][注釈 3]、大林は若者に理解されなくても自分たちが楽しめるもの、大正ロマンチシズムをやろうと考えた[13]。大林はのちに「あの映画は完全に僕と春樹さんの幻想の中の少女なんです」と語っている[14]

大林は原作のSF小説を純文学と捉え、「『時の壁』というしばりの恋愛映画」として撮影した[13]。音楽監督の松任谷正隆には、参考のためアメリカ映画『ある日どこかで』(1980年)のビデオを渡した[15]

撮影をめぐって[編集]

撮影は大まかに分けると、スキー場(上越国際)、スタジオ、尾道という順番で行われた[16][17]。ポスターの撮影は東京日本大学鶴ヶ丘高等学校の生物室を使用し、撮影を見学した同校の高校生達は試写会の招待状を貰った。

本編中に映る桜は実際のロケ時にはまだ開花しておらず、登校シーンなど多くのカットはマット合成と散る花びらを用いることによって表現している[18]

大林は古典的なたたずまいを持つ原田に「竹久夢二の絵のような、現実にはいない少女」をやってもらおうと考え[2]、ヘアメイク担当者には中原淳一の絵のイメージを伝えた[14]。あえて時代錯誤の演技指導を行い、カメラを正面から見つめさせ、カメラの向こうにいる自分の目を見て台詞を言うように指導した[14]。今どきの猫背っぽい動きにならないよう、「ハンガーを入れているようにして歩きなさい」と教えると、原田は「窮屈です。木彫の人形のようです」と言ったという[14]

角川と大林は本作1本を原田にプレゼントして映画界から辞めさせようと考えていたため、原田の中学の卒業から高校の入学までの短期間に強行軍28日間で撮影した。通常1本の映画を撮るのは最低でも35〜40日、メジャーだと2ヶ月はかかる[19]。必然的に徹夜での撮影が増え、長時間の撮影で1日7回食事が出た。原田は「今日は暗いうちに帰れますか」という名言を残している。

断崖絶壁で植物(ラベンダー)採集をする深町一夫のところに芳山和子が駆け寄るシーンは、安全な場所での撮影を後ではめ込んだものではなく、本当の断崖絶壁で撮影されたもの。ロケ地は竹原市の黒滝山[20]。崖の下に打ち寄せる波だけは後から合成されたものであるが、それ以外は全て実写。この撮影の際、深町一夫を演じる高柳良一が、隣りの足場に移動したとたん、それまで立っていた足場がまるごと崩落するハプニングが起き、大きな岩が谷底で砕け散った。高柳は「もう俳優なんてやってられない! 平凡なサラリーマンになって、休みの日には妻と子供を連れて焼肉屋に行くような生活をするんだ!」と叫んだ。大林監督がそれを面白がり、『天国にいちばん近い島』で小林稔侍の台詞にそのまま使った。高柳は言葉通り俳優を辞め、今日家族にその約束を果たしているという[16][17][20]。クライマックスの断崖からのタイムトラベルはブルーバック合成ではあるが、当初のスタントで撮影を行う予定から変更され、原田本人が1.5メートルの合成素材から飛び降りている[21]

エンディングは実験室で倒れた原田が起き上がり、主題歌「時をかける少女」を歌いながらそれまでの名場面を巡る[2]。この映像は本編の撮影のあとそれぞれのパートで歌う場面を撮影し、それらを編集したもの[2][8]。原田は「床に倒れていたのに、起き上がって歌い出したり、何をやっているのか分かりませんでした。見物人のいるロケ撮影ではすっごく恥ずかしかった」と話している[2]。出演者は歌う原田を優しく見守ったり、体を揺らしてリズムを取ったり、桜の花びらを花吹雪に見立てて原田にかけたりして、新しいアイドルの誕生を祝う。原田のNGシーンを挟んで、拍手が鳴りやまないカーテンコールの中、神社の境内を下駄を履いた原田が遠くからこちらに駆け寄り、カメラの前ではにかむ。このカットは撮影がほぼ終わった時に撮ったもので、カメラの向こうには共演者やスタッフがおり、大林は「間に合った、学校に戻れるね」と声をかけているという[19]。笑顔の途中で原田はチラッと横を見るが、その時の頼りなげな表情が少年たちの心をつかんだ[2]。大林いわく、「カット」の声がかかったあと、役者が「OKだったかな?」と監督の顔を伺う表情だという[2]

技法面での特徴[編集]

巻頭のシークエンスでスキー場の後、汽車に乗って平野を走る場面で、モノクロ画面が風景の一部ずつからカラーになるという技法は、フランス映画悲しみよこんにちは』からで珍しくないが、画面の中央だけがカラーで端がモノクロという技法はこの映画が最初ともいわれる[22]

瀬戸内海沿岸の尾道市と竹原市が舞台だが、クライマックスでの合成の海(波)を除き、海が背景に写りこんでいない。これは意図的な演出だという。

タイムスリップのシーンは映画ではなくスチールのカメラコマ撮りで撮っている[23]。「おそらく世界で初めてスチールカメラでタイムスリップを撮ったSF映画」と大林は話している。

去って行く一夫のラストシーンで遠近感がグーッと引き伸ばされるように歪む、被写体のフレームサイズは変わらないのに背景だけが動いていくという撮影技法(ドリーバック・ズームアップ)は、アルフレッド・ヒッチコックが『めまい』で発明して、その後、多くの映画やCM、テレビドラマで使われるようになったもので、英語では『めまい』のタイトルそのまま「vertigo Shots(めまいショット)」、あるいは「Dolly zoom」「The 'Trombone' Shot」などと呼ぶようであるが、日本では大林がこれを初めて使用し「逆ズーム」と命名したという[24][25]。大林は「『めまい』の頃は、子供だった故で、あれーと思ったが、それっきり。この手法に意識的に出会ったのはロジェ・ヴァディムの『獲物の分け前』のラストで、ジェーン・フォンダがひとり生きる部屋のシーンで床がスルスルと奇妙に伸び続けた。これをキャメラマンの長野重一と発見し、1970年マンダムのCMで阪本善尚と使用したのが、日本で初めての例。私が"逆ズーム"と命名して、その後数々のCMで使用した。『時をかける少女』では阪本キャメラマン設計の逆ズーム装置を使用して、幻想的な画面効果を得ることができた」と話している[24]

設定や作中の事物について[編集]

原作、シナリオでは浅倉であった吾朗の姓が完成版では「堀川」となっているのは、竹原市に実在する醤油店(ほり川を参照)を吾朗の実家として撮影する際、美術が立派な看板を作るので、撮影後も看板を記念に残して使えるようにとの配慮から直前になって変更したためで[18]、看板はその後も長い間醤油店の店先に掛けられていた。

物語のキーとなるラベンダーは、本作で広く知られるようになったといわれる[26][27]

「桃栗三年柿八年」の歌は監督の大林が作曲したオリジナルのもの[8]。ちなみに「柚子は九年でなりさがる、のばかめが十八年」と続く[28]

本作のカレンダーは公開された1983年のものとなっている。またラストの場面が1994年に設定されたのは、この年の日付と曜日の対応が1983年とまったく同じであることが理由であった[18]。芳山家のカレンダーの上に見える短冊は富岡鉄斎がデザインした「昇龍と火用慎」であり、現在でも鉄斎美術館で頒布されている。

評価・影響[編集]

夏休みロードショー作品として公開された当時は、原田知世という無名の新人への期待の薄さから「また角川アイドルのSFモノか」とか「『ねらわれた学園』の二番煎じだろう」というムードが映画ファンの間にはあった[29]。ところが映画が公開されると、この時代遅れの少女に多くの少年が虜になった[2]配給収入は『探偵物語』との二本立てで28億円を記録し、1983年の邦画興行成績2位となる[30]。批評家の選ぶ「キネマ旬報ベスト・テン」では圏外だったが、読者が選ぶベスト・テンで第3位となった[2]

「時をかける少女」の映像化作品としては、NHK少年ドラマシリーズの『タイム・トラベラー』以来のものであったが、本作は尾道竹原の情景や叙情性にあふれる演出、原田知世の清新な魅力、ジュブナイルを題材にとった先見の明などが人気を集め、その後の同作の映像化作品には少なからぬ影響を与えることになった[31][16][17]。"アイドル映画の金字塔"として今日でも評価が高く[16][32][33]、後にテレビドラマ、映画などで、その時々のトップアイドルを主役に据えたリメイクが何度も作られる契機を作った作品である[32][34]

松任谷由実が作詞・作曲し、原田が歌う主題歌「時をかける少女」はセールス累計58.7万枚、オリコンシングルチャート最高2位とメジャーヒットを記録し、原田は歌手・女優としてアイドル的な人気を得ることになる。『レコード・コレクターズ』2014年11月号の「特集:日本の女性アイドル・ソング・ベスト100 1980-1989」では、並みいる歌謡曲アイドルの名曲を抑えて"1980年代のナンバー1アイドルソング"に選ばれた[35]

青少年層を中心に多くのファンを獲得し、漫画・アニメ業界人のゆうきまさみ出渕裕とり・みき河森正治といった人々が本作について書いたり語ったりしたことでさらにそれが広がった一面もある[16]。彼らは同人誌「TOMO 16」を作って原田本人へ贈ったり、本作の翌年に原田主演で撮影された『天国にいちばん近い島』の一般エキストラに参加するほどであった。また、ゆうきは、原田が出演したテレビドラマ『ねらわれた学園』と内容をミックスしたパロディ漫画「時をかける学園」(「ねらわれた少女」とルビ)を執筆している[16]。2003年『アイドル映画30年史』(別冊映画秘宝)誌上で、ゆうき、とりに三留まさみ田中良直を加えた4人で「20年目の『時かけ』座談会」が行われた[16]。他に宇多丸など、近年も熱狂的なファンが多く[26][36]、後続の映像クリエイターに大きな影響を与えた[37]

原作者の筒井康隆は同年に本作のパロディ「シナリオ・時をかける少女」を書いている。筒井は、自身の小説から映画化された13本のうち、「やっぱり(映画の)ナンバー1は、大林監督の『時をかける少女』ですね」と話している[38]

本作の公開後には、ハウス食品のインスタントラーメン「303」のCMとして、「お湯をかける少女」というパロディ作品がオンエアされた。セーラー服を着た工藤夕貴がやかんを持って駆けてくるという内容で、バックに流れる歌も本作主題歌に似ている。

後日譚[編集]

角川春樹は麻薬所持容疑の保釈中、自らの監督作として『時をかける少女』(1997年版)を発表した。舞台は飛騨古川松本。主演は中本奈奈、原田がナレーションを担当。角川本人によればリメイクではなく、本作(1983年版)をパートIIとした形の前日譚であり、時間設定は3年前の1980年としている[39]

大林と角川春樹は2012年『週刊現代』の「『時をかける少女』原田知世を語ろう」という対談で、角川は「舞台が尾道でなく、東京だったら、知世の存在感が半減してしまったんじゃないですかね。観客が『あんな子、もう東京にはいない』とシラケしまう。実際には、どこを探しても知世のような少女はいなかったんだけれども。あの幻想的な古い町並みだからこそ知世が引き立った」 大林は「僕は一年前に『転校生』で、生まれ育った尾道の夏を撮ったんです。本当は二度と尾道は撮らないつもりでしたが、春樹さんが『尾道で』と言うから、考え込んだ末、よし『転校生』で撮った尾道の海と明るさは撮らず、山と暗さだけを撮ろうと決めました。尾道は春樹さんの勘でしたが、偶然のようで必然だった。それがこの映画の不思議な翳りを生み、大正ロマンチシズムを醸し出した」「(撮影時には)知世が主役のアイドル映画を撮っている気はまったくなく、惚れた子を映画で輝かせたいとしか思っていなかった」「この映画と知世は天の配剤めいていた。映画の神様が降りて来たんでしょうかね。あの頃の知世でしか撮れなかった。半年遅れても撮れなかったでしょう」 角川は「『時をかける少女』には知世の魅力がすべて入っていると思います」「知世は目の前にいる本人よりフィルムの中で輝きを放った、非常に希有な女優でした」「未完成なものの美しさが際立って表せた映画を残せて、本当に良かった」「知世の映画を撮った時代は、私たちの青春でした」などと話している[4]

また、2013年『FLASH』の「僕と角川春樹が愛した原田知世よ!」という特集で大林は、本作の制作費1億5千万円は角川春樹のポケットマネーだったことを明かした[19]。「角川春樹のプライベート映画だから、観客は角川春樹だけでいいと思っていた、二人の"あしながおじさん"ならぬ、"胴長おじさん"が、知世のために映画を1本プレゼントしてあげようと。知世が30歳、40歳、50歳、おばあちゃんになったとき、昔を懐かしんで、部屋でひとり誰も観なかった『時をかける少女』を観ている姿もいいな、と考えていた」「その思いが観客に伝わったんでしょう。純愛ラブレターをこっそり見せてもらったような感覚。またファンのみんなにとっても『僕が愛した知世』になった。それが、一種の奇跡を生んだんでしょうね」などと話している[19]

原田は完成した映画を初めて観た時「なんだか映画の私、ポキポキしていて、変ですね」と言っていたというが、3-4年が過ぎると「なんか、あれは大変すごい映画のようですね」と話したという[4]。デビュー作が代表作になったことが重くなり、原田は映画も歌も避けてきたといわれる[4]。「映画の印象が強すぎて、どう歌ったらいいのか分からなくなった。あの時の感じは今の私には出せないし」と話していたが、2007年のデビュー25周年アルバム『music & me』の中で長い封印を解き、ボサノヴァ調にアレンジした「時をかける少女」を歌った[2]

2011年[注釈 4]5月7日、東京有楽町で本作の上映会、大林と原田のトークイベントが行われ、これに高柳も参加、28年ぶりとなる3人の「3ショット」が披露された[40]。この時、原田は「私、ようやくあの映画でデビューしたことが本当によかったと思えるようになりました」と大林に話したという[4]。2012年、大林の上映会に訪れた原田は「いまでは監督の演出がよく分かります。あの原田知世はいいですね。私じゃないけど」と話したという[14]。2015年の朝日新聞の特集「映画の旅人」では、「10代の少女って毎年変わる。15歳の私を大林監督が残してくれた。そして見て下さった方々の青春の一ページにも、私の知らないところで刻み込まれている。私にとって、この映画は宝物です」と話した[2]

映像ソフト[編集]

  • 角川ヒロイン第一選集(3枚組 DVD-BOX)(2000年12月22日、角川エンタテインメント、KABD-91) - 『セーラー服と機関銃』、『時をかける少女』、『結婚案内ミステリー』をセットにしたDVD-BOX。
  • 時をかける少女(DVD)(2000年12月22日、角川エンタテインメント、KABD-93)
  • 原田知世ベスト・セレクションBOX(3枚組 DVD-BOX)(2003年3月21日、角川エンタテインメント、KABD-530) - 『時をかける少女』、『天国にいちばん近い島』、『早春物語』をセットにしたDVD-BOX。
  • 時をかける少女 デジタル・リマスター版(DVD)(2011年6月24日、角川映画、DABA-0802)
  • 時をかける少女 ブルーレイ(Blu-ray Disc)(2012年9月28日[41]、角川映画、DAXA-4259)
  • 時をかける少女 4K Scanning Blu-ray(Blu-ray Disc)(2014年12月5日、KADOKAWA、DAXA-4621)
  • 時をかける少女 角川映画 THE BEST(DVD)(2016年1月29日[42]、KADOKAWA、DABA-91119)

関連作品[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

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  1. ^ 転校生』の製作者でATG代表の佐々木史朗が、後にATGでもう一度公開(大林宣彦の映画談議大全《転校生》読本、562頁)。
  2. ^ 『時をかける少女』の記録(スクリプター)。
  3. ^ 薬師丸は『セーラー服と機関銃』(1981年)で女優・歌手として人気絶頂となる中、大学受験のため芸能活動を休止。『探偵物語』は1年半ぶりの復帰作として注目されていた。
  4. ^ この年も、1983年と同じ曜日配列だった

出典[編集]

  1. ^ 1983年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m (映画の旅人)「時をかける少女」 時空を超えた宝物 : 広島県竹原市・尾道市」〈1983年〉”. 朝日新聞「Be on Saturday」 (2015年2月14日). 2015年3月13日閲覧。(映画の旅人)「時をかける少女」 時空を超えた宝物”. 朝日新聞「Be on Saturday」 (2015年2月14日). 2015年3月13日閲覧。
  3. ^ a b 【1983年7月】時をかける少女/宣伝費6億円 ユーミンが本気になった原田知世
  4. ^ a b c d e f 「大林宣彦×角川春樹 『時をかける少女』原田知世を語ろう」 - 「週刊現代」2012年8月4日号、p170-173
  5. ^ 『大林宣彦のa movie book尾道 新版』たちばな出版、2001年、195頁。ISBN 4-8133-1380-9
  6. ^ 大林宣彦監督、故郷・尾道での新作製作に意欲 ... - 映画.com
  7. ^ 『いつかギラギラする日』、165頁。
  8. ^ a b c 角川ヘラルド発売のDVDに収録された大林宣彦インタビューによる
  9. ^ 時をかける少女|プログラム一覧|優秀映画鑑賞推進事業
  10. ^ a b #中川P12-17
  11. ^ 『いつかギラギラする日』、163頁。
  12. ^ 『角川映画 1976‐1986 日本を変えた10年』、190頁。
  13. ^ a b #中川 p191。
  14. ^ a b c d e 『角川映画 1976‐1986 日本を変えた10年』、192頁。
  15. ^ 『いつかギラギラする日』、173頁。
  16. ^ a b c d e f g #30年史P1、106-121
  17. ^ a b c 高柳良一の全仕事-「時をかける少女」――そのフレームの外にあった風景
  18. ^ a b c イメージフォーラム1983 8月号 No.35製作ノート〈時をかける少女〉
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    鋭い映画批評で人気の宇多丸、人生に影響を与えた作品は?
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参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]