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豊川駐屯地

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
豊川駐屯地
正門
正門
位置
地図
所在地 愛知県豊川市穂ノ原1-1
座標 北緯34度50分1.3秒 東経137度22分51.6秒 / 北緯34.833694度 東経137.381000度 / 34.833694; 137.381000座標: 北緯34度50分1.3秒 東経137度22分51.6秒 / 北緯34.833694度 東経137.381000度 / 34.833694; 137.381000
概要
駐屯地司令 第6施設群長 兼任
主要部隊 第6施設群
第49普通科連隊
第10偵察戦闘大隊
中部方面特科連隊第2大隊ほか

開設年 1950年
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豊川駐屯地(とよかわちゅうとんち、JGSDF Camp Toyokawa)は、愛知県豊川市穂ノ原1-1に所在し、第6施設群等が駐屯している陸上自衛隊駐屯地である。駐屯地司令は、第6施設群長が兼務。最寄の演習場は、千両演習場日吉原演習場

沿革

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警察予備隊豊川駐屯地

  1. 第61連隊が編成され、第61連隊長が駐屯地部隊長に職務指定。
  2. 第1連隊第3大隊が編成。
  3. 第1施設大隊が編成。
  • 1952年(昭和27年)1月5日:部隊改編。
  1. 第510施設大隊が福知山駐屯地から移駐し、第1施設大隊に改編[2]
  2. 従来の第1施設大隊は第510施設大隊に改編[2]

保安隊豊川駐屯地

陸上自衛隊豊川駐屯地

  • 1954年(昭和29年)
    • 7月1日:陸上自衛隊へ移管[4]。第500建設群が第1建設群に称号変更し、第1建設群長が駐屯地司令に職務指定[5]
    • 9月10日:第101建設大隊が金沢駐屯地から移駐。
    • 10月27日:第103建設大隊が豊川駐屯地で編成。
  • 1960年(昭和35年)
    • 3月15日:部隊移駐。
    1. 第1建設群が朝霞駐屯地に移駐。
    2. 第103建設大隊が船岡駐屯地へ移駐。
  • 1958年(昭和33年)12月1日:第313地区施設隊が新編。
  • 1964年(昭和39年)3月24:第313地区施設隊が岐阜駐屯地へ移駐。
  • 1973年(昭和48年)3月27日:第101建設大隊を基幹として第6施設群が新編。
  • 1991年(平成03年)3月29日:第10特科連隊第6大隊が第10高射特科大隊として分離独立し、師団直轄部隊となる。
  • 2000年(平成12年):駐屯地創立50周年記念式典。
  • 2004年(平成16年)3月29日:第10師団の戦略機動師団への改編に伴う部隊改編。
  1. 第49普通科連隊が新編され、第10師団に隷属。
  2. 第10後方支援連隊第2整備大隊特科直接支援中隊(第10特科連隊を支援)を新編。
  3. 第10後方支援連隊第2整備大隊高射直接支援隊(第10高射特科大隊を支援)を新編。
  • 2014年(平成26年)3月26日:師団改編(即応予備自衛官訓練終了)に伴う部隊改編。
  1. 第10特科連隊が5個大隊編成から3個大隊編成に縮小改編。
  2. 第49普通科連隊が第10師団隷下で廃止され中部方面混成団隷下に新編。
  3. 第10後方支援連隊第2整備大隊第4普通科直接支援中隊(第49普通科連隊を支援)が中部方面後方支援隊第306普通科直接支援中隊に改編。
  • 2023年(令和05年)12月1日:豊川駐屯地自動車教習所設置者が第10特科連隊長から第10高射特科大隊長に変更[8]
  1. 第10特科連隊を廃止し、方面隊直轄の中部方面特科連隊第2特科大隊を新編。
  2. 中部方面特科連隊情報中隊(姫路駐屯地)の第2情報小隊を配置。
  3. 第10後方支援連隊第2整備大隊特科直接支援中隊(第10特科連隊を支援)を改編し、第308特科直接支援中隊第2特科直接支援小隊(中部方面特科連隊第2特科大隊を支援)を新編。
  4. 第10偵察隊春日井駐屯地)と第10戦車大隊今津駐屯地)を統合し、第10偵察戦闘大隊を新編。
  5. 第10後方支援連隊第2整備大隊偵察戦闘直接支援隊(第10偵察戦闘大隊を支援)を新編。
  6. 駐屯地司令職を第10特科連隊長から第6施設群長に移管[10]

駐屯部隊

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中部方面隊隷下部隊

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防衛大臣直轄部隊

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共同の機関

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近傍施設

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最寄の幹線交通

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重要施設

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特徴

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戦前、東洋一の規模を誇った豊川海軍工廠跡地に開設されており、飛行場を持たない駐屯地としては中部方面隊最大の面積を誇る。

創設以来、阪神淡路大震災、ロシアタンカー重油流出、新潟県中越地震や、東日本大震災などの災害派遣、カンボジアPKO派遣イラク人道復興支援などの国際貢献に参加した。

2024年4月の部隊改編により、普通科、機甲科、野戦特科、高射特科、施設科の5職種の部隊が駐屯することとなった。特に師団司令部等の所在する駐屯地以外で戦闘職種が揃って駐屯するのは稀[11]

脚注

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  1. ^ 朝雲新聞社編集局 編『陸上自衛隊20年年表』朝雲新聞社、1971年9月20日。 
  2. ^ a b 『第一管区隊史 保安隊編』保安隊第一管区総監部、1958年。 
  3. ^ 『第一管区隊史 保安隊編』保安隊第一管区総監部、1958年。 
  4. ^ 自衛隊法施行令(昭和29年政令第179号)”. 国立公文書館デジタルアーカイブ. 2016年5月15日閲覧。
  5. ^ 『官報』本紙 第8275号(昭和29年8月3日)
  6. ^ 自衛隊年表(防衛庁長官官房広報課・1962)
  7. ^ 『官報』本紙 第9968号(昭和35年3月16日)
  8. ^ 蒼空新聞”. 第10高射特科大隊. 2024年4月16日閲覧。
  9. ^ ぼうえい 東海防衛だより 2023 令和5年 冬”. p. 4. 2024年2月19日閲覧。 “第10特科連隊の活動など”
  10. ^ 防衛省発令(1佐職人事)2024年3月21日付
  11. ^ 豊川駐屯地の定員15%減 陸自部隊改編、偵察戦闘大隊など新設:中日新聞Web”. 中日新聞Web (2024年3月22日). 2024年8月21日閲覧。

参考文献

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  • 豊川駐屯地 三河史料館

外部リンク

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