霞ヶ浦駐屯地

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霞ヶ浦駐屯地
所在地 茨城県土浦市右籾町2410
座標 北緯36度2分4秒 東経140度11分35秒 / 北緯36.03444度 東経140.19306度 / 36.03444; 140.19306座標: 北緯36度2分4秒 東経140度11分35秒 / 北緯36.03444度 東経140.19306度 / 36.03444; 140.19306
駐屯地司令 関東補給処長 兼務
主要部隊 関東補給処
航空学校霞ヶ浦校
ほか
開設年 1953年
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霞ヶ浦飛行場
IATA: ? - ICAO: RJAK
概要
国・地域 日本の旗 日本
所在地 茨城県土浦市右籾町
種類 軍用
所有者 防衛省
運営者 陸上自衛隊
標高 25 m (82 ft)
座標 北緯36度02分04秒 東経140度11分35秒 / 北緯36.03444度 東経140.19306度 / 36.03444; 140.19306
地図
空港の位置
空港の位置
RJAK
空港の位置
滑走路
方向 ILS 長さ×幅 (m) 表面
06/24 550×15 芝生
リスト
空港の一覧
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霞ヶ浦駐屯地の位置
霞ヶ浦駐屯地の位置
RJAK
霞ヶ浦駐屯地の位置
霞ヶ浦飛行場付近の空中写真。(1984年撮影)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

霞ヶ浦駐屯地(かすみがうらちゅうとんち、JGSDF Camp Kasumigaura)は、茨城県土浦市右籾町2410および阿見町に所在し、関東補給処等が駐屯する陸上自衛隊駐屯地である。南側に隣接する茨城県道203号荒川沖阿見線を越えた位置に航空学校霞ヶ浦校が使用している霞ヶ浦飛行場が、隷属する分屯地として朝日分屯地がある。

駐屯地司令は、関東補給処長が兼務。

概要[編集]

  • 時々間違えられるが、土浦市に所在する関東補給処は霞ヶ浦駐屯地、霞ヶ浦に面している武器学校は土浦駐屯地(所在地は茨城県稲敷郡阿見町)である。以前は最寄りの常磐線荒川沖駅から専用線が敷かれており、昭和50年頃までは年に数回(主に年度末に)貨物列車が通っていた。現在は線路が撤去され、併走の道路が拡幅されている。

沿革[編集]

  • 1953年(昭和28年)2月11日:保安隊の駐屯地として新設[1]
  • 1954年(昭和29年)
    • 2月11日:武器補給処の開庁式[2]
    • 7月1日:陸上自衛隊へ移管[3]
  • 1998年(平成10年)3月:武器補給処を廃止し、関東補給処を新編
  • 2002年(平成14年)3月:東部方面後方支援隊新編に伴い方面武器隊隷下の第306武器野整備中隊を第101全般支援隊に改編
  • 2008年(平成20年)3月29日:空自第3高射隊にPAC-3を配備

駐屯部隊・機関(霞ヶ浦駐屯地)[編集]

東部方面総監直轄部隊・機関[編集]

防衛大臣直轄部隊・機関[編集]

配置部隊(霞ヶ浦分屯基地)[編集]

中部航空方面隊隷下部隊[編集]

航空管制[編集]

TWR
122.2MHz,123.1MHz,126.2MHz,138.05MHz,140.5MHz,141.75MHz

最寄の幹線交通[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 保安庁法施行令の一部を改正する政令(昭和28年政令第18号)”. 国立公文書館デジタルアーカイブ (1953年2月10日). 2017年6月29日閲覧。
  2. ^ 『波乱の半世紀 陸上自衛隊の50年』 朝雲新聞社編集局、朝雲新聞社、2000年9月15日、251頁。ISBN 978-4750980157
  3. ^ 自衛隊法施行令(昭和29年政令第179号)”. 国立公文書館デジタルアーカイブ (1954年6月30日). 2016年6月19日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]