貴景勝光信
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基礎情報 | ||||
四股名 | 佐藤 → 貴景勝 | |||
本名 | 佐藤 貴信 | |||
愛称 | タカノブ[1]、芦屋の暴れん坊[2] | |||
生年月日 | 1996年8月5日(23歳) | |||
出身 | 兵庫県芦屋市 | |||
身長 | 175cm | |||
体重 | 170kg | |||
BMI | 55.51 | |||
所属部屋 | 貴乃花部屋→千賀ノ浦部屋 | |||
得意技 | 突き・押し | |||
成績 | ||||
現在の番付 | 東大関2 | |||
最高位 | 東大関2 | |||
生涯戦歴 | 237勝129敗27休(32場所) | |||
幕内戦歴 | 149勝94敗27休(18場所) | |||
優勝 |
幕内最高優勝1回 十両優勝1回 幕下優勝1回 序二段優勝1回 序ノ口優勝1回 | |||
賞 |
殊勲賞3回 敢闘賞2回 技能賞2回 | |||
データ | ||||
初土俵 | 2014年9月場所 | |||
入幕 | 2017年1月場所 | |||
趣味 | 睡眠 | |||
備考 | ||||
金星3個 (日馬富士2個、稀勢の里1個) | ||||
2019年11月24日現在 |
貴景勝 光信(たかけいしょう みつのぶ、1996年8月5日 - )は、兵庫県芦屋市出身で、千賀ノ浦部屋(入門時は貴乃花部屋)所属の現役大相撲力士。本名及び2016年11月場所までの四股名は佐藤 貴信(さとう たかのぶ)。身長175cm、体重170kg、血液型はO型[3]。得意手は突き、押し。最高位は東大関2(2019年5月場所-2019年7月場所、2019年11月場所)。好物は肉、寿司[4]。趣味は睡眠[5]。
目次
来歴[編集]
幼少期~小学生時代[編集]
兵庫県芦屋市出身で、本名の「貴信」は当時現役の横綱だった貴乃花から1字を取ったものであり[6]、そこに織田信長の「信」の字を加えてある。父は「男に生まれたからには、天下を取らないと駄目だぞ」という思いを込めてこの名前を付けたという。[7]幼少期はK-1ブームの中で過ごし、ジェロム・レ・バンナ、ボブ・サップなどのヘビー級の選手たちの試合をよく観戦していた[4]。
貴信少年は5歳から仁川学院小学校3年次まで極真空手を習い、全国大会で準優勝の実績を残したが、決勝で受けた判定に納得がいかなかった[8]。「おかしい判定(反則)で負けにされた。判定がある競技はやりたくないと思った」[2]と空手をやめた。空手を教えていた父親が「身体能力、闘争心などを考えると、いい大学に入れるだけではもったいない」と考えていたため、その後興味を持った相撲に転向[9]。3年生からは地元の道場(関西奄美相撲連盟)に通い始め[4][10]、小学校4年生から6年生の間までは芦屋の実家から東京にある貴乃花部屋のキッズクラブまで稽古に通った[11]。小学校時代は4年次にわんぱく相撲で全国3位、5年次に2位、6年次に3位の成績を収めている。
この時代、1回の食事で450gのハンバーグ3枚、牛丼特盛り3杯などのノルマを父に課せられ、小学4年生の頃に30㎏だった体重を2年間で約40㎏増加させた[4]。増量のために食費は1ヶ月で30万円を費やした[12]。2017年秋巡業中に行われた神取忍によるインタビューでは、数日間で約20㎏増加したこともあった旨を明かした[8]。父は仕事があるにもかかわらず中々食べ終わらない息子に付き合ったため、貴信少年は投げ出すことができなかったという[4]。この増量に伴い学級で最も早かった短距離走が、最も遅くなり、リレー選手に選ばれなくなったり、一時期ハンバーグが嫌いになったりしてしまったとされる[2]。因みに、ハンバーグは高校時代に食べた時、食べさせられている場合と自分から食べていることの違いを感じ、2019年2月24日放送分の『ジャンクSPORTS』では寧ろ「今では大好き」と話している[13]。食事のみならずトレーニング内容も父が考案した独特のもので、四つ足歩行での階段昇り、後ろ姿の坂道ダッシュなど、芦屋ではその行動から父子が奇人扱いされることもあった[4][11]。相撲を始めたばかりで体が小さかった頃から「関取になる」と宣言していたが、周囲からは当初笑われたという[14]。
中学~高校生時代[編集]
小学校卒業後は相撲の強豪校のひとつである報徳学園中学校に進学し、3年次に全国中学生相撲選手権大会に優勝し中学生横綱のタイトルを獲得するなどの活躍をした。その大会の決勝戦では後に大相撲でライバルとしてぶつかり合う打越奎也と顔が合った[15]。2年次まで全く結果を出せず、角界入門もしくは高校進学に伴い7年間受け続けた父の指導から離れる前に父に恩返しできずに終わってしまうのではないかと不安に思っていた貴信少年にとって、この優勝は後に関取になったことよりもうれしかったという[4]。中学時代には宇良と稽古をすることがあったが、宇良との対戦成績は「五分五分」であったという。中学卒業後は角界入門か高校進学かで悩んでいたが、埼玉栄高校の相撲部監督である山田道紀から「プロで活躍したいのなら、栄に来なさい」と勧誘されて高校進学を選んだ[4]。
埼玉栄高校には普通科アスリートコースに特待生として入学した。中学横綱のタイトルを獲得したこともあって高校入学当初の佐藤はやんちゃ坊主であり、先輩にタメ口を聞くなど勘違いした行動が目立ったが、山田の指導によって礼儀作法を身に着けた。また、中学横綱であろうと先輩は容赦なく礼儀作法を教え、箸の上げ下げなども佐藤は細かく注意された。掃除、洗濯、米炊きなどもほかの部員と同じようにやらされる中で、食事を作ってもらえることや洗濯をしてもらえることが当たり前ではないと気付いた。実家でのハンバーグ中心の食生活で脂肪が多く付いていた体は、厳しい稽古と野菜中心の食生活によって130㎏から10㎏以上減って筋肉質なものに変わっていった。
相撲に関しては「最初から手がかからなかった」と山田が振り返るほど真摯であったといい、ある冬の夜の自主練習では通常より数段負荷がかかる爪先立ちで寒い稽古場に湯気が立つほど四股をやり込んでいた[16]。高校時代に修学旅行が行われた際にも「旅行で5日も休んだら、弱くなるよ」と言われ稽古に明け暮れた[17]。寮では山田が朝5時に起きて全員分のちゃんこを作ってくれていたので選手達は山田のために優勝しようという共通した思いを込めて相撲に取り組んだ[4]。
山田監督のもと関東高等学校相撲選手権大会の無差別級で2連覇。全日本ジュニア相撲選手権大会の無差別級2連覇。他、高校全国大会7タイトル獲得。3年次に台湾で行われた世界ジュニア相撲選手権大会の無差別級で優勝[18]するなど多くの大会で抜群の成績を残した。
入門後[編集]
2014年[編集]
高校卒業後の進路はかねてより角界入門を希望しており、当初は2014年10月開催の国体終了後に入門する予定であった貴信少年だが、「プロへの気持ちが日に日に高まった」[6]という理由で国体を待たずに、同年9月場所で貴乃花部屋に入門し、本名を四股名にして初土俵を踏んだ。高校在学中(卒業内定前)に角界入りした力士の前例はあったが[19]、9月場所での入門は異例の早さであり、入門以降は高校に通い卒業を目指して勉学に励む傍らで本場所の土俵に上がり番付を上げることとなった[20]。尚、高校は最終的に原級留置も中途退学もすることなく2015年3月に卒業した[21]。
入門当初、現在と変わらず小柄な佐藤は、碧山の腕の太さや栃ノ心の太ももの太さを見て、大相撲では戦っていけないと自信を喪失した。当初の周囲の予想では関取は無理だと思われていた[22]。初めて番付に名前が載った2014年11月場所は7連勝で序ノ口優勝[23]。
2015年[編集]
続く2015年1月場所は序二段優勝と順調に白星を重ねた[24]。東三段目18枚目に上がった3月場所の3日目で入門後初黒星を喫して連勝は15で止まったが[25]、最終成績を5勝2敗として、続く5月場所で幕下に昇進。初の幕下で土付かずの6連勝としたが、13日目の7番相撲で髙木(現・髙立)との相星決戦に敗れて幕下優勝はならなかった[26]。9月場所でも再び土付かずの6連勝としたが、星違いで幕内経験者の東龍に敗れてまたもや7戦全勝とならず、6勝1敗となった8人でトーナメント形式の優勝決定戦に出場したが、決勝戦で千代翔馬に敗れて再び幕下優勝を逃した[27]。その後は西幕下7枚目まで上がった11月場所で3連勝のあと4連敗で初めての負け越しを経験。
2016年[編集]
一旦番付を下げて、東幕下9枚目で迎えた2016年3月場所ではみたび土付かずの6連勝。13日目の7番相撲は幕内経験者の大岩戸との相星決戦を叩き込みで制し、3度目にしてようやく7戦全勝で幕下優勝を果たした[28]。場所後の番付編成会議で5月場所での新十両昇進が決定した[29]。
東十両13枚目で迎えた5月場所は新十両力士としては15日制定着以降史上6人目(その中でも10代では史上初)となる無傷の8連勝で勝ち越しを決め[30]、9日目で初黒星を喫したが14日目に2敗同士で千代の国との直接対決に敗れるまでは優勝争いの先頭に立つ[31]など、千秋楽まで優勝争いを展開した(この場所の十両優勝は千代の国)。因みに優勝を逃したことにより新十両で中日勝ち越しを達成しながら優勝を逃すという、15日制定着以降では初の珍記録を作った[32][33]。7月場所では負け越したが、9月場所では10勝5敗、11月場所では12勝3敗で自身初の十両優勝を決め、2017年1月場所での新入幕を確実にした。佐藤は「素直にうれしいです。まずは本割の一番に勝たないといけないという気持ちでした。もう一番やるつもりでやっていたのが、気が抜けたというかびっくりしました。徐々に喜びが湧いてきました」と優勝の余韻に浸った。新入幕の土俵に関しては「いい相撲を取らないと新入幕では通用しないんで、もっと力をつけないといけない」と気持ちを新たにし、将来の目標については「三役を目指したいです」と言い切った。[34]。場所後には、新入幕と同時にそれまで本名のままだった四股名を、上杉景勝にちなんで「貴景勝光信(たかけいしょう・みつのぶ)」へ改名した[35][36]。
2017年[編集]
新入幕となった2017年1月場所は、初日から自分の相撲を取れず4連敗、しかしそこから4連勝で星を戻した。しかし9日目から3連敗を喫し、14日目に十両の大栄翔に敗れて8敗目、千秋楽は勝利をあげたが結局7勝8敗と新入幕勝ち越しとはならなかった。2017年3月場所前の座談会では1月場所前の冬巡業で足首を捻っていたらしいと甲山(元幕内・大碇)や竹縄(元関脇・栃乃洋)から明かされた[37]。3月場所は3勝3敗の7日目以降8勝1敗と大きく星を伸ばし、最終的に11勝4敗で敢闘賞を受賞した。5月場所は2場所連続となる11勝4敗の好成績。特に11勝目はこの時点で同じ20歳でこの場所新入幕の阿武咲を破って得た白星であった。激しいぶつかり合いを押し出しで制し「すごくうれしい。同い年、幕内で唯一の同級。小さい頃から知っている相手と、最高の舞台で戦えることがうれしいです」と声を弾ませた[38]。この場所で琴奨菊が東関脇2枚目で7勝8敗と負け越し、平幕で11勝を挙げた力士の中で貴景勝は最も高地位であったため、番付運次第では7月場所での新三役も有り得たが、三役から平幕に落ちる力士がいなかったため7月場所での新三役を逃した。それでも7月場所は西前頭筆頭まで地位を伸ばした。7月場所4日目の白鵬戦では突き合いとなり、途中で離れたまま相撲が止まり、白鵬がぶつかり稽古のように胸を出すポーズを取った。8秒の間ができたが、呼びこまれるように差しに行った貴景勝はそのまま寄り切られて敗戦[39]。結局大関以上との対決ではこの場所1勝しただけで休場した照ノ富士以外からは白星を得られず、5勝10敗と上位陣の壁に阻まれた。9月場所は一進一退の星取りであったが14日目に6敗目を喫するまで優勝争いに加わっており、最終的に9勝6敗の勝ち越し。この場所は優勝した日馬富士から金星を獲得したことが評価され、殊勲賞を獲得[40][41]。同学年の親友で、中学時代から全国大会で何度も顔を合わせている阿武咲がこの場所5日目に日馬富士から金星を奪ったことに刺激を受け「俺が先に行きたかった」と悔しがっていたが、自身も遅れること5日、念願の金星獲得となった[41]。千秋楽の支度部屋では「8勝ではもらえないと思っていたので、今日勝とうと臨んだ。今場所はしっかり押し相撲が取れて、自分の相撲を貫けた」と納得している様子だった[42]。この場所は阿武咲も共に三賞を受賞したが、満年齢で言って最年少の幕内力士2人が揃って三賞を受賞した例としては5例目[43]。2017年11月場所では横綱・日馬富士、さらに稀勢の里からも金星を獲得した。この場所は11勝4敗で殊勲賞を受賞し、2018年1月場所での三役昇進を確定的なものとした。千秋楽のインタビュールームでは「かっこ悪いところを見せないように、がんばりました。」「実力がないので、気持ちでいくしか自分にはないので、集中して何も考えずに無心でいったのが良かった」と場所を振り返り、スポーツ紙各社の取材には「上位陣にも無心でいきました、自分が緊張する必要はないので胸を借りる気持ちでいくだけです」「実力と自分の相撲をもっと磨いてから結果は後からなので、とにかくもっと強くなりたいです」と語った[44]。
2018年[編集]
2018年1月場所は部屋の兄弟子貴ノ岩が被害者となった暴行問題に対して調査への協力を拒絶した貴乃花が理事を解任される事態となった上で迎えたが、自身は「大丈夫。場所で頑張るだけ」と影響を否定した[45]。しかし場所は5勝10敗と大敗に終わり、新三役場所は幕内上位の壁に跳ね返された格好となった。西前頭3枚目で迎えた3月場所は6日目までに両関脇を破るなど3勝3敗の成績だったが、場所前から痛めていた右足首の状態が悪くなり、精細を欠く内容で7日目から4連敗。そのまま場所11日目に「右足部挫傷で疼痛著明であり、約6週間の安静を要する見込み」との診断書を提出し、同日より入門以来初の休場。この休場の悔しさから心機一転し、大好物のファーストフードと炭酸飲料を止め、栄養学についての勉強を始め、20種類以上のサプリメントを摂取するようになった[22]。西前頭10枚目に番付を落とした5月場所は7日目までに幕内下位の力士を相手に2勝5敗と苦しんだが、中日以降は8連勝と調子を取り戻して10勝5敗。西前頭3枚目で迎えた7月場所は、2大関1関脇、さらに同場所好調だった平幕・朝乃山に勝つなど存在感を発揮し、前場所に続いて10勝5敗。9月場所は4場所ぶりの小結に復帰し、9勝6敗と三役で初めて勝ち越した。
2018年10月1日より、師匠貴乃花の日本相撲協会退職に伴い自身が所属する貴乃花部屋が消滅し、元小結・隆三杉が師匠を務める千賀ノ浦部屋に移籍[46]。
2018年11月場所、初日に横綱の稀勢の里、2日目に大関の豪栄道に勝つなど6連勝と好調、7日目に御嶽海に敗れるものの、その後も好調を維持。14日目に優勝争いをしていた高安との直接対決には敗れたものの千秋楽は勝利、その千秋楽で優勝を争っていた高安が本割で敗れたため、小結において13勝2敗の成績で幕内初優勝を果たした。同優勝にまつわる記録は次の通りである。
- 小結の幕内優勝は事例が少なく、21世紀以降では初[47]、平成以降では2000年5月場所で優勝した魁皇(現・年寄:浅香山)以来18年6ヶ月ぶり4例目、1場所15日制定着(1949年5月場所)以降では6例目、昭和以降では9例目(小結#記録を参照)と、数える程度しかない。
- 22歳3ヶ月での初優勝は、年6場所制定着(1958年)以降では6番目の年少記録[48]。
- 初土俵から所要26場所目での初優勝は、年6場所制定着以降では1992年5月場所で初優勝した曙と並んで4番目に早い記録[48]。
- 初優勝の時点で関脇以上に在位歴がなかった小結力士の優勝は1993年3月場所の若花田(後の66代横綱・若乃花)以来5例目。
2019年[編集]
2019年1月場所は新関脇として臨み、直近2場所が三役(小結)だったため、成績次第では「三役に3場所連続で在位して延べ33勝」の目安をクリアでき、大関昇進の可能性があった。同場所は4日目に横綱・稀勢の里が引退したり休場者が続出し、中日の「平成最後の天覧相撲」も盛り上がりに欠ける相撲が目立ったが、貴景勝は阿武咲との対戦を押し出しで制し、存在感を見せつけた[49]。10日目に高安に敗れた時点で7勝3敗となり、同日時点で10戦全勝だった白鵬と3差で優勝争いからは遠ざかった。しかし白鵬が11日目より3連敗し14日目より休場、一方で自身が白鵬戦勝利も含め連勝を続けたことで、14日目を終えた時点で2敗の玉鷲を3敗で追う形となり、他力ながら連覇の可能性が生じた。もし千秋楽の本割で玉鷲が敗れ自身が勝ち、続く優勝決定戦で自身が玉鷲に勝てば、大相撲の優勝制度導入以降初の関脇以下での連覇を達成するところだったが、玉鷲の勝利によりその可能性は消滅、直後の大関・豪栄道戦では押し出しで完敗し最終成績は11勝4敗となった。勝った11番中9番が押し出しと押しに徹した場所であり、押し相撲を評価されて技能賞を初受賞[50]。直近3場所で三役に在位した上で合計33勝を挙げたが、2018年11月場所に上位陣との対戦が少なかったこと、時々見せる引き技など相撲内容が良くなかったこと、千秋楽で大関の豪栄道に完敗したことを理由に大関昇進は見送りとなった[51]。阿武松審判部長は「もう1場所見せていただきたいと思います」と審判部としての見解を示し、さらに2018年9月場所が9勝止まりであったことにも触れた[52]。
2019年初頭の一部報道では「『組んだら幕下以下』という押し相撲一辺倒である部分から現状では将来性が乏しいのでは?」という、後に大関昇進を見送られることに対する兆候を感じ取ったとも捉えられる分析も見られた[53]。ただ、阿武松審判部長は、3月場所で10勝以上することが大関昇進の最低ラインと答え、場所前の相撲誌の記事では「10勝以上すれば、当確ランプがともる」と報じられた[54]。1月場所千秋楽で右足裏を痛めて本格的な稽古の再開は3月1日まで待ったが、稽古再開のその3月1日には出稽古に来た逸ノ城に対して好調を示した[55]。
2019年3月場所は10日目の鶴竜戦で勝ち越しを果たす[56]も、14日目まで9勝5敗と以降は失速し、阿武松審判部長から「千秋楽の内容次第」と大関昇進について見解を示され、千秋楽を7勝7敗で迎える角番大関の栃ノ心との一番に昇進の行方が懸った[57]。結果大関栃ノ心に完勝して10勝5敗で今場所を終えた。千秋楽の白星を収めた一番については「今場所は、父親が見にきたときに全部負けていて情けなかったので、最後に勝ててよかった」と話した。阿武松審判部長は「私の記憶に残る中でこれだけ押し相撲で安定して白星を挙げられる力士はいなかった」と押し相撲を貫いた強さを高く評価し[58]、協会に貴景勝の大関昇進を諮る臨時理事会を要請し了承された。これにより貴景勝の大関昇進は確実と報じられる[59]。27日に正式に大関に昇進した。なお千秋楽の貴景勝-栃ノ心戦の結果により、逆に栃ノ心は大関からの陥落が確定したため、5月場所の番付は3大関で番付上の大関の人数としては変わらないが、27日に貴景勝が大関に昇進した後も、5月場所の番付発表までは栃ノ心は大関として扱われるため、その期間は4大関となる。
前相撲から取って初土俵から所要28場所での大関昇進はこの時点で年6場所制定着(1958年)以降日本出身力士としては史上1位、全体でも史上6位のスピード記録である[60]。「押し相撲一本やりで大関に昇進したのは大受以来のことである」という声も聞かれた[61]。昇進伝達式では「大関の名に恥じぬよう、武士道精神を重んじ、感謝の気持ちと思いやりを忘れず相撲道に精進してまいります」と口上を述べた[62]。
4月20日の春巡業柏場所では高安、栃ノ心と自身の新旧大関による申し合いが行われたが、5勝8敗。この春巡業で相撲を取る稽古は1週間ぶり2度目だが、調整の出遅れをうかがわせた。しかし、「前回に比べて全然いい。もう1段階、体を膨らませればもっと良くなる。なかなか(3大関での稽古は)できることではない。いい稽古ができました」と本人は焦らなかった[63]。
また、大関昇進に伴い、母校の埼玉栄高校から新しい化粧まわしが贈られた。先輩大関豪栄道の昇進時の際も、母校から化粧まわしが贈られていた。関係者からは、「学校から2人目の大関。気持ちを込めて贈りたい」と明かした。また、貴景勝は、この日、群馬県の高崎市での春巡業で、2日連続となる申し合い稽古を8番とった。貴景勝は、「この2日間はどれくらい体が動くか確かめた。勝ちにこだわるから内容も考える」と、新大関場所へ気合を入れた[64]。ところが5月6日の横綱審議委員会の稽古総見では、白鵬を除く三役以上の力士との申し合いで3勝8敗と不調が伝えられた。鶴竜らを押し切れずにつかまる内容が目立った[65]。
2019年5月場所、2勝1敗で迎えた4日目に寄り切りで御嶽海に勝利したが、この取組で右膝内側側副靱帯を損傷。このため5日目(5月16日)からは休場となった[66][67]。20代千賀ノ浦は「無理に(相撲を)取って相撲人生を終わらせるわけにはいかない。ゆっくり時間をかけて治して欲しい」と話した[68]。休場が発表された際に公開されたスポーツメディアの記事によると、場所前のニ所ノ関一門の連合稽古の時点で既に首を痛めていた様子[69][70]。しかし貴景勝本人は17日深夜に痛みが引いたとして、千賀ノ浦に出場を直訴した。このため千賀ノ浦は取り口について「(四つ相撲をしようとせず)突き、押しのいつもの自分の相撲を取って、絶対に下がるな」と念を押し、「再び痛みが出た際には半ば強制的にでも休ませる」ことを条件に提示。本人がそれを了承したため、千賀ノ浦は8日目(5月19日)からの再出場を認める意向を明らかにした[71][72]。
元師匠である貴乃花は5月19日の「一般社団法人 貴乃花道場」設立を発表する会見において、マスコミからの質問に対して「貴景勝が大関に上がってくれたっていうことが、私の何よりの喜びで、今日からまた再出場するものですから」と述べたうえで、自身が協会を退職している立場から「直接は教えることができないんですけれども、生き様というか、生きようを今場所残りの相撲でどれだけ教えてくれるかという期待感と、まだ上がありますので、目指してほしい」と願う発言をしている[73]。
再出場の8日目に碧山にはたき込みで敗れ、3敗目(2休)を喫した[74]。なすすべもない敗退で、土俵下で一番を見ていた高田川審判長は「出たからにはちゃんとした所作でないと、相手にも失礼。出たことで、もし大きなけがをしたら、相撲人生にかかわる」とコメントし[75]、NHK専属解説者の北の富士も中日新聞に連載中のコラム「はやわざ御免」で「貴景勝は休んだ方が良いと思う。以上。」と述べるなど[76]、関係者の反応は厳しいものであった。貴景勝本人は支度部屋では「いつも通り。万全」と取材に対応していたが、打ち出し後に千賀ノ浦が本人と会談し「相撲人生は長いから、我慢して無理はするな」と伝えた事を明かした。本人は出場の意志を示したが、夜11時30分頃に千賀ノ浦が電話で「休場しよう」と本人に伝え、最終的には9日目(5月20日)から再休場となった[77][78][79]。再休場の診断書には、新たに「右膝骨挫傷」の診断結果も加わった[80]。千賀ノ浦は「(再出場は)間違ったことはなかった。本人も経験して、相撲を取って納得したのでは。(休場は)昨日の相撲を見て判断した。休場は本人も考えていたかもしれない」と説明したうえで、再々出場については「一切ありません」と否定した[81]。稽古再開時期は未定で、5月場所中は治療目的以外の外出はせず、安静にするよう指示したという[82]。
7月場所前の6月12日に千賀ノ浦部屋で稽古を再開した[83]。医師やパーソナルトレーナーなどの膝専門チームのサポートを受けてリハビリとトレーニングに励んでおり、師匠の千賀ノ浦も方針に理解を示しているという[84]。7月場所出場の可否については「あと1か月弱、チームの人とも『この週にこういう事が出来たら出られる、出られない』というところでやっている。出られるのであれば出たい。そういう中でやっている。焦る必要はないけど」「治らなければ来場所休んで、また次を目指すしかない」と本人が説明した[85][86]。同月16日には都内で大関昇進披露宴が行われ、八角理事長や芝田山広報部長、横綱・白鵬・鶴竜、荒磯ら協会関係者をはじめ、両親、埼玉栄高の山田道紀監督、プロレスラーのオカダ・カズチカら約2000人の出席者が祝福に訪れている[87][88][89]。
7月場所は番付発表後となる6月29日になっても実戦的な稽古に復帰できないなど調整の遅れが報じられた[90]。7月2日、名古屋入りして初めて稽古に出てきた本人は「段階を踏んでやってきた。これだったら問題ない」と記者団に話した。しかし幕下力士5人との稽古で、関取衆との稽古なしでぶっつけ本番となってしまうため、千賀ノ浦は「それなりにやったけれど、甘くはない。本人と話します」とコメント。稽古を見たNHK解説者の舞の海も「仕上がっていない。力士人生を台無しにしてしまうかも」と治療中の怪我悪化への懸念を表明した[91]。そして取組編成会議前日の4日に、出場可否の判断を先送りしたことが分かった。千賀ノ浦は「私は休場しろと説得したけど本人から『出させてほしい』とお願いされた。今日の夜までは分からない。今日中には決める」と話し、4時間にも及んだ本人との話し合いが平行線をたどったことを明かした。この日、本人は相撲を取る稽古を行わず基礎運動での調整にとどめ[92][93][94][95]、CBCの「名古屋場所前夜祭」収録に出かけた。その後、部屋に戻って再度の話し合いとなり[96][97]、最終的には千賀ノ浦の休場勧告[98]を受け入れることを同日夕に申し出た[99][100]。
この休場により大関を僅か二場所で陥落する事になった。新大関から二場所で大関を陥落するのは2000年7月場所の武双山(後に特例復帰)以来19年振り、史上3人目である[101]。「5、6年後、この経験があったから今の自分があるといえるように、気持ちを入れ直してやるしかない」「最後の番付(横綱)を目指すために治さないと」と本人はこれから先への決意を述べている[102][103][104]。
7月場所の初日となる7日、日本相撲協会は貴景勝の診断書を公表した。「右膝内側側副靱帯損傷で7月4日より5週間の加療を要する」という内容である[105]。8日目(7月13日)に千賀ノ浦は貴景勝について、14日に帰京して15日から都内で治療・リハビリに励む予定で、28日からの夏巡業には初日から参加させない方針を明らかにした。可能なら、途中合流する意向であるという。千賀ノ浦は「関取衆と相撲を取れる状態になること」を出場における一つの目安とし、「押し相撲は相撲勘が鈍るのが早い」「(稽古の)貯金というものはない。常に押し相撲をどんどんやっていって、体をぶつけないといけない」と話した[106][107]。
7月22日、横綱審議委員会の定例会合後に矢野弘典委員長は7月場所で4人いる大関が全員休場したことに苦言を呈する発言のなかで「貴景勝は(来場所)出るなら万全にしてまた大関に復帰する活躍をしてほしい」と奮起を促した[108]。
7月31日、千賀ノ浦は貴景勝が治療・リハビリに専念するため「本人とも話すが、今のところ巡業は考えていない」と述べた。しかし秋場所には「本人ももちろん出たいだろうし、私も出す考えだ」と話し、本人が関取衆との申し合い再開を「(秋場所の)番付発表(8月26日)の3日後くらいからできればベスト」と見通しを語った[109][110]。 9月1日に茨城県筑西市で行われる「どすこいペア」に招聘される予定だったが、怪我の為8月16日に招聘が出演が中止された。 9月2日の二所ノ関一門連合稽古では阿炎、阿武咲、玉鷲と計5番取って1勝4敗。これには舞の海も「とても厳しい。もしかしたら関取衆と稽古できるまで(状態は)戻っていないのかな」と不調を感じ取った[111]。
9月場所は場所前の不調とは裏腹に12日目に10勝に達し、大関特例復帰を達成した。12日目での大関特例復帰の確定は史上最速[112]。大関復帰に加えて優勝争いでも単独首位となった。しかし、大関特例復帰確定の翌日に大関・豪栄道戦で敗れ3敗に後退。本割を終えて12勝3敗同士で御嶽海との優勝決定戦に出場したが、敗れて優勝を逃す。技能賞候補に挙がっていたが大関陥落直後の場所、などの理由で受賞は見送られた[113]。千秋楽の優勝決定戦の際に左大胸筋を肉離れしており、6週間の加療機関を要すると貴景勝から説明を受けたことを、師匠の千賀ノ浦が翌23日に明かした。取組後はアイシングなどを行い、翌日午前中に都内の病院でMRI検査を受けたという[114]。「一安心したところで、まさかこういうことになるとは思わなかった。今のところ、手術をする予定はないと聞いている。下半身を鍛えることはできる。ただ、下半身を踏ん張れば、どうしたって上半身にも力が入る。やってしまったものは仕方ない。とにかく治療して、時間をかけていくしかない」と千賀ノ浦は述べている[115][116]。
10月5日から始まる秋巡業は休場と発表された[117]。しかし10月1日から部屋で稽古を再開。負傷による内出血で胸や肩、腕にかけて広範囲が紫色になっていたが、秋巡業について「自分の気持ちでは巡業も途中から出られるなら出たい」としたうえで、11月10日からの九州場所には「出る、という気持ちでやりたい」と話している。御嶽海との優勝決定戦で、立ち合いから相手を突き起こしに行った際に左大胸筋を痛めたという[118][119]。10月16日からは秋巡業に合流。大関に復帰して迎える11月場所については「治れば出るし、無理はしない。できるだけ出る方向で一生懸命やっていく。しっかりと自分を見つめ直し、けがに対する能力をもっとつけていきたい」と話した[120]。
11日に兄弟子の貴ノ富士が不祥事を受けて引退した感想を聞かれると「まだ、ちょっと実感がわかない」「単語や一文ではまとめきれない部分はある」と自身が世話になった兄弟子への複雑な思いをにじませた[121]。 大関に復帰した九州場所は、6日目までは下位の力士に3勝3敗と苦しんだが、7日目から5連勝で11日目に大関として初めての勝ち越し。だが、そこからは1勝3敗と失速し、結局、2桁勝利には届かず、9勝6敗に終わった。
取り口[編集]
短躯肥満の体型を活かした突き押しが持ち味で、立合いのもろ手突きに始まりそのまま突き切るのが貴景勝の勝ち筋とされる。一方で、四つになると全くと言って良いほど相撲にならず、捕まえられるとすぐに寄られるか投げられるかで負けることが非常に多い。後述する御嶽海戦でも、慣れないもろ差しの体制から強引に出ていこうとした結果、怪我を負う結果になってしまっている。
阿武松(元関脇・益荒雄)は2017年3月場所後の座談会で「小さな体で頑張っています。突きが強いです。寺尾(錣山親方)も突きでしたが、突きはなかなかできないです。貴景勝は体重はあってもあの小さい体で、幕内で勝ち越した。これからはこの突きを磨いていくしかないです。差したら力は幕下ですよ」と話した。一方、体形やリーチの短さの面から、瞬発力に難があり長身の突き押し力士を比較的苦手としている。引き技もよく決まるが、錣山には「貴景勝はもっと押す相撲を徹底した方がいいです。たまに引くことがあります。とにかく押すことに徹することです。誰が相手でも気持ちで負けないところが師匠の貴乃花親方(元横綱)譲りです。大砂嵐が張ってこようが、バシバシ張り返しますね。これからが楽しみです」と指摘された[122]。舞の海は2017年5月場所前の記事で「貴景勝も独特な攻めをしますね。相手を見ながらいなしながら押すというか」[123]と評した。武蔵川は2017年7月場所後ののコラムでは、馬力と15日間を戦い抜くすスタミナを必要とする旨を指摘した一方で[124]、2017年9月場所後のコラムでは「ちゃんと相手に圧力を掛けて、相手のアゴを上げてから引くので引き技が効くんだよ」と引き技を掛けるまでのプロセスについて評価した[125]。
2017年7月場所4日目の白鵬戦について浅香山(元大関・魁皇)は「あのとき見合っていったい何をしたかったのか。しかも、そこから相手を張り倒していこうというなら、状況は変わってくるかもしれないけれど、普通に当たりにいって四つに組まれて寄り切られた。ただのぶつかり稽古になっていて、それでは勝てるわけがない。相手と見合って、攻めが遅くなったり、休んだりすることは押し相撲からしたらあり得ない。それだけ相手に余裕を与えてしまっているということ。なかなか押せない横綱だからこそ、休まずに攻めて相手のバランスを崩し、押し出していかないと。21歳と若いんだから、なりふりかまわずガンガン前に出て相撲をとらなくてはいけないと思う。相手が誰であろうと、怖がらずに攻めていく。がむしゃらに攻めていれば、『足がそろったからはたかれた』『押すときに肘があいた』『手が上からいったから下からあてがわれた』とか反省ができる。そして次に生かしていけばいい。自分の相撲を取り切って負けたら、もっと力をつければいい。そうやって相撲を覚えていくものだ。特に若手は『絶対に引くものか』というくらいの気概を持って、がむしゃらに前に出ることだ。それが強くなるため、番付を上げるために最も大切なことだ」と評論した[126]。
2017年9月場所前の西岩(元関脇・若の里)と舞の海の座談会では、舞の海が同年7月場所4日目の白鵬戦を例に出して「横綱の動きを見ながら何とかしようというのが伝わってきました。相手の力をうまく利用したり、左右のおっつけといった部分でうまさを感じました」と評し、西岩も「がむしゃらに出ていって差されると思ったら突っ込み過ぎず、いったん下がっておっつけるといった冷静さも感じられます。そういう意味ではまだ21歳ですけど、若手らしくないなと思いました」と同調した[127]。正代は2017年9月場所3日目の支度部屋で「貴景勝は捕まえにくく、やりづらい相手だ。気が付いたときには、自分の重心が後ろにいっている」と貴景勝の相撲ぶりについて話した[128]。四つ相撲は本領ではなく、2017年9月場所中日の千代翔馬戦では一旦組まれてから離れ、押し出して勝った[129]。2017年11月場所の黒姫山のコラム内では、時々廻しを取りに行く所を我慢して押し相撲に徹するべきだと意見された一方で、立合いのタイミングの取り方(2017年9月場所2日目の宇良戦が好例)は若手らしからぬテクニックだと絶賛された[130]。
二子山は2018年1月場所の相撲について、北勝富士、御嶽海、阿武咲との共通点として「『自分はこれが強い』というものがあまりない」と指摘しており、御嶽海以外の共通点として「押し込んですぐに叩きに行く」とそのワンパターン性を批判気味にコメントした[131]。貴景勝自身は2018年7月31日の夏巡業勝山場所で「課題は全体的なパワーですね。まだ大人のパワーではなく、ガキのパワーなので(笑)」と自己分析するコメントを残した[132]。
2019年3月場所前の記事で花田虎上は、八角(第61代横綱・北勝海)のように相手に頭を付けて前ミツを取る相撲もできるようにならないと、大関よりさらに上を狙うのは難しいと注文を付けた[133]。一方舞の海は同時期のコラムで、体重を活かして頭から当たる相撲の圧力は評価しつつも上手を取られやすく、上手を取られると非常に弱いと指摘しており、性格が繊細で考え込む癖があるのではないかとも考察している[134]。
2019年3月場所中の報道によると、ベンチプレスは高校時代に200㎏以上を記録し、埼玉栄高校で歴代1位。高い身体能力も持ち合わせ、高校当時140キロ以上の体重ながら体育の授業でハンドスプリング(転回)を決め、同級生を驚かせた[135]。こうした身体能力も相撲ぶりに関わっている。
大関昇進の際、自身のパーソナルトレーナーは「天性の瞬発力と腕力に優れる一方で、蹴る力と腹部の力が十分に使えておらず十分に使えていないそれらの力を鍛えている途上」という趣旨の解説を行った[136]。
玉ノ井は2019年5月場所の4日目の御嶽海との取組での負傷について、スポーツニッポンのコラムで初場所の千秋楽での怪我[137]で巡業中の稽古が出来なかったことや部屋移籍での環境変化のため、貴乃花部屋時代からの稽古の貯金が少なくなったことが怪我の一因ではないかと推測した。また「悪いところを直すよりも、いい面を徹底的に伸ばした方が相撲は安定する」と今は四つ相撲を覚えるよりも押し相撲に徹するべきとの見解を述べている[138]。荒磯も5月20日に取材に応じ、慣れないもろ差しで寄り切る際のけがだったことについて「(けがをするということは)体の使い方が間違っているということ。痛めて気づかされたものはあると思う。無駄にしてはいけない。けがしても変わらず期待している」とコメントしている[139]。北の富士は、11月場所千秋楽の白鵬戦についてコラムで貴景勝を右四つに組み止めた白鵬がじっと動かなかったことについて「あれでは貴景勝が気の毒だ。まるで蛇の生殺しである。屈辱的でもあったろう」と述べ、貴景勝についてはもっとがめつく勝利への執着心を大切にしたほうがいいと私見を出している[140]。
年表[編集]
- 2014年9月場所 - 初土俵
- 2016年5月場所 - 新十両
- 2017年1月場所 - 新入幕
- 2018年1月場所 - 新小結
- 2019年1月場所 - 新関脇
- 2019年5月場所 - 新大関
- 2019年9月場所 - 関脇陥落
- 2019年11月場所 - 大関復帰
エピソード[編集]
土俵外の相撲関連[編集]
- 幼少期、芦屋の暴れん坊と呼ばれていたのは、野原で自身と同じぐらいの高さの草と格闘したことから。不思議な鍛え方もあると感心した貴乃花はこのこともあって貴景勝に目を付けたという[11]。
- 2017年11月場所中の記事によると、貴乃花部屋では午後9時消灯が基本であり、日の出前[141]から稽古を行うといい、貴景勝は夜の街には出掛けることは極めて少ない[142]。
- 栄養学に詳しい父が食べるものを厳格に選んでいたことが影響し、入門後も身体づくりのために栄養学を学んでいる[8]。口に入れる物に並々ならぬこだわりを持っており[143]、「亜鉛とかアルギニンとかは筋肉に影響する。あと植物性タンパク質は女性ホルモンが出るので注意してます。納豆は食べ過ぎると女性ホルモンが出るので食べ過ぎないようにしています」と話し、2つの炭酸飲料の成分表示を見比べて「こっちには砂糖が20個分入っているけど、こっちは60個も入っている」と力説していた[144]。
- 本人は「胸の筋肉は、普通はこんなところは跳び出ない。(上半身を鍛えて)満足しがちだけど、逆三角形の体形は強くないから」とボディビル体型には興味を示さず、むしろ尻まわりや太ももが発達した「洋なし体形」のUFCの選手を参考にしている[12]。
- 2019年9月場所で大関特例復帰決定に至るまでの4ヶ月の内1ヶ月半は、母校の埼玉栄高で住み込んでリハビリを行った。師弟との関係を重視する大相撲でこのような調整は異例だが、師匠の千賀ノ浦は「大関だから自分のやることを信じればいい」と特例を認めた[112]。
その他相撲関連[編集]
- 入門当初の師匠・貴乃花の長男(花田優一)がデザインした化粧廻しを使用している。その化粧廻しは黄金色の月を目指し、龍が上を目指して登っていく図柄で「龍神総宮社」の文字が入っている[145]。
- 格闘技作品を主体とする漫画家の板垣恵介は、愛想が無く寡黙な貴景勝を、もし漫画に登場させたら見栄えするだろうと評価している[146]。
- 2018年7月場所には不動明王の描かれた染め抜きで場所入りした[147]。
- 2019年3月場所の力士を指定する懸賞は3月8日の申し込み段階ではトップとなる約250本。次点は豪栄道の約220本[148]。
- 2019年3月場所の三賞受賞者の記念撮影では、巨漢の逸ノ城と碧山に挟まれて小柄さが強調された写真が撮影された。
- 2019年5月11日、埼玉栄高校から大相撲の慣例によって大関以上のみが着用を許される紫色を基調とした化粧廻しを贈呈された[149]。
トークショー関連[編集]
- 2017年3月1日に大阪市のMBS「ちゃやまちプラザ」で行われた「大相撲春場所まつり」のトークショーで、中学時代に「周りに強い相手がいなかった」という理由で高校や大学に出稽古に行っていたことを話した。学校から近かった関西学院大学に出稽古に行った際には、当時、関西学院大学相撲部で軽量級であった宇良と稽古したことも明かし、「めちゃくちゃ細かった」と当時を振り返った[150]。
その他[編集]
- 2017年3月場所12日目にエディオンアリーナ大阪へ本場所の相撲観戦に訪れた本田真凜に関して「めっちゃ好きっす。結婚したいっす」と話していたことがスポーツ新聞で報じられた[151]。
- 母は元々角界入りには反対で、貴景勝の角界入り後もメディア露出は断っており[152]、親族だけでの記念撮影で登場した以外では公の場には出ていない[153]。
- 2019年2月3日放送分の『情熱大陸』によると都内の1LDKの賃貸マンションで一人暮らししており、慣れない自炊もしている。普段はゆで卵、ブロッコリー、カットトマト、ニンニク、鶏胸肉などが食卓に並ぶ[154]。
合い口[編集]
いずれも2019年11月場所終了現在。
- 横綱・白鵬には1勝5敗。2019年1月場所で初勝利。
- 横綱・鶴竜には1勝3敗。直近の勝利は2019年3月場所で、決まり手は引き落とし。
- 大関・豪栄道には3勝8敗。直近の勝利は2018年11月場所で、決まり手は突き落とし。
- 元大関・琴奨菊とは、琴奨菊の大関陥落後に対戦して3勝2敗。大関同士の対戦はなし。
- 元大関・照ノ富士には1勝。直近の勝利は2017年7月場所で、決まり手は押し出し。大関同士の対戦はなし。
- 元大関・髙安には3勝6敗。直近の勝利は2019年3月場所で、決まり手は押し出し。
- 元大関・栃ノ心には7勝2敗。栃ノ心の大関在位中は4勝。栃ノ心が大関から関脇へ陥落した2019年5月場所では貴景勝休場により不戦敗。直近の勝利は2019年9月場所で、決まり手は送り倒し。大関同士での対戦はなし。
(以下は引退力士)
- 元横綱・日馬富士には2勝1敗と勝ち越した。2017年9月場所・11月場所で2場所続けて金星を獲得。2017年11月場所の対戦は、結果的に日馬富士の現役最後の取組となった。
- 元横綱・稀勢の里には3勝2敗。2017年11月場所で金星を獲得した。
スピード記録[編集]
2019年11月場所終了現在
- 初土俵から大関昇進までの所要場所数:28場所(歴代7位・年6場所制以降の初土俵力士の中では歴代6位)
- 初土俵から初優勝までの所要場所数:26場所(歴代4位タイ)
- 大関昇進:22歳7ヶ月22日(歴代9位)
- 大関から関脇に陥落後の場所から10勝を挙げ復帰確定までにかかる日数:(歴代1位・12日目)
主な成績[編集]
2019年11月場所終了現在
通算成績[編集]
- 通算成績:237勝129敗27休(32場所)(番付外 1場所)
- 通算勝率:.648
- 序ノ口成績:7勝0敗(1場所)
- 序ノ口勝率:1.00
- 序二段成績:7勝0敗(1場所)
- 序二段勝率:1.00
- 三段目成績:5勝2敗(1場所)
- 三段目勝率:.714
- 幕下成績:30勝12敗(6場所)
- 幕下勝率:.714
- 十両成績:39勝21敗(4場所)
- 十両勝率:.650
- 幕内成績:149勝94敗27休(18場所)
- 幕内勝率:.613
- 前頭成績:77勝54敗4休(9場所)
- 前頭勝率:.588
- 小結成績:27勝18敗(3場所)
- 小結勝率:.600
- 関脇成績:33勝12敗(3場所)
- 関脇勝率:.733
- 大関成績:12勝10敗23休(3場所)
- 大関勝率:.545
三賞・金星[編集]
- 三賞:7回
- 殊勲賞:3回(2017年9月場所、2017年11月場所、2018年11月場所)
- 敢闘賞:2回(2017年3月場所、2018年11月場所)
- 技能賞:2回(2019年1月場所、2019年3月場所)
- 金星:3個
- 日馬富士:2個(2017年9月場所、2017年11月場所)
- 稀勢の里:1個(2017年11月場所)
各段優勝[編集]
- 幕内最高優勝:1回(2018年11月場所)
- 十両優勝:1回(2016年11月場所)
- 幕下優勝:1回(2016年3月場所)
- 序二段優勝:1回(2015年1月場所)
- 序ノ口優勝:1回(2014年11月場所)
場所別成績[編集]
一月場所 初場所(東京) |
三月場所 春場所(大阪) |
五月場所 夏場所(東京) |
七月場所 名古屋場所(愛知) |
九月場所 秋場所(東京) |
十一月場所 九州場所(福岡) |
|
---|---|---|---|---|---|---|
2014年 (平成26年) |
x | x | x | x | (前相撲) | 西序ノ口18枚目 優勝 7–0 |
2015年 (平成27年) |
東序二段10枚目 優勝 7–0 |
東三段目18枚目 5–2 |
東幕下55枚目 6–1 |
西幕下27枚目 4–3 |
西幕下21枚目 6–1[155] |
西幕下7枚目 3–4 |
2016年 (平成28年) |
西幕下13枚目 4–3 |
東幕下9枚目 優勝 7–0 |
東十両13枚目 11–4 |
西十両6枚目 6–9 |
東十両9枚目 10–5 |
西十両3枚目 優勝 12–3 |
2017年 (平成29年) |
東前頭12枚目 7–8 |
東前頭13枚目 11–4 敢 |
西前頭7枚目 11–4 |
西前頭筆頭 5–10 |
西前頭5枚目 9–6 殊★ |
西前頭筆頭 11–4 殊★★ |
2018年 (平成30年) |
東小結 5–10 |
西前頭3枚目 3–8–4[156] |
西前頭10枚目 10–5 |
西前頭3枚目 10–5 |
西小結 9–6 |
東小結 13–2 殊敢 |
2019年 (平成31年 /令和元年) |
東関脇 11–4 技 |
東関脇 10–5 技 |
東大関2 3–4–8[157] |
東大関2 休場[158][159] 0–0–15 |
西関脇 12–3[160][161] |
東大関2 9–6[162] |
2020年 (令和2年) |
x | x | x | x | x | x |
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
主な力士との幕内対戦成績[編集]
力士名 | 勝数 | 負数 | 力士名 | 勝数 | 負数 | 力士名 | 勝数 | 負数 | 力士名 | 勝数 | 負数 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
碧山 | 5 | 1 | 勢 | 4 | 0 | 逸ノ城 | 7 | 3 | 隠岐の海 | 5 | 1 |
魁聖 | 3 | 2(1) | 正代 | 7 | 2 | 宝富士 | 3 | 2 | 豪風 | 1 | 0 |
玉鷲 | 7 | 5(1) | 栃煌山 | 6 | 2 | 御嶽海 | 6 | 7* | 妙義龍 | 8 | 0 |
嘉風 | 4 | 2 | 白鵬 | 1 | 5 | 日馬富士 | 2 | 1 | 鶴竜 | 1 | 3 |
遠藤 | 3 | 2 | 阿武咲 | 1 | 3 | 臥牙丸 | 0 | 1 | 松鳳山 | 3 | 1 |
千代鳳 | 0 | 1 | 千代大龍 | 5 | 3 | 北勝富士 | 8 | 3 | 稀勢の里 | 3 | 2 |
朝乃山 | 3 | 2 | 阿炎 | 1 | 1 | 荒鷲 | 1 | 1 | 石浦 | 1 | 1 |
宇良 | 3 | 1 | 大砂嵐 | 1 | 0 | 輝 | 1 | 3 | 旭秀鵬 | 1 | 0 |
佐田の海 | 3 | 0 | 蒼国来 | 0 | 2 | 大奄美 | 0 | 1 | 大栄翔 | 4 | 1 |
大翔丸 | 3 | 3 | 千代翔馬 | 4 | 0 | 千代ノ皇 | 1(1) | 1 | 千代の国 | 0 | 3 |
千代丸 | 1 | 1 | 德勝龍 | 0 | 1 | 錦木 | 4 | 1 | 豊山 | 1 | 0 |
竜電 | 2 | 1 | 照ノ富士 | 1 | 0 | 琴奨菊 | 3 | 2 | 栃ノ心 | 7 | 2(1) |
豪栄道 | 3 | 8 | 髙安 | 3 | 6 | 友風 | 1 | 0 | 明生 | 1 | 0 |
琴勇輝 | 1 | 0 |
改名歴[編集]
- 佐藤 貴信(さとう たかのぶ)2014年9月場所 - 2016年11月場所
- 貴景勝 光信(たかけいしょう みつのぶ)2017年1月場所 -
出演[編集]
脚注[編集]
- ^ 『相撲』2018年3月号 p.56
- ^ a b c 「芦屋の暴れん坊」見参! 貴景勝とは/プロフィル 2017年3月19日9時42分 紙面から
- ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2015年5月号(夏場所展望号)別冊付録 平成27年度版 最新部屋別 全相撲人写真名鑑 32頁
- ^ a b c d e f g h i 大空出版『相撲ファン』vol.06 p113-119
- ^ 貴乃花部屋紹介 貴乃花部屋公式ホームページ
- ^ a b ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2014年12月号(九州場所展望号) 69頁
- ^ 新十両佐藤9勝目 父一哉さんから雷落とされ奮起 日刊スポーツ 2016年5月18日19時36分
- ^ a b c 『大相撲ジャーナル』2017年12月号p16-17
- ^ “父が語った「貴景勝」灘高→東大あきらめて大関獲り” (日本語). Smart FLASH[光文社週刊誌]スマフラ/スマートフラッシュ (2019年3月13日). 2019年3月13日閲覧。
- ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2014年10月号(秋場所総決算号) 108頁
- ^ a b c 大相撲西前頭5枚目・貴景勝 貴乃花親方が期待する“芦屋の暴れん坊” ニッポン放送 2017/09/12 10:00 (2018年1月15日閲覧)
- ^ a b あんこ型で押し相撲の圧力を最大限発揮/貴景勝連載 日刊スポーツ 2019年3月28日6時30分(日刊スポーツ新聞社、2019年4月2日閲覧)
- ^ ヤンチャな“四股王子”に白米苦手な“ひねり王子”…平成生まれ若手力士たちの素顔 FNN PRIME 2019年2月24日 日曜 午後9:00(フジニュースネットワーク、2019年2月25日閲覧)
- ^ 貴景勝 相撲クラブの子を見て“反骨心”生まれた 幼少期思い出す Sponichi Annex 2019年3月2日 17:20(スポーツニッポン新聞社、2019年3月4日閲覧)
- ^ 『大相撲中継』2017年11月18日号 p69
- ^ タメ口・勘違い…やんちゃな貴景勝変えたオレンジの3年 朝日新聞DIGIRAL 2019年3月27日11時06分(朝日新聞社、2019年4月25日閲覧)
- ^ a b 貴景勝 芦屋育ちの“坊ちゃま力士”がトークショー デイリースポーツ 2017.3.1
- ^ “佐藤貴信らが優勝 世界ジュニア選手権”. スポニチアネックス. (2014年8月31日) 2016年3月25日閲覧。
- ^ 1994年11月場所で入門した栃東(当時・志賀、現・年寄:玉ノ井)など、連続的な欠席が卒業の可否に影響しないとされる時期以降に入門するのが一般的である。
- ^ “貴乃花部屋に高校世界一 埼玉栄・佐藤が入門、秋場所デビュー”. スポニチアネックス. (2014年9月4日) 2016年3月25日閲覧。
- ^ “貴乃花部屋の佐藤、宇良との幕下全勝対決を制し5勝目”. スポーツ報知. (2016年3月21日) 2016年3月25日閲覧。
- ^ a b 『大相撲ジャーナル』2019年3月号 p.13.
- ^ “貴乃花部屋のホープ佐藤が序ノ口全勝優勝”. 日刊スポーツ. (2014年11月21日) 2016年3月25日閲覧。
- ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2015年2月号(初場所総決算号) 77頁
- ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2015年4月号(春場所総決算号) 94頁
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- ^ 8人による幕下優勝決定戦に進出(トーナメント形式の決勝敗退)
- ^ 右足部挫傷のため11日目から休場
- ^ 右膝関節内側側副靭帯損傷のため5日目から休場、8日目より再出場、9日目から再休場
- ^ 右膝関節内側側副靭帯損傷加療のため全休
- ^ 大関角番
- ^ 御嶽海と優勝決定戦
- ^ 関脇陥落
- ^ 大関復帰
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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