井岡一翔

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井岡 一翔
基本情報
本名 井岡 一翔
階級 スーパーフライ級
身長 165.6cm
リーチ 168cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1989-03-24) 1989年3月24日(32歳)
出身地 日本の旗 日本大阪府堺市
家族 井岡一法(父)
親戚 井岡弘樹(叔父)
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 29
勝ち 27
KO勝ち 15
敗け 2
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獲得メダル
日本の旗 日本
男子 ボクシング
キングスカップ
2008 バンコク ライトフライ級
井岡一翔
YouTube
チャンネル
活動期間 2020年6月9日 -
登録者数 約1200人
総再生回数 約1万7千回
チャンネル登録者数、総再生回数は2020年6月26日時点。
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井岡 一翔(いおか かずと、1989年3月24日 - )は、日本プロボクサー 第33代日本ライトフライ級王者。 元WBC世界ミニマム級王者。元WBA世界ミニマム級王者。元WBA世界ライトフライ級王者。元WBA世界フライ級王者。現WBO世界スーパーフライ級王者。日本人男子初の世界4階級制覇王者[1]。元プロボクサーである父・井岡一法が会長を務める井岡ボクシングジム・プロフェッショナルSANKYO、DANGAN AOKIボクシングジム(旧Reason大貴ボクシングジム)を経て、現在は志成ボクシングジム(旧Ambition GYM)所属。大阪府堺市出身。興國高等学校卒業・東京農業大学中退。メディア応対はマネジメント契約を結んでいるトラロックエンターテインメントが行なっている。

弟が2人いる。井岡ボクシングジム初代会長で井岡弘樹ボクシングジム会長の元世界2階級制覇王者井岡弘樹は叔父(一法の弟)。既婚。

来歴[編集]

アマチュア時代[編集]

中学1年時に叔父が所属していたグリーンツダジムボクシングを始め、中学3年時に叔父の井岡弘樹が設立した井岡ジムへ移籍。興國高等学校在学中にはライトフライ級で2年時に選抜大会インターハイ晴れの国おかやま国体で優勝し、2005年度アマチュア部門新鋭賞を受賞。3年時も選抜大会、インターハイ、のじぎく兵庫国体の各大会で優勝して粟生隆寛大迫亮らに次ぐ史上3人目の高校6冠を達成した[2]

高校卒業後は東京農業大学に進学して北京オリンピック出場を目指したが、1年時の全日本アマチュアボクシング選手権大会決勝で大久保賢児に1ポイント差で敗れ出場を逃した。翌2008年キングスカップでは、前年の世界選手権で銅メダルを獲得したタイのアムナット・ルエンロン[3]に準決勝で敗れたものの、銅メダルを獲得[4]。しかし、この時の井岡はオリンピックを視野に優勝を狙っていたため、「銅メダルもメダルなしも自分としては一緒」と感じていた[映像 1]。同年の全日本選手権の決勝では林田太郎(駒大1年)に1ポイント差で敗れ2年連続準優勝となった[5]。大学では秋田わか杉国体チャレンジ!おおいた国体で優勝したが[6][7]、北京オリンピックという目標が消えたことを理由にプロ転向を決め、大学を2年途中で中退した[8]

プロ転向[編集]

2009年1月18日、B級試験のプロテストに合格してB級ライセンスを取得し[8]、同年4月12日に大阪府立体育会館第1競技場でプロデビュー。メインイベントでタイ王国フライ級王者のトンタイレック・ポーウォラシンとライトフライ級ノンタイトル6回戦を行い、3R26秒TKO勝利を収めた[9]

2009年7月26日、大阪府立体育会館第1競技場で日本ミニマム級7位の松本博志角海老宝石)とライトフライ級ノンタイトル8回戦を行い、2R終了間際にノックダウンを奪ってから連打をまとめて2R2分59秒TKO勝利を収めた[10]。この試合後、日本ミニマム級8位にランクインした。

2009年12月29日、大阪府立体育会館第1競技場でWBA世界ライトフライ級9位・WBC世界ライトフライ級12位の國重隆大阪帝拳)とライトフライ級ノンタイトル10回戦を行い、3-0の判定勝利を収めた。この勝利で世界ランク入りが確実と報道され、年明けにWBA、WBCともライトフライ級14位にランクされた[11]。なお、この試合はメインイベントとして行われ、世界タイトルマッチである高校の先輩石田順裕金沢)のWBA世界スーパーウェルター級暫定王座の防衛戦がノンタイトル戦の前座となる日本では異例の扱いだった。また、CS放送(スカイ・A sports+)ながら生中継もされた。

2010年4月18日、大阪府立体育会館第1競技場でWBA世界ライトフライ級13位・WBC世界ライトフライ級13位としてOPBF東洋太平洋ミニマム級7位・インドネシアミニマム級王者のヘリ・アモルとライトフライ級ノンタイトル10回戦で対戦。9Rにアマチュア時代を含め109戦目で初めてダウンを奪われたが[12]、6 - 7ポイント差の3-0で判定勝利を収めた。

2010年7月25日、大阪府立体育会館でWBA世界ライトフライ級12位・WBC世界ライトフライ級10位としてフィリピンフライ級8位のアルバート・アルコイとライトフライ級ノンタイトル10回戦を行い、9RTKO勝利を収めた[13]。この試合は同一興行内で行われた亀田興毅大毅兄弟の試合と合わせ「トリプル世界前哨戦」としてTBSで中継され、以降の試合も同局が中継するようになる。

2010年10月10日、大阪府立体育会館第2競技場で同門の宮崎亮が返上した日本ライトフライ級王座をかけ、WBAライトフライ級9位・WBC同級7位として日本同級1位の瀬川正義(横浜光)と王座決定戦10回戦を行い、10R1分57秒負傷TKO勝利で王座を獲得した[14]。その後、12月15日に世界王座挑戦へ専念するため同王座を返上した[15]

世界ミニマム級タイトル獲得と防衛[編集]

2011年2月11日、神戸ワールド記念ホールでWBC世界ミニマム級王者オーレイドン・シスサマーチャイ(タイ)に挑戦。2回に左フックでダウンを奪い、5回に左ボディブローで2度目のダウンを奪うとレフェリーがカウントを途中でストップ。5回1分7秒TKO勝利を収め、辰吉丈一郎名城信男の当時として国内最速記録を更新する7戦目(2014年、井上尚弥により6戦、さらに2015年に田中恒成により5戦に更新される)での世界王座獲得に成功すると共に平成生まれの選手としては初の世界王者[16]となり、試合後のインタビューでは周囲への感謝を語った後に4階級制覇を宣言した[17]。当時、『リング』誌の編集長だったナイジェル・コリンズは、「井岡の非凡な功績は3戦目でスーパーライト級世界王座を獲得したセンサク・ムアンスリンを彷彿させる」と言って、この戴冠劇を絶賛した[18]

2011年8月10日、後楽園ホールでWBC世界ミニマム級1位でNABF北米ミニマム級王者のフアン・エルナンデスメキシコ)と対戦し、12回3-0(116-112、117-111、118-111)の判定勝利を収め初防衛に成功した[19]

2011年12月31日、大阪府立体育会館でWBC世界ミニマム級10位でWBC世界ミニマム級ユース王者ヨードグン・トーチャルンチャイタイ)と対戦し、初回1分38秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[20]。なお、この試合のKOタイムは1972年に輪島功一がマークした1R1分49秒を抜いて当時の日本の選手による世界王座防衛戦としては最速であり、世界戦全体でも1992年に平仲明信が王座奪取したときの1R1分32秒に次ぐ記録である[21](双方の記録とも、のちに井上尚弥が2018年に1R1分10秒の記録で更新)。

WBA王者との統一戦[編集]

2012年6月20日大阪府立体育会館でWBA世界ミニマム級王者八重樫東大橋ジム)と統一戦を行った。試合は序盤より両者の持ち味を発揮したが、八重樫の両まぶたを腫らすなど的確な有効打を集めた結果、3-0(115-114、115-113×2)の判定勝ち。WBC王座3度目の防衛ならびにWBA王座獲得に成功。日本人による初のWBA、WBC世界王者同士の統一戦に勝利しての(男子かつ同一階級の)世界王座統一を果たした。しかしながら、WBA・WBC両団体より今回の試合を王座統一戦として認定する条件として「この試合の勝者は10日以内にWBA・WBCいずれかの王座を返上する事」が義務付けられていたため、その条件に従う形で王座統一から9日後の6月29日、WBC王座を返上することを発表した[22]。この試合後はライトフライ級での2階級制覇を目指すことになり[23]、4か月後の10月5日にWBA王座も返上した。

井岡は王座統一後、『リング』誌のランキングを2位から1位に上げた。元1位のヌコシナチ・ジョイは無敗ながら年に1度ペースでしか試合をしない一方で、井岡が楽な試合をせず、王座を統一したことが評価された。また、この選考過程で、同誌ランキング諮問委員の一人からは、「このようにチャンスを掴む行為は報われるべきだ。井岡はプロ10戦目にして王座を統一することで自分自身に挑戦している。これは(若くして実績を残した)ウィルフレド・ベニテスのような功績だ。井岡は非常に過小評価されたオーレイドン・シスサマーチャイを倒して王座を獲得したのであり、忘れてはならないのは、彼がこれらのことを階級を下げてやってきているということだ」という強い支持があった[24]

この勝利により、トレーナーである父・一法は同年度のエディ・タウンゼント賞を受賞した[25]

ライトフライ級転向[編集]

2012年12月31日、大阪府立体育会館で元WBA世界ライトフライ級暫定王者でWBA世界ライトフライ級5位のホセ・アルフレド・ロドリゲス(メキシコ)とWBA世界ライトフライ級王座決定戦で対戦し、井岡がロドリゲスから1回と6回の合計3度のダウンを奪い、6回2分50秒TKO勝ちを収め、日本人選手最短のプロ11戦目での2階級制覇を達成した[26][27][28][29]

2013年1月7日、2012年の年間表彰選手 (ボクシング)で井岡が最優秀選手賞を受賞した。また「井岡一翔 対 八重樫東戦」が「年間最高試合」を受賞した[30]

2013年1月24日、同年2月23日までの30日間でWBA世界ライトフライ級スーパー王者ローマン・ゴンサレス 対 井岡一翔戦が両者にとって次戦となるよう交渉して合意するようにとWBAより通達を受け[31]、同年2月7日、WBAは同月18日に最低価格を8万米ドルとする入札を行うと発表し、ファイトマネーの配分がゴンサレスが75%、井岡が25%となることが確定した[32]。しかし、2月15日、ゴンサレス戦に消極的だった井岡陣営からの要望により入札は中止となり延期されることとなった[33][34][35]。父親でありプロモーターでもある一法は、ゴンサレス戦回避の理由について準備期間が短かったことと、統一戦はラスベガスで行うべきとゴンサレス陣営と意見が一致したことを挙げている。その後ゴンサレス戦の実現に向けた動きはなかった。

2013年5月8日、大阪府立体育会館で元PABAライトフライ級王者でWBA世界ライトフライ級3位のウィサヌ・ゴーキャットジム(タイ)と対戦し、9回2分51秒KO勝ちを収め初防衛に成功した[36]

2013年9月11日、大阪府立体育会館で元WBA世界ミニマム級王者でWBA世界ライトフライ級5位のクワンタイ・シッモーセン(タイ)と対戦し、7回2分17秒KO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[37][38]

2013年12月31日、大阪府立体育会館でWBA世界ライトフライ級4位のフェリックス・アルバラードニカラグア)と対戦し、12回3-0(115-113、119-110、119-109)の判定勝ちを収め、3度目の防衛に成功した[39]

2014年2月28日、フライ級に転向する為にWBA世界ライトフライ級王座を返上した[40][41]

フライ級転向[編集]

2014年5月7日、大阪府立体育会館でアマチュア時代に対戦経験のあるIBF世界フライ級王者アムナット・ルエンロン(タイ)と対戦したが、王者の執拗なクリンチに苦しみ12回1-2(114-113、108-119、112-115)の判定負けを喫し、世界最速のプロ15戦目での3階級制覇に失敗した[42]

2014年9月16日、後楽園ホールでWBA世界フライ級14位のパブロ・カリージョコロンビア)と対戦し、10回3-0(98-92、99-93、99-91)の判定勝ちを収め再起に成功した[43]

2014年12月31日、大阪府立体育会館で元WBA世界フライ級暫定王者のジャン・ピエロ・ペレスベネズエラ)と対戦し、5回2分9秒KO勝ちを収めた[44]

2015年4月22日、大阪府立体育会館でWBA世界フライ級王者のファン・カルロス・レベコアルゼンチン)と対戦し、序盤はレベコが手数で上回っていたが、終盤からは左ジャブでリズムをつかみ徐々に王者のパンチが当たらなくなり、12回2-0(114-114、116-113、115-113)の判定勝ちを収め悲願にしてジェフ・フェネックを上回る最速での3階級制覇を達成した[45][46]

2015年9月27日、大阪府立体育会館でロベルト・ドミンゴ・ソーサと再戦し、12回3-0(2者が119-109、120-108)の判定勝ちを収め初防衛に成功した[47][48]

2015年12月31日、大阪府立体育会館で元WBA世界フライ級王者でWBA世界フライ級2位の指名挑戦者ファン・カルロス・レベコと再戦し、11回1分57秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[49]

2016年7月20日、大阪府立体育会館でWBA世界フライ級6位でWBCラテンアメリカフライ級王者のキービン・ララと対戦し、11回1分11秒KO勝ちを収め3度目の防衛に成功した[50][51]

2016年10月6日、WBAはWBA世界フライ級正規王者の井岡一翔とWBA世界フライ級暫定王者のスタンプ・キャットニワットに対し、王座統一戦に関する対戦交渉を開始するよう指令を出した[52][53]

2016年12月31日、島津アリーナ京都でWBA世界フライ級暫定王者のスタンプ・キャットニワットと王座統一戦を行い、7回2分51秒TKO勝ちを収め王座を統一し4度目の防衛に成功した[54][55]

2017年4月23日、大阪府立体育会館でWBA世界フライ級2位でWBCインターナショナルフライ級シルバー王者のノックノイ・シップラサートと対戦し、12回3-0(2者が117-110、116-111)の判定勝ちを収め5度目の防衛に成功した[56]

2017年6月23日、同年5月20日に体重超過で王座を剥奪されたフアン・エルナンデスに6回2分58秒TKO勝ちを収めWBC世界フライ級王者となった比嘉大吾白井・具志堅スポーツジム)が、記者会見の席で井岡との統一戦の実現を希望した。豊富な戦績があり、テクニックに定評のある井岡と、若く勢いがあるハードパンチャーの比嘉の対戦が実現するかどうかが注目されていた[57]

2017年8月1日、WBAはWBA世界フライ級王者の井岡一翔とWBA世界フライ級1位のアルテム・ダラキアンに対し、同年7月31日から30日間の交渉期限で指名試合を行う事でまとめるように指令を出した[58][59]

2017年11月9日、父親でもある井岡一法会長が井岡一翔不在で会見を開き、同年12月31日にWBA世界フライ級1位でWBAコンチネンタルフライ級王者のアルテム・ダラキアンと6度目の防衛戦を行う計画があったのだが、「(谷村奈南との結婚後、井岡一翔の練習が)コンスタントに出来ていない。準備が間に合わない。指名試合で、相手を待たすわけにもいかないし。いったん返上しようということになった。」とWBA世界フライ級王座の返上を発表。井岡一翔の今後については「本人がやる気があれば、いつでも教えていく。モチベーションがなければ引退するしかない。二つに一つ」と現役引退の可能性を口にしたが、「(井岡一翔は)東京では走って体を作っていて、体重も60kgを超えずキープしている。3ヵ月あればコンディションは作れると思う。来年に再起戦を組むことも、4階級制覇を狙うことも出来る。」と井岡一翔が現役続行を決意し、井岡一翔本人が希望すればサポートする考えがあることも口にした[60][61][62]

2017年11月13日、WBAが井岡一翔のWBA世界フライ級王座の返上を公式サイト上で発表した[63][64]

引退から現役復帰、日本人男子初の4階級制覇[編集]

2017年12月31日、井岡がTBSの番組「KYOKUGEN」で生中継された記者会見の中で、同月30日に日本ボクシングコミッションに引退届を受理されたことを明らかにし、「さらなる人生の目標を見つけたので4月の5度目の防衛戦の前に引退を決めました。次のステージに進むビジョンはできています」と電撃引退を表明した [65][66][67]

引退から約7ヶ月が経過した2018年7月20日、都内で会見を行い、トム・ローファーが率いる360プロモーションズと契約を結び、所属先がパチンコ製造メーカーのSANKYOになることを発表し、同年9月8日にカリフォルニア州イングルウッドザ・フォーラムで開催される「SUPER FLY3」で現役復帰することを表明した[68][69][70]

2018年9月8日、カリフォルニア州イングルウッドのザ・フォーラムにてファン・フランシスコ・エストラーダVSフェリペ・オルクタの前座でWBC世界スーパーフライ級シルバー王者マックウィリアムズ・アローヨと対戦し、10回3-0(97-92×2、99-90)の判定勝ちを収め王座を獲得した[71]。この試合は米国ではHBOのボクシング中継番組「ボクシングアフターダーク」で中継された。

2018年12月31日、マカオのウィン・パレスにて元3階級制覇王者ドニー・ニエテスWBO世界スーパーフライ級王座決定戦を行い、12回判定負けで王座獲得に失敗した[72][73]

2019年3月27日、東京都内で会見し、国内復帰をするために日本ボクシングコミッション(JBC)に選手としてライセンスを申請しており、今後は「Reason大貴ジム」所属となることを発表した[74]

2019年6月19日、2年2か月ぶりの国内リング復帰戦となった幕張メッセ・イベントホールでのWBO世界スーパーフライ級1位のアストン・パリクテとニエテスの返上したWBO世界スーパーフライ級王座決定戦を行い、10回1分46秒TKO勝ちを収め、王座獲得と同時に日本人男子初の4階級制覇を達成した[75][76]。なおこの試合はパリクテのプロモーターであるロイ・ジョーンズ・ジュニアが契約を結ぶストリーミング配信サービスのUFCファイトパスによりアメリカを始めとする、世界中で生配信された[77]

2019年12月31日、大田区総合体育館でWBO世界スーパーフライ級1位の指名挑戦者であるジェイビエール・シントロンと対戦し、12回3-0(116-112×2、115-113)で判定勝ちを収め、初防衛に成功した[78]

2020年6月25日、オザキボクシングジムの元会長だった木谷卓也が会長を務める「Ambition GYM」に移籍すると発表した[79]。ジムが無いため、当面はEBISUK'sBOXジム内に間借りする形でのジムを運営となる[80]

2020年、新型コロナウイルス流行の影響で全く試合を行えない状況となる中、漸く12月31日に丸1年ぶりとなる2度目の防衛戦を大田区総合体育館にて、WBO世界スーパーフライ級1位で元世界3階級制覇王者の田中恒成(畑中)と防衛戦を行った。世界最速16戦目での4階級制覇に挑んだ田中に対し、井岡が5回と6回にダウンを奪うと8回に右ストレートからの左フックで田中の膝が落ちたところでレフェリーが試合をストップ、8回1分35秒TKOで史上最高の日本人対決とも呼ばれた一戦を制し、2度目の防衛に成功した[81]。この試合後、リングマガジンパウンド・フォー・パウンドランキングで井岡は10位にランクインした。

2021年9月1日、大田区総合体育館で元IBF・WBOミニマム級統一王者でWBO世界スーパーフライ級2位のフランシスコ・ロドリゲス・ジュニアを相手に防衛戦を行い、打ち合いの果てに12回3-0(116-112×3)で判定勝ちを収め、3度目の防衛に成功した[82]

私生活[編集]

2017年5月17日、歌手の谷村奈南と結婚[83]。谷村の30歳の誕生日である同年9月10日、ハワイで挙式[84]。2018年2月3日、都内で結婚披露宴を行った[85]。同年11月11日、離婚を発表[86]

2019年6月26日、元モデルの一般女性と再婚[87]。同年8月17日、第1子となる男児が誕生[88][89]

2020年12月31日の試合関連[編集]

JBCルール違反[編集]

井岡が入れ墨(タトゥー)を隠さずに試合をしたことについて、試合後にボクシングファンからJBCに問い合わせがあったという。JBCルール第86条において〈入れ墨など観客に不快の念を与える風体の者〉は〈試合に出場することができない〉と定められており、日本のライセンスを持った選手が国内のリングに上がる際は本項が適用される(外国人選手や海外での試合は適用外)。JBCによると、前日の計量で注意を与えており、本人も何かを塗って薄くなるよう隠した様子であったが、塗っていたものが剥がれて段々濃くなっていった。いずれにせよ、ルール違反となるため、対応を検討中であるという[90]

アメリカのボクシング専門サイト「BoxingScene」は、井岡の海外の交渉などを任せている担当者に連絡してコメントを求めてきたという。しかし正式な処分が出ていない段階でインタビューに応じられないと伝えると、「過去のコメントでもいいので」という話になり、担当者が昨年8月に井岡がYouTubeにアップして語っていたタトゥーに関する持論などを英語に翻訳して渡した。それが1月7日、井岡の反論記事とも読める記事となって掲載され[91]、一部訳文が「『ボクシング・シーン』に自身の気持ちを語った」「井岡がこのほど、『ボクシング・シーン』のインタビューに応じた」という拡大解釈とともに日本の複数メディアの記事となってしまった[92][93]

「JBCルールや処分対象となったことに徹底抗戦・問題提起を行っている」という誤解を招くため、井岡本人と井岡陣営は困惑しているという。井岡陣営の説明によると、今回もJBC関係者立ち合いのもとでファンデーションで隠す措置をしており、あえて薄く塗るなど意図的にタトゥーを見せる意図はなかった。ファンデーションの塗り方か、タトゥーが以前より大きくなっていたのが影響したのか、汗や激しい接触などで浮き出てしまった失態を認め、あくまで想定外の出来事であったとJBCに伝えており、反論も問題提起も行っていないという。

一方、JBC関係者が立ち会っているにも関わらず、ファンデーションの塗り方が不十分だったことにクレームをつけずに試合が行われたことはJBCの落ち度である。結果的にルール違反となった事実はあるが、井岡陣営の事情を考慮したうえで厳罰とはされない見通しで、井岡もそれを受け入れるという[94]

ボクシングの興行には暴力団が関与していた歴史が長く、テレビ局の要請もあって「目に見える対応」が必要であった。入れ墨禁止ルールはこのため出来たものであるが、JBCは警察と連携してここ15年で暴力団排除を行ってきた。また選手のライセンス取得時に反社と関係しないことを誓約させており、JBCは2019年の広報誌で第86条について議論するべきだと提案している。しかしこの件について、当初、JBC担当者が処罰ありきのコメントをしたことが発端で大きな社会問題となり、JBCには抗議の電話やメールが殺到しているという。このことから、JBCは自らルールの撤廃をしにくくしてしまったのではないかという指摘もある[95]

2021年1月21日、JBCは井岡と所属ジム会長の木谷卓也を厳重注意処分とすることを倫理委員会で決定、22日に発表した。またJBCは事前のチェックの甘さを認め「今後は指定の塗布剤を使用させるか、指定業者による塗布を受けてもらうなどの手当てを考えていきたい」とコメントしている。海外の選手には隠すことを求めていないため不公平という指摘について、JBCは各国で文化的背景が違うことから一律で規制は出来ないとの考えであり、またルール変更は考えていないという[96]

潔白になった薬物疑惑問題[編集]

試合前に受けたドーピング検査で、禁止薬物の大麻成分に陽性反応を示したことを発端として、井岡に対して薬物疑惑騒動が持ち上がったことが2021年4月26日に関係者への取材で判明した。井岡の代理人弁護士は朝日新聞による書面取材に対し「不正薬物、違法薬物を摂取した事実はない」「警察からすでに聞き取りを受けたものの、捜査は終了した」と回答し、疑惑を否定した[97][98]

その後、以下のようにJBCの体制に不手際があったことなどにより、井岡が潔白になったと結論付けられた。

JBCのずさんな検査体制・対応の発覚[編集]

JBCのドーピング検査は、尿検体を2つに分けたA検体での簡易検査で陽性が判明した場合、B検体を使って精密検査を行う。井岡のA検体で禁止薬物が検出され、B検体の半分を使って精密検査を行ったところ、複数の禁止薬物に陽性反応が出たという。JBCはこの検査結果を井岡サイドに伝えず、結果確定前に警察の介入を許し、そして一部週刊誌にスクープされるかたちで露見することとなってしまった[99][100]

この杜撰な対応、そしてドーピング検査結果を公表してこなかったことが「隠蔽」と解釈されたため、JBCに批判が殺到した。永田有平理事長はマスコミの取材に自身が諸悪の根源のような扱いを受けることは納得しがたいとし、「問題は何でマスコミにリークがあったのか。(ドーピング違反があれば)審議をして結論が出て、初めて規定違反や罰則を世間一般にご報告するのが普通です。だが、その過程がリークされて大きな問題になった。それ(リーク)がうちの職員なら大変な問題。機密事項を漏らしたのだから」と話した。倫理委員会はあくまでも第三者機関であり、JBCが直接関わっていないとしながらも「5月中には絶対に結論を出す」と明言している[101]。JBC内部からの情報漏洩の可能性を考慮し、倫理委員会の結論が出た後にJBC理事会でガバナンス委員会を設置する方針であるという[102]

またこの件で井岡のみならず家族に向けての誹謗中傷の書き込みがあったことから、井岡は5月10日にInstagramを更新し「こうゆうメッセージ・コメント送ってくる奴、勘違いすんなよ、言っていい事と悪い事があるからな 絶対に許さんからな。後悔すんなよ」と怒りをあらわした[103][104]

5月19日、永田理事長がオンラインで記者会見を行った。JBCは利害関係のない弁護士・医師らで構成される倫理委員会に調査・審議を委属しており、18日に答申を得たという。答申によると、大麻が検出されたとされるA検体は擬陽性の疑いが強く、B検体からは大麻は不検出であった。擬陽性の原因として2020年12月31日から2021年1月5日までの間、検体を冷凍保存しなかったことによる腐敗の可能性も指摘された。禁止薬物のエフェドリンフェネチルアミンチラミンがB検体から検出されたことはこの腐敗が原因である可能性があり、尿採取の時点ではこの成分が存在していたと認定することは困難であるという。また警察への通報後に押収されたB検体を全量消費されてしまい、井岡側が求めた再検査も行えないという手続き上の不備も指摘された[105]

同委員会は井岡が薬物規定に違反したと「認定することはできない」と結論づけ、19日のJBC理事会でも承認されたという。井岡の潔白が証明されたため、処分は行われない。また対戦相手の田中陣営に対し「心穏やかではなかったと思う。私どもの方にお伺いしたいと(畑中ジム側に)お話ししました。ジムにもお伺いして謝罪したい」と永田理事長は話している[106]

これを受け、井岡は同日、所属事務所のFacebookでコメントを発表し[107]、弁護士同伴で記者会見を行った。JBC側は直接謝罪を行うとしているが「正直、そんなものでは絶対に許せない」「この1か月半で僕の人生はかなり変わった。僕の人生、家族の人生がこのまま終わっていくのかという不安があった。(JBC側の)いろんな不備だけで、謝罪だけで、終わらせて欲しくない。いまの体制でやっていくのは不安。選手が安心できてパフォーマンスに集中できる体制をつくって欲しい」と身の潔白が証明されるまでの精神的苦痛を訴えた[108][109]。井岡側の弁護士の調査によると、採取された尿検体はJBC職員がリュックサックに入れて持ち帰り、自宅冷蔵庫で1月5日まで保管された後、都内病院で冷凍保管されたという。「世界タイトルマッチでは10年間、保管され、もう手慣れていると思って信頼していたが、いざ(JBC職員の冷蔵庫に保管されていたことを)知って驚いた。ドーピング検査はアマチュア時代から経験しており、世界タイトルマッチで(自分の尿検体の扱いを)それほど重要視するほどでもなかったし、大丈夫と信じていたんですけど」と井岡は話している[110]

JBCの謝罪[編集]

5月20日、JBCは公式サイト上に騒動の経過報告と謝罪を内容とした文章[111]をアップロードし、同月27日に「お詫び」と題した文章[112][113]をアップロードしている。JBCは永田理事長が非公開で一方の陣営に出向いて謝罪拒否をされ、もう一方の陣営には弁護士を通じて話し合いを行っているが紛糾し、謝罪拒否をされたという。井岡・田中両陣営は「JBCの不手際で井岡にドーピング疑惑の汚名を着せたにも関わらず、井岡の名誉回復への努力が不十分であること」「JBCが不手際について何の責任を取らない謝罪であること」を問題視していると報じられている[114]

井岡の所属事務所はこれまでにJBCから文書や直接の謝罪はなく、JBC側の突然の表明に困惑し、今後、謝罪を受けるかどうかは未定としている[115]

井岡夫妻はドーピング疑惑をかけられて以来、何も悪いことをしていないのに人に見られると後ろめたい気分になるようになり、通っているジムには行きづらくなり、SNSで幼い息子が「シャブ中の息子」と叩かれる誹謗中傷に苦しんだ。体調も悪化させてしまい、ケアしてもなかなか治らないという[116]

同月31日、所属ジムのAmbition GYMが木谷卓也会長名で日本プロボクシング協会花形進会長宛てに28日に上申書を提出したと発表した。発表内容によると、

  1. JBC執行部の責任を認め、現役員が退任すること
  2. 個人情報がマスコミにリーグされた原因を追及し明らかにすること
  3. ドーピング規定を整備し、ドーピング検査を国際基準に準拠させること
  4. 井岡・田中両選手に対して誠意ある謝罪をし、名誉回復措置を講じること

この4点について協会からJBCに対して要望提出を願い出たもので、「現在および未来のボクサーが正々堂々と試合することが出来るようにするための要望です。是非、ご審議くださいますようお願い申し上げます」と説明されている[117]

6月25日、井岡は日本外国特派員協会で記者会見を行った。ドーピング疑惑をかけたJBCによる直接謝罪は実現しておらず、「人生が終わるのじゃないかと思った」騒動について形式的な謝罪では済まされないとしている。井岡は「こんな思いをするのは自分が最後にしてほしい。他の選手が同じような思いをしないようにしてほしい」と再発防止を改めて訴えた[118]。同席した服部真尚弁護士は「内容を伴った謝罪」をJBCと協議中であり、9月1日に次戦が予定されていることもあり「試合に集中するために早期に決着をつけ、この問題から離れさせたい」と話している[119]

7月12日には永田有平理事長と共に記者会見を行った。冒頭に永田理事長から謝罪文を手渡され、「すっきり解決した気分ではないが、1つのけじめとして受け入れることにした。今後はスポーツマンらしく次の防衛戦に向けて準備をしていきたい」と話し、謝罪を受け入れた。井岡の代理人は、ドーピング検査の刷新、一部週刊誌に情報が漏洩した原因の究明、永田理事長と執行理事がJBCに進退伺を提出したことから受け入れることとなったと説明している。JBCでは情報漏洩の原因究明のための委員会が立ち上がっており、弁護士3人によって8月末までに事実関係の調査が完了予定、その後の理事会で進退伺の扱いについて議論されるという[120]

10月16日、日本プロボクシング協会は理事会を開き、「長らくJBCの責任者として采配してきた中で1番責任を追及される人物になる」として、JBCの執行理事・浦谷信彰に辞職要求書を提出することを決議した[121]

スタイル[編集]

ボクシング関係者からは距離感、左ジャブ、駆け引き、冷静さ、コンビネーションなどが評価されている。井岡一法の語る井岡の強みは、距離感と打ち終わりのポジショニングなどのディフェンス面。切れのある左ジャブからの多彩なコンビネーションパターンを持ち、鍛えられた下半身から振り子のようにパンチを放つ。得意のパンチにはアマチュアの国際試合で学んだ、拳の角度を変えて当てる左のロングフックなどが含まれる[122]

オスカー・デ・ラ・ホーヤを理想とし、そのコンビネーションについては「(デ・ラ・ホーヤは)ここでパンチをまとめたらレフェリーが止めてくれるのを知っているかのように連打する」と表現する[122]。幼少期からアマチュア時代のデ・ラ・ホーヤのビデオを繰り返し観ており、全ての動きを攻撃につなげる攻防一体の「超攻撃型」を目指している[123][124]

戦績[編集]

  • アマチュアボクシング:105戦95勝(64KO・RSC)10敗[2]
  • プロボクシング:29戦27勝(15KO)2敗
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 会場・備考
1 2009年4月12日 勝利 3R 0:26 TKO トンタイレック・ポーウォラシン タイ王国の旗 タイ プロデビュー戦
2 2009年7月26日 勝利 2R 2:59 TKO 松本博志角海老宝石 日本の旗 日本
3 2009年12月29日 勝利 10R 判定3-0 國重隆大阪帝拳 日本の旗 日本
4 2010年4月18日 勝利 10R 判定3-0 ヘリ・アモル インドネシアの旗 インドネシア
5 2010年7月25日 勝利 9R 1:57 TKO アルバート・アルコイ フィリピンの旗 フィリピン
6 2010年10月10日 勝利 10R 1:57 TKO 瀬川正義 (横浜光 日本の旗 日本 日本ライトフライ級王座決定戦
7 2011年2月11日 勝利 5R 1:07 TKO オーレイドン・シスサマーチャイ タイ王国の旗 タイ WBC世界ミニマム級タイトルマッチ
8 2011年8月10日 勝利 12R 判定3-0 フアン・エルナンデス メキシコの旗 メキシコ WBC防衛1
9 2011年12月31日 勝利 1R 1:38 TKO ヨードグン・トーチャルンチャイ タイ王国の旗 タイ WBC防衛2
10 2012年6月20日 勝利 12R 判定3-0 八重樫東大橋 日本の旗 日本 WBA・WBC世界ミニマム級王座統一戦
WBA獲得・WBC防衛3
11 2012年12月31日 勝利 6R 2:50 TKO ホセ・アルフレド・ロドリゲス メキシコの旗 メキシコ WBA世界ライトフライ級王座決定戦
12 2013年5月8日 勝利 9R 2:51 KO ウィサヌ・ゴーキャットジム タイ王国の旗 タイ WBA防衛1
13 2013年9月11日 勝利 7R 2:17 KO クワンタイ・シッモーセン タイ王国の旗 タイ WBA防衛2
14 2013年12月31日 勝利 12R 判定3-0 フェリックス・アルバラード ニカラグアの旗 ニカラグア WBA防衛3
15 2014年5月7日 敗北 12R 判定1-2 アムナット・ルエンロン タイ王国の旗 タイ IBF世界フライ級タイトルマッチ
16 2014年9月16日 勝利 10R 判定3-0 パブロ・カリージョ  コロンビア
17 2014年12月31日 勝利 5R 2:09 KO ジャン・ピエロ・ペレス ベネズエラの旗 ベネズエラ
18 2015年4月22日 勝利 12R 判定2-0 ファン・カルロス・レベコ アルゼンチンの旗 アルゼンチン WBA世界フライ級タイトルマッチ
19 2015年9月27日 勝利 12R 判定3-0 ロベルト・ドミンゴ・ソーサ アルゼンチンの旗 アルゼンチン WBA防衛1
20 2015年12月31日 勝利 11R 1:57 TKO ファン・カルロス・レベコ アルゼンチンの旗 アルゼンチン WBA防衛2
21 2016年7月20日 勝利 11R 1:11 KO キービン・ララ ニカラグアの旗 ニカラグア WBA防衛3
22 2016年12月31日 勝利 7R 2:51 TKO スタンプ・キャットニワット タイ王国の旗 タイ WBA世界フライ級王座統一戦
WBA防衛4
23 2017年4月23日 勝利 12R 判定3-0 ノックノイ・シップラサート タイ王国の旗 タイ WBA防衛5
24 2018年9月8日 勝利 10R 判定3-0 マックウィリアムズ・アローヨ プエルトリコの旗 プエルトリコ WBC世界スーパーフライ級シルバータイトルマッチ
25 2018年12月31日 敗北 12R 判定1-2 ドニー・ニエテス フィリピンの旗 フィリピン WBO世界スーパーフライ級王座決定戦
26 2019年6月19日 勝利 10R 1:46 TKO アストン・パリクテ フィリピンの旗 フィリピン WBO世界スーパーフライ級王座決定戦
27 2019年12月31日 勝利 12R 判定3-0 ジェイビエール・シントロン プエルトリコの旗 プエルトリコ WBO防衛1
28 2020年12月31日 勝利 8R 1:35 TKO 田中恒成畑中 日本の旗 日本 WBO防衛2
29 2021年9月1日 勝利 12R 判定3-0 フランシスコ・ロドリゲス・ジュニア メキシコの旗 メキシコ WBO防衛3
30 2021年12月31日 ヘルウィン・アンカハス フィリピンの旗 フィリピン

WBO・IBF世界スーパーフライ級王座統一戦

テンプレート

獲得タイトル[編集]

アマチュア[編集]

プロ[編集]

受賞歴[編集]

  • プロ・アマチュア年間表彰
    • 2005年度アマチュア部門 新鋭賞
    • 2009年度プロ部門 新鋭賞[125]
    • 2011年度プロ部門 殊勲賞[126]
    • 2012年度プロ部門 最優秀選手
    • 2012年度プロ部門 年間最高試合賞(=2012年6月20日 WBA・WBC世界ミニマム級王座統一戦 井岡一翔 vs. 八重樫東)
    • 2013年度プロ部門 敢闘賞
    • 2015年度プロ部門 殊勲賞
    • 2019年度プロ部門 技能賞[127]
    • 2020年度プロ部門 技能賞
    • 2020年度プロ部門 年間最高試合賞(=2020年12月31日 WBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ 井岡一翔 vs. 田中恒成)[128]
  • 堺市栄誉賞(2009年・2011年)[129]
  • 第18回日刊バトル大賞 ボクシング部門MVP・敢闘賞(2011年)[130]
  • 第7回関西MIB賞(2011年)[131]
  • 第55回関西スポーツ賞 特別賞(2011年)[132]
  • 第19回日刊バトル大賞 ボクシング部門MVP・敢闘賞・ベストバウト賞(2012年)[133]
  • 第8回関西MIB賞(2012年)[134]
  • WBA2015年12月度月間優秀選手賞

芸能活動[編集]

PV[編集]

若旦那俺が俺が〜世界中が敵になっても〜」(2012年4月25日)

TV番組[編集]

イベント[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 井岡が世界最速「獲ったぞ!」 一族の悲願成就に涙… スポニチアネックス 2015年4月23日
  2. ^ a b 井岡一翔アマで95勝10敗、高校6冠 日刊スポーツ 2009年4月12日閲覧
  3. ^ AIBA(国際ボクシング協会)によるアムナー・ルンルーンの主な試合結果 (英語)
  4. ^ 井岡を破った男が初代IBFアジア王者に! ボクシングニュース「Box-on!」 2013年2月18日
  5. ^ 林田はNHKのインタビューで「後半2Rはポイントを取られて負けたと思った」と語った。
  6. ^ 秋田国体団体は熊本が優勝 少年は全階級RSC決着月刊ボクシングワールド」オフィシャルサイト 2007年10月8日閲覧。
  7. ^ 千葉、広島が同点優勝 - 大分国体 「月刊ボクシングワールド」オフィシャルサイト 2008年10月2日閲覧。
  8. ^ a b 井岡一翔、プロの世界で輝け スポーツ報知大阪版 2009年1月21日
  9. ^ 井岡一翔がTKOデビュー 日刊スポーツ 2009年4月12日閲覧
  10. ^ 井岡一翔「5戦目世界奪取」見えた! 2回TKO勝ち スポーツニッポン 2009年7月27日閲覧
  11. ^ 井岡氏おい一翔世界挑戦計画 日刊スポーツ 2009年12月30日閲覧。WBA Ratings as of December 2009 January 2010World Boxing Council Rarings Lt. Flyweight (108-48.988)
  12. ^ 井岡一翔、判定勝ちも生涯初のダウン スポーツ報知 2010年4月20日閲覧
  13. ^ どつき合い制した井岡「次はタイトル」 朝日新聞 2010年7月25日閲覧
  14. ^ 井岡プロ初タイトル ガンボアの眼前で ボクシングニュース「Box-on!」 2010年10月10日閲覧
  15. ^ 井岡の返上日本王座 家住-黒田で決定戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年12月22日
  16. ^ 亀田大毅も井岡と同じ1989年の早生まれだが、タッチの差で昭和64年。
  17. ^ 井岡7戦目で世界つかむ オーレードンを5回TKO WBCミニマム級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年2月22日閲覧。
  18. ^ Doug Fischer (2011年2月15日). “Ring ratings update: Ioka in rare company, earns 105-pound ranking” (英語). RingTV.com. http://ringtv.craveonline.com/blog/126399 2012年12月29日閲覧。 
  19. ^ 井岡強かった初防衛 日刊スポーツ 2011年8月10日閲覧
  20. ^ 強い!井岡 1R、TKO勝ちで2度目の防衛 スポーツニッポン 2011年12月31日閲覧
  21. ^ “一翔、今年も1RでKO! 胸囲3センチ増でパワーUP「相手ぶっ飛ぶ」…WBA世界ライトフライ級”. スポーツ報知. (2012年12月29日). http://hochi.yomiuri.co.jp/osaka/sports/article/news/20121229-OHO1T00059.htm 2012年12月29日閲覧。 
  22. ^ 井岡WBC王座返還「次へのスタート」 日刊スポーツ 2012年6月29日閲覧
  23. ^ 井岡2階級制覇へ「自分自身に厳しく」 日刊スポーツ 2012年9月20日
  24. ^ Michael Rosenthal (2012年6月26日). “Ring Ratings Update: What to do about Tarver and welterweights” (英語). RingTV.com. http://ringtv.craveonline.com/blog/173563 2012年12月29日閲覧。 
  25. ^ “井岡一翔パパに「エディ賞」”. ボクシングニュース「Box-on!」. (2012年12月22日). http://boxingnewsboxon.blogspot.jp/2012/12/blog-post_22.html 
  26. ^ Ioka wins vacant WBA 108lb belt Fightnews.com 2012年12月31日
  27. ^ 井岡2階級制覇、宮崎も判定で戴冠 大阪のダブル世界戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年12月31日
  28. ^ 井岡、6回TKOで最短2階級制覇…WBA世界ライトフライ級戦 スポーツ報知 2012年12月31日
  29. ^ Ioka wins vacant WBA 108 lb belt WBA公式サイト 2013年1月1日
  30. ^ MVP井岡、技能 山中、殊勲 内山 2012年間表彰 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年1月7日
  31. ^ WBA orders Roman Gonzalez and Kazuto Ioka to negotiate WBA公式サイト 2013年1月24日
  32. ^ Chocolatito” Gonzalez and Kazuto Ioka to Purse Bid WBA公式サイト 2013年2月7日
  33. ^ Ioka Could Be Walking Away From Roman Gonzalez Shot Boxing Scene.com 2013年2月13日
  34. ^ “Chocolatito”González vs Ioka Purse Bid cancelled WBA公式サイト 2013年2月15日
  35. ^ ロマゴン vs. 井岡統一戦は入札回避 帝拳ジム公式サイト 2013年2月17日
  36. ^ 井岡、右ボディーKO!V1成功で「伝説のボクサーに」 スポーツ報知 2013年5月8日
  37. ^ 井岡お見事 7回KOで2度目の防衛 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年9月11日
  38. ^ Ioka retains and Miyasaki is absolute champion Archived 2013年9月15日, at the Wayback Machine. WBA公式サイト 2013年9月11日
  39. ^ 井岡が大差判定でV3成功 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年1月1日
  40. ^ Kazuto Ioka relinquished his 108-pound belt WBA公式サイト 2014年2月28日
  41. ^ 井岡がタイトル返上、3階級制覇へ Boxing News(ボクシングニュース) 2014年3月2日
  42. ^ 井岡3階級制覇ならず、アムナットに1-2判定負け Boxing News(ボクシングニュース) 2014年5月7日
  43. ^ 井岡一翔が再起、カリージョに判定勝ち Boxing News(ボクシングニュース) 2014年9月16日
  44. ^ 井岡一翔、右一発で世界前哨戦にKO勝利 Boxing News(ボクシングニュース) 2015年1月1日
  45. ^ 井岡一翔、レベコに判定勝ちで3階級制覇達成 Boxing News(ボクシングニュース) 2015年4月22日
  46. ^ Photos: Kazuto Ioka takes WBA flyweight title from Juan Carlos Reveco WBA公式サイト 2015年4月22日
  47. ^ Ioka Retains WBA Crown with UD over Sosa WBA公式サイト 2015年9月27日
  48. ^ 井岡一翔が初防衛成功、大差判定でソーサに勝利 Boxing News(ボクシングニュース) 2015年9月27日
  49. ^ 井岡一翔がレベコ返り討ち、WBAフライ級V2 Boxing News(ボクシングニュース) 2015年12月31日
  50. ^ Ioka KOs Lara WBA公式サイト 2016年7月20日
  51. ^ 井岡一翔が11回KOでV3、統一戦に意欲 Boxing News(ボクシングニュース) 2016年7月20日
  52. ^ WBA Orders Ioka-Kiatniwat Championship Bout WBA公式サイト 2016年10月6日
  53. ^ WBAが井岡一翔に暫定王者との指名戦をオーダー Boxing News(ボクシングニュース) 2016年10月8日
  54. ^ Ioka retains WBA flyweight belt Fightnews.com 2016年12月31日
  55. ^ 井岡一翔まさかのダウンも7回TKOでV4 Boxing News(ボクシングニュース) 2016年12月31日
  56. ^ 井岡一翔はWBAフライ級V5、世界戦14勝目マーク Boxing News(ボクシングニュース) 2017年4月23日
  57. ^ 【ボクシング】比嘉大吾、井岡一翔と「統一戦やりたい。連続KO記録も伸ばしたい」 eFight【イーファイト】 2017年6月23日
  58. ^ WBA orders Ioka-Dalakiam WBA公式サイト 2017年8月1日
  59. ^ V5王者の井岡一翔、WBAが無敗1位と指名戦オーダー Boxing News(ボクシングニュース) 2017年8月2日
  60. ^ ボクシング、井岡が世界王座返上 WBAフライ級 デイリースポーツ 2017年11月9日
  61. ^ 井岡一翔が世界タイトル返上、大みそかの出場もなし Boxing News(ボクシングニュース) 2017年11月9日
  62. ^ WBA 112lb champ Ioka renounces his belt Fightnews.com 2017年11月9日
  63. ^ WBA Flyweight title now vacant WBA公式サイト 2017年11月13日
  64. ^ WBAがテーラチャイvsマティセーなど3試合指令 Boxing News(ボクシングニュース) 2017年11月14日
  65. ^ 井岡一翔が引退表明、15年に世界最速3階級制覇 日刊スポーツ 2017年12月31日
  66. ^ 井岡一翔 衝撃の現役引退表明「きょうをもって引退します」 スポニチアネックス 2017年12月31日
  67. ^ 3階級制覇の井岡一翔、突然の引退表明 Boxing News(ボクシングニュース) 2018年1月1日
  68. ^ “3階級王者の井岡一翔が現役復帰 今後は米国拠点 大みそか電撃引退から7カ月/デイリースポーツ online” (日本語). デイリースポーツ online. https://www.daily.co.jp/ring/2018/07/20/0011463040.shtml?pu=20180720 2018年7月20日閲覧。 
  69. ^ “井岡一翔が現役復帰 再起戦は9月8日に米ロサンゼルスで” (日本語). サンスポ. https://www.sanspo.com/sports/news/20180720/box18072011560002-n1.html 2018年7月20日閲覧。 
  70. ^ 井岡一翔が現役復帰表明 9.8米国デビュー戦を発表 Boxing News(ボクシングニュース) 2018年7月20日
  71. ^ 井岡一翔が復帰戦勝利 アローヨからダウン奪い判定 Boxing News(ボクシングニュース) 2018年9月9日
  72. ^ 井岡一翔が4階級制覇へ 12.31マカオでWBO決定戦 Boxing News(ボクシングニュース) 2018年11月12日
  73. ^ 井岡一翔、日本初の4階級制覇ならず マカオで1-2僅差判定負け”. デイリー・スポーツ (2018年12月31日). 2019年1月3日閲覧。
  74. ^ 井岡一翔が国内復帰 「Reason大貴ジム」所属選手としてライセンス申請/BOX”. サンスポ (2019年3月27日). 2019年7月17日閲覧。
  75. ^ 井岡一翔が10回TKO勝ち 日本人初の4階級制覇「これをチケットに他団体王者と対戦したい」 Boxing News(ボクシングニュース)2019年6月19日
  76. ^ 井岡一翔、6・19幕張メッセで4階級制覇へ「最後のチャンス。背水の陣」負ければ引退の可能性も”. スポーツ報知 (2019年4月19日). 2019年7月17日閲覧。
  77. ^ 日本人初4階級も通過点 井岡「海外を主戦場に」 19日ゴング”. 中日スポーツ (2019年6月19日). 2019年7月24日閲覧。
  78. ^ 井岡一翔が12回判定勝ち 曲者シントロン攻略でV1 Boxing News(ボクシングニュース)2019年12月31日
  79. ^ 4階級制覇王者の井岡一翔 Ambition GYMに移籍 Boxing News(ボクシングニュース)2020年6月25日
  80. ^ "井岡一翔、Ambitionジムへ移籍/BOX". サンケイスポーツ. 産経デジタル. 25 June 2020. 2020年6月26日閲覧
  81. ^ "井岡一翔V2! 2度ダウン奪い8回TKO勝ち/詳細". ニッカンスポーツ・コム. 日刊スポーツ新聞社. 31 December 2020. 2020年12月31日閲覧
  82. ^ 井岡一翔がWBO・S・フライ級V3 ロドリゲスとのクロスファイト制す Boxing News(ボクシングニュース)2021年9月1日
  83. ^ 井岡一翔が谷村奈南と結婚「幸せになって」会長”. 日刊スポーツ (2017年5月17日). 2017年5月17日閲覧。
  84. ^ “井岡一翔と谷村奈南がハワイ挙式、ウエディングケーキは水色…谷村がSNSで報告”. デイリースポーツ online (株式会社デイリースポーツ). (2017年9月12日). https://www.daily.co.jp/ring/2017/09/12/0010548104.shtml 2017年9月12日閲覧。 
  85. ^ 井岡一翔と谷村奈南の結婚披露宴に白鵬ら豪華顔ぶれ”. 日刊スポーツ (2018年2月3日). 2018年8月18日閲覧。
  86. ^ “井岡一翔と谷村奈南「約5年間は宝物」離婚を発表”. 日刊スポーツ. (2018年11月11日). https://www.nikkansports.com/battle/news/201811110000392.html 2020年12月31日閲覧。 
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  88. ^ “井岡一翔選手が第1子誕生を報告「妻と子供に尊敬と感謝」”. ORICON NEWS (oricon ME). (2019年8月22日). https://www.oricon.co.jp/news/2142794/full/ 2020年12月31日閲覧。 
  89. ^ 🅴🅼🅸 (2019年8月19日). “令和元年8月17日 11時50分に3410gの元気な男の子を出産しました👶❤️❤️…”. Instagram. https://www.instagram.com/p/B1VLanAppr1/ 2020年12月31日閲覧。 
  90. ^ 井岡一翔、「タトゥー」で処分へ JBCは「ルール違反。対応検討中」(デイリー新潮)” (日本語). Yahoo!ニュース(2021年1月5日 ). 2021年1月5日閲覧。
  91. ^ Ioka: Tattoos Have Nothing To Do With Boxing, I Hope To Chip Away At JBC Rule” (英語). BoxingScene.com(2021年1月7日). 2021年1月9日閲覧。
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  93. ^ 格闘技情報を毎日配信!, eFight 【イーファイト】. “井岡一翔がタトゥー問題を海外メディアに語る“日本がNGなら海外視野”” (日本語). eFight【イーファイト】格闘技情報を毎日配信!(2021年1月8日). 2021年1月9日閲覧。
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映像資料[編集]

  1. ^ 川内将嗣 キングスカップ素材 荒編3 (試合後インタビュー). 善理俊哉(格闘技ライター)のYouTubeチャンネル.. (2011年9月2日). 該当時間: 4:15. http://www.youtube.com/watch?v=jCQ-kvj3qLs 2012年10月8日閲覧。 

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

空位
前タイトル保持者
宮崎亮
第33代日本ライトフライ級王者

2010年10月10日 - 2010年12月15日(返上)

空位
次タイトル獲得者
黒田雅之
前王者
オーレイドン・シスサマーチャイ
WBC世界ミニマム級王者

2011年2月11日 - 2012年6月29日(返上)

空位
次タイトル獲得者
熊朝忠
前王者
八重樫東
WBA世界ミニマム級王者

2012年6月20日 - 2012年10月5日(返上)

空位
次タイトル獲得者
宮崎亮
空位
前タイトル保持者
ローマン・ゴンサレス
WBA世界ライトフライ級王者

2012年12月31日 - 2014年2月28日(返上)

空位
次タイトル獲得者
アルベルト・ロッセル
前王者
ファン・カルロス・レベコ
WBA世界フライ級王者

2015年4月22日 - 2017年11月9日(返上)

空位
次タイトル獲得者
アルテム・ダラキアン
空位
前タイトル保持者
ドニー・ニエテス
WBO世界スーパーフライ級王者

2019年6月19日 - 現在

空位
次タイトル獲得者
N/A